土 ・ 春の岬 — 三好達治の二篇
中学校 国語 第1学年 詩・歌B 読むこと近代詩 目安 15 分
学習のめあて
- 三好達治の短詩を、原詩で読む
- 「短さ」のなかに込められた壮大さを体感する
- 比喩 (「ヨットのやうだ」) の働きを理解する
- 自分でも短詩を書いてみる体験をする
本文
土
蟻が
蝶の羽をひいて行く
ああ
ヨツトのやうだ
春の岬
春の岬
旅のをはりの鴎どり
浮きつつ遠くなりにけるかも
「土」 を 読 む
た っ た 4 行 の 詩。 そ の 中 に、世界 が 広 が る。
1 行目 ─ 「蟻 が」
あ る、小 さ な、地 を 這 う 一匹 の 蟻。
2 行目 ─ 「蝶 の 羽 を ひ い て 行 く」
そ の 蟻 が、自分 よ り も ず っ と 大 き い、薄 く 透 け た 蝶 の 羽 を、ひ き ず り な が ら 運 ん で い る。
3 行目 ─ 「あ あ」
詩 人 の、思 わ ず 漏 れ た 感 嘆。
4 行目 ─ 「ヨ ッ ト の や う だ」
そ し て、そ の 姿 を、ヨ ッ ト に 喩 え た。
こ の 喩 え は 何 を 意 味 す る か?
「蝶 の 羽」 は、ヨ ッ ト の 「白 い 帆 (ほ)」 に 似 て い る。 風 を は ら ん で、ふ ん わ り と 立 ち 上 が る。
「蟻」 は、ヨ ッ ト の 「船 体 (せ ん た い)」 に 当 た る。
そ し て、蟻 が 地面 を 動 く 様子 が、ヨ ッ ト が 海 を 滑 る 様子 と 重 な る。
だ が こ の 喩 え の 凄 さ は、 そ れ だ け で は な い。
- 大 と 小 の 反転 ─ 蟻 は 1 cm に 満 た な い 微小 な 存在。 ヨ ッ ト は 何 メ ー ト ル も の 大 き さ。 だ が 詩 は、こ の 二 つ を 重 ね る こ と で、「小 さ な 蟻 の 世界 が、海 の 広 が り を 抱 い て い る」 こ と を 示 す。
- 地 と 海 の 反転 ─ 蟻 が 動 く の は 地面。 ヨ ッ ト が 動 く の は 海。 詩 は、地面 を 「海」 に 変 え て し ま う。
- 生 と 死 の 重 な り ─ 蝶 の 羽 は、 死 ん だ 蝶 か ら 取 れ た も の。 蟻 は そ れ を 運 ぶ。 死 ん だ も の (蝶 の 羽) が、生 き た も の (蟻) に よ っ て、新 し い 命 (帆) を 与 え ら れ る。
た っ た 4 行 で、こ れ ほ ど 多 く の こ と を 言 え る ─ そ れ が 「短詩」 の 力 で あ る。
「春 の 岬」 を 読 む
「春 の 岬、旅 の を は り の 鴎 ど り、浮 き つ つ 遠 く な り に け る か も」
こ ち ら は 3 行 の 短詩。 短歌 の 5・7・5・7・7 の リ ズ ム を 思 わ せ る 部分 も あ る が、 完全 な 短歌 で は な い。
情景 ─
春 の あ る 日、私 は 海 に 突 き 出 た 岬 に 立 っ て い る。
は る か な 旅 の 「は て」 ─ 終 着 点 に 来 た よ う な 感覚。
頭 上 に は 鴎 (か も め) が 飛 ん で い る。 そ の 鴎 が、 海 の 上 を 浮 か び な が ら、 だ ん だ ん と 遠 ざ か っ て 行 く。
「な り に け る か も」 は、 古典 の 感 嘆 ・ 詠嘆 の 表現。「な っ て し ま っ た こ と よ」 と い う、 切 な さ を 含 ん だ 響 き。
こ の 詩 は、 旅 と、 別 れ と、 春 の 海 の 静 け さ を、 わ ず か 3 行 で 描 き き っ て い る。
三 好 達 治 と い う 詩 人
三 好 達 治 (1900–1964) は、 大 阪 で 生 ま れ、 東京 帝 国 大学 で フ ラ ン ス 文学 を 学 ん だ。
ボ ー ド レ ー ル ・ ヴ ェ ル レ ー ヌ ら の フ ラ ン ス 象 徴 派 の 詩 か ら 強 い 影響 を 受 け な が ら、日本 の 季 節 感 ・ 自然 観 を 短 い 詩形 で 表現 す る 独自 の 詩 を 開 拓 し た。
彼 の 詩 は、北 原 白 秋 や 萩 原 朔 太 郎 の よ う な 重 厚 さ よ り も、
立 原 道 造 (たちはら みちぞう) や 中 原 中 也 と 共 通 す る 「軽 や か な 抒情」 が 特 徴 で あ る。
『測量船』 か ら 始 ま り、 戦中・戦後 を 経 て、 数 多 く の 詩集 を 残 し た。
本詩 「土」 「春 の 岬」 は、 い ま も 中学・高校 の 教 科書 に 載 る、 三 好 達 治 の 代 表作 で あ る。
自分 で も 書 い て み よ う
4 行 詩 を、自分 で 書 い て み よ う。
ル ー ル は こ う:
- 4 行 以 内 (3 行 で も OK)
- 「~ の よ う だ」 と い う 直喩 を 1 つ 入 れ る
- 身 の 回 り の 小 さ な 出 来 事 を 取 り 上 げ る
例:
「鉛筆 が / ノ ー ト の 上 を 走 っ て 行 く / ま る で / 雪 の 上 の ス キ ー の よ う だ」
あ な た に も、 三 好 達 治 の よ う な 詩 が 書 け る。
「あ あ」 と 思 わ ず 声 が 出 る 瞬間 を、 4 行 に 閉 じ 込 め て み よ う。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 三好達治 (みよし たつじ) K 1900–1964。大阪生まれ。 東京帝国大学仏文科卒。 立原道造・中原中也らと並ぶ昭和初期の代表的詩人。 代表詩集『測量船』(1930)『南窗集』(1932)『花筐』(1944) など。 簡潔で抒情的な詩風が特徴。
- 測量船 (そくりょうせん) K 三好達治の第一詩集。1930 年 (昭和 5 年) 12 月、第一書房刊。 詩 36 編収載。 簡潔さと抒情を融合した、近代詩の名詩集の一つ。「土」「春の岬」 など、いまも 教科書 に 載る 詩 が 多い。
- 蟻 (あり) K 昆虫 の 一種。 小さく、群れ で 行動 する。 本詩 で は、蝶 の 羽 を 運ぶ 一匹 の 蟻 が、ま る で 海 の ヨ ッ ト の よ う に 見え る。
- 蝶 (ちょう) の 羽 (はね) K 蝶 の 翅 (はね)。 死 ん だ 蝶 か ら 取 れ た もの。 軽 く、薄 く、透明 感 の あ る 美 し い 物体。
- ヨ ッ ト K 帆 を 張 っ て 風 で 走 る 船。 蟻 が 蝶 の 翅 を 運 ぶ 姿 を、本詩 は ヨ ッ ト に 喩 え た。
- 比喩 (ひゆ) K あ る もの を、別 の もの に 喩 え る 表 現 法。「A は B の よ う だ」 (直喩) ・ 「A は B だ」 (隠喩) な ど。
- 隠喩 (いんゆ) ・ 直喩 (ちょくゆ) K 「~ の よ う だ」 を 使 う の が 直喩 (simile)、 使 わ な い の が 隠喩 (metaphor)。「ヨ ッ ト の や う だ」 は 直喩 の 形。
- 春 の 岬 (はる の みさき) K 春 の 季節 の、海 に 突 き 出 た 岬 (み さ き)。 本詩 で は、春 の 岬 で 「旅 の は て」 を 思 い な が ら 「鴎 の 啼 く 声」 に 耳 を 傾 け る 姿 が 描 か れ る。
- 鴎 (かもめ) K 海 に 住 む 大型 の 鳥。 海岸 で 群 れ を な し て、特徴 的 な 声 で 鳴 く。
考えてみよう
- 「土」 の 詩 は、たった 4 行 です。 で も、こ の 4 行 か ら、ど ん な 風景 が 心 に 浮 か び ま す か?
- 「ヨ ッ ト の や う だ」 と い う 喩 え は、何 を 何 に 喩 え て い ま す か? そ し て、こ の 喩 え に よ っ て、ど ん な イ メ ー ジ が 広 が り ま す か?
- 蟻 と ヨ ッ ト は、大 き さ が ま っ た く 違 い ま す。 そ れ で も 三 好 達 治 は、こ の 二 つ を 重 ね 合 わ せ ま し た。 こ う し た 「<strong>大 と 小 の 対 比</strong>」 か ら、ど ん な 感 動 が 生 ま れ る で し ょ う か?
- 「春 の 岬」 の 詩 は、「旅 の は て」 と い う 言 葉 で 始 ま り ま す。 「旅 の は て」 と は、ど ん な 場 所、ど ん な 時 を 指 し て い る で し ょ う か?
- あ な た も、身 の 回 り の 小 さ な 出 来 事 を、4 行 の 詩 に し て み ま し ょ う。 比 喩 を 一 つ 入 れ て み ま し ょ う。
指導案 教員向け・授業展開の例
中1 国語 の 詩 教材 と し て、近代 短詩 の 傑作 二 篇 を 読 む。 特 に 「土」 は 4 行 の 短 さ な が ら、「大 と 小」「生 と 死」「地 と 海」 の 壮大 な 対比 が 凝縮 さ れ た、近代 詩 の 名作。 生徒 に 自分 で も 4 行 詩 を 書 か せ る 創作 課題 が 効果 的。
指導目標
- 短詩 の 凝縮 力 を 体感 す る
- 比喩 (直喩) の 働 き を 理解 す る
- 自分 で 短詩 を 創作 す る
- 三 好 達 治 の 文 体 に 触 れ る
授業の流れ
- 5分 「短 い 詩」 と 聞 い て 思 い 浮 か ぶ も の を 共有
- 10分 「土」 を 全員 で 5 回 音読
- 10分 「ヨ ッ ト の や う だ」 の 比喩 を 図解
- 10分 「春 の 岬」 を 音読 ・ 解説
- 10分 自分 で 4 行 詩 を 作 っ て 発表
発問例・議論のポイント
- 短 い 詩 と 長 い 詩、どちら が 「強い」 か?
- 比喩 が なけ れ ば、こ の 詩 は ど う なる か?
- 「大 と 小 の 対比」 を 使 っ た 詩 を 他 に 知 っ て い る か?
発展課題
- 三好達治 の 他 の 詩 (「南窗集」 か ら) も 読 む
- 短歌・俳句 と 短詩 を 比較
- 自分 の 4 行 詩 を 学級 で 詩集 と し て ま と め る
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出典・ライセンス
- 原文: 三好達治 (みよし たつじ)「土 ・ 春の岬 — 三好達治の二篇」(1930年)
- 入力テキスト: 詩集『測量船』所収 (1930年・第一書房刊) (底本:三好達治『測量船』(第一書房、昭和5年・1930年12月刊)。三好達治の第一詩集、近代日本詩の名詩集として読み継がれている。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors