食道楽(夏の巻・抜粋)— 暑さと食欲
小学校 家庭科 第5学年 B 衣食住の生活 目安 25 分
学習のめあて
- 「冷たい・淡白・あじを濃く」という三原則の合理性を考える
- 冷蔵庫がなかった時代の保存・冷却の知恵を知る
- 自分の家の夏の食事を見直し、季節と食の関わりを考える
本文
本文(村井弦斎『食道楽』夏の巻 より抜粋・現代仮名遣い)
夏の食物は、第一に冷たく、第二に淡白に、第三にあじを濃くするを良しとす。
身体(からだ)の熱を冷ますためには、冷たき食物にしくものなし。されど冷たければとて、味の薄きものを取れば、食欲(しょくよく)すすまず、力出でず。ゆえに、夏の食卓には、冷奴に醤油を濃く、そうめんに辛味を強く、刺身に山葵(わさび)をしっかりと利かせ、舌に明らかなる刺激を与うべし。
飲み物には、井戸水に冷やしたる麦湯(むぎゆ)、または冷茶(れいちゃ)を、こまめに取るがよし。食欲なき夏こそ、料理のさじ加減が家族の元気を支うる要なり。主婦たる者、夏の食卓に心を配るべし。
解説:明治の夏、人々はどう生きたか
明治36年 (1903) の夏。冷蔵庫もエアコンもなかった時代、人々はどう暑さを乗り切ったのか。
村井弦斎は、暑さに対抗する食の三原則を示した:
- 冷たく ── 体内の熱を冷ます
- 淡白に ── 消化への負担を減らす
- あじを濃く ── 食欲をそそる
この「冷たく淡白でありながら、味は濃く」というバランスは、現代の科学から見てもよく考えられている。冷たく淡白なものは消化器に負担をかけず、濃い味(特に塩・醤油)は汗で失われた電解質を補うからだ。
明治の夏のメニュー
- 冷奴 ── 井戸水で冷やした豆腐に、しっかり醤油を効かせて
- そうめん ── 細い乾麺を、冷たい井戸水で締めて、辛味の薬味で
- 刺身 ── 山葵を多めに(殺菌・防腐の意味も)
- 麦湯 ── 大麦を炒って煮出した飲料(現在の「麦茶」の原型)
- 鮎の塩焼き ── 夏の川魚に、蓼酢(たでず)の薬味
主婦への激励
弦斎の最後の一節は印象的だ ── 「食欲なき夏こそ、料理のさじ加減が家族の元気を支うる要なり」。
当時、家庭の食事を担う「主婦」に向けた激励のメッセージである。
現代では性別を問わず、家族の誰もが料理に関わる。だが、「食欲のない時こそ、工夫が家族を支える」という弦斎の心は、120 年経った今も色あせない。
家庭科への接続
小学校家庭科の食育単元では、「季節と食事」が重要な視点とされる。
弦斎の三原則を糸口に:
- 夏野菜(きゅうり、なす、トマト、すいか)の役割
- 水分と塩分のバランス(経口補水液の原理)
- 地域ごとの夏の郷土食(沖縄のゴーヤチャンプルー、京都の鱧、東北の冷やし汁など)
へと展開していきたい。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 夏ばて(なつばて) K 夏の暑さで体が疲れ、食欲もなくなり、元気が出ない状態。明治期には「暑気あたり」「暑邪」とも呼ばれた。
- 淡白(たんぱく) K 味が濃すぎず、あっさりしていること。脂っこくないこと。
- 井戸水(いどみず) K 地下から汲み上げる冷たい水。明治期、冷蔵庫はまだ普及しておらず、井戸の冷水で食材を冷やすのが一般的だった。
- 冷奴(ひややっこ) K 豆腐を冷やしてそのまま食べる料理。江戸時代から夏の代表的な家庭料理。
- そうめん K 細く伸ばした乾麺。冷たい水で締めて食べる夏の麺。江戸時代の三輪・揖保乃糸が有名。
- 蓼酢(たでず) K 蓼の葉をすりおろし、酢で溶いた薬味。鮎の塩焼きなどに添える夏の調味料。
- 麦湯(むぎゆ) K 大麦を炒って煮出した飲み物。明治期の夏の定番飲料。今の「麦茶」の原型。
- 氷室(ひむろ) K 冬の氷を貯蔵しておき、夏に使うための施設。山陰や信州など、寒冷地に多くあった。
- 食欲不振(しょくよくふしん) K 食欲が出ないこと。夏ばての主な症状。
考えてみよう
- 弦斎は「夏の食物は、冷たく、淡白に、あじを濃く」と書いています。なぜ「冷たく淡白」なのに「味を濃く」するのでしょうか。理由を考えてみましょう。
- 冷蔵庫もエアコンもなかった明治時代、人々は夏の食事をどう工夫していたでしょうか。本文をヒントに、具体的な例を 3 つ挙げましょう。
- あなたの家の夏の食事を思い出してみましょう。弦斎の「三原則」に当てはまるものは何ですか?反対に、現代だからこその夏の食事(アイス、冷麺、冷蔵保存の刺身など)はありますか?
- 夏に食欲が落ちる経験はありますか?そのとき、何を食べると元気になれますか?家族や友達と話し合ってみましょう。
指導要領との対応
このページは、文部科学省「小学校学習指導要領(平成29年告示)」家庭科 第5学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- B(2)ア — 食事の役割が分かり、日常の食事の大切さと食事の仕方について理解する
- B(2)エ — 栄養を考えた食事の整え方を理解する
- B(2)オ — 季節や行事との関わりを考えた食事の工夫
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
指導案 教員向け・授業展開の例
『食道楽』春の巻に続く夏編。「季節と食事」のテーマで、現代の食生活との比較を促す。 冷蔵庫・エアコンなき時代の知恵から、エネルギー使用量・季節食材・郷土食への気づきを引き出したい。
指導目標
- 季節と食事の関わりを理解する
- 明治と現代の生活様式の違いを把握する
- 「夏ばて防止」の科学的根拠(電解質補給・水分・たんぱく質)を考える
授業の流れ
- 5分 「夏に食べたいもの」をリストアップ
- 10分 本文を音読し、明治の夏の食卓を想像
- 10分 弦斎の三原則「冷たく・淡白・あじを濃く」を分析
- 10分 自分の家の夏食事と比較
- 5分 振り返り
発問例・議論のポイント
- 現代の冷房・冷蔵庫が消える日があったら、何を食べるか?
- 郷土・地域による「夏のごちそう」の違い
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