高瀬舟 (たかせぶね) — 抜粋
京都・高瀬川を下る舟に、罪人・喜助 (きすけ) と護送役人・庄兵衛 (しょうべえ) が乗る。弟殺しの罪を負うはずの喜助は、なぜか穏やか ―― この一場面が問いかける「足ること」と「安楽死」の倫理。
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京都・高瀬川を下る舟に、罪人・喜助 (きすけ) と護送役人・庄兵衛 (しょうべえ) が乗る。弟殺しの罪を負うはずの喜助は、なぜか穏やか ―― この一場面が問いかける「足ること」と「安楽死」の倫理。
「春の海ひねもすのたりのたりかな」 — 与謝蕪村の句から始まる、寺田寅彦の科学随筆「春六題」。春の海が「のたりのたり」と動く物理を、波動・拡散・流体力学から読み解く。
毎朝の通勤電車の混み具合を「物理学の実験」として観察した寺田寅彦の随筆。混雑は偶然ではなく統計的な分布をもつことを示し、確率と日常を結びつけた、理科的なものの見方の入門。
「うすしどに うちにたまよりたまよ うすしどに……」 — 萩原朔太郎『月に吠える』。口語自由詩を確立し、日本近代詩を 一気に 大人にした 1917 年の処女詩集から、二つの短詩を読む。
「O Captain! my Captain! our fearful trip is done」── 19 世紀 ア メ リ カ 詩 の 最 大 の 詩 人 ウ ォ ル ト・ホ イ ッ ト マ ン が、 リ ン カ ー ン 大 統 領 の 暗 殺 を 悼 ん で 書 い た 名 詩。 船 と 船 長 の 比 喩 で 国 と 指 導 者 を 描 く、 米 国 文 学 史 上 屈 指 の エ レ ジ ー。
「One dollar and eighty-seven cents. That was all.」── アメリカ短編の名手 O. Henry が、ニューヨークの貧しい夫婦のクリスマスを描いた不朽の名作。互いを思う愛が、皮肉な結末で結ばれる。英語の語感と人情を同時に味わう教材。
「Once upon a midnight dreary, while I pondered, weak and weary…」── 19世紀アメリカが生んだ最高の浪漫派詩人 Edgar Allan Poe の代表詩。失われた愛と、現れる謎の烏 (からす)。英語の韻律の美しさを味わう古典詩教材。
「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」— 中原中也のもっとも有名な詩。サーカスのブランコの揺れと、見上げる観客のため息と、近代日本人の哀しみを、擬音語の反復で凝縮した昭和初期の名詩。
「生か、死か、それが疑問だ」(To be, or not to be) — シェイクスピア戯曲史上もっとも有名な独白。坪内逍遥が明治末に苦心の上に訳した、日本人にとっての西洋古典の入り口。
「人間とは何か。教育とは何か。真理とは何か」── 西洋哲学の最深部に光をあてる、プラトンの不朽の比喩。鎖につながれて影だけを見続けた囚人が、太陽の下に出るまでの旅。
「歌へ女神よ、アキレウスの怒りを」 ―― ヨーロッパ文学の出発点とされる、紀元前 8 世紀の口承叙事詩。土井晩翠 (どい ばんすい) の明治末訳で、漢文調の重厚な日本語に。
「夜明けに目覚めたなら、こう自分に語りかけよ ── 今日、私は出しゃばりで、忘恩で、傲慢で、嘘つきで、嫉妬深い者たちに会うだろう」── ローマ皇帝マルクス・アウレリウスが、戦場の天幕で自分自身に向けて書いた哲学的覚書。ストア派思想の精髄。
終戦から 9 ヶ月、丸山眞男は『超国家主義の論理と心理』で、日本の天皇制ファシズムを構造分析した。「無責任の体系」「抑圧の移譲」 ―― これら今もよく使われる言葉の起点。
「堕ちよ、堕ちきれ」— 終戦半年後、軍国主義と道徳主義の崩れた日本に、坂口安吾は「人間とは堕落する存在だ。堕ちきった果てに、自分自身を見出すしかない」と書いた。戦後思想の出発点となった評論の冒頭部。
「四面 楚歌、項王 大いに 驚きて 曰 はく」── 中国 最古 の 通史『史記』から、楚漢 戦争 の 最終 場面 「垓下 の 戦い」。 周囲 を 漢軍 に 囲 ま れ、 故郷 楚 の 歌 を 四 方 か ら 聞 き、 名将 項羽 が 涙 を 流 す 名 場面。
「愛は寛容にして慈悲あり、愛は嫉まず、誇らず、高ぶらず」── 使徒パウロが西暦55年頃にコリントの教会に宛てて書いた書簡の中の「愛の章」。 西洋 文学 と 思想 史 で 最も 引用 さ れ た テクスト の 一つ。 結婚式 で も よく 朗 読 さ れる 不朽 の 名文。
「取 れ、 読 め (Tolle, lege)」── 32 歳 の ア ウ グ ス テ ィ ヌ ス が、 ミ ラ ノ の 庭 園 で 子 ど も の 声 を 聞 き、 聖 書 を 開 い て 回 心 (か い し ん) し た 場 面。 西 洋 自 伝 文 学 の 出 発 点 で あ り、 キ リ ス ト 教 神 学 の 礎 を 据 え た 古 典。
「経験するというのは、事実其儘に知るの意である」— 日本哲学の出発点となった『善の研究』。京都学派の祖・西田幾多郎が、東洋と西洋を架橋する独自の哲学を樹立した、1911年の名著。大学入試現代文の常連でもある。
「国破れて山河あり、城春にして草木深し」— 安史の乱で陥落した長安の春、戦乱に引き裂かれた家族と、不変の自然との対比。杜甫の代表作にして、漢詩の最高峰の一つ。
「国 破 れ て 山 河 あ り、城 春 に し て 草 木 深 し」── 安 史 の 乱 で 戦 火 に 包 ま れ た 長 安 で、 杜 甫 が 詠 ん だ 五 言 律 詩。 国 が 滅 ん で も 山 河 は 変 わ ら ず 残 る ─ そ の 痛 切 な 対 比 が、 1200 年 を 超 え て 響 く 名 詩。
「花の色は移りにけりな」「ちはやぶる神代も聞かず」「世の中よ道こそなけれ」— 百人一首から、平安〜鎌倉の心の風景を凝縮した 5 首。たった 31 音に込められた千年の声。
「ある日の午後、比叡山中堂で、私は或ることを考えていた」── 戦時下の昭和17年、小林秀雄が比叡山で『一言芳談抄』に遭遇し、書きとめた一篇。「無常」とは何か。歴史と現在、生と死、思い出すことと生きること。
「道の道とすべきは、常の道に非ず」— 道家思想の祖・老子が放つ、知の冒頭宣言。語りえぬものを語る、東洋思想最深部への入り口。
「故きを温ねて新しきを知る、以て師為るべし」— たった一行が、日本語の中に「温故知新」として千年以上生き続けている。学びの本質を語った『論語』の名句。
「学んで時にこれを習ふ、亦説ばしからずや」— 『論語』の冒頭、孔子が語る「学び・友情・自己実現」の三段の喜び。日本人の精神文化に最も深く根を下ろした漢文の最初の一頁。
frontmatter に jlpt: フィールドが未設定の教材。今後順次分類予定です。