やまなし の表紙イラスト

やまなし

小学校 国語 第4学年 C 読むこと 目安 25 分

作者
宮沢賢治(1896–1933)
原作発表
1923 年
出典
青空文庫
底本:「宮澤賢治全集7」ちくま文庫、筑摩書房、1985(昭和60)年12月3日第1刷

学習のめあて

  • 「五月」と「十二月」という二つの場面を対比しながら、谷川の様子と蟹の親子の気持ちを読み取る
  • 「クラムボン」「やまなし」「かわせみ」などの不思議な言葉や、賢治独特のオノマトペ(つぶつぶ・ぼかぼか・かぷかぷ)が、どんな様子を表しているかを想像する
  • 物語の最初と最後の「幻燈」という言葉の意味を考え、自分なりの感想を友だちと話し合う

本文

 小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈げんとうです。

一、五月

 二ひきかにの子供らが青じろい水の底で話していました。

『クラムボンはわらったよ。』

『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』

『クラムボンはねてわらったよ。』

『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』

 上の方や横の方は、青くくらくはがねのように見えます。そのなめらかな天井てんじょうを、つぶつぶ暗いあわが流れて行きます。

『クラムボンはわらっていたよ。』

『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』

『それならなぜクラムボンはわらったの。』

『知らない。』

 つぶつぶ泡が流れて行きます。蟹の子供らもぽっぽっぽっとつづけて五六つぶ泡をきました。それはゆれながら水銀のように光ってななめに上の方へのぼって行きました。

 つうと銀のいろの腹をひるがえして、一疋の魚が頭の上を過ぎて行きました。

『クラムボンは死んだよ。』

『クラムボンは殺されたよ。』

『クラムボンは死んでしまったよ………。』

『殺されたよ。』

『それならなぜ殺された。』兄さんの蟹は、その右側の四本のあしの中の二本を、弟の平べったい頭にのせながらいました。

『わからない。』

 魚がまたツウともどって下流のほうへ行きました。

『クラムボンはわらったよ。』

『わらった。』

 にわかにパッと明るくなり、日光の黄金きんゆめのように水の中に降って来ました。

 波から来る光のあみが、底の白いいわの上で美しくゆらゆらのびたりちぢんだりしました。泡や小さなごみからはまっすぐなかげの棒が、斜めに水の中にならんで立ちました。

 魚がこんどはそこら中の黄金きんの光をまるっきりくちゃくちゃにしておまけに自分は鉄いろに変に底びかりして、また上流かみの方へのぼりました。

『お魚はなぜああ行ったり来たりするの。』

 弟の蟹がまぶしそうにを動かしながらたずねました。

『何か悪いことをしてるんだよとってるんだよ。』

『とってるの。』

『うん。』

 そのお魚がまた上流かみから戻って来ました。今度はゆっくり落ちついて、ひれもも動かさずただ水にだけ流されながらお口をのように円くしてやって来ました。その影は黒くしずかに底の光の網の上をすべりました。

『お魚は……。』

 その時です。にわかに天井に白い泡がたって、青びかりのまるでぎらぎらする鉄砲弾てっぽうだまのようなものが、いきなり飛込とびこんで来ました。

 兄さんの蟹ははっきりとその青いもののさきがコンパスのように黒くとがっているのも見ました。と思ううちに、魚の白い腹がぎらっと光って一ぺんひるがえり、上の方へのぼったようでしたが、それっきりもう青いものも魚のかたちも見えず光の黄金きんの網はゆらゆらゆれ、泡はつぶつぶ流れました。

 二疋はまるで声も出ず居すくまってしまいました。

 お父さんの蟹が出て来ました。

『どうしたい。ぶるぶるふるえているじゃないか。』

『お父さん、いまおかしなものが来たよ。』

『どんなもんだ。』

『青くてね、光るんだよ。はじがこんなに黒く尖ってるの。それが来たらお魚が上へのぼって行ったよ。』

『そいつの眼が赤かったかい。』

『わからない。』

『ふうん。しかし、そいつは鳥だよ。かわせみと云うんだ。大丈夫だいじょうぶだ、安心しろ。おれたちはかまわないんだから。』

『お父さん、お魚はどこへ行ったの。』

『魚かい。魚はこわい所へ行った』

『こわいよ、お父さん。』

『いいいい、大丈夫だ。心配するな。そら、かばの花が流れて来た。ごらん、きれいだろう。』

 泡と一緒いっしょに、白い樺の花びらが天井をたくさんすべって来ました。

『こわいよ、お父さん。』弟の蟹も云いました。

 光の網はゆらゆら、のびたりちぢんだり、花びらの影はしずかに砂をすべりました。

二、十二月

 蟹の子供らはもうよほど大きくなり、底の景色も夏から秋の間にすっかり変りました。

 白いやわらかな円石まるいしもころがって来、小さなきりの形の水晶すいしょうの粒や、金雲母きんうんものかけらもながれて来てとまりました。

 そのつめたい水の底まで、ラムネのびんの月光がいっぱいにすきとおり天井では波が青じろい火を、燃したり消したりしているよう、あたりはしんとして、ただいかにも遠くからというように、その波の音がひびいて来るだけです。

 蟹の子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなのでねむらないで外に出て、しばらくだまって泡をはいて天上の方を見ていました。

『やっぱりぼくの泡は大きいね。』

『兄さん、わざと大きく吐いてるんだい。僕だってわざとならもっと大きく吐けるよ。』

『吐いてごらん。おや、たったそれきりだろう。いいかい、兄さんが吐くから見ておいで。そら、ね、大きいだろう。』

『大きかないや、おんなじだい。』

『近くだから自分のが大きく見えるんだよ。そんなら一緒に吐いてみよう。いいかい、そら。』

『やっぱり僕の方大きいよ。』

『本当かい。じゃ、も一つはくよ。』

『だめだい、そんなにのびあがっては。』

 またお父さんの蟹が出て来ました。

『もうねろねろ。おそいぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ。』

『お父さん、僕たちの泡どっち大きいの』

『それは兄さんの方だろう』

『そうじゃないよ、僕の方大きいんだよ』弟の蟹は泣きそうになりました。

 そのとき、トブン。

 黒い円い大きなものが、天井から落ちてずうっとしずんで又上へのぼって行きました。キラキラッと黄金きんのぶちがひかりました。

『かわせみだ』子供らの蟹はくびをすくめて云いました。

 お父さんの蟹は、遠めがねのような両方の眼をあらん限り延ばして、よくよく見てから云いました。

『そうじゃない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行って見よう、ああいいにおいだな』

 なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂いでいっぱいでした。

 三疋はぼかぼか流れて行くやまなしのあとを追いました。

 その横あるきと、底の黒い三つの影法師かげぼうしが、合せて六つおどるようにして、やまなしの円い影を追いました。

 間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青いほのおをあげ、やまなしは横になって木のえだにひっかかってとまり、その上には月光のにじがもかもか集まりました。

『どうだ、やっぱりやまなしだよ、よく熟している、いい匂いだろう。』

『おいしそうだね、お父さん』

『待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下へしずんで来る、それからひとりでにおいしいお酒ができるから、さあ、もう帰ってよう、おいで』

 親子の蟹は三疋自分の穴に帰って行きます。

 波はいよいよ青じろい焔をゆらゆらとあげました、それは又金剛石こんごうせきの粉をはいているようでした。

        *

 私の幻燈はこれでおしまいであります。

挿絵ギャラリー

物語の場面を、明治・大正期の児童書の挿絵を意識した和風水彩のタッチで表現しました。

  1. 青い水の中、谷川の底に二匹の蟹の子供と、上を泳ぐ魚のシルエットの挿絵。
    五月、谷川の底で蟹の子供らが話す。クラムボンはわらったよ。
  2. 谷川にかわせみが矢のように飛び込み、蟹の子供らが見上げる挿絵。
    青いコンパスのようなかわせみが、いきなり飛び込んでくる。
  3. 月光の差す谷川の底、三匹の蟹の親子と流れてきた黄ばんだやまなしの挿絵。
    十二月の月夜、やまなしが流れて木の枝にとまる。

