サーカス の表紙イラスト

サーカス

中学校 国語 第3学年 近代詩B 読むこと 目安 15 分 JLPT N1 漢字 第8学年 語彙 中級 難易度 ★★★★☆

作者
中原中也(なかはら ちゅうや)(1907–1937)
原作発表
1929 年(昭和初期(1929年・第一詩集『山羊の歌』所収))
出典
青空文庫
底本:中原中也『山羊の歌』(1934 刊行) 所収。初出は1929年『生活者』。

学習のめあて

  • 中原中也の代表詩を音読し、擬音語のリズムを体感する
  • 「サーカスのブランコ」というイメージに込められた象徴性を読み取る
  • 中也の生涯と昭和初期の時代背景を理解する
  • 詩の翻訳不可能性(音とリズムの一体性)を実感する

本文

原文

幾時代いくじだいかがありまして
茶色ちゃいろ戦争せんそうありました

幾時代いくじだいかがありまして
ふゆ疾風しっぷうきました

幾時代いくじだいかがありまして
今夜こんや此処ここでのひとさか
今夜こんや此処ここでのひとさか

サーカス小屋ごやたかはり
そこそこひとつのブランコぶらんこ
えるともないブランコだ

頭倒あたまさかさにれて
よご木綿もめん屋蓋やねのもと

  ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

其処そこにはしろともしび
安値やすいリボンといき

観客かんきゃくさまはみないわし
咽喉のんどります牡蠣殻かきがら

  ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外やがいくらくらくら
よる劫々こうこうけまする
落下傘奴らっかさんめ懐古的かいこてき

  ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

解説:擬音語と音の詩

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」 ―― この擬音語は、和歌や俳句の伝統にも、西洋詩の伝統にも、先例がほとんどない。意味を持たない音そのもので、サーカスのブランコの揺れと、見上げる観客のため息と、夜の更けていく時間感覚を一度に表現している。

中也の詩の本体は「意味」ではなく「」にある。だから日本語以外への翻訳は、ほとんど不可能に近い。これは漢詩や和歌が完全には外国語に訳せないのと同じ事情である。

「茶色い戦争」「鰯」「牡蠣殻」

意味の通る部分にも、独特の比喩が散りばめられている:

  • 茶色い戦争 ―― 古写真の色か、軍服の色か。具体的に名指されないことで、戦争一般、歴史一般を象徴する
  • 観客様はみな鰯 ―― 観客を一匹一匹の魚に喩える。匿名・群集・密集
  • 咽喉が鳴ります牡蠣殻と ―― 観客の喉から出るため息や唾を呑む音を、「牡蠣殻が擦れる音」に重ねる。陰湿で、不気味

これらの比喩は、観客 ―― つまり詩を読む私たち自身 ―― との距離を作る。中也は観客の側に立たず、むしろブランコの上から見下ろす視線で詩を書いている。

中原中也と昭和初期

中原中也は 1907 年生まれ。22 歳でこの詩を書き、30 歳の若さで結核で死去。生涯の大半を東京で過ごし、女流詩人・長谷川泰子との恋愛、息子文也の早世など、悲しみの多い人生を送った。

昭和初期は、関東大震災(1923)の余韻、満州事変(1931)への助走、サーカスや浅草レビューといった大衆娯楽の隆盛など、近代化の翳りが濃く出る時期。中也の詩はその時代の感情の縮図として読まれてきた。

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 中原中也(なかはら ちゅうや) K 1907–1937。山口県出身の詩人。30 歳で結核と思われる病で早逝。日本のシャンソンとも称される音楽性の高い詩で知られる。代表作『山羊の歌』『在りし日の歌』。
  • 山羊の歌(やぎの うた) K 中原中也の第一詩集。1934 年刊行。表題作と「サーカス」「朝の歌」「春の日の夕暮」などを収載。中也が自費出版した。
  • ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん K サーカスのブランコの揺れと、見上げる観客のため息の混じり合った擬音語。意味より音とリズムが優先される、中也独自の表現。
  • 屋外(やがい)と暗闇(くらやみ) K サーカスのテントは仮設で、出入り口から夜の闇が見える。文明と未開、栄華と虚無の境目。
  • 茶色い戦争(ちゃいろい せんそう) K 詩の冒頭。「幾時代かありまして/茶色い戦争ありました」。具体的にどの戦争かは曖昧だが、明治期の戦争の記憶を示唆。「茶色」は色褪せた古写真の色か、軍服の色か。

考えてみよう

  1. 「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」を声に出して 5 回唱えてみましょう。この擬音語は、サーカスのブランコの動きをどう表現していますか。
  2. 「茶色い戦争」とは何でしょうか。「茶色」という色の選択から、戦争に対する中也の眼差しを読み取ってみましょう。
  3. 詩の終盤「観客様はみな鰯/咽喉が鳴ります牡蠣殻と」— 観客を「鰯」、その喉を「牡蠣殻」と喩える。なぜ中也はこのような比喩を選んだのでしょうか。
  4. 中也はこの詩を 22 歳で書きました。「幾時代かありまして」と歴史を見渡す視点を、20 代前半の若者が持つこと自体、何を意味するでしょうか。
  5. 「ゆあーん ゆよーん」を英訳することは可能だと思いますか。詩の翻訳における「音」の役割について考えてみましょう。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」国語 第3学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • 中3国語 B(1) — 詩・短歌・俳句などの作品の世界を捉える

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

指導案 教員向け・授業展開の例

中原中也の代表詩を読み、擬音語と音楽性に依拠した近代詩の表現法を体感する。 昭和初期の時代背景(茶色い戦争 / 文明と虚無)も併せて学ぶ。

授業時数
30分
準備
本文、中也の朗読音源 (NHK アーカイブス等にあれば)、大正末〜昭和初期のサーカスの写真

指導目標

  • 中原中也と昭和初期の詩を紹介する
  • 擬音語の効果を実演的に体験する
  • 詩の翻訳不可能性、音とリズムの重要性を考える

授業の流れ

  1. 5分 中原中也の生涯(22 歳でこの詩、30 歳で早逝)を紹介
  2. 10分 全文を音読、「ゆあーん ゆよーん」を全員で唱える
  3. 10分 「茶色い戦争」「鰯」「牡蠣殻」の比喩を解釈
  4. 5分 翻訳の困難について話し合う

発問例・議論のポイント

  • 「意味」と「音」のどちらが詩の本体か
  • 観客を「鰯」と呼ぶ、その距離感は何を意味するか

発展課題

  • 中也の他の詩「汚れちまった悲しみに」「朝の歌」も読む
  • 萩原朔太郎『月に吠える』(1917) との詩風比較
  • 草野心平・宮沢賢治の擬音語と比較

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出典・ライセンス

  • 原文: 中原中也(なかはら ちゅうや)「サーカス」(1929年)
  • 入力テキスト: 青空文庫 (底本:中原中也『山羊の歌』(1934 刊行) 所収。初出は1929年『生活者』。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors