五箇条の御誓文
「広く会議を興し、万機公論に決すべし」— 慶応4年(1868年)3月、明治新政府が天皇の名で宣明した5か条の基本方針。近代日本のスタート地点となった、わずか100字ほどの公文書。
1868〜1912 年。文明開化と西洋思想の流入。新美南吉以前の先駆的作家たちが活躍。
「広く会議を興し、万機公論に決すべし」— 慶応4年(1868年)3月、明治新政府が天皇の名で宣明した5か条の基本方針。近代日本のスタート地点となった、わずか100字ほどの公文書。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」— 明治5年に書かれ、日本人の人権思想の出発点となった福沢諭吉の名著。初編の冒頭から、学問と平等についての核心部分を読む。
「最大遺物とは何であるか — 勇ましい高尚なる生涯であります」— 明治27年、内村鑑三が箱根の夏期学校で青年たちに語った名講演。「人生に何を遺すか」を、お金・事業・思想・教育と検証していき、最後に到達するもの。
「むじな」— 江戸の紀伊国坂で、泣いている若い女に声をかけた男の話。日本の怪談を英語で書いた小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の代表作『Kwaidan』から、最も短く印象深い一編。
「雪女」— 嵐の夜、渡し守の小屋に避難した若い木こり巳之吉は、白い女に出会い、命と引き換えに「決して口外しない」誓いを立てる。十年後、彼の前に現れた美しいお雪は…。怖さと哀しさが入り混じる怪談の名作。
「こんな夢を見た」で始まる漱石の連作短編から、もっとも有名な第一夜。死を告げる女と、墓の傍で百年待つ自分。最後に開く真白な百合の一輪が忘れ難い余韻を残す。