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山月記

高等学校 国語 第1学年 B 読むこと 目安 50 分

作者
中島敦(1909–1942)
原作発表
1942 年
出典
青空文庫
底本:「李陵・山月記」新潮文庫、新潮社、1969年9月20日発行(1994年5月15日第50刷を校正に使用)

学習のめあて

  • 漢文訓読調と現代文の混じる中島敦の独特の文体を、音読を通して体感する
  • 李徴がなぜ虎になったかについて、「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」の語を中心に分析する
  • 物語の枠(袁傪との偶然の再会)と告白(李徴の独白)が織りなす二重構造の効果を考える
  • 漢詩「偶因狂疾成殊類…」を訓読し、その内容と物語との照応を読み取る

本文

 隴西ろうさい李徴りちょうは博学才穎さいえい、天宝の末年、若くして名を虎榜こぼうに連ね、ついで江南尉こうなんいに補せられたが、性、狷介けんかい、自らたのむところすこぶる厚く、賤吏せんりに甘んずるをいさぎよしとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山こざん虢略かくりゃく帰臥きがし、人とまじわりを絶って、ひたすら詩作にふけった。下吏となって長くひざを俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年にのこそうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日をうて苦しくなる。李徴はようや焦躁しょうそうに駆られて来た。この頃からその容貌ようぼう峭刻しょうこくとなり、肉落ち骨ひいで、眼光のみいたずらに炯々けいけいとして、かつて進士に登第とうだいした頃の豊頬ほうきょうの美少年のおもかげは、何処に求めようもない。数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙しがにもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才しゅんさい李徴の自尊心をいかに傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々おうおうとして楽しまず、狂悖きょうはいの性は愈々いよいよ抑え難くなった。一年の後、公用で旅に出、汝水じょすいのほとりに宿った時、遂に発狂した。或る夜半、急に顔色を変えて寝床から起き上がると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出かけだした。彼は二度と戻って来なかった。附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。

 翌年、監察御史かんさつぎょし陳郡ちんぐん袁傪えんさんという者、勅命を奉じて嶺南れいなんに使し、途に商於しょうおの地に宿った。次の朝まだ暗い中に出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰い虎が出る故、旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでしょうと。袁傪は、しかし、供廻ともまわりの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥けて、出発した。残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎もうこくさむらの中から躍り出た。虎は、あわや袁傪に躍りかかるかと見えたが、たちまち身をひるがえして、元の叢に隠れた。叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返しつぶやくのが聞えた。その声に袁傪は聞きおぼえがあった。驚懼きょうくの中にも、彼は咄嗟とっさに思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、李徴子ではないか?」袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁傪の性格が、峻峭しゅんしょうな李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

 叢の中からは、暫く返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。ややあって、低い声が答えた。「いかにも自分は隴西の李徴である」と。

 袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐かしげに久闊きゅうかつを叙した。そして、何故叢から出て来ないのかと問うた。李徴の声が答えて言う。自分は今や異類の身となっている。どうして、おめおめと故人ともの前にあさましい姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭いふけんえんの情を起させるに決っているからだ。しかし、今、図らずも故人にうことを得て、愧赧きたんの念をも忘れる程に懐かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形を厭わず、曾て君の友李徴であったこの自分と話を交してくれないだろうか。

 後で考えれば不思議だったが、その時、袁傪は、この超自然の怪異を、実に素直に受容れて、少しも怪もうとしなかった。彼は部下に命じて行列の進行を停め、自分は叢の傍に立って、見えざる声と対談した。都の噂、旧友の消息、袁傪が現在の地位、それに対する李徴の祝辞。青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それらが語られた後、袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至ったかを訊ねた。草中の声は次のように語った。

 今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊った夜のこと、一睡してから、ふと眼を覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中から頻りに自分を招く。覚えず、自分は声を追うて走り出した。無我夢中で駈けて行く中に、いつしか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地をつかんで走っていた。何か身体中に力が充ち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。気が付くと、手先やひじのあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然ぼうぜんとした。そうしておそれた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。自分は直ぐに死を想うた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分の口は兎の血にまみれ、あたりには兎の毛が散らばっていた。これが虎としての最初の経験であった。それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還って来る。そういう時には、曾ての日と同じく、人語も操れれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書けいしょの章句をそらんずることも出来る。その人間の心で、虎としての己の残虐ざんぎゃくな行のあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、いきどおろしい。しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己はどうして以前、人間だったのかと考えていた。これは恐しいことだ。今少し経てば、己の中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋れて消えて了うだろう。ちょうど、古い宮殿のいしずえが次第に土砂に埋没するように。そうすれば、しまいに己は自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っても故人と認めることなく、君を裂きくろうて何の悔も感じないだろう。一体、獣でも人間でも、もとは何か他のものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているだろう! 己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。誰にも分らない。己と同じ身の上に成った者でなければ。ところで、そうだ。己がすっかり人間でなくなって了う前に、一つ頼んで置きたいことがある。

 袁傪はじめ一行は、息をのんで、叢中そうちゅうの声の語る不思議に聞入っていた。声は続けて言う。

 他でもない。自分は元来詩人として名を成す積りでいた。しかも、業未だ成らざるに、この運命に立至った。曾て作るところの詩数百ぺんもとより、まだ世に行われておらぬ。遺稿の所在も最早判らなくなっていよう。ところで、その中、今も尚記誦きしょうせるものが数十ある。これを我が為に伝録して戴きたいのだ。何も、これにって一人前の詩人面をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ。

 袁傪は部下に命じ、筆を執って叢中の声に随って書きとらせた。李徴の声は叢の中から朗々と響いた。長短凡そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。しかし、袁傪は感嘆しながらも漠然ばくぜんと次のように感じていた。成程、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処か(非常に微妙な点に於て)欠けるところがあるのではないか、と。

 旧詩を吐き終った李徴の声は、突然調子を変え、自らをあざけるかごとくに言った。

 羞しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己は、己の詩集が長安ちょうあん風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。岩窟がんくつの中に横たわって見る夢にだよ。わらってくれ。詩人に成りそこなって虎になった哀れな男を。(袁傪は昔の青年李徴の自嘲癖じちょうへきを思出しながら、哀しく聞いていた。)そうだ。お笑い草ついでに、今の懐を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きているしるしに。

 袁傪は又下吏に命じてこれを書きとらせた。その詩に言う。

   偶因狂疾成殊類  災患相仍不可逃
   今日爪牙誰敢敵  当時声跡共相高
   我為異物蓬茅下  君已乗軺気勢豪
   此夕渓山対明月  不成長嘯但成嗥

 時に、残月、光冷やかに、白露は地にしげく、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄倖はっこうを嘆じた。李徴の声は再び続ける。

 何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依れば、思い当ることが全然ないでもない。人間であった時、己は努めて人との交を避けた。人々は己を倨傲きょごうだ、尊大だといった。実は、それが殆ど羞恥心しゅうちしんに近いものであることを、人々は知らなかった。勿論、曾ての郷党きょうとうの鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨せっさたくまに努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為せいである。己のたまに非ざることをおそれるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々ろくろくとしてかわらに伍することも出来なかった。己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶ふんもん慙恚ざんいとによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。今思えば、全く、己は、己の有っていた僅かばかりの才能を空費して了った訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露ばくろするかも知れないとの卑怯ひきょう危惧きぐと、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己は漸くそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸をかれるような悔を感じる。己には最早人間としての生活は出来ない。たとえ、今、己が頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。まして、己の頭は日毎に虎に近づいて行く。どうすればいいのだ。己の空費された過去は? 己は堪らなくなる。そういう時、己は、向うの山の頂のいわに上り、空谷くうこくに向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向ってえた。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。しかし、獣どもは己の声を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、たけっているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

 漸く四辺の暗さが薄らいで来た。木の間を伝って、何処からか、暁角ぎょうかくが哀しげに響き始めた。

 最早、別れを告げねばならぬ。酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから、と、李徴の声が言った。だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。それは我が妻子のことだ。彼等は未だ虢略にいる。固より、己の運命に就いては知る筈がない。君が南から帰ったら、己は既に死んだと彼等に告げて貰えないだろうか。決して今日のことだけは明かさないで欲しい。厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐れんで、今後とも道塗どうと飢凍きとうすることのないように計らって戴けるならば、自分にとって、恩倖おんこう、これに過ぎたるは莫い。

 言終って、叢中から慟哭どうこくの声が聞えた。袁もまた涙をうかべ、よろこんで李徴の意に副いたい旨を答えた。李徴の声はしかし忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻って、言った。

 本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。

 そうして、附加えて言うことに、袁傪が嶺南からの帰途には決してこの途を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて故人を認めずに襲いかかるかも知れないから。又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、此方を振りかえって見て貰いたい。自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。勇に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示して、以て、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起させない為であると。

 袁傪は叢に向って、ねんごろに別れの言葉を述べ、馬に上った。叢の中からは、又、堪え得ざるが如き悲泣ひきゅうの声が洩れた。袁傪も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出発した。

 一行が丘の上についた時、彼等は、言われた通りに振返って、先程の林間の草地を眺めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮ほうこうしたかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。

語句の意味

  • 隴西(ろうさい) 現在の中国甘粛省の地方名。古代から名族の出身地として知られた。
  • 博学才穎(さいえい) 博学で才能が抜きん出ていること。
  • 天宝(てんぽう) 唐の玄宗皇帝の年号(742-756)。安史の乱直前の時代。
  • 虎榜(こぼう) 科挙の合格者名簿のひとつ。難関の進士科に合格した者の名が記された。
  • 江南尉(こうなんい) 江南地方の地方下級官吏。
  • 狷介(けんかい) 自分の主張を曲げず、他人と妥協しない性格。
  • 賤吏(せんり) 地位の低い役人。
  • 虢略(かくりゃく) 中国河南省の地名。李徴の故郷とされる。
  • 帰臥(きが) 官職を辞めて故郷に帰り、隠棲すること。
  • 詩家(しか) 詩人。詩を作ることを生業とする者。
  • 焦躁(しょうそう) 思うようにならず、いらだつこと。
  • 進士(しんし) 中国の官吏登用試験「科挙」の最高位の合格者。
  • 怏々(おうおう) 心がふさいで楽しまない様子。
  • 狂悖(きょうはい) 道理に反して常軌を逸した行い。
  • 監察御史(かんさつぎょし) 唐代の役人。地方官の不正を取り締まる仕事。
  • 袁傪(えんさん) 李徴の旧友で、現在は監察御史を務める人物。物語の聞き手。
  • 倨傲(きょごう) おごり高ぶり、人を見下す態度。
  • 切磋琢磨(せっさたくま) 互いに努力し合って、技量や品性を磨き合うこと。
  • 碌々(ろくろく)として瓦(かわら)に伍する 平凡な者たちと並んで生きること。「己の珠なるべきを半ば信ずるが故」に、それができなかった。
  • 憤悶(ふんもん)と慙恚(ざんい) 「憤悶」は怒りと悶え、「慙恚」は恥じと憎しみ。李徴を蝕んだ二つの感情。
  • 暁角(ぎょうかく) 夜明けを告げる角笛。
  • 慟哭(どうこく) 声をあげて激しく泣くこと。
  • 咆哮(ほうこう) 猛獣がほえる声。

考えてみよう

  1. 冒頭の李徴の人物紹介には「狷介」「自ら恃むところ頗る厚く」など強い言葉が並びます。李徴のどのような性格をこれらの言葉で表現していますか。本文の語を引いて整理しましょう。
  2. 李徴は「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」という一見矛盾した二つの言葉で、自分を分析します。この二つの言葉は具体的にどのような行動・態度を生み出していたか、本文の例を挙げて説明しましょう。
  3. 「人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという」と李徴は言います。この比喩はどのような意味をもっていますか。あなたの中の「猛獣」はどんなものか、考えてみましょう。
  4. 李徴は「妻子のこと」よりも先に「詩」のことを袁傪に頼みます。直後にそれを「己が人間だったなら(妻子の方を先に頼んだはずだ)」と自嘲します。この自嘲をどう読みますか。
  5. 結末で袁傪一行が振り返ると、虎は「白く光を失った月」を仰いで二声三声咆哮します。この情景がもつ余韻について、月・咆哮・別れの三要素から考察しましょう。
  6. 漢詩「偶因狂疾成殊類…」を訓読し、その内容と李徴の独白との関わりを説明しましょう。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)」国語 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • B(1)エ — 文章の構成や展開、表現の仕方について、評価することを通して、自分の考えを広げたり深めたりする
  • B(1)ウ — 文章の構成や展開、表現の仕方、表現の特色について評価する
  • B(1)オ — 作品の特色について、評価することを通して、自分の考えを広げたり深めたりする

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

出典・ライセンス

  • 原文: 中島敦「山月記」(1942年)
  • 入力テキスト: 青空文庫 (底本:「李陵・山月記」新潮文庫、新潮社、1969年9月20日発行(1994年5月15日第50刷を校正に使用))
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors