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羅生門

高等学校 国語 第1学年 B 読むこと 目安 50 分

作者
芥川龍之介(1892–1927)
原作発表
1915 年
出典
青空文庫
底本:「芥川龍之介全集1」ちくま文庫、筑摩書房、1986年9月24日第1刷発行(1997年4月15日第14刷を入力に使用)/親本:筑摩全集類聚『芥川龍之介全集第一巻』筑摩書房、1971年

学習のめあて

  • 下人の心情変化(雨やみを待つ→老婆を見て憎悪→老婆の話を聞いて勇気→着物を剥ぐ)を、本文の描写を引いて追う
  • 「饑死をするか盗人になるか」の問いに対する下人の答えがどう変わるかを、場面ごとに整理する
  • 老婆の論理(「仕方がない」「大目に見てくれる」)と、それを聞いた下人の選択が示すものを、自分の言葉で考察する
  • 結末「下人の行方は、誰も知らない」が読者に与える効果を考える

本文

 ある日の暮方の事である。一人の下人げにんが、羅生門らしょうもんの下で雨やみを待っていた。

 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗にぬりげた、大きな円柱まるばしらに、蟋蟀きりぎりすが一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路すざくおおじにある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠いちめがさ揉烏帽子もみえぼしが、もう二、三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。

 何故かと云うと、この二、三年、京都には、地震とか辻風つじかぜとか火事とか饑饉とか云うわざわいがつづいて起った。そこで洛中らくちゅうのさびれ方は一通りではない。旧記によると、仏像や仏具を打砕いて、そのがついたり、金銀のはくがついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、たきぎしろに売っていたと云う事である。洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸こりが棲む。盗人ぬすびとが棲む。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。

 その代りまたからすがどこからか、たくさん集って来た。昼間見ると、その鴉が何羽となく輪を描いて、高い鴟尾しびのまわりを啼きながら、飛びまわっている。ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが胡麻ごまをまいたようにはっきり見えた。鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、ついばみに来るのである。——もっとも今日は、刻限こくげんが遅いせいか、一羽も見えない。ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、鴉のふんが、点々と白くこびりついているのが見える。下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした紺のあおの尻を据えて、右の頬に出来た、大きな面皰にきびを気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。

 作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。ふだんなら、勿論、主人の家へ帰る可き筈である。所がその主人からは、四、五日前に暇を出された。前にも書いたように、当時京都の町は一通りならず衰微すいびしていた。今この下人が、永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波にほかならない。だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。その上、今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme に影響した。さるこく下りからふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。そこで、下人は、何をおいても差当り明日の暮しをどうにかしようとして——云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。

 雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出したいらかの先に、重たくうす暗い雲を支えている。

 どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいるいとまはない。選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば——下人の考えは、何度も同じ道を低徊ていかいした揚句あげくに、やっとこの局所へ逢着ほうちゃくした。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来る可き「盗人になるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

 下人は、大きなくさめをして、それから、大儀たいぎそうに立上った。夕冷えのする京都は、もう火桶ひおけが欲しいほどの寒さである。風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。丹塗の柱にとまっていた蟋蟀も、もうどこかへ行ってしまった。

 下人は、くびをちぢめながら、山吹やまぶき汗袗かざみに重ねた、紺の襖の肩を高くして門のまわりを見まわした。雨風のうれえのない、人目にかかるおそれのない、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。すると、幸い門の上の楼へ上る、幅の広い、これも丹を塗った梯子はしごが眼についた。上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。下人はそこで、腰にさげた聖柄ひじりづか太刀たち鞘走さやばしらないように気をつけながら、藁草履わらぞうりをはいた足を、その梯子の一番下の段へふみかけた。

 それから、何分かの後である。羅生門の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の容子ようすを窺っていた。楼の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。短い鬚の中に、赤くうみを持った面皰のある頬である。下人は、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高をくくっていた。それが、梯子を二、三段上って見ると、上では誰か火をとぼして、しかもその火をそこここと動かしているらしい。これは、その濁った、黄いろい光が、隅々に蜘蛛くもの巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。

 下人は、守宮やもりのように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。そうして体を出来るだけ、平らにしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内をのぞいて見た。

 見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾つかの死骸しがいが、無造作に棄ててあるが、火の光の及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数は幾つともわからない。ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の死骸と、着物を着た死骸とがあるという事である。勿論、中には女も男もまじっているらしい。そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土をねて造った人形のように、口を開いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久におしの如く黙っていた。

 下人は、それらの死骸の腐爛ふらんした臭気に思わず、鼻をおおった。しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。

 下人の眼は、その時、はじめてその死骸の中にうずくまっている人間を見た。檜皮色ひわだいろの着物を着た、背の低い、せた、白髪頭しらがあたまの、猿のような老婆である。その老婆は、右の手に火をともした松の木片きぎれを持って、その死骸の一つの顔を覗きこむように眺めていた。髪の毛の長い所を見ると、多分女の死骸であろう。

 下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時ざんじは呼吸をするのさえ忘れていた。旧記の記者の語を借りれば、「頭身とうしんの毛も太る」ように感じたのである。すると老婆は、松の木片を、床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、丁度、猿の親が猿の子のしらみをとるように、その長い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。髪は手に従って抜けるらしい。

 その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。そうして、それと同時に、この老婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて来た。——いや、この老婆に対すると云っては、語弊ごへいがあるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。この時、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、饑死をするか盗人になるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らく下人は、何の未練もなく、饑死を選んだ事であろう。それほど、この男の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の木片のように、勢いよく燃え上り出していたのである。

 下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。勿論、下人は、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。

 そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。そうして聖柄の太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。老婆が驚いたのは云うまでもない。

 老婆は、一目下人を見ると、まるでいしゆみにでもはじかれたように、飛び上った。

「おのれ、どこへ行く。」

 下人は、老婆が死骸につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行手をふさいで、こうののしった。老婆は、それでも下人をつきのけて行こうとする。下人はまた、それを行かすまいとして、押しもどす。二人は死骸の中で、しばらく、無言のまま、つかみ合った。しかし勝敗は、はじめからわかっている。下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、無理にそこへじ倒した。丁度、にわとりの脚のような、骨と皮ばかりの腕である。

「何をしていた。云え。云わぬと、これだぞよ。」

 下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀のさやを払って、白いはがねの色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球めだまがまぶたの外へ出そうになるほど、見開いて、唖のように執拗しゅうねく黙っている。これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。後に残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。そこで、下人は、老婆を見下しながら、少し声を柔らげてこう云った。

「己は検非違使けびいしの庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。だからお前になわをかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、今時分この門の上で、何をして居たのだか、それを己に話しさえすればいいのだ。」

 すると、老婆は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその下人の顔を見守った。まぶたの赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。細い喉で、尖った喉仏のどぼとけの動いているのが見える。その時、その喉から、鴉の啼くような声が、あえぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。

「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、かずらにしようと思うたのじゃ。」

 下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑ぶべつと一しょに、心の中へはいって来た。すると、その気色けしきが、先方へも通じたのであろう。老婆は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、ひきのつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。

「成程な、死人の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。現在、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸しすんばかりずつに切って干したのを、干魚ほしうおだと云うて、太刀帯たてわきの陣へ売りに往んだわ。疫病えやみにかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この女の売る干魚は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料さいりょうに買っていたそうな。わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」

 老婆は、大体こんな意味の事を云った。

 下人は、太刀を鞘におさめて、その太刀のつかを左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きな面皰を気にしながら、聞いているのである。しかし、これを聞いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて来た。それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上って、この老婆を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。下人は、饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。その時のこの男の心もちから云えば、饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。

「きっと、そうか。」

 老婆の話がおわると、下人はあざけるような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面皰から離して、老婆の襟上えりがみをつかみながら、噛みつくようにこう云った。

「では、己が引剥ひはぎをしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饑死をする体なのだ。」

 下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。梯子の口までは、僅に五歩を数えるばかりである。下人は、剥ぎとった檜皮色の着物をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。

 しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、這って行った。そうして、そこから、短い白髪しらがさかさまにして、門の下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々こくとうとうたる夜があるばかりである。

 下人の行方ゆくえは、誰も知らない。

(大正四年九月)

語句の意味

  • 羅生門(らしょうもん) 平安京の朱雀大路の南端に立っていた大門。物語では荒廃して死人捨て場と化している。
  • 下人(げにん) 身分の低い使用人。ここでは主人の家を解雇された無職の若い男。
  • 朱雀大路(すざくおおじ) 平安京の中央を南北に走るメインストリート。羅生門はその南端。
  • 丹塗(にぬり) 朱色の塗料を塗ったもの。
  • 市女笠(いちめがさ)/揉烏帽子(もみえぼし) 「市女笠」は女性のかぶる笠、「揉烏帽子」は男性のかぶる帽子。ともに当時の旅装の代表。
  • 辻風(つじかぜ) 道のつじ(交差する場所)に起こるつむじ風。
  • 饑饉(ききん) 食糧が極端に不足し、人々が飢えること。
  • 洛中(らくちゅう) 京の都の中。
  • 狐狸(こり) 狐とたぬき。荒れた建物に棲むとされた。
  • 鴟尾(しび) 寺院や宮殿の屋根の両端に置かれる、魚の尾のような形の装飾。
  • 申(さる)の刻(こく) 午後3時から5時ごろ。「申の刻下がり」は午後5時近く。
  • 平安朝の下人の Sentimentalisme(サンチマンタリスム) 「感傷主義」。芥川は近代的な心理用語をフランス語のまま用いて、平安期の下人を現代の青年と地続きの存在として描いている。
  • 築土(ついじ) 土を固めて作った塀。
  • 低徊(ていかい) 同じところを何度も行ったり来たりすること。
  • 逢着(ほうちゃく) 行きつくこと。
  • 聖柄(ひじりづか)の太刀 柄に飾りのない、簡素な拵えの太刀。下人の身分の低さを示す。
  • 蟋蟀(きりぎりす) ここでは現代の「こおろぎ」を指す古名。
  • 鬘(かずら) 髪の毛で作った「かつら」。
  • 太刀帯(たてわき) 平安時代の警備官。皇太子を守る武官。
  • 検非違使(けびいし) 平安時代の警察・裁判を担当した役所。
  • 引剥(ひはぎ) 通行人を襲って衣服や持ち物を奪い取る盗賊。
  • 黒洞々(こくとうとう)たる 真っ暗で何も見えない様子。芥川独特の力強い形容。

考えてみよう

  1. 冒頭から下人が梯子を上るまでの場面で、下人の置かれた状況(職・天気・心の状態)を本文から整理しましょう。
  2. 下人が梯子を上って楼の上に死骸を見たとき、最初に「悪に対する反感が…強さを増して来た」とあります。なぜ反感が強くなったのか、本文の表現を引いて説明しましょう。
  3. 老婆の話を聞き終えた下人に「ある勇気が生まれて来た」とあります。この勇気は、楼に上る前の下人に欠けていたものでした。それは具体的にどのような勇気で、何を可能にしたのでしょうか。
  4. 老婆の論理(蛇を干魚と偽って売っていた女は、そのくらいされてもいい人間だ/自分の今していることも仕方がない)と、下人が最後にとった行動の関係を整理しましょう。下人は老婆の論理に同意したのか、それとも別の何かが起きたのか。
  5. 結末「下人の行方は、誰も知らない」は初出時には別の文だったとされます。この一文がもつ効果(読者に何を想像させるか)を、自分の言葉で書きましょう。
  6. 「羅生門」という題名は、物語の中で何を象徴していると考えられますか。建物としての羅生門と、下人の心の状態を結びつけて考えましょう。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)」国語 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • B(1)エ — 文章の構成や展開、表現の仕方について、評価することを通して、自分の考えを広げたり深めたりする
  • B(1)イ — 登場人物の心情や行動の意味、複数の場面の場面相互の関係を、根拠を明確にして捉える
  • B(1)オ — 作品の特色について、評価することを通して、自分の考えを広げたり深めたりする

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

出典・ライセンス

  • 原文: 芥川龍之介「羅生門」(1915年)
  • 入力テキスト: 青空文庫 (底本:「芥川龍之介全集1」ちくま文庫、筑摩書房、1986年9月24日第1刷発行(1997年4月15日第14刷を入力に使用)/親本:筑摩全集類聚『芥川龍之介全集第一巻』筑摩書房、1971年)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors