植 物 と の 出 会 い — 牧 野 富 太 郎
中学校 理科 第1学年 植 物 の 体 の つ く り と 働 き生 物 の 観 察 と 分 類自 然 科 学 と 人 物 目安 25 分
学習のめあて
- 「日 本 の 植 物 学 の 父」 牧 野 富 太 郎 を 知 る
- 植 物 の 観 察 ・ 記 録 ・ 命 名 と い う 科 学 の 基 礎 を 学 ぶ
- 「在 野 の 学 者」 と い う 生 き 方 を 考 え る
本文
本 文 (牧 野 富 太 郎 の 言 葉)
私 は 植 物 の 精 (せ い) で あ る。 植 物 が 大 好 き だ。
朝 起 き る か ら、 夜 寝 る ま で、 私 の 頭 の 中 に は い つ も 植 物 が あ る。
食 事 を し て い て も、 そ の 食 卓 の 上 に 並 ぶ 野 菜 を 見 て、 「こ の キ ュ ウ リ は ど の 産 地 の も の だ ろ う」「こ の レ タ ス の 品 種 は」 と、 観 察 を 始 め て し ま う。私 が 植 物 を 愛 す る よ う に な っ た の は、 子 ど も の 頃、 故 郷 の 高 知 県 佐 川 (さ か わ) の 山 を 歩 い た こ と か ら 始 ま る。
山 に は、 名 も 知 ら ぬ 美 し い 花 が、 数 え 切 れ な い ほ ど 咲 い て い た。
そ れ ぞ れ が、 違 う 顔 を 持 ち、 違 う 色 を 持 ち、 違 う 香 り を 持 つ。
私 は そ の 一 つ 一 つ に 心 を 動 か さ れ、 名 前 を 知 り た く な っ た。だ が、 当 時 の 日 本 に は、 植 物 の 名 前 を き ち ん と 教 え て く れ る 図 鑑 も 学 者 も、 ほ と ん ど な か っ た。
そ こ で 私 は 決 心 し た: 「自 分 で、 日 本 の 植 物 す べ て に、 名 前 を つ け よ う」 と。こ の 決 心 か ら、 私 の 60 年 以 上 の 植 物 学 者 と し て の 仕 事 が 始 ま っ た。
山 に 入 っ て 植 物 を 採 集 し、 家 に 持 ち 帰 り、 顕 微 鏡 で 観 察 し、 細 部 を 絵 に 描 き、 既 存 の 文 献 と 照 合 し、 新 種 と わ か れ ば 学 名 を つ け る。
こ の 地 道 な 作 業 を、 毎 日、 毎 日 続 け た。1884 年、 22 歳 の 私 は、 故 郷 高 知 で 一 つ の 小 さ な 草 を 発 見 し た。 ナ デ シ コ 目 の 多 年 草 で、 既 存 の ど の 文 献 に も 載 っ て い な い 新 種 で あ っ た。
私 は そ れ に 「ヤ マ ト グ サ」 (Theligonum japonicum) と い う 学 名 を つ け、 1889 年 に 発 表 し た。こ れ は、 日 本 人 が 自 国 の 植 物 に、 国 際 学 名 を つ け て 発 表 し た 最 初 の 例 と な っ た。
そ れ ま で、 日 本 の 植 物 は す べ て、 外 国 人 (主 に シ ー ボ ル ト ら ド イ ツ 人) に よ っ て 命 名 さ れ て き た。 私 の こ の 発 表 で、 「日 本 人 自 身 が、 自 国 の 自 然 を 命 名 す る」 時 代 が 始 ま っ た の だ。そ の 後 私 は、 約 1500 種 の 植 物 に 学 名 を 与 え、 約 5000 枚 の 植 物 画 を 描 き、 大 図 鑑『牧 野 日 本 植 物 図 鑑』を 78 歳 で 完 成 さ せ た。
私 に は 小 学 校 中 退 の 学 歴 し か な い。 大 学 教 授 に な れ た わ け で も、 大 き な 研 究 所 に 所 属 で き た わ け で も な い。
だ が、 一 つ の こ と だ け は 譲 ら な か っ た: 「自 然 を 真 摯 に 観 察 す る」 と い う こ と。
こ の 姿 勢 が あ れ ば、 学 歴 や 肩 書 き が な く て も、 学 問 は で き る。若 い 諸 君 へ。
身 の 回 り の 自 然 を、 一 度、 立 ち 止 ま っ て じ っ く り 見 て み た ま え。
そ こ に は、 君 が 知 ら な か っ た 美 し さ と 驚 き が、 必 ず あ る。
そ し て、 そ の 驚 き を 大 切 に し 続 け る な ら ば、 君 も ま た、 自 然 の 「友」 と し て 生 き ら れ る だ ろ う。
解 説 ─ 「日 本 の 植 物 学 の 父」
牧 野 富 太 郎 (1862–1957) は、 95 歳 と い う 長 命 を 全 う し た、 日 本 が 誇 る 在 野 の 植 物 学 者 で あ る。
彼 の 業 績 は 驚 異 的 で あ る:
- 命 名 し た 植 物 ─ 約 1500 種
- 植 物 採 集 ・ 標 本 ─ 約 40 万 点
- 緻 密 な 植 物 画 ─ 約 5000 図
- 主 要 著 書 ─ 『日 本 植 物 志 図 篇』『牧 野 日 本 植 物 図 鑑』『随 筆 植 物 一 日 一 題』 な ど
こ れ ら の 業 績 は、 一 人 の 人 間 の 生 涯 の 仕 事 と し て 信 じ ら れ な い ほ ど の 規 模 で あ る。
小 学 校 中 退 ・ 在 野 の 学 者
牧 野 は、 高 知 県 佐 川 町 (さ か わ ち ょ う) の 雑 貨 商 の 家 に 生 ま れ た。
小 学 校 に 入 学 し た が、 2 年 で 中 退。 そ れ で も 独 学 で 植 物 学 を 学 び 続 け た。
26 歳 の 1888 年、 高 知 か ら 上 京 し、 東 京 帝 国 大 学 植 物 学 教 室 に 出 入 り す る よ う に な る。
だ が、 「学 歴 が な い」 と い う 理 由 で、 何 度 も 教 室 か ら 排 除 さ れ そ う に な っ た。
そ れ で も、 彼 の 研 究 の 実 力 を 認 め た 一 部 の 教 授 が 庇 護 し、 や が て 1912 年 (50 歳)、 東 京 帝 大 講 師 と な っ た。
そ し て 1939 年 (77 歳)、 つ い に 東 京 帝 国 大 学 か ら 理 学 博 士 の 学 位 を 授 与 さ れ た。
小 学 校 中 退 で、 帝 国 大 学 の 理 学 博 士 ─ こ れ は 日 本 学 問 史 上 で も 稀 有 な 例 で あ る。
ヤ マ ト グ サ ─ 日 本 人 初 の 学 名 命 名
1884 年 (22 歳)、 牧 野 は 故 郷 高 知 の 山 で、 一 つ の 小 さ な 植 物 を 発 見 し た。
帰 京 後 5 年 間、 文 献 と 標 本 を 照 合 し、 既 存 の ど の 植 物 と も 違 う 新 種 だ と 確 信。
1889 年、 彼 は こ れ を 雑 誌『植 物 学 雑 誌』 に 発 表 し、 学 名 を 「Theligonum japonicum」 (テ リ ゴ ヌ ム ・ ヤ ポ ニ ク ム)、 和 名 を 「ヤ マ ト グ サ」 (大 和 草) と し た。
こ れ が、 日 本 人 が 自 国 の 植 物 に 学 名 を つ け て 国 際 学 会 に 発 表 し た 最 初 の 例 で あ る。
そ れ ま で、 日 本 の 植 物 は す べ て、 シ ー ボ ル ト・ツ ン ベ ル グ ら 西 洋 人 に よ っ て 命 名 さ れ て き た。
牧 野 の こ の 業 績 は、 「日 本 人 自 身 が、 自 国 の 自 然 を 学 問 す る」 時 代 を 開 い た 記 念 碑 と さ れ る。
「学 名」 と は 何 か
植 物・動 物 の 「学 名」 (が く め い) は、 ス ウ ェ ー デ ン の 植 物 学 者 カ ー ル・リ ン ネ (Carl Linnaeus, 1707–1778) が 確 立 し た 「二 名 法」 で 書 か れ る。
2 つ の ラ テ ン 語 で 構 成 さ れ る:
- 属 名 ─ 大 き な 分 類 (例: Cerasus = サ ク ラ 属)
- 種 小 名 ─ そ の 中 の 具 体 的 な 種 (例: jamasakura = ヤ マ ザ ク ラ)
こ う し て、 「Cerasus jamasakura」 が ヤ マ ザ ク ラ の 学 名。
世 界 中 の 学 者 が、 言 語 を 超 え て こ の 名 で 同 じ 植 物 を 指 す こ と が で き る。
牧 野 富 太 郎 は、 こ の 学 名 を 約 1500 種 の 日 本 産 植 物 に 与 え、 日 本 の 自 然 を 国 際 学 界 に 紹 介 し た。
観 察 と 命 名 ─ 科 学 の 基 礎
牧 野 の 仕 事 か ら、 私 た ち は 「自 然 科 学 の 基 礎」 を 学 べ る。
- 観 察 ─ 自 然 を 真 摯 に、 細 部 ま で 見 る
- 記 録 ─ 見 た こ と を 絵 や 言 葉 で 残 す
- 分 類 ─ 既 知 の も の と 比 較 し、 似 て い る か 違 う か を 判 断
- 命 名 ─ 新 種 と わ か れ ば、 学 名 を つ け て 共 有 す る
こ の 4 つ の 作 業 が、 自 然 科 学 の 「博 物 学」 の 基 本 で あ る。
そ し て、 こ の 基 本 を 一 人 の 人 間 が 60 年 以 上 続 け れ ば ─ 牧 野 の よ う な 業 績 が 生 ま れ る。
NHK 朝 ド ラ 「ら ん ま ん」
2023 年 4 月 ~ 9 月、 NHK 連 続 テ レ ビ 小 説 「ら ん ま ん」 が 放 送 さ れ、 牧 野 富 太 郎 が モ デ ル と さ れ た。
主 演 は 神 木 隆 之 介。 放 送 期 間 中、 牧 野 の 業 績 が 改 め て 注 目 さ れ、 高 知 県 立 牧 野 植 物 園 や 練 馬 区 の 牧 野 記 念 庭 園 に は 多 く の 人 が 訪 れ た。
160 年 前 に 生 ま れ た 一 人 の 植 物 愛 好 家 の 生 涯 が、 2020 年 代 の 私 た ち に 改 め て 響 い た の は、 ど う し て だ ろ う か?
そ れ は、 「自 分 の 好 き な こ と を、 学 歴 や 肩 書 き に 関 係 な く、 生 涯 追 い 続 け る」 と い う 生 き 方 が、 現 代 の 私 た ち に も 強 い 憧 れ を 抱 か せ る か ら か も し れ な い。
あ な た の 植 物 観 察 を 始 め よ う
今 度、 学 校 の 帰 り 道 で、 道 端 の 一 つ の 植 物 を、 じ っ く り 観 察 し て み よ う。
- 葉 の 形 ─ 細 長 い? 丸 い? ギ ザ ギ ザ?
- 葉 の つ き 方 ─ 互 い 違 い (互 生)? 対 (対 生)?
- 花 の 数 ─ 一 つ? い く つ も?
- 花 の 色 と 形
- 茎 の 色 と 太 さ
そ の 観 察 を ノ ー ト に 描 き、 名 前 を 図 鑑 (ま た は ス マ ホ の 植 物 同 定 ア プ リ) で 調 べ て み よ う。
牧 野 富 太 郎 が 22 歳 で ヤ マ ト グ サ を 見 つ け た よ う に、 君 も、 自 分 の 周 り の 自 然 か ら、 新 し い 発 見 が で き る か も し れ な い。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 牧野富太郎 (まきの とみたろう) K 1862–1957。 高 知 県 佐 川 町 (さ か わ ち ょ う) 生 ま れ。 小 学 校 中 退 だ が、 独 学 で 植 物 学 を 究 め、 「日 本 の 植 物 学 の 父」 と 呼 ば れ る。 約 1500 種 の 植 物 を 命 名・記 載。 著 書 『日 本 植 物 図 鑑』『牧 野 日 本 植 物 図 鑑』 な ど。 94 歳 で 没 す る ま で 生 涯 現 役 で 植 物 採 集 を 続 け た。 2023 年 NHK 朝 ド ラ 「ら ん ま ん」 の モ デ ル。
- 植 物 学 (し ょ く ぶ つ が く) K 植 物 を 研 究 す る 自 然 科 学 の 一 分 野。 形 態・分 類・生 理・生 態 な ど。 牧 野 の 時 代、 日 本 で 近 代 的 植 物 学 を 確 立 し た 一 人。
- 学 名 (が く め い) K 国 際 的 に 通 用 す る 植 物・動 物 の 名 前。 ラ テ ン 語 で 「属 名 + 種 小 名」 の 2 語 で 表 記 (二 名 法、リ ン ネ が 確 立)。 例 ─ ヤ マ ザ ク ラ は Cerasus jamasakura。 牧 野 は 多 く の 日 本 産 植 物 に 学 名 を 与 え た。
- 命 名 (め い め い) K 新 種 と 認 め ら れ た 生 物 に 学 名 を 付 け る こ と。 国 際 命 名 規 約 に 基 づ く。 牧 野 が 命 名 し た 植 物 と し て 有 名 な も の ─ ヤ マ ト グ サ (Theligonum japonicum) ─ 1889 年、 日 本 人 と し て 初 め て 新 種 植 物 を 学 名 付 き で 発 表 し た 記 念 的 業 績。
- ヤ マ ト グ サ K ナ デ シ コ 目 ヤ マ ト グ サ 科 の 多 年 草。 1884 年 牧 野 が 高 知 県 で 発 見、 1889 年 学 名 を 与 え て 発 表。 日 本 人 が 学 名 を 与 え た 最 初 の 植 物。 こ の 業 績 で 牧 野 の 名 前 が 国 際 植 物 学 界 に 知 ら れ る よ う に な っ た。
- 観 察 (か ん さ つ) K 対 象 を 注 意 深 く 見 続 け る こ と。 自 然 科 学 の 基 礎。 牧 野 は 一 つ の 植 物 を 何 時 間 も、 何 日 も、 何 年 も 観 察 し 続 け た こ と で 知 ら れ る。
- 在 野 (ざ い や) の 学 者 K 大 学 ・ 研 究 機 関 に 属 さ ず、 民 間 で 研 究 を 続 け る 学 者。 牧 野 は 小 学 校 中 退 で あ り、 大 学 卒 業 資 格 を 持 た な か っ た。 そ れ で も 業 績 が 認 め ら れ、 東 京 帝 国 大 学 講 師 ・ 後 に 理 学 博 士 と な っ た。
- 高 知 県 佐 川 町 (こ う ち け ん さ か わ ち ょ う) K 牧 野 の 故 郷。 高 知 市 か ら 西 へ 約 30 km。 山 と 川 に 囲 ま れ た 自 然 豊 か な 町。 牧 野 富 太 郎 記 念 館 (高 知 市) が あ る。
- 牧 野 日 本 植 物 図 鑑 (ま き の に ほ ん し ょ く ぶ つ ず か ん) K 牧 野 が 1940 年 (78 歳) で 完 成 さ せ た 大 植 物 図 鑑。 約 3200 種 を 収 録、 牧 野 自 身 の 緻 密 な 植 物 画 (約 5000 図) を 付 す。 今 も 改 訂 を 重 ね て 出 版 さ れ る 標 準 図 鑑。
考えてみよう
- 牧 野 富 太 郎 は、 小 学 校 中 退 と い う 学 歴 で、 大 学 教 授 や 大 きい な 研 究 所 に 入 れ た わ け で は あ り ま せ ん で し た。 そ れ で も「日 本 の 植 物 学 の 父」 と 呼 ば れ る ま で に な れ た の は な ぜ で し ょ う か?
- 牧 野 は 約 1500 種 の 植 物 を 命 名 し ま し た。 「命 名 す る」 と い う こ と は、 科 学 に と っ て な ぜ 大 切 な の で し ょ う か?
- あ な た は こ れ ま で に、 植 物 を じ っ く り 観 察 し た こ と が あ り ま す か? 何 を 観 察 し ま し た か?
- 現 代 の 私 た ち の 周 り に も、 名 前 が ま だ 付 い て い な い 植 物 や 虫 が、 多 数 あ る か も し れ ま せ ん。 「自 然 を 観 察 し、 名 前 を 付 け る」 仕 事 の 大 切 さ を、 考 え て み ま し ょ う。
指導案 教員向け・授業展開の例
中1 理 科 「植 物 の 体 の つ く り と 働 き」 単 元 と の 接 続 教 材。 寺 田 寅 彦・中 谷 宇 吉 郎 (物 理 系) と 並 ぶ、 「在 野 の 自 然 科 学 者」 の 代 表 と し て 牧 野 富 太 郎 を 紹 介。 「観 察 ─ 記 録 ─ 命 名」 と い う 自 然 科 学 の 基 礎 を 伝 え る。
指導目標
- 牧 野 富 太 郎 と 「日 本 の 植 物 学 の 父」 と い う 業 績 を 知 る
- 観 察・命 名 の 大 切 さ を 理 解 す る
- 「在 野 の 学 者」 の 生 き 方 を 学 ぶ
授業の流れ
- 5分 NHK 朝 ド ラ 「ら ん ま ん」 の 紹 介
- 15分 本 文 (牧 野 の 言 葉) を 読 む
- 10分 牧 野 の 略 歴 と 業 績 を 整 理
- 10分 自 分 の 周 り の 植 物 を 一 つ 選 ん で 観 察
- 5分 振 り 返 り
発問例・議論のポイント
- 「学 歴 が な く て も 学 者 に な れ る」 こ と を、 ど う 思 う か?
- 現 代 で 「在 野 の 学 者」 は ま だ あ る か?
- 「命 名 す る」 こ と の 意 義 と は?
発展課題
- 自 分 の 観 察 ノ ー ト を 作 る
- 牧 野 植 物 園 (高 知) を 訪 れ る
- リ ン ネ (Carl Linnaeus, 1707–1778) の 二 名 法 を 学 ぶ
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