語句の意味

  • 幻燈(げんとう) 光をあててスクリーンに絵をうつす、むかしのプロジェクター。映画より前の時代の映像装置。賢治はこの物語を「二枚の青い幻燈」として読者に見せようとしている。
  • クラムボン 賢治がつくった言葉。プランクトン・泡・光・水の中の小さな生きものなど、いろいろな読み方ができる。「正解」はなく、想像することが大切とされる。
  • かぷかぷ 賢治がつくったオノマトペ。クラムボンが笑う様子。「ぷかぷか」と泡が浮かぶ感じとも、「かぷっ」と何かを口にふくむ感じとも読める。
  • 鋼(はがね)のように 鉄のかたい光沢のたとえ。水面の上の青空が、蟹の目には「青くくらい鋼」のように見えるという表現。
  • 樺(かば)の花 白樺などの木の花。春の終わりごろ、白くて小さな花が川に流れて来る。
  • かわせみ 川や池の魚を捕って食べる、青く美しい小鳥。「青くて光る、はじが黒く尖っている」という蟹の子の描写は、かわせみの姿そのもの。
  • やまなし 山に自生する野生のなしの木の実。秋に実が熟して落ちる。賢治の故郷・岩手の山林にもあった。
  • 金雲母(きんうんも) 金色にきらきら光る鉱物。雲母(うんも)は薄い板になってはがれる岩石で、金色のものを金雲母という。
  • 水晶(すいしょう) とうめいな六角形の結晶をした鉱物。
  • 金剛石(こんごうせき) ダイヤモンドのこと。「金剛石の粉をはいている」とは、波が月光をうけてきらきら光る様子を、ダイヤモンドの粉のようだとたとえた表現。
  • イサド 賢治がつくった地名。蟹の親子が「明日はイサドへ」と楽しみにしている場所。賢治の理想郷を表すと考えられる。
  • 影法師(かげぼうし) ものの影。蟹三疋の体と、底にうつる三つの影、合わせて六つの「踊るような」影が描かれる。

考えてみよう

  1. 「クラムボンはわらったよ」「クラムボンは死んだよ」と、蟹の兄弟は何度もくり返します。クラムボンとは何だと思いますか。本文の中の手がかりを集めて、自分の考えを書きましょう。
  2. 「五月」の場面と「十二月」の場面で、谷川の底の様子はどうちがいますか。光・水・出てくる生きもの・音などを表にして比べてみましょう。
  3. 「五月」では魚がかわせみにつかまえられ、「十二月」ではやまなしが流れてきます。どちらも上から落ちてきますが、蟹の親子の気持ちは正反対です。何がちがうのでしょうか。
  4. 賢治はわざわざ「クラムボン」「イサド」「かぷかぷ」のような、辞書にのっていない言葉を使います。なぜそうしたのだと思いますか。あなたもひとつ、新しい言葉をつくって、その意味を友だちに伝えてみましょう。
  5. この物語のはじめと終わりに「私の幻燈」という言葉が出てきます。賢治はなぜ「物語」とも「絵」とも言わず、「幻燈」と表現したのでしょう。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「小学校学習指導要領(平成29年告示)」国語 第4学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • C(1)エ — 登場人物の気持ちの変化や性格、情景について、場面の移り変わりと結び付けて具体的に想像する
  • C(1)カ — 文章を読んで感じたことや考えたことを共有し、一人一人の感じ方などに違いがあることに気付く
  • 知識・技能(1)オ — 様子や行動、気持ちや性格を表す語句の量を増し、語彙を豊かにする

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

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出典・ライセンス

  • 原文: 宮沢賢治「やまなし」(1923年)
  • 入力テキスト: 青空文庫 (底本:「宮澤賢治全集7」ちくま文庫、筑摩書房、1985(昭和60)年12月3日第1刷)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors