落葉松 (からまつ) — 北原白秋
中学校 国語 第3学年 近代詩B 読むこと自然詩 目安 20 分
学習のめあて
- 北 原 白 秋 の 自 然 詩 を 原 文 で 読 む
- リ フ レ イ ン (反 復) の 効 果 を 体 感 す る
- 信 州 ・ 軽 井 沢 の 落 葉 松 林 の 静 か な 美 を 想 像 す る
本文
落 葉 松 (北 原 白 秋)
一
からまつの林を過ぎて、
からまつをしみじみと見き。
からまつはさびしかりけり。
たびゆくはさびしかりけり。二
からまつの林を出でて、
からまつの林に入りぬ。
からまつの林に入りて、
また細く道はつづけり。三
からまつの林の奥も、
わが通る道はありけり。
霧雨のかかる道なり。
山風のかよふ道なり。四
からまつの林の道は、
われのみか、ひともかよひぬ。
ほそぼそと通ふ道なり。
さびさびといそぐ道なり。五
からまつの林を過ぎて、
ゆゑしらず歩みひそめつ。
からまつはさびしかりけり、
からまつとささやきにけり。六
からまつの林を出でて、
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
からまつのまたそのうへに、
たびゆくはさびしかりけり。七
からまつの林の雨は、
さびしけどいよよしづけし。
かんこ鳥鳴けるのみなる。
からまつの濡るるのみなる。八
世の中よ、あはれなりけり。
常なけどうれしかりけり。
山川に山川の音、
からまつにからまつのかぜ。
現 代 語 へ の 案 内
詩 は ほ ぼ 古 い 仮 名 遣 い (歴 史 的 仮 名 遣 い) で 書 か れ て い る。
「見 き」(見 た)、「さ び し か り け り」(さ び し か っ た)、「け ぶ り 立 つ 見 つ」(煙 が 立 つ の を 見 た) ─ こ う し た 古 風 な 表 現 が、 静 か な 林 の 雰 囲 気 を 醸 す。
解 説 ─ 「し み じ み と 見 る」
「落 葉 松」 全 8 連 を 通 し て、 詩 人 は 「ひ た す ら 落 葉 松 を 見 て、 落 葉 松 と と も に 歩 く」 と い う 経 験 を 描 く。
詩 に は、 派 手 な 出 来 事 は 何 も 起 こ ら な い:
- 第 1 連 ─ 林 を 過 ぎ、 落 葉 松 を 見 る
- 第 2 連 ─ 出 で、 入 り、 ま た 細 い 道 が 続 く
- 第 3 連 ─ 林 の 奥 に も 道 が あ る
- 第 4 連 ─ 自 分 だ け で な く、 他 の 人 も 通 る 細 い 道
- 第 5 連 ─ 落 葉 松 と さ さ や く
- 第 6 連 ─ 浅 間 山 の 噴 煙 を 見 上 げ る
- 第 7 連 ─ 雨 の 中、 か ん こ 鳥 が 鳴 く
- 第 8 連 ─ 世 の 中 と 自 然 へ の 静 か な 詠 嘆
こ の 「何 も 起 こ ら な い こ と」 こ そ が、 こ の 詩 の 本 質 で あ る。
落 葉 松 林 と 詩 人 の 心 が、 静 か に 共 鳴 し、 そ こ に 「し み じ み と」 と い う 感 情 が 生 ま れ る ─ そ れ を 描 い た 詩 で あ る。
リ フ レ イ ン の 美
詩 の 各 連 で、 「か ら ま つ」 と い う 言 葉 が、 ほ ぼ 毎 行 に 出 て く る。
普 通、 詩 で は 同 じ 言 葉 を 繰 り 返 し 使 う こ と は 避 け る べ き と さ れ る。
だ が 白 秋 は、 あ え て こ の リ フ レ イ ン を 大 胆 に 使 っ た。
そ し て、 そ の 効 果 は 絶 大 で あ る。
「か ら ま つ」 と い う 言 葉 が 繰 り 返 さ れ る た び に、 読 者 の 心 に 落 葉 松 の イ メ ー ジ が 重 な っ て い く。
や が て、 詩 全 体 が 一 つ の 落 葉 松 林 と な っ て、 読 者 を そ の 中 へ と 招 き 入 れ る。
軽 井 沢 と 浅 間 山
詩 の 第 6 連 に 「浅 間 嶺 に け ぶ り 立 つ 見 つ」 と あ る。
浅 間 山 (あ さ ま や ま) は、 群 馬・長 野 県 境 の 活 火 山。 軽 井 沢 か ら 見 上 げ る と、 と き ど き 噴 煙 が 立 ち 上 る の が 見 え る。
こ の 描 写 か ら、 詩 の 舞 台 は 信 州・軽 井 沢 の 落 葉 松 林 で あ る こ と が わ か る。
軽 井 沢 は、 明 治 以 来、 多 く の 文 学 者 の 創 作 の 場 と な っ た:
- 北 原 白 秋 ─ 「落 葉 松」 (1921)
- 室 生 犀 星 ─ 軽 井 沢 を 第 二 の 故 郷 と し て 多 く の 作 品
- 堀 辰 雄 ─ 「風 立 ち ぬ」 (1936–1938)
- 立 原 道 造 ─ ソ ネ ッ ト 「の ち の お も ひ に」 な ど (本 サ イ ト chugaku3)
- 川 端 康 成 ─ 「雪 国」 構 想 ・ 別 荘 滞 在
軽 井 沢 の 高 原 の 落 葉 松 林 は、 100 年 以 上 に わ た り、 日 本 文 学 の 一 つ の 「聖 地」 と な っ て き た。
「世 の 中 よ、 あ は れ な り け り」
詩 の 最 後 ─ 第 8 連 ─ で、 詩 人 は 突 然 「世 の 中」 へ の 思 い を 口 に す る。
世 の 中 よ、 あ は れ な り け り。
常 な け ど う れ し か り け り。
山 川 に 山 川 の 音、
か ら ま つ に か ら ま つ の 風。
「世 の 中 は あ わ れ で あ る。 だ が 永 遠 で は な い (= 移 ろ う) こ と も 嬉 し い こ と だ。 山 川 に は 山 川 の 音 が あ り、 落 葉 松 に は 落 葉 松 の 風 が あ る」
こ こ で 詩 は、 個 別 の 落 葉 松 林 か ら、 万 物 の 「あ る が ま ま」 の 美 し さ へ と 視 野 を 広 げ る。
落 葉 松 に 吹 く 風 は、 落 葉 松 だ け の 風 で あ る。
山 川 に 響 く 音 は、 山 川 だ け の 音 で あ る。
そ し て、 そ れ ら す べ て が「あ は れ (し み じ み と し た 美 し さ)」 を 持 つ。
こ れ こ そ が、 北 原 白 秋 が 「落 葉 松」 を 通 し て 私 た ち に 伝 え た い、 自 然 へ の 眼 差 し で あ る。
声 に 出 し て 読 ん で み よ う
「落 葉 松」 は、 黙 読 で は な く、 ぜ ひ 声 に 出 し て 読 ん で ほ し い。
「か ら ま つ の 林 を 過 ぎ て、 か ら ま つ を し み じ み と 見 き」 ─ こ の 一 行 を 声 に 出 し た と き、 君 は 信 州 の 高 原 の、 静 か な 落 葉 松 林 の 中 に 立 っ て い る。
百 年 前 の 白 秋 と、 同 じ 風 景 を、 同 じ 心 で、 「し み じ み と」 見 て い る の で あ る。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 北 原 白 秋 (き た は ら は く し ゅ う) K 1885–1942。 福 岡 県 柳 川 出 身 の 詩 人・歌 人・童 謡 作 家。 「邪 宗 門」「思 ひ 出」「桐 の 花」「水 墨 集」 な ど 多 数。 童 謡 「赤 い 鳥 小 鳥」「ペ チ カ」「か ら た ち の 花」 な ど (本 サ イ ト kokugo2 で 既 習) も 有 名。
- 落 葉 松 (か ら ま つ) K マ ツ 科 の 落 葉 高 木。 日 本 で 唯 一 の 落 葉 す る 針 葉 樹。 信 州 ・ 軽 井 沢 ・ 富 士 山 麓 な ど 高 原 に 多 い。 春 に 柔 ら か い 緑 を 吹 き、 秋 に 鮮 や か な 黄 色 に 紅 葉 し、 冬 に 落 葉 す る。
- 水 墨 集 (す い ぼ く し ゅ う) K 北 原 白 秋 の 詩 集。 1923 年 (大 正 12 年)、 ア ル ス 社 刊。 ロ マ ン 派 か ら 脱 し、 抑 制 さ れ た 自 然 描 写 へ と 移 行 し た 白 秋 の 中 期 代 表 作。
- 軽 井 沢 (か る い ざ わ) K 長 野 県 北 佐 久 郡。 明 治 以 来、 外 国 人 宣 教 師 や 文 学 者 が 集 う 高 原 リ ゾ ー ト。 北 原 白 秋・室 生 犀 星・川 端 康 成・堀 辰 雄・立 原 道 造 な ど、 多 く の 作 家 が 通 っ た。
- し み じ み と K 心 か ら、 深 く 感 じ 入 っ て。 詩 全 体 を 貫 く 重 要 な 副 詞。
- 旅 ゆ く (た び ゆ く) K 「旅 を 続 け て 行 く」 の 古 風 な 表 現。
- 行 き 過 ぎ し (ゆ き す ぎ し) K 「行 き 過 ぎ た」 の 古 い 形 (連 体 形)。
- 8 連 (は ち れ ん) K 詩 の 連 (ま と ま り) の 数。 本 詩 は 8 連 か ら 成 り、 各 連 が 「か ら ま つ」 で 始 ま っ て 「か ら ま つ」 で 結 ば れ る 構 造。
考えてみよう
- 詩 を 声 に 出 し て、 8 連 を ゆ っ く り 読 ん で み ま し ょ う。 「か ら ま つ」 と い う 言 葉 が 何 回 出 て き ま す か?
- 「か ら ま つ の 林 を 過 ぎ て、 か ら ま つ を し み じ み と 見 き」 ─ こ の 反 復 (リ フ レ イ ン) の 効 果 は 何 で し ょ う か?
- 落 葉 松 (か ら ま つ) と い う 木 を 知 っ て い ま す か? ど ん な 木 か 調 べ て み ま し ょ う。 こ の 詩 の 季 節 は い つ で し ょ う か?
- 白 秋 は な ぜ 「し み じ み と」 と い う 言 葉 を 何 度 も 使 っ た の で し ょ う か?
指導案 教員向け・授業展開の例
中3 国 語 で 北 原 白 秋 の 自 然 詩 を 読 む。 8 連 と い う 長 さ だ が、 各 連 が 同 じ 構 造 で リ フ レ イ ン し て い る た め、 読 み や す い。 信 州 ・ 軽 井 沢 の 高 原 の 静 か な 風 景 を 想 像 さ せ る こ と が 主 眼。
指導目標
- 白 秋 の 自 然 詩 の 抑 制 さ れ た 美 を 体 感 す る
- リ フ レ イ ン の 効 果 を 理 解 す る
- 落 葉 松 と い う 木 を 知 る
授業の流れ
- 5分 落 葉 松 の 写 真・動 画 を 見 る
- 15分 詩 を 全 員 で 2 回 音 読
- 15分 「し み じ み と」 の 効 果 を 議 論
- 10分 自 分 の 「し み じ み と 見 た」 風 景 を 思 い 出 し て 書 く
発問例・議論のポイント
- 「林 を 過 ぎ て、 林 を 見 る」 と い う 体 験 は ど ん な も の か?
- 「し み じ み と」 と い う 日 本 語 を、 ど う 説 明 で き る か?
発展課題
- 白 秋 の 童 謡 「か ら た ち の 花」 (kokugo2 既 習) と 比 較
- 軽 井 沢 を 訪 れ る
関連する教材
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出典・ライセンス
- 原文: 北原白秋 (きたはら はくしゅう)「落葉松 (からまつ) — 北原白秋」(1921年)
- 入力テキスト: 詩集『水墨集』所収 (大正12年・1923刊) (底本:北原白秋「落葉松 (からまつ)」(『水墨集』 ア ル ス、大正12年・1923 年 刊 所収。 元 は 大正10年・1921 年 に 雑誌掲載)。 信州・軽井沢 の 落葉松林 を 詠 ん だ、 北原白秋 の 代 表 的 自 然 詩。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors