武蔵野 (むさしの) 冒頭 — 国木田独歩
小学校 国語 第6学年 近代散文B 読むこと近代文学 目安 20 分
学習のめあて
- 明 治 期 の 名 散 文 を 原 文 で 読 む
- 「雑 木 林 の 美」 と い う 日 本 文 学 の 新 し い 発 見 を 体 感 す る
- 国 木 田 独 歩 の 文 体 と 自 然 観 を 知 る
本文
本文 (『武蔵野』 国木田独歩・冒頭・現代仮名遣い)
「武 蔵 野 (む さ し の) の 俤 (お も か げ) は 今 わ ず か に 入 間 郡 (い る ま ご お り) に 残 れ り」 と、 自 分 は、 友 人 と 武 蔵 野 を 語 る と き よ く こ の 句 を 引 く。
そ し て こ の 句 を 引 く と、 自 分 の 心 に、 何 と も 言 え ぬ 美 し い 落 葉 林 の 風 景 が 浮 か ん で く る。
昔 の 武 蔵 野 は、 萱 (か や) の 原 で あ っ た と い う。 今 は 一 面 の 林 で あ る。 林 と い う も 、 ま だ 林 に な ら ぬ も の も あ る、 一 度 切 ら れ て 後 に 生 え て き た 木 が、 ま だ 五 六 尺 か ら 一 丈 ぐ ら い に し か な ら ぬ も の も 多 い。
こ う し て 主 に 楢 (な ら) の 類 で、 冬 は 葉 が す っ か り 落 ち て し ま う 林 で あ る。 自 分 は こ の 落 葉 林 が 好 き で あ る。 と い う よ り、 自 分 が 武 蔵 野 で 最 も 好 き な も の は 落 葉 林 で あ る、 と 言 っ た ほ う が 適 切 で あ ろ う。
昔 の 詩 人 ・ 歌 人 ・ 文 人 は、 こ の 落 葉 林 の 美 を 知 ら な か っ た。 彼 ら は、 桜 を 詠 い、 紅 葉 を 詠 い、 月 を 詠 ん だ。 だ が、 こ の 雑 木 林 (ぞ う き ば や し) の、 冬 の 落 葉 し た 寂 し い 美 を、 誰 も 詠 ま な か っ た。
私 は こ こ で、 こ の 落 葉 林 の 美 を 語 ろ う と 思 う。
解説 ─ 「ま だ 誰 も 美 し い と 言 っ て い な い」 風 景 を 発 見 す る
国 木 田 独 歩 の 「武 蔵 野」 が 書 か れ た 明 治 31 年 (1898)、 日 本 文 学 史 上 で 革 命 的 な こ と が 起 こ っ た。
そ れ ま で の 日 本 文 学 は、 自 然 を 描 く 時、 「典 型 的 な 美 し い も の」 だ け を 描 い た:
- 桜 (春)
- 月 (秋)
- 紅 葉 (秋)
- 富 士 山 (す べ て の 季 節)
- 松 (永 遠)
こ れ ら は、 千 年 以 上、 和 歌 ・ 俳 句 ・ 漢 詩 で 何 万 回 と 詠 ま れ て き た。
で は、 「雑 木 林」 は ど う か。 武 蔵 野 の 楢 や 椚 の 林 は、 ま だ 誰 も 「美 し い」 と 言 っ て い な か っ た。
そ れ は 「典 型 的 な 美」 で は な か っ た か ら だ。
だ が 国 木 田 独 歩 は、 こ う 宣 言 し た: 「私 は、 こ の 雑 木 林 の 美 を 語 ろ う」 と。
な ぜ こ れ が 「画 期 的」 か
明 治 30 年 代 ─ 日 本 は 急 速 に 西 洋 化 し て い た。
そ の 中 で、 多 く の 知 識 人 は 「西 洋 の よ う な 美」 を 求 め、 自 分 の 周 り の 自 然 を 見 失 い つ つ あ っ た。
独 歩 は そ の 流 れ に 抗 (あ ら が) い、 「身 の 回 り の、 名 も な い 雑 木 林 こ そ、 美 し い」 と 言 っ た。
こ れ は、 言 わ ば 「自 分 の 足 元 を 見 つ め 直 す」 宣 言 で あ っ た。
そ し て こ の 発 見 が、 後 の 日 本 文 学 に 巨 大 な 影 響 を 与 え た:
- 志 賀 直 哉 ─ 「日 常 の 中 の 美」 を 描 く 自 然 主 義
- 島 崎 藤 村 ─ 信 州 の 田 園 風 景 を 文 学 化
- 柳 田 国 男 ─ 民 俗 学 と し て の 故 郷 研 究
- 武 者 小 路 実 篤 ─ 「新 し き 村」 の 試 み
「足 元 を 見 つ め る」 と い う こ の 視 線 が、 明 治・大 正・昭 和 を 通 じ て、 日 本 文 学 の 一 つ の 大 き な 流 れ と な っ た の で あ る。
1898 年 の 武 蔵 野、 2026 年 の 武 蔵 野
独 歩 が 書 い た 1898 年 の 武 蔵 野 は、 今 の 東 京 都 武 蔵 野 市・三 鷹 市・小 金 井 市・国 立 市・西 多 摩 地 区、 そ し て 埼 玉 県 入 間 市・所 沢 市 を 含 む 広 大 な 地 域 だ っ た。
そ の ほ と ん ど が、 雑 木 林 と 草 原 で あ っ た。
そ の 後 130 年。 武 蔵 野 は、 ど う 変 わ っ た か。
| 時代 | 武 蔵 野 の 様 子 |
|---|---|
| 1898 (明治31) | 雑 木 林・草 原 が 広 が る (独 歩 が 描 い た 風 景) |
| 1923 (大正12) | 関 東 大 震 災 後、 東 京 か ら 移 住 者 が 増 え 始 め る |
| 1950 年 代 | 戦 後 復 興 で 急 速 に 住 宅 地 化 |
| 1980 年 代 | 多 く の 雑 木 林 が 宅 地 に 変 わ る |
| 2026 年 (現代) | 井 の 頭 公 園・小 金 井 公 園 な ど 公 園 内 と、 一 部 の 都 市 緑 地 に 雑 木 林 が 残 る の み |
独 歩 が 書 い た 風 景 は、 今 は ご く 一 部 の 公 園 と 緑 地 に し か 残 ら な い。
だ が、 そ れ で も、 井 の 頭 公 園 や 小 金 井 公 園 を 歩 く と、 独 歩 の 描 い た 「俤 (お も か げ)」 を、 か す か に 感 じ る こ と が で き る。
あ な た 自 身 の 「武 蔵 野」 を 探 し て
国 木 田 独 歩 が 教 え て く れ た こ と ─ そ れ は、 「誰 も 美 し い と 言 っ て い な い 風 景 を、 自 分 が 美 し い と 思 う こ と」 の 大 切 さ。
あ な た の 家 の 近 く に も、 ど こ か に 「雑 木 林 の よ う な 場 所」 が あ る は ず:
- 近 所 の 神 社 の 裏 山
- 通 学 路 の 並 木 道
- マ ン シ ョ ン と マ ン シ ョ ン の 間 の 小 さ な 緑 地
- 住 宅 街 の 中 の 古 い 庭 の あ る 家
そ こ を、 一 度 立 ち 止 ま っ て、 じ っ く り 見 て み よ う。
ま だ 誰 も 文 章 に し て い な い、 君 だ け の 「武 蔵 野」 を、 発 見 で き る か も し れ な い。
独 歩 が 130 年 前 に 教 え て く れ た の は、 「美 は ど こ に で も あ る ─ そ れ を 見 つ け る 眼 が あ る か ど う か」 と い う こ と な の だ。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 国木田独歩 (くにきだ どっぽ) K 1871–1908。 千 葉 県 銚 子 出 身。 本 名 国 木 田 哲 夫。 明 治 期 の 詩 人・小 説 家。 ロ マ ン 派 か ら 自 然 主 義 へ の 橋 渡 し と 言 わ れ る。「武 蔵 野」「忘 れ え ぬ 人 々」「牛 肉 と 馬 鈴 薯」 な ど。 37 歳 で 結 核 の た め 早 世。
- 武蔵野 (むさしの) K 関 東 平 野 の 西 部、 現 在 の 東 京 都 西 部 か ら 埼 玉 県 南 部 に か け て 広 が る 平 野。 江 戸 時 代 ま で は 雑 木 林 (ぞ う き ば や し) と 草 原 が 続 く 広 大 な 自 然 だ っ た。 明 治 以 降、 急 速 に 都 市 化 さ れ、 こ の 「自 然 の 武 蔵 野」 は 消 え つ つ あ っ た。
- 俤 (おもかげ) K 「面 影」 と も 書 く。 昔 の 姿 が、 か す か に 残 っ て い る 様 子。「俤 を 残 す」 と は、 「昔 の 様 子 が 残 っ て い る」 と い う 意 味。
- 入 間 郡 (い る ま ご お り) K 現 在 の 埼 玉 県 入 間 市 ・ 所 沢 市 周 辺。 明 治 31 年 (1898) 当 時、 ま だ 武 蔵 野 の 雑 木 林 が 多 く 残 さ れ て い た 地 域。
- 雑 木 林 (ぞ う き ば や し) K 椚 (く ぬ ぎ) ・ 楢 (な ら) ・ 山 桜 ・ 栗 な ど、 多 様 な 木 が 混 じ っ て 生 え て い る 森。 武 蔵 野 の 雑 木 林 は、 江 戸 時 代 か ら 続 く 二 次 林 で、 薪 (た き ぎ) や 炭 を 取 る た め に 計 画 的 に 管 理 さ れ て き た。
- 落 葉 林 (ら く よ う り ん) K 秋 ・ 冬 に な る と 葉 を 落 と す 木 の 森。 武 蔵 野 の 雑 木 林 の 多 く は 落 葉 林。 国 木 田 独 歩 は、 こ の 落 葉 林 の 美 し さ を 日 本 で 初 め て 文 学 と し て 描 い た。
- 江戸時代 (え ど じ だ い) K 1603–1868 年 の 約 260 年 間。 武 蔵 野 は こ の 時 代、 ま だ 雑 木 林 が 広 が る 自 然 豊 か な 土 地 だ っ た。
- ロ マ ン 派 (ろ ま ん は) K 19 世 紀 ヨ ー ロ ッ パ で 興 っ た 文 学 ・ 芸 術 の 潮 流。 自 然 ・ 感 情 ・ 個 性 を 重 視。 明 治 後 半 の 日 本 で も、 国 木 田 独 歩 ら が こ の 影 響 を 受 け た。
- 自 然 主 義 (し ぜ ん し ゅ ぎ) K 19 世 紀 後 半 ~ 20 世 紀 初 頭 の 文 学 思 潮。 現 実 を あ り の ま ま に 描 こ う と す る。 国 木 田 独 歩 は ロ マ ン 派 か ら 自 然 主 義 へ の 過 渡 期 の 作 家 と さ れ る。
考えてみよう
- 「武 蔵 野」 と い う 場 所 を 知 っ て い ま す か。 地 図 で 探 し て み ま し ょ う。
- 国 木 田 独 歩 が こ の 文 を 書 い た 明 治 31 年 (1898) と、 今 (2026 年) と で は、 武 蔵 野 の 様 子 は ど う 違 う で し ょ う か。
- 「俤 (お も か げ) は 今 わ ず か に 入 間 郡 に 残 れ り」 と あ り ま す。「俤」 と い う 言 葉 か ら、 ど ん な 気 持 ち が 伝 わ っ て き ま す か。
- 雑 木 林 (落 葉 林) の 美 し さ ─ 「秋 か ら 冬 に か け て 葉 が 落 ち、 春 か ら 夏 に 新 緑 が 茂 る」 ─ を、 国 木 田 独 歩 は 初 め て 文 学 と し て 発 見 し ま し た。 あ な た の ま わ り に も、 「ま だ 誰 も 美 し い と 言 っ て い な い け れ ど、 自 分 は 美 し い と 思 う」 風 景 は あ り ま す か?
指導案 教員向け・授業展開の例
小6 国 語 の 近 代 文 学 教 材。 国 木 田 独 歩 「武 蔵 野」 の 冒 頭 を 読 む。 本 作 は、 日 本 文 学 に お い て「雑 木 林 の 美」 を 発 見 し た 画 期 的 作 品。 自 然 の 美 し さ を 見 る 眼 を 養 う、 環 境 教 育・地 理 教 育 と も つ な が る 教 材。
指導目標
- 国 木 田 独 歩 の 文 体 を 体 感 す る
- 「自 然 の 美 を 文 学 と し て 描 く」 と い う こ と を 理 解 す る
- 自 分 の 身 の 回 り の 自 然 を 改 め て 見 直 す
授業の流れ
- 1時限・10分 武 蔵 野 の 地 図 と 写 真 を 確 認
- 1時限・25分 冒 頭 を 音 読・現 代 語 訳
- 1時限・10分 1898 年 と 2026 年 の 武 蔵 野 を 比 較
- 2時限・20分 「雑 木 林 の 美」 を 自 分 で 見 つ け る
- 2時限・15分 自 分 の 身 近 な 「美 し い 風 景」 を 文 章 で 描 写
- 2時限・10分 振 り 返 り
発問例・議論のポイント
- 都 会 と 田 舎、 ど ち ら の 「自 然」 が 美 し い か?
- 「ま だ 誰 も 描 い て い な い」 美 を、 自 分 が 発 見 す る こ と の 喜 び
- 100 年 経 つ と、 風 景 は ど う 変 わ る か?
発展課題
- 国 木 田 独 歩「忘 れ え ぬ 人 々」 も 読 む
- 自 分 の 地 元 の 「俤」 を 取 材 し 文 章 化
- 武 蔵 野 を 訪 れ る (吉 祥 寺 ・ 三 鷹 ・ 国 立 等)
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