食道楽(秋の巻・抜粋) — 実りと保存 の表紙イラスト

食道楽(秋の巻・抜粋) — 実りと保存

小学校 家庭科 第5学年 B 衣食住の生活 目安 25 分

作者
村井弦斎(1864–1927)
原作発表
1903 年(明治36年 (1903))
出典
青空文庫
底本:「食道楽」秋の巻。岩波文庫『食道楽』(2005)。明治36年(1903) 報知新聞連載中の秋編から。

学習のめあて

  • 「収穫から保存へ」という秋の食の役割を理解する
  • 100 年前の保存技術 (発酵・乾燥・塩漬け) の知恵に触れる
  • 自分の家で行われている保存食の習慣を見直す
  • 「フードロス」「持続可能な食」の現代的視点と結びつける

本文

本文(村井弦斎『食道楽』秋の巻 より抜粋・現代仮名遣い)

秋 は、実 (みのり) の 季節 で あり、同時 に、冬 を 越す 備え の 季節 で ある。

新米 が 米櫃 (こめびつ) に 満ち、芋 が 蔵 に 積まれる。
柿 (かき) は 軒下 に 吊るされ、干 し柿 と なる。
秋 刀 魚 (さんま) は 内臓 を 取って 塩水 に 浸し、天日 で 干す。
これら は、冬 の 食卓 を 支える もの で ある。

そして、特 に 主婦 が 心 を 配る べき は、味噌 (みそ) 仕込み と、漬物 の 仕込み で ある。
味噌 は、秋 に 仕込めば、翌年 の 春 や 夏 まで に 熟成 する。各 家庭 で 麹 (こうじ) の 量 や 塩 の 配分 を 変えれば、その 家 ならで は の 「手前 味噌」 が 生まれる。
漬物 は、白菜 や 大根 を 塩 で 漬けて、樽 (たる) に 重し を 載せる。これ も 数 週間 から 数 ヶ月 で 熟成 し、冬 中 の 副菜 と なる。

この よう に、秋 に 集中 して 保存食 を 仕込む の は、冬 が 来 る 前 の 自然 の 慣わ し で ある。
食 は、その 季節 の 中 に だけ 完結 する もの で は なく、四季 全体 を 通じて 計画 さ れる もの だ。

さて、近代 化 に 伴って、生活 は どんどん 便利 に なって いる。氷 を 入れた 「氷箱 (こおり ばこ)」 ─ 冷蔵 庫 の 原型 ─ も、東京 の 一部 で 普及 し 始め た。
しかし、「便利」 が 「知恵」 を 失わせる の は、ある まじき こと だ。

保存食 の 文化 は、単 に 「冬 を 越す ため の もの」 で は ない。
それ は、食 を 大切 に する 心家族 と 食卓 を 共有 する 心、そして 四季 を 通じて 生きる 知恵 で ある。

主婦 たる 者、秋 の 仕込み を 怠る べから ず。

明治 の 秋 ─ 「冬 を 越す」 という 必要

明治 の 日本 の 大多数 は、農村 で 暮らして いた。
冬 が 来れば、畑 から 収穫 で きる もの は 激減 する。雪 に 閉ざされる 地方 で は、4 ヶ月、5 ヶ月 も 新鮮 な 野菜 が 手 に 入らない。

だから 秋 ─ 収穫 期 の 終わり に ─ 冬 の 4 ヶ月 分 の 食料 を 保存 食 として 仕込んで おか ねば ならなかった。

  • ─ 米櫃 (こめびつ) で 1 年 分
  • 芋 (さつまいも・じゃがいも・里芋) ─ 蔵 (くら) で 数ヶ月
  • ─ 干し柿 で 半年 以上
  • 秋 刀 魚 ─ 干物 で 数ヶ月
  • 梅 (うめ) ─ 梅干し で 数 年
  • 大豆 ─ 味噌 で 1 年 以上
  • 白菜 ・ 大根 ─ 漬物 で 冬 中

これら は、現代 の 言葉 で 言えば 「食料 安全 保障」 の 草 の 根 版 で あった。

三 つ の 保存 原理

明治 の 保存 食 は、すべて 三 つ の 原理 の うち、どれ か (または 組合せ) を 使って いる。

原理科学 的 仕組み代表 例
塩漬け高い 塩 濃度 で、腐敗 菌 が 増殖 できなく する (浸透圧)梅干し・漬物・塩鮭
乾燥水分 を 飛ばし、微生物 が 活動 できなく する干物・干し柿・するめ
発酵有益 な 微生物 (麹菌・乳酸菌) を 増やし、腐敗 菌 を 抑える味噌・醤油・漬物・甘酒

これ ら は、現代 の 食品 科学 で 言う 「水分 活性 を 下げる」 という 共通 原理 で 説明 できる。
微生物 は 水 が ないと 増えられない。塩 で 水 を 奪い、乾燥 で 水 を 飛ばし、発酵 で 水 の 化学 状態 を 変える ─ どれ も、食 を 微生物 から 守る 知恵 だ。

「手前 味噌」 の 多様性

明治 の 各 家庭 は、自分 の 家 で 味噌 を 仕込んで いた。麹 の 量、塩 の 配分、大豆 の 種類、熟成 期間 ─ どれも 家 ごと に 異なる。
その 結果、家 ごと に 味 が 違う。 自慢 の 「手前 味噌」 を 客 に 振る舞う の が、当時 の 家庭 の 大きな 楽しみ だった。

この 多様 性 は、現代 で 言えば 「テロワール」 ─ ワイン の 産地 に よる 個性 ─ と 同じ 概念 で ある。
食 は、画一 (がいいつ) で は ない。家 ごと、地域 ごと の 個性 が、食 を 豊か に する。

現代 へ の 接続 ─ フード ロス と 持続可能 な 食

2020 年代 の 日本 で、最大 の 食 の 問題 は フード ロス (food loss) で ある。
年間 約 472 万 トン (令和 4 年・農水省 推計) の 食品 が、まだ 食べられる の に 捨て られて いる。

明治 の 「保存 食」 の 文化 は、この 問題 へ の 一つ の 答え で ある。

  • 季節 に 取れた もの を、その 季節 に 食べきる
  • 余った もの は、保存 食 として 加工 し、次 の 季節 に 持ち越す。
  • 家 ごと に、自分 たち の 食 を 計画 する。

弦斎 が 「主婦 たる 者、秋 の 仕込み を 怠る べから ず」 と 書いた 心 は、120 年 経った 今 こそ、私 たち 全員 に 向けられて いる の かも しれない。

あなた の 家 の 「秋 の 仕込み」 は?

家 に 帰って、家族 と 話し て みよう ─

  • 今、家 に ある 保存 食 を 全部 数えて み よう。
  • その うち、どれ が 「家 で 作った」 もの? どれ が 「買って きた」 もの?
  • 家 で 作る なら、何 か ら 始められる? (梅干し が おすすめ)

明治 の 知恵 は、君 の 家 の 台所 で 再生 できる の だ。

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 実りの秋 (みのり の あき) K 米・芋・栗・果物など、農作物が一斉に収穫期を迎える秋。日本の伝統的な「五穀豊穣」の祭りも、この季節に集中する。
  • 新米 (しんまい) K その年に収穫されたばかりの米。明治の家庭では、新米が出ると家族で祝った。
  • 米櫃 (こめびつ) K 米を保存する木製の箱。湿気を防ぐため、蓋がきっちり閉まる作り。明治の家には必ず大きな米櫃があった。
  • 梅干し (うめぼし) K 完熟した梅を塩漬けにし、紫蘇 (しそ) で色付けし、土用 (7 月) の日光で干したもの。1 年以上経つほど美味しくなる。家庭の常備食の代表。
  • 味噌 (みそ) K 大豆・米麹・塩を発酵させた調味料。明治の家庭では、秋に「味噌仕込み」を行い、樽 (たる) で 1 年以上熟成させた。各家庭で味が違う「手前味噌」が普通だった。
  • 漬物 (つけもの) K 野菜を塩・糠 (ぬか)・酢などに漬けて保存する食品。秋に多く仕込まれる「冬野菜の漬物」(白菜・大根) が、冬の食卓を支えた。
  • 干し柿 (ほしがき) K 渋柿の皮をむき、軒下に吊るして乾燥させた保存食。明治の秋の風物詩。
  • 干物 (ひもの) K 魚を内臓を取って塩水に浸し、天日干しにした保存食。秋刀魚 (さんま)・鯵 (あじ)・鰯 (いわし) などが多い。
  • 発酵 (はっこう) K 微生物 (酵母・乳酸菌・麹菌) の働きで、食材が変化する現象。味噌・醤油・漬物・酒など、日本の伝統食の多くが発酵食品。
  • 食料自給 (しょくりょう じきゅう) K 自分の家で食べるものを、自分の家や地域で生産・保存すること。明治の農家では、ほぼ全ての食料を自給していた。

考えてみよう

  1. 「実りの秋」と聞いて、あなたが連想する食べ物を 5 つ挙げてみましょう。
  2. 明治の家庭は、なぜ秋に「保存食づくり」を集中して行ったのでしょうか。当時の生活環境 (冷蔵庫なし) を考えて答えましょう。
  3. 本文に出てくる「梅干し」「味噌」「漬物」「干し柿」「干物」── これらに共通する保存原理は何でしょうか。3 つの方式 (塩漬け・乾燥・発酵) に分類してみましょう。
  4. あなたの家には、今、どんな保存食がありますか? それを買ったものか、家で作ったものか、調べてみましょう。
  5. 現代は「フードロス (食品廃棄)」が大きな社会問題です。明治の「保存食文化」から、私たちが学べることは何でしょうか。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「小学校学習指導要領(平成29年告示)」家庭科 第5学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • B(2)ア — 食事の役割が分かり、日常の食事の大切さと食事の仕方について理解する
  • B(2)エ — 栄養を考えた食事の整え方を理解する
  • B(2)カ — 食品の保存と廃棄の仕方を理解する

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

指導案 教員向け・授業展開の例

『食道楽』春・夏に続く秋編。「収穫と保存」のテーマで、明治の食料自給の知恵を学ぶ。 現代の「フードロス」「持続可能な食 (sustainable food)」「地産地消」と結びつけて読みたい。 家庭で梅干し・味噌・漬物のいずれかを作ってみる体験学習も推奨。

授業時数
2時限 (各45分)
準備
梅干し・味噌・漬物・干し柿の実物 (可能なら)、「食品ロス」に関する統計データ、各家庭の保存食を聞き取るアンケート用紙

指導目標

  • 秋の収穫と保存の関係を理解する
  • 塩漬け・乾燥・発酵の保存原理を学ぶ
  • 自分の家の食卓と明治の食卓を比較する
  • フードロス問題に気づく

授業の流れ

  1. 1時限・10分 「秋の食」と聞いて連想するもの を 共有
  2. 1時限・15分 本文を音読
  3. 1時限・20分 保存食を 3 つの保存方式に分類
  4. 2時限・20分 家庭での聞き取り発表 — 自分の家の保存食
  5. 2時限・20分 フードロス問題と「保存」の知恵を結びつける
  6. 2時限・5分 振り返り

発問例・議論のポイント

  • 現代の冷蔵庫文化と、明治の保存食文化、どちらが持続可能か?
  • 「手前味噌」(各家庭で味噌を仕込む) を、今の家庭で復活できるか?
  • 「捨てない」食生活を、自分の家でどう実現できるか?

発展課題

  • 家庭での「梅干し作り」「味噌仕込み」体験
  • 地元の郷土食を調査
  • フードバンクや「もったいない」運動の調べ学習

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出典・ライセンス

  • 原文: 村井弦斎「食道楽(秋の巻・抜粋) — 実りと保存」(1903年)
  • 入力テキスト: 青空文庫 (底本:「食道楽」秋の巻。岩波文庫『食道楽』(2005)。明治36年(1903) 報知新聞連載中の秋編から。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors