老子 第一章「道可道、非常道」
高等学校 漢文 第1学年 古典 漢文中国古典思想言語文化 目安 30 分 JLPT N1 漢字 第9学年 語彙 上級 難易度 ★★★★★
学習のめあて
- 道家思想の核「道(タオ)」の概念を理解する
- 言語の限界という主題を漢文を通して体感する
- 儒家(孔子)と道家(老子)の対比を把握する
- 「無」「有」「玄」など、東洋哲学の基礎用語に触れる
本文
原文(漢文)
道可道、非常道。
名可名、非常名。
無名、天地之始。
有名、萬物之母。
故常無欲、以觀其妙。
常有欲、以觀其徼。
此兩者、同出而異名、
同謂之玄。
玄之又玄、衆妙之門。
書き下し文
道の道とすべきは、常の道に非ず。
名の名とすべきは、常の名に非ず。
無名は、天地の始。
有名は、萬物の母。
故に常に欲無くして、以て其の妙を觀る。
常に欲有りて、以て其の徼を觀る。
此の兩つの者は、同じく出でて名を異にし、
同じく之を玄と謂ふ。
玄の又玄なる、衆妙の門なり。
現代語訳
語りうる「道」は、永遠の真の「道」ではない。
名づけうる「名」は、永遠の真の「名」ではない。
名のない状態こそ、天地の始まりであり、
名のある状態こそ、万物を生み出す母である。
だから、欲を捨てて静まれば、「道」の奥深い妙(みょう)を観ることができ、
欲を持って向き合えば、「道」が形を取って現れる端(はし)を観ることができる。
この二つは、同じところから出ていながら、別の名で呼ばれているにすぎない。
これらをひとしく「玄(げん)」— 奥深い闇 — と呼ぶ。
玄の、さらに玄なるもの。それが、あらゆる妙が出入りする門である。
「道(タオ)」とは何か
老子の「道」は、私たちが日常で言う「道路」「道徳」「道理」のいずれでもない。むしろ、これらすべての概念がそこから派生してくる根源を指している。
日本語の「道」、英語の "way"、サンスクリットの "dharma"、ギリシア語の "logos" ── どの言語にも、宇宙の根本原理を指す語が存在する。老子の「道」は、その東アジア的形態である。
しかし老子は冒頭で衝撃的な宣言をする ── 「その『道』を、『道』と言葉で語ったとたん、それはもう真の『道』ではなくなっている」。語ろうとすれば、語ったその瞬間に取り逃がしてしまうもの。それが「道」だというのである。
言葉の限界という主題
「道可道、非常道」── 第一句は、東洋思想最古の言語論的反省と言える。
言葉は、世界を切り分け、区別を立てることで意味を持つ。たとえば「赤い」と言うとき、それは「赤くないもの」との対比でしか成立しない。だが、世界そのもの、宇宙の根源は ── 切り分け以前の、連続的な何かであるはずだ。
ならば、その根源を「○○である」と語った瞬間に、私たちはすでに切り分けてしまっている。だから真の「道」は語りえない。
にもかかわらず老子は、「語りえないものを語る」という矛盾を引き受けて、この経典を書いた。
儒家との対比:語る孔子、沈黙する老子
ほぼ同時代の中国に、孔子と老子という二大思想家がいた。両者の姿勢は対照的である。
| 儒家(孔子) | 道家(老子) | |
|---|---|---|
| 核となる概念 | 仁・礼・義 | 道・徳・無為 |
| 言語観 | 正名(名を正す)— 言葉で世界を秩序立てる | 道可道、非常道 — 言葉は真理を取り逃がす |
| 人間観 | 学んで君子となる(学習的) | 嬰児(あかご)のごとくあれ(還元的) |
| 社会観 | 礼を行い、政治を整える | 無為自然 — 為さざる治 |
| 到達点 | 君子 | 真人・聖人 |
だが両者は完全に対立しているのではない。むしろ、中国精神の二つの極として、互いを補完してきた。
役人として勤める朝には孔子を読み、退官して山に隠れる夕べには老子を読む ── そう言われるのが、伝統的中国知識人の生き方だった。
「無名」と「有名」、「妙」と「徼」
老子は対概念を多用する。
- 無名 / 有名 ── 「無名」は名づけ以前の根源、「有名」は名づけ以後の現象世界。
- 妙 / 徼 ── 「妙」は内側の奥深さ、「徼」は外側の端(はし)。
そして老子はこう言う ── 「この二つは、同じところから出ていながら、別の名で呼ばれているだけだ」。
無名と有名、妙と徼は、対立する二つではなく、同一の根源の二側面にすぎない。
これを老子は「玄(げん)」── 奥深い闇 ── と呼ぶ。そして玄のさらに玄なるものこそ、万物の根源だという。
近代との接続:ヴィトゲンシュタインと量子力学
「語りえぬもの」という主題は、20 世紀の西洋哲学にも甦った。
オーストリアの哲学者ヴィトゲンシュタインは『論理哲学論考』(1922)の末尾で、こう書いた ── 「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」。これは老子の「道可道、非常道」と2400 年を超えた呼応をなしている。
また、20 世紀の量子力学は「観測したとたん対象が変化する」という不確定性を発見した。
これも、「語ったとたん『道』ではなくなる」という老子の直観と、深いところでつながっている。
『老子』を読むということ
『老子道徳経』は、全 81 章、約 5000 字の短い書である。だがその一字一句が、2500 年にわたり、東アジアの精神を深く形作ってきた。
本章はその冒頭。言葉では届かないものを、言葉で指し示そうとする逆説から、老子の旅は始まる。読み手もまた、語りえぬものを語ろうとするこの矛盾を、自分自身の中に引き受けて読み進めなければならない。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 老子(ろうし) K 伝説的人物。司馬遷『史記』によれば、姓は李、名は耳、字は耼(たん)。周王朝の図書館長を務めたとされるが、実在性には諸説あり。『道徳経』の作者と伝えられる。
- 道徳経(どうとくきょう) K 全81章、約5000字の漢文経典。前半「道経」37章、後半「徳経」44章。道家思想の最高経典として、儒家の『論語』と並び中国思想の二大源流をなす。
- 道(みち / タオ) K 老子の中心概念。一般的な「道路」「道徳」の意ではなく、宇宙の根源・万物を生成する根本原理を指す。「名づけえぬもの」として描かれる。
- 道可道(みち の みち と す べき は) K 「言葉で語ることのできる『道』」。語ることが可能な「道」。
- 非常道(つね の みち に あらず) K それは「永遠の真の道」ではない。「常」は「常住・永遠」の意。
- 名可名(な の な とす べき は) K 「名づけることのできる『名』」。
- 非常名(つね の な に あらず) K それは「永遠の真の名」ではない。
- 無名(むめい) K 名のないもの。言語以前の根源。
- 天地之始(てんち の はじめ) K 天地の始まり。宇宙の始原。
- 有名(ゆうめい) K 名のあるもの。言語によって分節された世界。
- 萬物之母(ばんぶつ の はは) K 万物の母。あらゆる存在を生み出すもの。
- 妙(みょう) K かすかで深いもの。言葉では捉えられぬ微妙さ。
- 徼(きょう) K 境界・端緒。物事が形を取って現れる果て。
- 玄(げん) K 黒い、奥深い、神秘的。視覚的・知的に「見通せない深さ」を表す字。
- 衆妙之門(しゅうみょう の もん) K あらゆる「妙」が出入りする門。万物の根源への入り口。
- 道家(どうか) K 老子・荘子を祖とする中国古代思想流派。儒家の「人為(為すこと)」に対し、「無為自然(為さざること・あるがまま)」を尊ぶ。
考えてみよう
- 原文の冒頭「道可道、非常道。名可名、非常名。」を音読してみましょう。同じ漢字が繰り返される独特のリズムを感じてください。
- 「道を道と語ったとたん、それは真の道ではなくなる」— このパラドックスは、何を伝えようとしているのでしょうか。言語の限界という観点から考えましょう。
- 孔子(儒家)は「正しい道徳を語り、人を教える」立場でした。老子(道家)は「語りえぬものこそ真実」と説きます。この二人の思想家は対立しているのでしょうか、それとも補完し合っているのでしょうか。
- 「無名」「有名」「妙」「徼」「玄」— 老子の語彙は抽象的で、視覚化が難しいものばかりです。なぜ老子はこのような語彙を選んだのでしょうか。
- 現代の物理学・量子力学にも、「観測したとたん対象が変わってしまう」という主題があります(不確定性原理)。老子の「道可道、非常道」と現代物理の「観測問題」には、思想的な共通点があるでしょうか。
- あなたの経験の中で、「言葉にすると、なぜか本来の姿を失ってしまうもの」はありますか。たとえば、感動・愛情・美しさ・直観など。
指導要領との対応
このページは、文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)」漢文 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- 古典探究 — 漢文の文章を読み、その内容や表現の特色を捉える
- 言語文化 — 我が国の言語文化の基底にある漢文・漢語の伝統を理解する
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
指導案 教員向け・授業展開の例
『老子道徳経』第一章を通じて、道家思想の核「タオ」の概念に触れる。 儒家(孔子)と道家(老子)の対比のなかで、東洋思想の振幅を体感する。 「言葉では語りえぬもの」を漢文を通して語ろうとする逆説の教材。
指導目標
- 漢文訓読を通して『老子』第一章を読める
- 「道(タオ)」が単なる道徳でないことを理解する
- 「無名・有名」「妙・徼」の対概念を把握する
- 道家と儒家の思想的対比を整理する
授業の流れ
- 1時限・10分 老子の伝承と『道徳経』の概要を説明
- 1時限・15分 原文の素読 — 漢字のリズムを体感
- 1時限・15分 書き下し文・現代語訳の対照読み
- 1時限・10分 「道可道、非常道」のパラドックスを討論
- 2時限・15分 「妙」「徼」「玄」の語感を分析
- 2時限・20分 儒家(孔子)との対比 — 「為すこと/為さざること」
- 2時限・10分 現代思想(観測問題・神秘主義)との接続
- 2時限・5分 振り返り
発問例・議論のポイント
- 「語りえぬもの」を語ろうとする矛盾を、老子はどう克服しているか?
- 儒家と道家、どちらの立場が現代の私たちに必要だろうか?
- 「無為自然」は「何もしない」と同じか?
発展課題
- 『荘子』「逍遥遊」を併読する
- ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』末尾の「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」と対比する
- 禅仏教の「不立文字」と道家思想のつながりを探る
- 道教(宗教としての道教)と道家思想(哲学としての道家)の違いを整理する
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出典・ライセンス
- 原文: 老子(ろうし)「老子 第一章「道可道、非常道」」(-500年)
- 入力テキスト: 国民文庫 / 諸子百家 漢文叢書 (底本:『老子道徳経』全81章のうち、第1章。道家思想の根本宣言。王弼注本に基づく。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors