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赤いろうそくと人魚

小学校 国語 第3学年 C 読むこと 目安 35 分

作者
小川未明(1882–1961)
原作発表
1921 年
出典
青空文庫
底本:「定本小川未明童話全集 1」講談社、1976年11月10日初版発行

学習のめあて

  • 場面の移り変わり(海・町・お宮・嵐の海)に沿って、人魚の娘と老夫婦の気持ちの変化を読み取る
  • 「赤いろうそく」が物語の中で何を意味するか、自分の言葉で考える
  • 物語の終わりの「町はほろびた」という結末について、なぜそうなったのかを話し合う

本文

 人魚にんぎょは、みなみの方の海にばかりんでいるのではありません。きたの海にも棲んでいたのであります。

 北方ほっぽうの海の色は、青うございました。あるとき、岩の上に、女の人魚があがって、あたりの景色けしきをながめながら休んでいました。

 雲間くもまからもれた月の光がさびしく、波の上をらしていました。どちらを見てもかぎりない、ものすごい波が、うねうねと動いているのであります。

 なんという、さびしい景色だろうと、人魚は思いました。自分たちは、人間とあまり姿すがたは変わっていない。魚や、また底深そこぶかい海の中に棲んでいる、気のあらい、いろいろな獣物けものなどとくらべたら、どれほど人間のほうに、心も姿もているかしれない。それだのに、自分たちは、やはり魚や、獣物などといっしょに、つめたい、暗い、気の滅入めいりそうな海の中に暮らさなければならないというのは、どうしたことだろうと思いました。

 長い年月としつきの間、話をする相手もなく、いつも明るい海のおもてをあこがれて、暮らしてきたことを思いますと、人魚はたまらなかったのであります。そして、月の明るく照らす晩に、海の面にかんで、岩の上に休んで、いろいろな空想くうそうにふけるのがつねでありました。

「人間の住んでいる町は、美しいということだ。人間は、魚よりも、また獣物よりも、人情にんじょうがあってやさしいと聞いている。私たちは、魚や獣物の中に住んでいるが、もっと人間のほうに近いのだから、人間の中に入って暮らされないことはないだろう。」と、人魚は考えました。

 その人魚は女でありました。そしてごもっておりました。……私たちは、もう長い間、このさびしい、話をするものもない、北の青い海の中で暮らしてきたのだから、もはや、明るい、にぎやかな国はのぞまないけれど、これから生まれる子供に、せめても、こんな悲しい、たよりない思いをさせたくないものだ。……

 子供からわかれて、ひとり、さびしく海の中に暮らすということは、このうえもない悲しいことだけれど、子供がどこにいても、しあわせに暮らしてくれたなら、私のよろこびは、それにましたことはない。

 人間は、この世界の中で、いちばんやさしいものだと聞いている。そして、かわいそうなものや、頼りないものは、けっしていじめたり、くるしめたりすることはないと聞いている。いったん手づけたなら、けっして、それをてないとも聞いている。さいわい、私たちは、みんなよく顔が人間に似ているばかりでなく、どうから上は人間そのままなのであるから——魚や獣物の世界でさえ、暮らされるところを思えば——人間の世界で暮らされないことはない。一度、人間が手に取り上げてそだててくれたら、きっと無慈悲むじひに捨てることもあるまいと思われる。……

 人魚は、そう思ったのでありました。

 せめて、自分の子供だけは、にぎやかな、明るい、美しい町で育てて大きくしたいというなさけから、女の人魚は、子供を陸の上に産み落とそうとしたのであります。そうすれば、自分は、ふたたびわが子の顔を見ることはできぬかもしれないが、子供は人間の仲間入なかまいりをして、幸福こうふくに生活をすることができるであろうと思ったのです。

 はるか、かなたには、海岸の小高こだかい山にある、神社じんじゃ燈火あかりがちらちらと波間なみまに見えていました。ある夜、女の人魚は、子供を産み落とすために、冷たい、暗い波の間を泳いで、陸の方に向かって近づいてきました。

