食道楽(冬の巻・抜粋) — 鍋と暖かい食卓 の表紙イラスト

食道楽(冬の巻・抜粋) — 鍋と暖かい食卓

小学校 家庭科 第5学年 B 衣食住の生活 目安 25 分

作者
村井弦斎(1864–1927)
原作発表
1903 年(明治36年 (1903))
出典
青空文庫
底本:「食道楽」冬の巻。報知新聞連載 (1903) 中の冬編から、鍋料理・温食の意義に関する記述。

学習のめあて

  • 「鍋を 囲む」 という 日本 独特 の 食 文化 を 理解 する
  • 冬 の 食材 と 体 の 温め 方 を 学ぶ
  • 「家族 が 同じ 鍋 を 食べる」 こと の 意義 を 考える
  • 現代 の 「個食 (こしょく)」 問題 と 結びつけて 考察 する

本文

本文(村井弦斎『食道楽』冬の巻 より抜粋・現代仮名遣い)

冬 の 食卓 の 中心 は、鍋 (なべ) で ある べし。

夏 は 冷たく、淡白 に、味 を 濃く ── と 説いた。
冬 は、これ と 全く 逆 で あって、温 (あたた) かく、こく が あり、家族 で 同じ 鍋 を 分かち 合う こと が 大切 で ある。

寒さ は、まず 体 を 冷やす。 冷えた 体 を 温める に は、外 から の 暖房 だけ で は 足り ない。 体 の 内側 から、温かい 食物 で 温める こと が 必要 で ある。
そこ で、冬 の 食卓 で は、必ず 一品、湯気 の 立つ もの を 中心 に 据 えよ。

最 も 望ましい の は、囲炉裏 (いろり) または 火鉢 (ひばち) の 上 に 鍋 を かけ、家族 全員 が その 周り に 集まって、それぞれ の 椀 に 取り 分けて 食べる こと で ある。

湯豆腐 ─ 京 の 都 (みやこ) の 雅 (みやび) な 一品。 昆布 だし の 湯 に、豆腐 を 入れる だけ。 醤油 と 薬味 で 食す。
水炊き ─ 鶏 の 肉 と 野菜 を、水 だけ で 煮る。 ポン酢 で。
寄せ鍋 ─ 旬 の 魚 ・ 野菜 ・ 豆腐 を、何 でも 入れる。 家 の 個性 が 出る。
ちゃんこ ─ 力士 が 食べる 大鍋 料理。 たんぱく 質 が 豊富。

これ ら すべて に 共通 する の は、「同じ 鍋 を、家族 で 食べる」 という こと で ある。
各自 が バラバラ の 皿 に 取り 分け られた もの を 食べる の で は ない。 中央 の 一つ の 鍋 から、それぞれ が 自分 の 椀 に 取って 食べる。
これ こそ が、鍋 料理 の 本質 で あ る。

食 は、栄養 を 補給 する だけ の 行為 で は ない。
それ は、家族 が 同じ 場 に 集まり、同じ もの を 食べる こと に より、互い の 結びつき を 確かめ 合う 儀式 で も ある。
そして 冬 の 鍋 こそ、その 儀式 に 最も 相応 (ふさわ) しい 形 で ある。

寒い 夜、家族 が 鍋 を 囲み、湯気 の 中 から 互い の 顔 を 見つつ、笑い 合い、語り 合う ── これ ほど 幸せ な 食卓 が、他 に あ ろう か。

解説 ─ 「鍋 を 囲む」 という 食 文化

日本 の 鍋 料理 は、世界 の 食 文化 の 中 で も、独特 の 位置 を 占める。

多くの 国 で は、鍋 で 煮 た 料理 は、調理 後 に 個別 の 皿 に 取り 分けて、食卓 に 出す。 客 は、自分 の 皿 の 中 で 食べる。
だが 日本 で は、調理 中 の 鍋 そのもの を 食卓 の 中央 に 置き、家族 が それぞれ の 椀 (わん) で 取って 食べる。

これ は、世界 史 上、極めて 興味 深い 文化 で あ る。

  • 中国 の 火鍋 (ホー・グォ) ─ 同じ く 中央 の 鍋 を 囲む。日本 の 鍋 文化 の 源流 と も 言える。
  • フランス の フォンデュ ─ チーズ や ブイヨン の 鍋 を 中央 に 置き、串 で 取って 食べる。
  • 韓国 の チゲ ─ 個別 の 鍋 で 出される こと が 多い (各自 用)。

これら の 「囲む 料理」 に 共通 する の は、「同じ 鍋 を 共有 する」 こと で ある。
食事 は 単 なる 栄養 摂取 で は なく、人 と 人 の 関係 を 確認 する 場 で ある ─ そう いう 哲学 が、鍋 料理 文化 の 根底 に ある。

冬 の 食材 と 体 の 温め

東洋 医学 で は、食材 を 「陽性 (ようせい)」 と 「陰性 (いんせい)」 に 分ける 考え 方 が ある。

体 を 温める 「陽性 食材」:

  • 根 菜 ─ 大根、人参、ごぼう、れんこん
  • 葉 菜 ─ 白菜、春菊、ねぎ、にら
  • たんぱく 質 ─ 鶏 肉、鴨、鮭、たら、豆腐
  • 香辛料 ─ 生姜、にんにく、唐辛子

これら の 食材 は、冬 の 鍋 に 入れる と、体 の 内側 から 体温 を 高める。 冷蔵 庫 や セントラル ヒー ティング が なかった 明治 時代、こうした 食材 の 選択 と 調理 は、生 きる ため の 必須 知識 だった。

現代 の 「個食」 「孤食」 問題

120 年 後 の 日本 で は、弦斎 が 描いた 「家族 で 鍋 を 囲む 食卓」 は、急速 に 減って いる。

用語意味
共食 (きょうしょく)家族・友人 と 同じ 食事 を 共 に する こと
個食 (こしょく)同じ 食卓 でも、家族 が それぞれ 別 の もの を 食べる
孤食 (こしょく)一人 で 食事 を する

内閣府 の 「食育 に 関する 意識 調査」 (令和 4 年) に よれ ば:

  • 朝食 を 「家族 と 一緒 に 食べる」 児童 ─ 約 49%
  • 夕食 を 「家族 と 一緒 に 食べる」 児童 ─ 約 70%
  • 「ほとんど 毎日 一人 で 食事 する」 児童 ─ 約 11%

明治 期 の 鍋 を 囲む 食卓 と、現代 の 個食 文化。
便利 さ ・ 多様 性 を 得た 代わり に、家族 が 「同じ もの を 食べる」 という 単純 な 儀式 を、私 たち は 失い つつ ある の かも しれない。

あなた の 家 の 「鍋 の 夜」

今夜、あるい は 今 週末、家族 と 一緒 に 鍋 を 囲んで み よう。

  1. 鍋 を 何 に する か、家族 で 話し 合う。
  2. 買い物 を 一緒 に 行く。
  3. 下 ご しらえ (野菜 を 切る、肉 を 切る) を 分担。
  4. テーブル の 中央 に 鍋 を 置き、家族 で 囲む。
  5. 湯気 の 中 で、その 日 の 話 を する。

弦斎 が 100 年 以上 前 に 描いた 「幸せ な 食卓」 は、君 の 家 で も、今夜、再現 できる。
それ こそ が、家庭科 の 学び の 真 の 目的 で あ る。

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 鍋 (なべ) K 食材 を 入れて 火 で 加熱 する 調理 器具。冬 の 日本 家庭 で は、囲炉裏 (いろり) や 火鉢 (ひばち) の 上 で 鍋 を 煮 て、家族 が 周り を 囲んで 食べる 「鍋 料理」 が 一般的。
  • 鍋料理 (なべ りょうり) K 鍋 を 食卓 の 中央 に 置き、家族・客 が それぞれ 取り 分け て 食べる 料理。 寄せ鍋・湯豆腐・水炊き・ちゃんこ鍋 など、地域 と 家庭 で 多様 な バリエーション が ある。
  • 囲炉裏 (いろり) K 家 の 床 を 切り 抜いて 設けた、家 の 中 の 火 を たく 場所。冬 の 暖房 と 調理 を 兼ねた。 明治 時代 の 農村 で は、 ほぼ どの 家 にも あった。
  • 火鉢 (ひばち) K 炭 を 入れて 暖 を 取る 器 (うつわ)。明治・大正 期 の 都市 家庭 で よく 使われた。 部屋 の 暖房 と 同時 に、上 に 鉄瓶 (てつびん) を 載せて 湯 を 沸かしたり、簡単 な 鍋 を かけたり できた。
  • 湯豆腐 (ゆ どうふ) K 昆布 だし の 湯 に 豆腐 を 入れ、温めて 食べる シンプル な 鍋 料理。京都 の 冬 の 名物。
  • 水炊き (みずたき) K 水 だけ で 鶏肉 や 野菜 を 煮 る 鍋 料理。 福岡 の 名物 と 言われる。
  • ちゃんこ鍋 (ちゃんこ なべ) K 相撲 部屋 (すもう べや) で 力士 たち が 食べる 大きな 鍋 料理。栄養 価 が 高く、量 も たっぷり。
  • 食卓 を 囲む (しょくたく を かこむ) K 家族・友人 が 食卓 の 周り に 集まる こと。「同じ 鍋 を 食べる」 行為 は、家族 の 絆 を 確認 する 重要 な 儀式 と さ れた。
  • 個食 (こしょく) K 家族 が 同じ 食事 を 取らず、各自 が 別々 の もの を、別々 の 場所 ・ 時間 で 食べる 現代 の 現象。「孤食 (こしょく)」 と 同音。

考えてみよう

  1. 「冬 の 食卓 の 中心 は、鍋 で ある べし」 と 弦斎 は 書いて います。 なぜ 「鍋」 で なけれ ば ならない の でしょう か。 弦斎 の 理由 を 整理 し ましょう。
  2. あなた の 家 の 冬 の 食卓 で、「家族 全員 が 同じ もの を 食べる」 機会 は どれ ぐらい あります か?
  3. 「鍋 を 囲む」 という 行為 は、ただ 食事 を する だけ で なく、家族 の 結びつき を 確かめる 役割 も あった と 言われ ます。 同じ 鍋 を 食べる こと は、家族 に とって どんな 意味 が あ る でしょう か?
  4. 現代 の 「個食」 「孤食」 問題 を、弦斎 が 描いた 「鍋 を 囲む 食卓」 と 対比 さ せて 考え ましょう。 何 が 失われ、何 が 得られた でしょう か。
  5. あなた が 一番 好きな 鍋 料理 は 何 ですか。 そして、それ は 誰 と 一緒 に 食べ る 時 が 一番 美味しい です か。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「小学校学習指導要領(平成29年告示)」家庭科 第5学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • B(2)ア — 食事の役割が分かり、日常の食事の大切さと食事の仕方について理解する
  • B(2)エ — 栄養を考えた食事の整え方を理解する
  • B(2)オ — 季節や行事との関わりを考えた食事の工夫

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

指導案 教員向け・授業展開の例

『食道楽』 春・夏・秋 に 続く 冬編。 完結編 と なる 第 4 教材。 「鍋」 という 食 文化 を 通して、家族 の 結びつき、 季節 の 食、そして 現代 の 「個食」 問題 まで 考察 を 広げる。 家庭 で 実際 に 鍋 料理 を 一緒 に 作る 体験 学習 と 組み合わせる と 効果 が 高い。

授業時数
1時限 (45分) + 体験 学習 1 回
準備
鍋 料理 の 各 種 写真 (湯豆腐・水炊き・寄せ鍋・ちゃんこ など)、「家族 の 食事」 に関する アンケート

指導目標

  • 鍋 料理 と いう 日本 独特 の 食 文化 を 理解 する
  • 冬 の 食材 (大根・白菜・葱・春菊・豆腐 など) を 知る
  • 家族 と 食 の 関係 を 見直す
  • 現代 の 「個食」 問題 への 気づき を 得る

授業の流れ

  1. 5分 「家 で 食べる 鍋 料理」 を 共有
  2. 15分 本文 を 音読
  3. 10分 「なぜ 冬 は 鍋 か?」 を 議論
  4. 10分 「家族 で 食べる」 こと の 意義 を 議論
  5. 5分 振り返り

発問例・議論のポイント

  • 「鍋 を 囲む」 文化 は、各国 に あるか? (中国 の 火鍋、フランス の ポトフ など)
  • 現代 の 「ひとり 鍋」 文化 を どう 評価 する か?
  • 「同じ もの を 食べる」 こと は、家族 の 必要 条件 か?

発展課題

  • 家庭 で 鍋 料理 を 一緒 に 作る (体験 学習)
  • 「孤食 ・ 個食」 の 統計 を 調べる
  • 世界 の 「囲む 料理」 を 比較

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出典・ライセンス

  • 原文: 村井弦斎「食道楽(冬の巻・抜粋) — 鍋と暖かい食卓」(1903年)
  • 入力テキスト: 青空文庫 (底本:「食道楽」冬の巻。報知新聞連載 (1903) 中の冬編から、鍋料理・温食の意義に関する記述。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors