冬が来た
「きっぱりと冬が来た」 — 1913 年、29 歳の高村光太郎が、力強いリズムで冬の到来を宣言した詩。「冬よ/僕に来い」の決意の一行で結ばれる。
1912〜1926 年。「赤い鳥」を中心とした児童文学運動と、漱石・芥川ら近代文学の黄金期。
「きっぱりと冬が来た」 — 1913 年、29 歳の高村光太郎が、力強いリズムで冬の到来を宣言した詩。「冬よ/僕に来い」の決意の一行で結ばれる。
「僕の前に道はない/僕の後ろに道はできる」— 高村光太郎が結婚直前に書いた、自分の生き方を切り開く決意の詩。短いが力強い、現代日本の口語自由詩の出発点のひとつ。
「僕 の 前 に 道 は な い / 僕 の 後 ろ に 道 は 出 来 る」── 大 正 3 年 (1914)、 高 村 光 太 郎 (1883–1956) 31 歳。 妻 智 恵 子 と の 出 会 い と 共 に、 自 立 し て 道 を 創 る 決 意 を 9 行 の 詩 に 結 晶。 小 6 で 名 詩 を 暗 唱 し、 中 学 へ の 自 立 心 を 育 て よ う。
「自己本位 (じこほんい) と いう 言葉 を 自分 の 手 に 握 っ て か ら、 私 は 非常 に 強 く な っ た」── 夏目漱石 が 47 歳、 死 の 2 年 前 に 学習院 で 行 っ た 名 講演。 「自分 で 考える」 こと の 大切さ を、 自身 の 苦悩 を 通 し て 語 る。
「いちめんのなのはな」— ただ「なのはな」をくり返すだけで、見渡すかぎりの菜の花畑の景色を立ち上がらせる、山村暮鳥の有名な視覚詩。詩集『聖三稜玻璃』所収。
平安京の朱雀大路、羅生門の下で雨やみを待つ一人の下人。死骸の山の中で老婆と出会い、「饑死か盗人か」の問いに迫られる。高校国語の不朽の定番、芥川23歳のデビュー作。
京都・高瀬川を下る舟に、罪人・喜助 (きすけ) と護送役人・庄兵衛 (しょうべえ) が乗る。弟殺しの罪を負うはずの喜助は、なぜか穏やか ―― この一場面が問いかける「足ること」と「安楽死」の倫理。
「禅智内供 (ぜんちないぐ) の 鼻 と 言 え ば、 池 の 尾 で 知 ら ない 者 は ない」── 芥川龍之介 が 23 歳 で 書 い た 出世 作。 顎 を 越 す ほ ど の 長 い 鼻 を 持 つ 僧 侶 の 心理 を、 鋭く 描 く。 「人 の 不幸 を 喜 ぶ 心」 を 暴く、 芥川 の 名作 短編。
「片 手 に 論 語、 片 手 に 算 盤 (そ ろ ば ん)」── 「日 本 資 本 主 義 の 父」 渋 沢 栄 一 が、 約 500 の 企 業 を 創 設 し た 経 験 か ら 説 く、 道 徳 と 経 済 を 両 立 さ せ る 経 営 哲 学。 2024 年 新 一 万 円 札 の 肖 像。
「政 権 運 用 の 究 極 の 目 的 は、 政 治 上 一 般 民 衆 の 利 福 並 び に 意 嚮 を 重 ん ず る に あ る」── 大 正 5 年、 吉 野 作 造 が 雑 誌 『中 央 公 論』 に 発 表 し、 大 正 デ モ ク ラ シ ー の 理 論 的 支 柱 と な っ た 記 念 的 論 文。 「民 本 主 義」 と い う 新 概 念 を 提 唱。
「光 る 地 面 に 竹 が 生 え、 青 竹 が 生 え」── 萩 原 朔 太 郎 が 大 正 6 年 に 詠 ん だ、 真 直 ぐ に 伸 び る 竹 の 詩。 オ ノ マ ト ペ と リ フ レ イ ン で、 竹 の 生 命 力 を 描 く 名 詩。
「うすしどに うちにたまよりたまよ うすしどに……」 — 萩原朔太郎『月に吠える』。口語自由詩を確立し、日本近代詩を 一気に 大人にした 1917 年の処女詩集から、二つの短詩を読む。
「お 釈 迦 様 は 極 楽 の 蓮 池 の ふ ち を、 ひ と り で ぶ ら ぶ ら 御 歩 き に な っ て い ら っ し ゃ い ま し た」── 大盗賊カンダタが地獄から這い上がろうとする物語。「赤い鳥」創刊号を飾った芥川龍之介の名作短編。
「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの」— 故郷を離れて、東京の路上に立ち尽くす青年の、痛切なほどに美しい一篇。室生犀星『抒情小曲集』所収の名詩。
「ふるさとは遠きにありて思ふもの、そして悲しくうたふもの」── 室生犀星が東京で書いた、故郷・金沢への切ない断章。離れているからこそ、ふるさとは美しい。離れているからこそ、ふるさとは詩になる。
老夫婦に授かった指ほどの大きさの男の子・一寸法師が、京の都を目指して針の刀とお椀の舟で旅立つ。鬼を退けて姫君と結ばれる、日本五大昔話のひとつ。
「ドンブラコッコ、スッコッコ」— 川を流れてきた大きな桃から生まれた桃太郎が、犬・猿・きじを家来にして鬼が島の鬼を退治する、日本五大昔噺のひとつ。明治・大正の童話作家、楠山正雄による定番の再話。
「ぎ ん ぎ ん ぎ ら ぎ ら 夕 日 が 沈 む、 ぎ ん ぎ ん ぎ ら ぎ ら 日 が 沈 む」── 大 正 10 年、 葛 原 し げ る が 作 詞 し た 童 謡。 鮮 や か な オ ノ マ ト ペ で 夕 焼 け 空 を 描 く、 日 本 人 に 最 も 親 し ま れ た 一 篇。
「烏なぜ啼くの、烏は山に、可愛い七つの子があるからよ」── 大正10年、野口雨情が母烏と子烏の愛情を歌った童謡。 山 の 巣 で 待つ 七 つ の 子 を 思 う 母 の こころ が、 ふ し ぎ な やさしさ で 描 か れ る。
「夕焼小焼の赤とんぼ、おわれて見たのはいつの日か」── 大正10年、三木露風が郷里・揖保川(兵庫県)の風景を思い出して書いた、日本で最も愛唱される童謡。秋の夕焼け、遠くなった子供時代、おばあちゃんの背中の温もり。
北の海で生まれた人魚の娘は、ある夜、ろうそく屋の老夫婦に拾われる。やがてろうそく屋は栄えるが…。人魚が描く赤いろうそくと、人間の欲が交錯する物語。
「堅雪かんこ、しみ雪しんこ」— 雪のすっかり凍った冬の野原。四郎とかん子は小狐の紺三郎に出会い、狐小学校の幻燈会へ招かれる。賢治がはじめて発表した童話、雪と月夜と狐たちのうつくしい交歓の物語。
「か ら ま つ の 林 を 過 ぎ て、 か ら ま つ を し み じ み と 見 き」── 大 正 期、 北 原 白 秋 が 信 州 ・ 軽 井 沢 の 落 葉 松 林 を 詠 ん だ 8 連 の 自 然 詩。 反 復 と 抑 制 さ れ た 文 体 が、 静 か な 林 の 美 し さ を 伝 え る。
「春の海ひねもすのたりのたりかな」 — 与謝蕪村の句から始まる、寺田寅彦の科学随筆「春六題」。春の海が「のたりのたり」と動く物理を、波動・拡散・流体力学から読み解く。
「シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ。屋根まで飛んで、こわれて消えた」── 大正11年、野口雨情が亡くした幼い娘を偲んで書いた童謡。 シャボン玉 の 短い 命 に、 失 わ れ た 命 が 重 な る。
「お ば あ さ ん は、 め が ね の お か げ で、 細 か い 仕 事 が で き る よ う に な っ た」── 小 川 未 明 が 描 く、 月 夜 に お ば あ さ ん の も と へ や っ て き た 不 思 議 な め が ね 売 り。 や が て 訪 れ る、 蝶 の よ う な 美 し い 少 女 と の 出 会 い。
八歳の良平は、村はずれの工事現場で土工と一緒にトロッコを押して、夢中で遠くまで行く。日が暮れかかる頃に一人で帰される少年の不安と必死さ、そして大人になっても消えない記憶を描く芥川の名短編。
一杯の湯気の立つお茶碗から、対流・雲のでき方・竜巻・季節風まで、身近な現象を入り口に地球規模の気象へと話が広がっていく、寺田寅彦の代表的な科学随筆。
毎朝の通勤電車の混み具合を「物理学の実験」として観察した寺田寅彦の随筆。混雑は偶然ではなく統計的な分布をもつことを示し、確率と日常を結びつけた、理科的なものの見方の入門。
「クラムボンはわらったよ」「クラムボンはかぷかぷわらったよ」— 谷川の底に住む蟹の親子が見た、五月と十二月の二つの幻燈。光・影・水音・匂い、賢治の言葉の魔法に出会う名作短編。
「真 夏 の 宿 場 は 空 虚 で あ っ た」── 横 光 利 一 が 25 歳 で 書 い た、 文 学 史 上 革 命 的 な 短 編。 馬 車 に 乗 り 合 わ せ た 七 人 と、 そ れ を 見 守 る 一 匹 の 蠅。 川 端 康 成 と と も に 「新 感 覚 派」 の 出 発 点 と な っ た 名 作。
「子 ど も を 育 て る こ と は、 一 つ の 国 を 育 て る こ と と 同 じ で あ る」── 12 人 の 子 を 育 て な が ら 詩 を 書 き、 評 論 を 書 き、 平 和 を 唱 え た 与 謝 野 晶 子 の、 家 庭 と 育 児 に つ い て の エ ッ セ イ。
「からたちの花が咲いたよ。白い白い花が咲いたよ」── 北原白秋が、少年時代の苦い思い出を「からたちの花」に託して歌った童謡。やわらかな白い花、するどい棘、そしてそのそばで泣いた日。やさしさと痛みが、一つの花に。
山奥で道に迷った二人の紳士が、立派な西洋料理店「山猫軒」を見つけて入る。次々と現れる扉の不思議な「注文」の意味は…?ユーモアと風刺の効いた賢治童話の代表作。
「朝 焼 け 小 焼 け だ 大 漁 だ」── 山 口 県 仙 崎 の 浜 で 育 っ た 金 子 み す ゞ (1903–1930) が、 大 漁 の 喜 び の 中 に 海 の 悲 し み を 見 つ め た 童 謡『大 漁』。 全 8 行 の 短 い 詩 で、 視 点 を 変 え る こ と・命 へ の 優 し さ を 教 え る 名 作。
「あめあめ ふれふれ かあさんが じゃのめで おむかい うれしいな」 — 北原白秋が大正期に書いた、雨の日の母と子の童謡。100 年たった今も、世代を超えて歌い継がれる。
「見 え な い け れ ど あ る ん だ よ / 見 え ぬ も の で も あ る ん だ よ」── 金 子 み す ゞ (1903–1930) の 名 詩『星 と た ん ぽ ぽ』。 昼 の 星、 散 っ た 後 の た ん ぽ ぽ の 根 ─ 見 え な い が 確 か に そ こ に あ る 命 を 歌 う。 小 2 で 既 出 の『私 と 小 鳥 と 鈴 と』 と 並 ぶ み す ゞ の 代 表 作。
「お う い 雲 よ / ゆ う ゆ う と / 馬 鹿 に の ん き さ う で は な い か」── 山 村 暮 鳥 が、 死 の 直 前 に 雲 に 語 り か け た 短 い 詩。 病 床 の 詩 人 か ら 空 の 雲 へ の、 や さ し い 呼 び か け。
「この明るさのなかへ ひとつの素朴な琴をおけば、秋の美しさに耐へかね、琴はしづかに鳴りいだすだらう」 — 八木重吉が大正期に書いた、短いがふかい詩。秋の光のなかで、ことが ひとりでに 鳴り出すような風景。
「美 味 を 求 め て 真 を 知 る」── 大 正 14 年 (1925)、 衆 議 院 議 員 木 下 謙 次 郎 (1869–1947) が 著 し た 食 文 化 の 大 著『美 味 求 真』。 日 本 ・ 中 国 ・ 西 洋 の 料 理 と 食 材 を 詳 細 に 研 究 し た 約 1400 ペ ー ジ の 古 典。 小 5 家 庭 科 で 食 文 化 の 深 み を 学 ぼ う。