蠅 (はえ) — 横光利一
中学校 国語 第2学年 近代小説B 読むこと新感覚派 目安 25 分
学習のめあて
- 横 光 利 一 と 「新 感 覚 派」 を 知 る
- 「視 点」 と い う 小 説 技 法 を 体 感 す る
- 短 編 で 「群 像 劇」 を 描 く 手 法 を 理 解 す る
本文
あらすじ
真 夏 の 暑 い 日 の こ と。 田 舎 の 宿 場 に は、 一 台 の 古 い 馬 車 が 停 ま っ て い た。
馬 車 の 御 者 (ぎ ょ し ゃ) は、 出 発 の 時 間 を 待 ち な が ら 居 眠 り を し て い る。
馬 車 の 中 に は、 一 匹 の 蠅 が 止 ま っ て い る。
こ の 蠅 こ そ が、 こ の 物 語 の 「観 察 者」 で あ る。
や が て、 馬 車 に 七 人 の 乗 客 が 集 ま り 始 め た。
そ れ ぞ れ が、 そ れ ぞ れ の 事 情 を 抱 え て い る:
- 母 と 子 ─ 重 病 の 父 に 一 目 会 い に 行 こ う と し て い る
- 若 い 男 女 ─ 駆 け 落 ち の 途 中
- 田 舎 紳 士 ─ 商 売 で 大 金 を 持 ち、 急 い で 取 引 に 行 く 途 中
- 農 夫 親 子 ─ 都 会 で 一 旗 揚 げ よ う と し て い る
そ れ ぞ れ が「今 す ぐ 出 発 し て く れ」 と 御 者 を せ か す。 だ が 御 者 は な か な か 起 き な い。
や っ と 出 発 し た 馬 車 は、 急 ぎ 足 で 山 道 を 進 ん だ。
だ が ─ 御 者 は、 山 道 の 途 中 で 再 び 居 眠 り を 始 め て し ま う。
馬 は 自 分 の 判 断 で 進 む。 そ し て、 道 を 曲 が り そ こ ね、 馬 車 は 山 道 の 崖 (が け) か ら 一 気 に 転 落 し た。
七 人 の 乗 客 と 御 者、 そ し て 馬 ─ す べ て が、 谷 底 に 落 ち て 死 ん で し ま っ た。
そ の 瞬 間 ─ 蠅 だ け が、 馬 車 か ら ふ わ り と 飛 び 立 ち、 真 夏 の 青 空 の 中 へ と 消 え て い っ た。
解 説 ─ 革 命 的 な 「視 点」
「蠅」 の 文 学 史 上 の 衝 撃 は、 こ の 「視 点」 に あ る。
普 通 の 小 説 は、 主 人 公 (人 間) か、 神 の 視 点 (作 者) か ら 描 か れ る。
だ が 横 光 利 一 は ─ 一 匹 の 蠅 を 「観 察 者」 と し た。
こ の 視 点 か ら 物 語 を 描 く と、 こ う な る:
- 人 間 た ち の 「事 情」 は、 蠅 に は 関 係 が な い
- 母 子 の 願 い も、 駆 け 落 ち の 恋 も、 紳 士 の 商 売 も、 す べ て 「小 さ な 出 来 事」 と 化 す
- 馬 車 の 転 落 と い う 大 惨 事 が、 蠅 の 「飛 び 立 ち」 と 同 じ 重 さ で 描 か れ る
こ の 「人 間 中 心 的 視 点 か ら の 解 放」 が、 「蠅」 の 革 命 的 な 部 分 で あ る。
新 感 覚 派 と い う 文 学 運 動
横 光 利 一 は、 翌 1924 年 (大 正 13 年)、 川 端 康 成 ら と 同 人 誌『文 芸 時 代』 を 創 刊 し た。
こ の 同 人 か ら 生 ま れ た 文 学 運 動 が、 「新 感 覚 派」 で あ る。
新 感 覚 派 の 特 徴:
- 比 喩 の 革 新 ─ 「真 昼 の 海 は は が ね の よ う だ」 と い う 鮮 や か な 直 喩
- 視 点 の 実 験 ─ 「蠅」 の よ う な 非 人 間 視 点
- 感 覚 の 直 接 性 ─ 説 明 で は な く 感 覚 の 提 示
- 近 代 性 へ の 関 心 ─ 機 械 ・ 都 市 ・ ス ピ ー ド の 主 題
横 光 と と も に こ の 運 動 を 牽 引 し た 川 端 康 成 は、 後 に 1968 年 に ノ ー ベ ル 文 学 賞 を 受 賞 し た。
日 本 近 代 文 学 の 大 き な 一 つ の 系 譜 が、 こ こ か ら 始 ま っ て い る。
「蠅」 と い う タ イ ト ル
タ イ ト ル が 「七 人 の 乗 客」 で も「馬 車 の 転 落」 で も な く、 「蠅」 で あ る こ と が、 こ の 物 語 の 核 心 を 示 す。
人 間 た ち が 必 死 に 抱 え て い る 「事 情」「希 望」「悲 嘆」 ─ そ れ ら は、 蠅 か ら 見 れ ば、 何 の 意 味 も な い。
そ し て、 大 惨 事 の 後 も、 蠅 は ふ わ り と 飛 び 立 つ。 人 間 の 生 と 死 と は 関 係 な く、 自 然 の 営 み と し て。
こ の 視 点 が、 読 者 に 「人 間 中 心 的 思 考 へ の 揺 さ ぶ り」 を 与 え る。
あ な た 自 身 で 全 文 を
「蠅」 は 2000 字 程 度 の 短 い 短 編。
青 空 文 庫 で 全 文 が 読 め る。 ぜ ひ、 一 度 読 ん で、 「蠅 の 視 点」 を 体 験 し て み て ほ し い。
そ し て、 自 分 が「人 間 中 心」 で 物 事 を 見 て い る こ と に 気 づ い た と き、 こ の 一 篇 の 革 命 性 が、 君 に も 伝 わ る は ず だ。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 横 光 利 一 (よ こ み つ り い ち) K 1898–1947。 福 島 県 (会 津 若 松 出 身、 三 重 県 育 ち)。 早 稲 田 大 学 中 退。 川 端 康 成 と と も に 大 正 末 ~ 昭 和 初 期 の 「新 感 覚 派」 の 中 心 人 物。 「機 械」「上 海」「旅 愁」 な ど。 49 歳 で 病 没。
- 新 感 覚 派 (し ん か ん か く は) K 1924 年 か ら 1927 年 頃 に 同 人 誌 『文 芸 時 代』 を 中 心 に 活 動 し た 文 学 運 動。 横 光 利 一・川 端 康 成・片 岡 鉄 兵 ら。 「新 し い 感 覚」 で の 表 現 を 目 指 し、 比 喩 ・ 視 点 の 実 験 を 行 っ た。 「蠅」 (1923) は そ の 先 駆 作 と さ れ る。
- 文 藝 春 秋 (ぶ ん げ い し ゅ ん じ ゅ う) K 1923 年 1 月、 菊 池 寛 (き く ち か ん) が 創 刊 し た 文 芸 雑 誌。 後 に 出 版 社 文 藝 春 秋 へ。 「蠅」 は こ の 雑 誌 5 月 号 (創 刊 か ら 5 号 目) に 掲 載 さ れ た。
- 蠅 (は え) K 物 語 の 「観 察 者」 と し て の 役 割 を 果 た す 一 匹 の 昆 虫。 馬 車 に 止 ま り、 七 人 の 乗 客 と 御 者 の 様 子 を 「上 か ら」 見 続 け る。
- 御 者 (ぎ ょ し ゃ) K 馬 車 を 操 る 人。 物 語 で は、 居 眠 り を し て 馬 車 を 崖 か ら 転 落 さ せ て し ま う 重 要 な 役。
- 視 点 (し て ん) K 小 説 で 「誰 か ら 見 た 視 線」 を 指 す。 普 通 の 小 説 は 「人 物 か ら」「神 の 視 点 か ら」 だ が、 「蠅」 は 「一 匹 の 昆 虫 か ら」 と い う 革 命 的 な 視 点 を 採 用 し た。
- 群 像 劇 (ぐ ん ぞ う げ き) K 複 数 の 人 物 を 同 時 に 描 く 物 語 形 式。「蠅」 で は、 馬 車 に 乗 り 合 わ せ た 7 人 が、 そ れ ぞ れ の 事 情 を 抱 え な が ら 描 か れ る。
考えてみよう
- 「蠅」 の 視 点 か ら 物 語 が 描 か れ る 効 果 は 何 で し ょ う か。 人 物 の 視 点 か ら 描 い た ら、 何 が 変 わ る で し ょ う か?
- 馬 車 に 乗 り 合 わ せ た 7 人 は、 そ れ ぞ れ ど ん な 事 情 を 抱 え て い ま し た か?
- 御 者 が 居 眠 り を し て 馬 車 が 転 落 す る ─ こ の 結 末 を、 横 光 は な ぜ 「蠅 の 視 点」 で 描 い た の で し ょ う か?
- 「新 感 覚 派」 と い う 文 学 運 動 が、 こ の 時 代 (大 正 末 〜 昭 和 初 期) に 生 ま れ た 理 由 を 考 え ま し ょ う。
指導案 教員向け・授業展開の例
中2 国 語 で 「新 感 覚 派」 の 出 発 点 を 読 む。 「視 点」 と い う 小 説 技 法 を 体 感 さ せ る の が 主 眼。 短 編 だ が、 文 学 史 上 の 革 命 性 を 持 つ 作 品。
指導目標
- 新 感 覚 派 を 知 る
- 「視 点」 技 法 を 理 解 す る
- 群 像 劇 構 造 を 把 握 す る
授業の流れ
- 5分 横 光 利 一・川 端 康 成・新 感 覚 派 の 紹 介
- 25分 本 文 を 通 読 (青 空 文 庫)
- 15分 「蠅 の 視 点」 の 効 果 を 議 論
- 5分 振 り 返 り
発問例・議論のポイント
- 「動 物 の 視 点」 で 物 語 を 描 く こ と の 意 味 は?
- 新 感 覚 派 と 現 代 文 学 (村 上 春 樹 等) の 関 係 は?
発展課題
- 横 光 利 一 「機 械」 を 読 む
- 川 端 康 成 と 新 感 覚 派 の 関 係 を 調 べ る
- 「視 点」 の 異 な る 小 説 (一 人 称 ・ 三 人 称 ・ 動 物 視 点) を 比 較
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