小景異情・その二「ふるさとは遠きにありて思ふもの」 — 室生犀星
中学校 国語 第3学年 近代詩B 読むこと言語文化 目安 20 分
学習のめあて
- 日本近代詩の代表的一篇を、原詩で読む
- 「ふるさと」という近代的な概念を考える
- 「遠さ」がなぜ美を生むかを体感する
- 室生犀星の詩風と人生背景を理解する
本文
小景異情・その二 (室生犀星)
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこゝろもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
現代語訳
ふるさと とは、遠く 離れた ところに 居て こそ、想い 出す ものだ。
そして、悲しく 詩 (うた) と して 歌う ものだ。
たとえ、私 が 落ちぶれて、見知らぬ 土地 で 乞食 (こじき) に 身 を 落として しまった と しても ─
ふるさと は、私 の 「帰る べき 場所」 で は ない だろう。
ひとり、都 (= 東京) の 夕暮れ に、ふるさと を 思って、涙 ぐむ ─
その 気持ち を 抱いた まま、また、遠く 離れた 都 (東京) に 帰ろう。
遠く 離れた 都 に、帰ろう。
「ふるさとは 遠きにありて 思ふもの」 という 逆説
詩 の 第一行 「ふるさと は 遠きにありて 思ふもの」 ─ これ は、日本人 が 「ふるさと」 という 言葉 で 感じる もの の、もっとも 本質 的 な 部分 を 突いて いる。
ふるさと は、遠く 離れて いる から こそ、思い 出される。
近く に 住んで いる とき、私 たち は 自分 の 故郷 を、ただ 当たり前 の 風景 と して しか 見ない。
だが、ひとたび 都市 (東京 や 大阪) に 出て、何ヶ月、何年 が 経つ と ─ 故郷 は、その 距離 の 分 だけ、美しく 輝き 始める。
これ は、近代 日本人 の 「故郷喪失」 を 象徴 する。
明治 維新 (1868) 以降、多くの 日本人 が、農村 から 都市 へ と 移動 した。彼ら にとって、「ふるさと」 は ── 帰る べき 実在 の 場所 で は なく、東京 の 夕暮れ で 思い 出す「心 の 中 の 風景」 に なった。
「帰る ところに あるまじや」 ─ 痛み の 中心
だが、詩 の 中盤 で、犀星 は 衝撃 的 な こと を 言う ──
「たとえ 私 が 乞食 に なって しまった と しても、ふるさと は、私 の 帰る べき 場所 で は ない」。
なぜ?
なぜ、犀星 にとって 「ふるさと」 は、思い 出す もの で は あって も、帰る 場所 で は ない の か?
ここ に、犀星 自身 の 苦しい 出自 が 影 を 落として いる。
室生犀星 という 人
室生犀星 (1889 – 1962) は、石川県 金沢 で、加賀 藩士 の 父 と、その 召使 だった 母 の 間 に 生まれた。
だが、生母 と は すぐ に 引き離され、雨宝院 (うほういん) という 寺 の 養子 と なって 育った。
養家 の 暮らし は 厳しく、犀星 は 学校 で も いじめ に 遭い、複雑な コンプレックス を 抱えながら 育った。
彼 にとって 「ふるさと 金沢」 は、美しい 場所 である と 同時 に、苦しい 思い出 の 場所 でも あった。
17 歳 で 東京 に 出て、詩 を 書き、その 才能 を 認められた 犀星 は、北原白秋・萩原朔太郎 と 並ぶ 大正 詩壇 の 中心 的 存在 と なった。
しかし、東京 で 成功 した 後 も、彼 は ふるさと 金沢 と の 距離感 を、生涯 持ち 続けた。
「ふるさと は 遠きにありて 思ふもの ─ そして 悲しく うたふ もの」
これは、犀星 の 個人 的 な 真実 で あった と 同時 に、近代 日本人 の 共通 の 心情 で も あった。
同時代 の 「ふるさと」 詩
室生犀星 「ふるさと は 遠きにありて 思ふもの」 (1918)。
同 時代 の 「ふるさと」 を 歌った 詩 を 並べて みよう。
- 1909 ─ 北原白秋 「邪宗門」 (異国 趣味)
- 1914 ─ 高村光太郎 『道程』 (自我 確立)
- 1917 ─ 萩原朔太郎 『月に吠える』 (鬱屈)
- 1918 ─ 室生犀星 『抒情小曲集』 (郷愁)
- 1923 ─ 高村光太郎 「冬が来た」 (本サイト kokugo6)
大正 期 は、日本 近代 詩 の 黄金 期。
それぞれ の 詩人 が、それぞれ の 「ふるさと」 と 「都市」 の 間 の 緊張 を、自分 の 言葉 で 歌った。
「遠き みやこ に かへらばや」 ─ 都市 への 帰還
最後 の 二行 ─ 「遠き みやこ に かへらばや、遠き みやこ に かへらばや」 ─ は、繰り返さ れる こと で、リズム と 余韻 を 残す。
犀星 は、結局、ふるさと へ 帰らず、東京 で 暮らし 続ける。
そして、東京 の 夕暮れ で、ふるさと を 思って 涙 ぐむ。
だが その 涙 こそ が、彼 を 詩人 と して 生かす ─ それ こそ が、芸術 家 と して の 彼 の 生き方 だった の だ。
「ふるさと は 遠きにありて 思ふもの」 ─ この 一行 は、100 年 経った 今 も、東京・大阪 など の 都市 で 働く 日本人 の 心 の 風景 を、見事 に 言い 当てて いる。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 室生犀星 (むろう さいせい) K 1889–1962。石川県金沢市生まれの詩人・小説家。本名 室生 照道 (てるみち)。複雑な出自 (生母を知らずに育ち、養家で苦労した) を抱えながら、抒情詩で青春期を、小説で壮年期を切り拓いた。北原白秋・萩原朔太郎と並ぶ大正期の代表的詩人。
- 抒情小曲集 (じょじょう しょうきょくしゅう) K 1918 (大正7) 年 9 月、感情詩社より刊行された犀星の第二詩集。「小景異情」「永遠の唇に」など、青春期の抒情詩を集成。日本近代詩の名詩集として、長く読み継がれている。
- 小景異情 (しょうけい いじょう) K 「小さな景色 ─ 異なる思い」の意。同題で 6 篇の連作詩。「その二」(本作) が最も有名。
- 遠き (とおき) K 「遠い」 の 古い 形 (連体形)。「遠 い ところ に ある」 の 意味。
- 思ふ (おもふ) K 「思う」 の 古い 形。「想 い 出す」 「恋しがる」 の ニュアンス を 含む。
- うたふ (うたう) K 「歌う」 の 古い 形。詩 や 歌 と して 表現 する こと。
- 帰るところにあるまじや (かえるところに あるまじや) K 「帰る べき ところ で は ない だろう か」「帰る 場所 に なる だろう か (いや、なる まい)」の 意。「あるまじや」 は 「あって よい だろう か (いや、よく ない)」 と いう 反語。
- ひとり都のゆふぐれに K 「ひとり 東京 (都 = みやこ) の 夕暮れ に」。犀星 が 詩 を 書いて いる 場所 が、故郷 金沢 で は なく、東京 で ある こと を 示す。
- ふるさとおもひ涙ぐむ K 「故郷 を 思って 涙 ぐむ」。だが、これは あくまで <strong>遠く 離れて いる から こそ</strong> 涙 ぐむ の だ ─ と 詩 は 訴えて いる。
- そのこゝろもて (その 心 もて) K 「その 気持ち を 持って」「その ような 心 で」。
- 遠きみやこにかへらばや (遠き 都 に 帰ら ばや) K 「遠く 離れた 都 (東京) に 帰り たい もの だ」。「ばや」 は 願望 を 表す 古い 助詞。
考えてみよう
- 詩を 声に出して 3 回 読んでみましょう。
- 「ふるさとは 遠きにありて 思ふもの」 ── これは どんな こと を 言って いるのでしょうか。「近く に ある と、ふるさとは どうなる の か」 と 考えて みましょう。
- 詩人は ふるさと を 思って いる の に、最後 に は 「遠き 都 (= 東京) に 帰りたい」 と 言って います。これは 矛盾 ではない でしょうか。
- あなた に とって 「ふるさと」 とは どんな 場所 ですか。離れて いる 時 と、いる 時 で、感じ方 は 変わり ますか?
- 室生犀星 が 「ふるさと」 を 美しく 思う のは、生まれ 育った 環境 に 苦しみ も あった からです。「遠く に 離れた こと で、初めて 美しさ に 気づく」 という 経験を、あなたも したこと が ありますか?
指導案 教員向け・授業展開の例
中3 国語の 詩教材として、室生犀星 「ふるさとは 遠きにありて 思ふもの」 を 読む。 日本人 の 「故郷観」 の 原型 を なす 一篇 と して、深く 読み込みたい。 犀星 自身 の 複雑な 出自 (生母 を 知らず に 育ち、養家 で 苦労 した) と 重ねて 読む こと で、詩 の 痛み の 部分 まで 理解 できる。
指導目標
- 七五調 と 文語 の リズム を 体感 する
- 「遠さ」 と 「美」 の 関係 を 考察 する
- 室生犀星 の 人生 と 詩 を 結びつけて 理解する
授業の流れ
- 5分 「ふるさと」 と いう 言葉 から 連想 する もの を ブレイン ストーミング
- 10分 詩 を 全員 で 3 回 音読
- 15分 「遠き に ありて 思ふもの」 の 意味 を 議論
- 10分 室生犀星 の 経歴 を 紹介 (生母 不在 の 出自)
- 10分 「あなた の ふるさと」 を 短い 文 (3 行) で 表現
発問例・議論のポイント
- 「ふるさと」 は 場所 か、それとも 記憶 か?
- 都市 に 生まれ 育った 人 にとって、「ふるさと」 は ある か?
- 「遠ざかる ほど 美しく なる」 という 現象 は、他 の 何 に も 当てはまる だろう か?
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出典・ライセンス
- 原文: 室生犀星 (むろう さいせい)「小景異情・その二「ふるさとは遠きにありて思ふもの」 — 室生犀星」(1918年)
- 入力テキスト: 詩集『抒情小曲集』所収 (大正7年・1918刊) (底本:室生犀星『抒情小曲集』(感情詩社、1918年9月刊) 所収「小景異情・その二」。日本の近代詩で最も愛唱される一篇。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors