そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯がガリッと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ目がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止つた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう
この詩について
『智恵子抄』(昭和16年・1941) の中の一篇。妻・長沼智恵子は、洋画家として将来を期待されながら、心の病に長く苦しみ、昭和13年(1938)に粟粒結核で世を去りました。死の床で智恵子はレモンをほしがり、光太郎が差し出すと、噛みしめて束の間意識をはっきりさせた——その一瞬を、後に光太郎は短い詩に刻みました。
詩の核心は 「死の床で生命の細部が一瞬燃え上がる」 という逆説です。「ガリッと噛んだ」歯。「青く澄んだ目」。「わたしの手を握るあなたの力の健康さよ」。死を目前にした人の体に走る、最後の生のしるしを、光太郎は静かに見つめます。
そして詩の最後で、時間は数年後にとぶ。「写真の前に挿した桜の花かげに/すずしく光るレモンを今日も置かう」——智恵子の遺影の前に、彼は今もレモンを置き続けている、と。「今日も」の四文字に、長い時間と尽きせぬ思いがこめられています。
光太郎自身の言葉に「智恵子は私にとつて自然の精で、私の意識のなかに自然そのものとして存在する」(『智恵子抄』後記) というものがあります。レモンは、その「自然」の象徴の一つだったのかもしれません。