「月に吠える」抜粋 — 春の感情・地面の底の病気の顔 の表紙イラスト

「月に吠える」抜粋 — 春の感情・地面の底の病気の顔

中学校 国語 第3学年 近代詩口語自由詩B 読むこと 目安 18 分 JLPT N1 漢字 第8学年 語彙 中級 難易度 ★★★★☆

作者
萩原朔太郎 (はぎわら さくたろう)(1886–1942)
原作発表
1917 年(大正6年 (1917))
出典
青空文庫
底本:萩原朔太郎『月に吠える』(1917 感情詩社) 所収。日本近代詩史上もっとも影響力のあった処女詩集。

学習のめあて

  • 萩原朔太郎の口語自由詩を音読する
  • 「言葉の音」と「言葉の意味」の分離を体感する
  • 大正期日本近代詩の出発点を知る

本文

「地面の底の病気の顔」 (萩原朔太郎)

地面ぢめんそこかほがあらはれ、
さみしい病人びょうにんかほがあらはれ。

地面ぢめんそこのくらやみに、
うらうらくさくきえそめ、
ねづみえそめ、
にこんがらかつてゐる、
かずしれぬかみえそめ、
冬至とうじのころの、
さびしい病気びょうき地面ぢめんから、
ほそほそ青竹あをだけえそめ、
えそめ、
それがじつにあはれふかくみえ、
けぶれるごとくにえ、
じつに、じつに、あはれふかげにえ。

地面ぢめんそこのくらやみに、
さみしい病人びょうにんかほがあらはれ。

「春の感情」 (萩原朔太郎)

うすしどに うちにたまよりたまよ
うすしどに うちにたまよりたまよ
うすしどに うちにたまよりたまよ

うすしどに うちにたまよりたまよ
うすしどに うちにたまよりたまよ

わたしのなみだは うすしどに
うちにたまよりたまよ。

解説:詩を変えた一冊

萩原朔太郎『月に吠える』が 1917 年に出たとき、日本の詩は 一夜にして変わった と言われます。

それまでの詩は、たとえば「七五調」(七音と五音を交互に並べる) のような、規則的なリズムを持っていました。 高村光太郎『道程』(1914) も、近代的な口語でありながら、まだリズムは滑らかでした。

朔太郎は、これを破壊した。「うすしどに うちにたまよりたまよ」 ―― 意味の通らない、音だけの言葉を、 詩の中心に置いてしまったのです。

「地面の底の病気の顔」

この詩のタイトル ―― 「地面の底の病気の顔」 ―― は、それ自体が一つの不気味な イメージです。 私たちが踏みしめている 地面の その 「底」 に、なにか 「病気の顔」 が 隠れている。それは 私たち自身の 心の 暗い部分 かもしれない。

冬至の頃、ふだんは見えない 地下で、草の根、ねずみの巣、無数の髪の毛 が もぞもぞと 動いている。 朔太郎は、その 「地下の蠢 (うごめ) き」 を 詩で描き出しました。

「春の感情」

タイトルは「春の感情」。明るい春ではなく、春に湧き上がる、原因不明の悲しみ を、意味のわからない音で表現する。

「うすしどに」 は朔太郎の造語的な感覚。「薄しどに」 (=ほのかに、薄く) とも読めるが、ここでは 意味より音そのもの が大切。

わたしの涙は、「うすしどに」「うちに、たまよりたまよ」 ―― なみだが、ふしぎな響きで 流れている。 これは、ことばの意味ではなく、感覚そのもの を 直接に伝えようとする 朔太郎の試みです。

日本近代詩の出発点

朔太郎の革命は、後の 中原中也 (本サイト中3「サーカス」) 、高橋新吉北園克衛、 さらに戦後の 谷川俊太郎吉増剛造 ―― これら全ての近代詩人に、「音と感覚で詩を作る」 ことの 許可を与えました。

だから朔太郎は「日本詩の父」と呼ばれるのです。

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 萩原朔太郎 (はぎわら さくたろう) K 1886–1942。群馬県前橋 (まえばし) 生まれの詩人。『月に吠える』(1917)『青猫』(1923) で口語自由詩を確立。「詩の父」と称される。
  • 月に吠える (つきに ほえる) K 1917 年刊行の朔太郎の処女詩集。それまでの七五調や文語定型詩を打破し、口語の独自リズムで内面の不安・幻想を描く。日本近代詩の出発点。
  • 口語自由詩 (こうご じゆうし) K 話し言葉 (口語) で、字数や行数の決まりがない詩。明治末から大正にかけて、高村光太郎・萩原朔太郎らが確立した。
  • 「うすしどに」 K 朔太郎が作った独自の語感の音。漢字を当てれば「薄しどに」(=ほのかに、薄く) と言えるが、ここでは意味より音のリズムが先行する。
  • 病気の顔 (びょうきの かお) K 詩のタイトルに使われる象徴的なイメージ。地面の下から湧き上がる、見えない不安・暗さの擬人化。

考えてみよう

  1. 「うすしどに うちにたまよりたまよ」を 声に出して 3 回唱えてみましょう。意味より、音のリズムが伝わってきますか。
  2. 「地面の底の病気の顔」 — 「地面の底」に「病気の顔」がある、というイメージは、何を象徴していると思いますか。
  3. 萩原朔太郎は、それまでの 七五調 (例: 高村光太郎の初期) ではなく、ばらばらの 字数の 自由な詩を 書きました。なぜこのような形式が必要だったのでしょうか。
  4. 「春の感情」 — タイトルから 想像すると 明るい 詩だと思いがちですが、朔太郎の「春」は どんな 感情を 持っているでしょうか。
  5. 現代詩 (たとえば 中原中也「サーカス」、本サイト中3国語) と、萩原朔太郎の詩を 比べて、共通点・違いを 考えましょう。
指導案 教員向け・授業展開の例

中3 国語の近代詩教材。萩原朔太郎『月に吠える』から 2 つの短詩を読み、 口語自由詩がいかに日本詩を変えたかを学ぶ。

授業時数
1時限 (50分)

指導目標

  • 朔太郎の独特な音感を音読で体感する
  • 「意味より音」の詩のあり方を理解する
  • 大正期日本詩の革命を知る

授業の流れ

  1. 5分 萩原朔太郎の生涯と『月に吠える』の位置づけ
  2. 15分 2 詩を 音読 (大きい声・ささやき・ペアで)
  3. 15分 「意味のわからない音」が詩で何を生むか議論
  4. 10分 中原中也「サーカス」と比較
  5. 5分 振り返り

関連する教材

AI 先生に聞く

教材の内容について、AI に質問できます。実験的な機能です。 AI は時に誤った内容を答えることがあります。最終的には自分で考え、 本文を確認してください。

この教材を改善する

誤字・誤訳・事実誤認の報告、語注や発問への提案など、現場での気づきを直接 GitHub Issue に投稿できます。GitHub アカウントがあれば誰でも参加できます。

出典・ライセンス

  • 原文: 萩原朔太郎 (はぎわら さくたろう)「「月に吠える」抜粋 — 春の感情・地面の底の病気の顔」(1917年)
  • 入力テキスト: 青空文庫 (底本:萩原朔太郎『月に吠える』(1917 感情詩社) 所収。日本近代詩史上もっとも影響力のあった処女詩集。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors