レモン哀歌
中学校 国語 第3学年 C 読むこと 目安 25 分
学習のめあて
- 「レモン哀歌」が、妻智恵子の臨終を題材にした実体験の詩であることを背景知識として理解する
- 「ガリッ」「サン・トリアン」「写真の前にさした桜の花」など、具体物の細部が伝える効果を読み取る
- 詩全体を声に出して読み、リズムと余白が作り出す死別の悲しみを感じ取る
本文
そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯がガリッと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ目がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止つた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう
この詩について
『智恵子抄』(昭和16年・1941) の中の一篇。妻・長沼智恵子は、洋画家として将来を期待されながら、心の病に長く苦しみ、昭和13年(1938)に粟粒結核で世を去りました。死の床で智恵子はレモンをほしがり、光太郎が差し出すと、噛みしめて束の間意識をはっきりさせた——その一瞬を、後に光太郎は短い詩に刻みました。
詩の核心は 「死の床で生命の細部が一瞬燃え上がる」 という逆説です。「ガリッと噛んだ」歯。「青く澄んだ目」。「わたしの手を握るあなたの力の健康さよ」。死を目前にした人の体に走る、最後の生のしるしを、光太郎は静かに見つめます。
そして詩の最後で、時間は数年後にとぶ。「写真の前に挿した桜の花かげに/すずしく光るレモンを今日も置かう」——智恵子の遺影の前に、彼は今もレモンを置き続けている、と。「今日も」の四文字に、長い時間と尽きせぬ思いがこめられています。
光太郎自身の言葉に「智恵子は私にとつて自然の精で、私の意識のなかに自然そのものとして存在する」(『智恵子抄』後記) というものがあります。レモンは、その「自然」の象徴の一つだったのかもしれません。
語句の意味
- 哀歌(あいか) 死者や別れを悲しみ歌う詩。古来は宗教的な歌の形式で、近代詩でも追悼の形として用いられる。
- 智恵子(ちえこ) 高村光太郎の妻、長沼智恵子(1886–1938)。福島出身の洋画家で、心の病を抱えながら長く闘病した。光太郎はその生涯と死を『智恵子抄』(1941) という詩集にまとめた。
- トパアズいろの香気 トパーズ(黄玉)色の香り。「色」を持つ香りを描く共感覚的な表現。レモンの黄と鮮烈な香りを同時に呼び起こす。
- サン・トリアン 原詩のママの語形。「歯のように音がした」程度の音感をフランス語風に表したものか、「すきとほる」(sang triomphant=勝ち誇る血)などの議論があるが定説はない。詩の余韻のための音として読みたい。
- 蒼く澄んだ目(あおく すんだ め) 死期を悟った人がふと見せる、不思議に明るく澄んだ目つき。
- 健康(けんこう)な歯 病に冒された智恵子だが、歯だけは健康だった——という、生きていた最後の生命力を象徴する細部。
- 写真の前にさした桜の花 智恵子の死後に詩人が祭壇に置いた桜の花。「写真」は遺影。死後の時間軸が示される。
- 高村光太郎(たかむら こうたろう) 1883–1956年。彫刻家・詩人。父は彫刻家の高村光雲。詩集『道程』(1914)、『智恵子抄』(1941)、『典型』(1950)。
考えてみよう
- この詩の最後の「写真の前にさした桜の花のかげに/すずしく光るレモンを今日も置かう」までで、時間軸はどう動いていますか。
- 「そんなにもあなたはレモンを待つてゐた」の「そんなにも」には、どんな気持ちがこめられていますか。
- 「ガリッと噛んだ」「健康な歯」「蒼く澄んだ目」など、命のはたらきを表す具体的な細部が並びます。臨終の場面なのに、これらの「生」の細部を書いた効果は何でしょうか。
- 光太郎は智恵子の死後30年以上、彼女の詩を書き続けます。「レモン哀歌」と『道程』(本サイトに収録) を読み比べて、二つの詩の調子の違いを書いてみましょう。
- あなたの大切な人との別れを、もし一つのものに託して詩にするとしたら、何を選びますか。理由もそえて書きましょう。
指導要領との対応
このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」国語 第3学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- C(1)エ — 詩の表現の効果について、書き手の意図や心情に触れながら考える
- 知識・技能(2)イ — 比喩や象徴、反復などの表現の特色について理解する
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
指導案 教員向け・授業展開の例
『智恵子抄』を代表する短い詩。中3 国語では、近代詩を「伝記的事実」と「言葉の選択」の両面から味わう題材として理想的。光太郎と智恵子の関係(『道程』『あどけない話』『山麓の二人』『レモン哀歌』『亡き人に』への流れ)を背景にして読むと、詩の重みが格段に深まる。
指導目標
- 詩の背景(智恵子の発病・死)を踏まえて、感情の高まりを共有する
- 「トパアズいろの香気」のような共感覚的表現の効果を考える
- 自分の体験を一つの「もの」に託して短い詩を書いてみる
授業の流れ
- 10分 光太郎と智恵子の出会いから死別までの年譜を簡単に提示。彫刻家・洋画家の二人が共に生きた時代を確認。
- 15分 全体を音読 → 各行を読みながら、生命の細部(歯・目・噛む音)と死の影が交錯する構造を確認。
- 15分 「トパアズいろの香気」「サン・トリアン」など難語の議論。意味を確定するよりも、なぜここでこの語が必要かを考える。
- 5分 最後の二行「すずしく光るレモンを今日も置かう」の「今日も」が示す時間の経過を確認。
発問例・議論のポイント
- 「あなた」と呼びかける主体は、レモンを差し出す瞬間と、写真の前に花を置く瞬間で、同じ気持ちですか。
- 「あなたの咽喉を/嵐はあるが/このまゝあなたは/普通の食事をなさる」と光太郎は願います。なぜレモンが「食事」の代わりに置かれたのか。
発展課題
- 同じ『智恵子抄』の他の詩(「あどけない話」「山麓の二人」など)を読み、智恵子像の変化を考察。
- 高村光太郎『道程』(本サイト 小6 国語に収録) と読み比べて、彫刻家として、詩人としての光太郎の二面性を考える。
関連する教材
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