シェイクスピア『ハムレット』第三幕第一場「生か、死か、それが疑問だ」
高等学校 古典 (西洋翻訳) 第1学年 古典 西洋古典翻訳文学戯曲 目安 25 分 JLPT N1 漢字 第9学年 語彙 上級 難易度 ★★★★★
学習のめあて
- シェイクスピア戯曲の代表的独白を日本語訳で読む
- 翻訳の困難 (1600年の英語 → 明治の日本語 → 現代の私たち) を体感する
- 「生きるか死ぬか」の根本問題に文学がどう向き合うかを考える
本文
原文 (英語)
To be, or not to be, that is the question:
Whether 'tis nobler in the mind to suffer
The slings and arrows of outrageous fortune,
Or to take arms against a sea of troubles
And by opposing end them.
坪内逍遥訳 (1929)
生か、死か、それが疑問だ。
運命の無慚な飛礫を、ぢつと堪しのぶが、男らしい所為か、
あるひは怒濤のごとき艱難に立ち向つて、
戦ひ挑みつつ、これに勝つのが男らしいか?
現代語訳・要点
生きるべきか、死ぬべきか — それが問題だ。
運命のひどい仕打ち (投石・矢の比喩) をじっと耐えるのが立派な生き方か。
それとも、波のように押し寄せる苦難に立ち向かい、戦って終わらせるのが立派な生き方か。
独白の位置づけ
父である先王を、叔父クローディアスに毒殺されたデンマーク王子ハムレットは、亡父の幽霊から真相を告げられ、復讐を誓う。しかし行動に移すことに迷い、苦悩する。第三幕第一場、この独白は、そうした苦悩の頂点に置かれる。
「生か、死か」は、表面的には「自殺しようかどうか」の問いだが、深層では「苦しみに耐えるか、戦って死ぬか」の選択でもある。ハムレットの個人的悲劇を超えて、人間一般の根本的な実存問題に触れている。
翻訳の比較
| 訳者 | "To be, or not to be" |
|---|---|
| 坪内逍遥 (1929) | 生か、死か、それが疑問だ |
| 福田恆存 (1955) | 生きるべきか、死すべきか、それが問題だ |
| 小田島雄志 (1972) | このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ |
| 松岡和子 (1996) | 生きてとどまるか、消えてなくなるか、それが問題だ |
「To be」をどう訳すかで、ハムレットの苦悩の質も変わる。「生か死か」「生きるべきか死すべきか」は文字通り。「このままでいいのか」は現状維持 vs 変革の問いとして。「生きてとどまる」は存在論として。
同じ原文が、訳者ごとに違うハムレットを生む — これが翻訳という営みの不思議さ・困難さの本質である。
近代日本における西洋古典翻訳
坪内逍遥が明治末から大正にかけて、シェイクスピア全戯曲を翻訳した事実は、日本近代文学史上の事件であった。漱石・鴎外と並んで、西洋文学を日本語に移植した最大の試みの一つ。
当時の日本人にとって、シェイクスピアは「西洋文学のすべて」を象徴する存在だった。それを「日本語で読める」ようにすることは、西洋を自分のものとして引き受ける行為であり、近代日本の自己形成と不可分の作業だった。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- ハムレット K シェイクスピア四大悲劇の一。デンマーク王子ハムレットが、亡父の幽霊から殺害の真相を聞き、復讐を果たすまでの物語。1600年頃成立。
- 独白 (どくはく) K 戯曲で、人物が一人で自分の心の中を語る台詞。soliloquy。
- 坪内逍遥 (つぼうち しょうよう) K 1859–1935。日本における西洋文学研究・翻訳の祖。『沙翁全集』(シェイクスピア全集) は明治末から昭和初期にかけて完成。
- 沙翁 (シャオウ・さおう) K シェイクスピアの古い当て字。「沙士比阿」(シェイクスピア) の「沙」を取って「沙翁」(シェイクスピア翁)。
- 運命の矢 K 原文 "the slings and arrows of outrageous fortune"。「無情なる運命の投石と矢」=人生の理不尽な苦しみ。
考えてみよう
- 「生か、死か、それが疑問だ」を声に出して読みましょう。原文 To be, or not to be も英語で読み比べてみましょう。
- ハムレットは何を「疑問」としているのでしょうか。「生きるか、死ぬか」を、彼の状況 (父を殺された王子) を踏まえて考えましょう。
- 坪内逍遥は、明治末にこれを「生か、死か、それが疑問だ」と訳しました。後の翻訳者は「生きるべきか、死すべきか、それが問題だ」「在るべきか、在らざるべきか」などと訳しています。これら複数の訳の違いを比べてみましょう。
- シェイクスピアの戯曲は 17 世紀初頭のロンドンで書かれましたが、日本では明治の坪内逍遥がはじめて本格的に紹介しました。なぜ、近代日本人にとって西洋古典の翻訳がそれほど重要だったのでしょうか。
指導案 教員向け・授業展開の例
シェイクスピアの代表的独白を、坪内逍遥訳で読む。西洋古典翻訳が 日本近代に果たした役割を、翻訳の困難そのものから考える。
指導目標
- シェイクスピア戯曲の独白形式を理解する
- 翻訳の選択肢 (To be をどう訳すか) を比べる
- 西洋翻訳が日本近代文学に与えた影響を知る
授業の流れ
- 5分 シェイクスピアの生涯と『ハムレット』のあらすじ
- 10分 坪内逍遥訳を音読
- 10分 英語原文を声に出して読む (ALT 等いれば協力)
- 15分 3 種類の日本語訳を比較
- 10分 「翻訳とは何か」議論
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