 海岸に、小さな町がありました。町には、いろいろな店がありましたが、お宮のある山の下に、まずしげなろうそくをあきなっている店がありました。

 その家には、年よりの夫婦ふうふが住んでいました。おじいさんがろうそくをつくって、おばあさんが店で売っていたのであります。この町の人や、また付近ふきん漁師りょうしがお宮へおまいりをするときに、この店に立ち寄って、ろうそくを買って山へのぼりました。

 山の上には、松の木が生えていました。その中にお宮がありました。海の方からいてくる風が、松のこずえに当たって、昼も、夜も、ゴーゴーとっています。そして、毎晩のように、そのお宮にあがったろうそくの火影ほかげが、ちらちらとらめいているのが、遠い海の上から望まれたのであります。

 ある夜のことでありました。おばあさんは、おじいさんに向かって、

「私たちが、こうして暮らしているのも、みんな神さまのおかげだ。この山にお宮がなかったら、ろうそくは売れない。私どもは、ありがたいと思わなければなりません。そう思ったついでに、私は、これからお山へのぼっておまいりをしてきましょう。」といいました。

「ほんとうに、おまえのいうとおりだ。私も毎日、神さまをありがたいと心ではお礼を申さない日はないが、つい用事にかまけて、たびたびお山へおまいりにゆきもしない。いいところへ気がつきなされた。私の分もよくお礼を申してきておくれ。」と、おじいさんは答えました。

 おばあさんは、とぼとぼと家を出かけました。月のいい晩で、昼間のように外は明るかったのであります。お宮へおまいりをして、おばあさんは山を降りてきますと、石段いしだんの下に、赤ん坊が泣いていました。

「かわいそうに、捨て子だが、だれがこんなところに捨てたのだろう。それにしても不思議ふしぎなことは、おまいりの帰りに、私の目に止まるというのは、なにかのえんだろう。このままに見捨みすてていっては、神さまのばちが当たる。きっと神さまが、私たち夫婦に子供のないのを知って、おさずけになったのだから、帰っておじいさんと相談そうだんをして育てましょう。」と、おばあさんは心の中でいって、赤ん坊を取り上げながら、

「おお、かわいそうに、かわいそうに。」といって、家へいて帰りました。

 おじいさんは、おばあさんの帰るのを待っていますと、おばあさんが、赤ん坊を抱いて帰ってきました。そして、一部始終しじゅうをおばあさんは、おじいさんに話しますと、

「それは、まさしく神さまのお授け子だから、大事だいじにして育てなければ罰が当たる。」と、おじいさんも申しました。

 二人は、その赤ん坊を育てることにしました。その子は女の子であったのです。そして胴から下のほうは、人間の姿でなく、魚の形をしていましたので、おじいさんも、おばあさんも、話に聞いている人魚にちがいないと思いました。

「これは、人間の子じゃあないが……。」と、おじいさんは、赤ん坊を見て頭をかたむけました。

「私も、そう思います。しかし人間の子でなくても、なんと、やさしい、かわいらしい顔の女の子でありませんか。」と、おばあさんはいいました。

「いいとも、なんでもかまわない。神さまのお授けなさった子供だから、大事にして育てよう。きっと大きくなったら、りこうな、いい子になるにちがいない。」と、おじいさんも申しました。

 その日から、二人は、その女の子を大事に育てました。大きくなるにつれて、黒目勝くろめがちで、美しい頭髪かみのけの、はだの色のうすくれないをした、おとなしいりこうな子となりました。

 むすめは、大きくなりましたけれど、姿が変わっているので、ずかしがって顔を外へ出しませんでした。けれど、一目その娘を見た人は、みんなびっくりするような美しい器量きりょうでありましたから、中にはどうかしてその娘を見たいと思って、ろうそくを買いにきたものもありました。

 おじいさんや、おばあさんは、

「うちの娘は、内気うちきで恥ずかしがりやだから、人さまの前には出ないのです。」といっていました。

 おくの間でおじいさんは、せっせとろうそくを造っていました。娘は、自分の思いつきで、きれいな絵をいたら、みんながよろこんで、ろうそくを買うだろうと思いましたから、そのことをおじいさんに話しますと、そんならおまえの好きな絵を、ためしにかいてみるがいいと答えました。

 娘は、赤い絵の具で、白いろうそくに、魚や、貝や、または海草かいそうのようなものを、生まれつきで、だれにも習ったのではないが上手じょうずに描きました。おじいさんは、それを見るとびっくりいたしました。だれでも、その絵を見ると、ろうそくがほしくなるように、その絵には、不思議な力と、美しさとがこもっていたのであります。

「うまいはずだ。人間ではない、人魚が描いたのだもの。」と、おじいさんは感嘆かんたんして、おばあさんと話し合いました。

「絵を描いたろうそくをおくれ。」といって、朝から晩まで、子供や、大人がこの店頭みせさきへ買いにきました。はたして、絵を描いたろうそくは、みんなに受けたのであります。

 すると、ここに不思議な話がありました。この絵を描いたろうそくを山の上のお宮にあげて、そのえさしを身につけて、海に出ると、どんな大暴風雨の日でも、けっして、船が転覆てんぷくしたり、おぼれて死ぬような災難さいなんがないということが、いつからともなく、みんなの口々くちぐちに、うわさとなってのぼりました。

「海の神さまをまつったお宮さまだもの、きれいなろうそくをあげれば、神さまもお喜びなさるのにきまっている。」と、その町の人々はいいました。

 ろうそく屋では、ろうそくが売れるので、おじいさんはいっしょうけんめいに朝から晩まで、ろうそくを造りますと、そばで娘は、手の痛くなるのも我慢がまんして、赤い絵の具で絵を描いたのであります。

「こんな、人間並にんげんなみでない自分をも、よく育てて、かわいがってくだすったごおんわすれてはならない。」と、娘は、老夫婦のやさしい心に感じて、大きな黒いひとみをうるませたこともあります。

 この話は遠くの村までひびきました。遠方えんぽう船乗ふなのりや、また漁師は、神さまにあがった、絵を描いたろうそくの燃えさしを手に入れたいものだというので、わざわざ遠いところをやってきました。そして、ろうそくを買って山に登り、お宮に参詣さんけいして、ろうそくに火をつけてささげ、その燃えて短くなるのを待って、またそれをいただいて帰りました。だから、夜となく、昼となく、山の上のお宮には、ろうそくの火の絶えたことはありません。ことに、夜は美しく、燈火ともしびの光が海の上からも望まれたのであります。

「ほんとうに、ありがたい神さまだ。」という評判ひょうばんは、世間にたちました。それで、急にこの山が名高なだかくなりました。

 神さまの評判は、このように高くなりましたけれど、だれも、ろうそくに一心をこめて絵を描いている娘のことを、思うものはなかったのです。したがって、その娘をかわいそうに思った人はなかったのであります。娘は、つかれて、おりおりは、月のいい夜に、窓から頭を出して、遠い、北の青い、青い、海をこいしがって、なみだぐんでながめていることもありました。

 あるとき、南の方の国から、香具師やしが入ってきました。なにか北の国へいって、めずらしいものをさがして、それをば南の国へ持っていって、金をもうけようというのであります。

 香具師は、どこから聞き込んできたものか、または、いつ娘の姿を見て、ほんとうの人間ではない、じつに世に珍しい人魚であることを見抜みぬいたものか、ある日のこと、こっそりと年寄り夫婦のところへやってきて、娘にはわからないように、大金たいきんを出すから、その人魚を売ってはくれないかと申したのであります。

 年寄り夫婦は、最初のうちは、この娘は、神さまがお授けになったのだから、どうして売ることができよう。そんなことをしたら、罰が当たるといって承知しょうちをしませんでした。香具師は一度、二度ことわられてもこりずに、またやってきました。そして、年より夫婦に向かって、

「昔から、人魚は、不吉ふきつなものとしてある。いまのうちに、手もとからはなさないと、きっと悪いことがある。」と、まことしやかに申したのであります。

 年より夫婦は、ついに香具師のいうことをしんじてしまいました。それに大金になりますので、つい金に心をうばわれて、娘を香具師に売ることに約束やくそくをきめてしまったのであります。

 香具師は、たいそう喜んで帰りました。いずれそのうちに、娘を受け取りにくるといいました。

 この話を娘が知ったときは、どんなにおどろいたでありましょう。内気な、やさしい娘は、この家から離れて、いくも遠い、知らない、熱い南の国へゆくことをおそれました。そして、泣いて、年より夫婦に願ったのであります。

「わたしは、どんなにでも働きますから、どうぞ知らない南の国へ売られてゆくことは、許してくださいまし。」

 しかし、もはや、おにのような心持ちになってしまった年寄り夫婦は、なんといっても、娘のいうことを聞き入れませんでした。

 娘は、へやのうちに閉じこもって、いっしんにろうそくの絵を描いていました。しかし、年寄り夫婦はそれを見ても、いじらしいとも、あわれとも、思わなかったのであります。

 月の明るい晩のことであります。娘は、独り波の音を聞きながら、身の行くすえを思うて悲しんでいました。波の音を聞いていると、なんとなく、遠くの方で、自分をんでいるものがあるような気がしましたので、窓から、外をのぞいてみました。けれど、ただ青い、青い海の上に月の光が、はてしなく、照らしているばかりでありました。

 娘は、また、すわって、ろうそくに絵を描いていました。すると、このとき、表の方がさわがしかったのです。いつかの香具師が、いよいよこの夜、娘を連れにきたのです。大きな、鉄格子てつごうしのはまった、四角な箱を車に乗せてきました。その箱の中には、かつて、とらや、ししや、ひょうなどを入れたことがあるのです。

 このやさしい人魚も、やはり海の中の獣物だというので、とらや、ししと同じように取り扱おうとしたのであります。ほどなく、この箱を娘が見たら、どんなにたまげたでありましょう。

 娘は、それとも知らずに、下を向いて、絵を描いていました。そこへ、おじいさんと、おばあさんとが入ってきて、

「さあ、おまえはゆくのだ。」といって、連れだそうとしました。

 娘は、手に持っていたろうそくに、せきたてられるので絵を描くことができずに、それをみんな赤くってしまいました。

 娘は、赤いろうそくを、自分の悲しい思い出の記念きねんに、二、三本残していったのであります。

 ほんとうにおだやかな晩のことです。おじいさんとおばあさんは、戸を閉めて、寝てしまいました。

 真夜中まよなかごろでありました。トン、トン、と、だれか戸をたたくものがありました。年寄りのものですから耳さとく、その音を聞きつけて、だれだろうと思いました。

「どなた?」と、おばあさんはいいました。

 けれどもそれには答えがなく、つづけて、トン、トン、と戸をたたきました。

 おばあさんは起きてきて、戸を細めにあけて外をのぞきました。すると、一人の色の白い女が戸口とぐちに立っていました。

 女はろうそくを買いにきたのです。おばあさんは、すこしでもお金がもうかることなら、けっして、いやな顔つきをしませんでした。

 おばあさんは、ろうそくの箱を取り出して女に見せました。そのとき、おばあさんはびっくりしました。女の長い、黒い頭髪がびっしょりと水にぬれて、月の光にかがやいていたからであります。女は箱の中から、真っ赤なろうそくを取り上げました。そして、じっとそれに見入っていましたが、やがて金をはらって、その赤いろうそくを持って帰ってゆきました。

 おばあさんは、燈火のところで、よくその金をしらべてみると、それはお金ではなくて、貝がらでありました。おばあさんは、だまされたと思って、おこって、家から飛び出してみましたが、もはや、その女の影は、どちらにも見えなかったのであります。

 その夜のことであります。急に空の模様もようが変わって、近ごろにない大暴風雨おおあらしとなりました。ちょうど香具師が、娘をおりの中に入れて、船に乗せて、南の方の国へゆく途中で、沖にあったころであります。

「この大暴風雨では、とても、あの船は助かるまい。」と、おじいさんと、おばあさんは、ぶるぶるとふるえながら、話をしていました。

 夜が明けると、沖は真っ暗で、ものすごい景色でありました。その夜、難船なんせんをした船は、数えきれないほどであります。

 不思議なことには、その後、赤いろうそくが、山のお宮にともった晩は、いままで、どんなに天気がよくても、たちまち大あらしとなりました。それから、赤いろうそくは、不吉ということになりました。ろうそく屋の年より夫婦は、神さまの罰が当たったのだといって、それぎり、ろうそく屋をやめてしまいました。

 しかし、どこからともなく、だれが、お宮にあげるものか、たびたび、赤いろうそくがともりました。昔は、このお宮にあがった絵の描いたろうそくの燃えさしさえ持っていれば、けっして、海の上では災難にはかからなかったものが、今度は、赤いろうそくを見ただけでも、そのものはきっと災難にかかって、海におぼれて死んだのであります。

 たちまち、このうわさが世間に伝わると、もはや、だれも、この山の上のお宮に参詣するものがなくなりました。こうして、昔、あらたかであった神さまは、いまは、町の鬼門きもんとなってしまいました。そして、こんなお宮が、この町になければいいものと、うらまぬものはなかったのであります。

 船乗りは、沖から、お宮のある山をながめておそれました。夜になると、この海の上は、なんとなくものすごうございました。はてしもなく、どちらを見まわしても、高い波がうねうねとうねっています。そして、岩にくだけては、白いあわが立ち上がっています。月が、雲間からもれて波の面を照らしたときは、まことに気味悪きみわるうございました。

 真っ暗な、星もみえない、雨の降る晩に、波の上から、赤いろうそくのが、ただよって、だんだん高く登って、いつしか山の上のお宮をさして、ちらちらと動いてゆくのを見たものがあります。

 幾年いくねんもたたずして、そのふもとの町はほろびて、くなってしまいました。

語句の意味

  • ろうそく ろうで作った、火をともすほそ長いあかり。むかしは家のあかりや、お宮・お寺へのおそなえに使われた。
  • お宮(おみや) 神さまをまつってある建物。神社のこと。
  • 燈火(あかり/ともしび) 火のあかり。ろうそくやランプなど。
  • 香具師(こうぐし/やし) お祭りや市で、めずらしい物や見世物を売って歩く人。ここでは、人魚を「見世物」にして金もうけをしようとする人。
  • 神さまの罰(ばち) 神さまから受ける、悪いことをしたしるしのわざわい。
  • 大暴風雨(だいぼうふうう/おおあらし) はげしい風と雨。海では船をひっくり返してしまうほどの大あらし。
  • 参詣(さんけい) 神社やお寺におまいりすること。
  • 鬼門(きもん) もとは「悪いものが入ってくる方角」のこと。ここでは、人々がきらってよりつかなくなった場所のたとえ。
  • 不吉(ふきつ) えんぎが悪いこと。よくないことが起こりそうなこと。

考えてみよう

  1. 女の人魚は、なぜ自分の子をけわしい海の中ではなく、人間の住む町に置いていこうとしたのですか。
  2. はじめのうち、老夫婦はなぜ娘を大切に育てたのでしょう。あとに、娘を売ろうとしたのは、なぜですか。
  3. 娘が最後に描いた「赤いろうそく」には、どんな気持ちがこめられていたと思いますか。
  4. お話の終わりで、町はほろびてしまいます。作者は、このお話を通じてどんなことを伝えたかったのでしょう。あなたの考えを書きましょう。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「小学校学習指導要領(平成29年告示)」国語 第3学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • C(1)エ — 登場人物の気持ちの変化や性格、情景について、場面の移り変わりと結び付けて具体的に想像する
  • C(1)オ — 文章を読んで感じたことや考えたことを共有し、一人一人の感じ方などに違いがあることに気付く
  • C(1)ア — 時間的な順序や事柄の順序などを考えながら、内容の大体を捉える

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

出典・ライセンス

  • 原文: 小川未明「赤いろうそくと人魚」(1921年)
  • 入力テキスト: 青空文庫 (底本:「定本小川未明童話全集 1」講談社、1976年11月10日初版発行)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors