古事記「天孫降臨」— 三種の神器と高千穂
中学校 歴史 第1学年 古典 歴史的分野 大きな転換の様子古代までの日本神話・伝承と古代国家 目安 30 分
学習のめあて
- 古事記上巻の頂点「天孫降臨」を、原文に近い形と現代語訳の両方で読み比べる
- 三種の神器(鏡・剣・勾玉)が一つの物語のなかで揃う場面の意味を理解する
- 五伴緒(いつのとものお)— アマテラスが孫に従わせた五つの氏族の祖神 — から、大和朝廷の組織原理を読み取る
- 「高千穂」をめぐる宮崎説・霧島説など、神話の地理的比定の議論に触れる
- 戦前の「皇国史観」での利用と、戦後の批判的読み直しの両方を踏まえ、現代の私たちの読み方を考える
本文
一 天孫降臨の準備
国譲りが成って、葦原中国は天つ神々の手に渡りました。天照大御神と高御産巣日神は、こう仰せられました。
「葦原中国は、いま平定された。本来この国を治めるべき天忍穂耳命よ、降りて治めるべし」
ところがアメノオシホミミは、こう申し上げました。
「私が降りる準備をしているうちに、子が一柱生まれました。邇邇芸命と申します。この子を、私のかわりに降ろされたほうがよろしいかと存じます」
こうして、アマテラスの孫にあたるニニギノミコトが、地上に降りる役を担うことになりました。これが「天孫(てんそん=天つ神の孫)」が地上に降りる、「天孫降臨」のはじまりです。
二 三種の神器を授ける
アマテラスは、孫のニニギに、ご自身の身につけておられた三つの宝物を授けました。これが、後の世にいう「三種の神器」です。
| 神器 | 由来(既出の段) | 現在の所在地 |
|---|---|---|
| 八咫鏡 | 天の岩戸段で、アマテラスをおびき出すために作られた | 伊勢神宮 内宮(三重県) |
| 草薙剣 | 八岐大蛇段で、大蛇の尾から現れた | 熱田神宮(愛知県名古屋市) |
| 八尺瓊勾玉 | 天の岩戸段で、八咫鏡とともに作られた | 皇居 剣璽の間(東京都) |
三種の神器は、本段でようやく一つに揃います。「鏡」は古事記の前半(天の岩戸)、「剣」は中盤(八岐大蛇)、そして三つが「揃う」のが本段(天孫降臨)——古事記の編者は、この物語の構造を、神器の出現の順番でもって組み上げていったのです。
アマテラスは、八咫鏡を授けるとき、ニニギにこうおっしゃいました。
「この鏡を、私を見るように、ともに床(とこ)を同じくし、殿(みあらか)を同じくして、斎いまつれ」
つまり——この鏡は、私(アマテラス)そのものとして大切に祀れ、という命令です。これが、後の世、天皇家の最も大切な神聖物として、伊勢神宮に祀られるようになる起源となりました。
三 五伴緒(いつのとものお)— 五氏族の祖神たち
アマテラスは、孫を一人で地上に降ろさず、五柱の神々を従わせました。これを「五伴緒」と申します。それぞれが、後の時代に宮廷祭祀を担う五つの氏族の祖神となります。
| 神 | 担当 | 後の氏族 |
|---|---|---|
| 天児屋命 | 祭祀の祝詞 | 中臣氏(後の藤原氏の祖) |
| 布刀玉命 | 祭祀の用具 | 忌部氏 |
| 天宇受売命 | 神楽舞 | 猿女君(さるめのきみ) |
| 伊斯許理度売命 | 鏡の製作 | 鏡作部(かがみつくりべ) |
| 玉祖命 | 勾玉の製作 | 玉作部(たまつくりべ) |
とくに重要なのが、最初の天児屋命です。この神を祖とする中臣氏から、後に藤原氏(鎌足以降)が分かれ、平安時代から鎌倉時代まで、日本の政治の頂点に立つことになります。本段の「アマテラスが孫に祭祀者を従わせた」という神話は、後の藤原氏の権力の起源神話としての性格を持っているのです。
四 猿田毘古神 — 地上の道案内
ニニギ一行が、天と地のさかいに来たとき、地上から、奇妙な姿の神が立ちはだかっていました。
その神は、鼻の長さが七咫(約1.3メートル)もあり、背の高さは七尺(約2メートル)あまり。口と尻のあたりがほのかに光り、目はホオズキのように赤く照り、まことに異形の姿でありました。
高天原の神々は、おそれをなして、誰も声をかけようとしません。そのとき、アメノウズメ——「天の岩戸」段で岩屋の前で踊ってアマテラスを引き出した、あの神——が、進み出てこう問いました。
「あなたは何者ですか。なぜそこに立っているのですか」
異形の神は、こう答えました。
「私は、葦原中国の国神、名は猿田毘古神と申します。天つ神の御子(みこ)が天降られると聞き、道案内をいたそうと、お迎えに参りました」
こうしてサルタビコは、ニニギ一行を、安全に地上の高千穂まで案内したのです。後にサルタビコは、伊勢の地に帰り、その地の神となります。地上の有力な土地神が、天つ神を「敵」ではなく「主人」として迎え入れるこの場面は、古代の地方統合のあり方を象徴的に語っています。
五 高千穂への降臨
ニニギノミコトと五伴緒、そしてサルタビコの一行は、ついに地上に降り立ちました。古事記の本文は、降臨の地をこう記しています。
「竺紫の日向の高千穂のくじふるたけ」
(つくしのひむかのたかちほのくじふるたけ)
つまり——筑紫(つくし、現在の九州北部)の日向(ひむか、現在の宮崎県)の高千穂の、久士布流多気という峰、ということです。
ニニギは、降り立った地を見渡して、こうおっしゃいました。
「ここは韓国に向かい、笠沙の岬にも真道(まみち)が通じ、朝日のさし照る国、夕日の日照る国。ここはまことによい国である」
そう言って、ニニギはそこに、立派な御殿を建てて、住まいとしたのでした。
六 コノハナサクヤヒメとの結婚
ニニギは、笠沙の岬で美しい姫に出会いました。大山津見神の娘、木花咲耶比売です。山桜の花が咲くような美しさ、という名のとおりの姫でした。
ニニギは、すぐに姫を妻にしようと、父神のオオヤマツミに使者を立てました。父神は、たいへん喜び、姉の石長比売もあわせて、たくさんの結納品とともに、二人の姫を差し出しました。
ところがニニギは、姉のイワナガヒメが容貌に劣るのを見て、彼女だけを父神のもとに送り返し、美しいコノハナサクヤヒメだけを妻にしました。
これを聞いたオオヤマツミは、深く恥じて、嘆いてこう言いました。
「私が二人の娘を一緒に差し上げたのは、これには深いわけがあったのです。イワナガヒメを娶れば、天つ神の御子の命は岩のように長く揺るがず、コノハナサクヤヒメを娶れば、木の花のように美しく栄えるでしょう。両方を妻にされてこそ、永遠の繁栄が約束されるのでした。
しかし、イワナガヒメをお返しになり、サクヤヒメだけをお取りになった以上、天つ神の御子の命は、木の花のように、短くもろいものとなるでしょう」
これがゆえに、古事記は、こう結びます。「このゆえに、今に至るまで、天皇の命は長くないのである」と。
——神話は、ここで「人間の死」という根源的な問いに、ひとつの答えを与えています。永遠の命を選ばず、はかない美しさを選んだがゆえに、人の命は限りあるものとなった、と。
物語を読み解く ① — 三種の神器が揃う構造
古事記神話のなかで、三種の神器は、三つの異なる場面で出現します。
- 鏡と勾玉 「天の岩戸」段で、アマテラスを岩屋からおびき出すために作られる
- 剣 「八岐大蛇」段で、スサノオが大蛇の尾から取り出し、姉アマテラスに献上する
- 三つが揃う 本段「天孫降臨」で、ニニギに授けられ、地上に下される
この「三つが時間をかけて集まり、最後に揃う」という構造は、古事記の物語芸術の見事さを示しています。一度に三つすべてが現れるのではなく、別々の物語のなかで、それぞれの来歴を持って育ち、最後に一つに集まる——これが、神器の重みを増しているのです。
そして、三種の神器は、現代に至るまで天皇即位の象徴として、「剣璽等承継の儀」で受け継がれています。古事記の物語が、現代の皇室儀礼にまで、糸を引いて続いているのです。
物語を読み解く ② — 「高千穂」はどこか
「竺紫の日向の高千穂のくじふるたけ」——古事記がここまで具体的に地名を書きながら、それでも「高千穂はどこか」については、現代に至るまで論争があります。代表的な二つの説を紹介します。
宮崎県西臼杵郡 高千穂町 説
宮崎県の県北、九州山地の奥にある高千穂町。古事記の「くじふるたけ」と読める「久士布流神社(くしふるじんじゃ)」があり、地名・神社配置から「ここが本物」と主張されてきました。江戸時代の国学(本居宣長など)の主流もこの説で、現在も地元の伝承は強くこちらを支持します。
霧島連山 高千穂峰 説
宮崎県と鹿児島県の境、霧島山系の主峰高千穂峰(たかちほのみね、標高1574m)。山頂には「天逆鉾(あめのさかほこ)」と呼ばれる青銅製の鉾(ほこ)が突き立てられていることで知られ、坂本龍馬と妻お龍が新婚旅行で登ったことでも有名です。古事記の「真道に通じ」「朝日夕日の照る国」という記述は、霧島山頂からの眺めにふさわしい、とする説です。
歴史学者は両説を保留する
歴史の窓 — 戦前の「天孫降臨」と戦後の見直し
本段「天孫降臨」は、戦前の日本の教育のなかで、もっとも重要視された段でした。
明治〜昭和20年 — 皇国史観の中核
明治政府は、大日本帝国憲法(1889年)第1条「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」の根拠を、まさにこの「天孫降臨 → 神武東征 → 神武天皇即位」という古事記の物語の連鎖に求めました。
学校では、修身や国史の授業で、ニニギノミコトの天孫降臨は、「神話」ではなく「歴史的事実」として教えられました。「天皇は神(アマテラス)の子孫である」「日本は神の国である」という主張の、神話的根拠とされたのです。
1946年元日 — 「人間宣言」
敗戦後の1946年(昭和21年)元日、昭和天皇は、年頭の詔書のなかで、こう述べました。これが世にいう「人間宣言」です。
朕(ちん)ト爾等(なんじら)国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神(あきつみかみ)トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。
(私と国民の絆は、信頼と敬愛によって結ばれており、単なる神話と伝説によって生まれたものではない。天皇を現御神とし、日本人を他民族より優れた民族として世界を支配する運命にあるという架空の観念に基づくものでもない。)
これは、天皇自身が、本段「天孫降臨」を含む古事記の神話を、「自分が神であることの根拠」とすることをみずから否定した、決定的な宣言でした。
1947年 — 日本国憲法第1条
1947年5月3日に施行された日本国憲法は、第1条でこう定めます。
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
天皇の地位の根拠は、もはや「神話」ではなく、「主権者である国民の総意」とされたのです。戦前の皇国史観は、ここに法的に終わりを告げました。
現代の私たちは、神話をどう読むか
戦後の歴史教育は、神話を「歴史的事実」として教えることを慎重に避けてきました。しかし、それは「神話に価値がない」ということではありません。神話には、別の意味での豊かさがあります。
- 物語としての価値 古事記は、世界に通用する一流の物語芸術の作品です。三種の神器が時間をかけて揃う構造、地方の神(出雲のオオクニヌシ、地上のサルタビコ、コノハナサクヤヒメ)と中央の神(高天原のアマテラス・ニニギ)の絡み合い——これらは、純粋に文学として楽しめます。
- 古代社会の鏡として 神話には、それを編纂した古代の人々の世界観・価値観・恐れ・希望が、層をなして織り込まれています。「神話のなかの古代日本」を読むことで、当時の人々の心の世界に近づくことができます。
- 地名・神社の生きた起源として 出雲大社、伊勢神宮、熱田神宮、諏訪大社、鹿島神宮、高千穂神社——日本各地の神社の縁起は、いまも古事記の物語と深く結びついています。神社を訪ねる旅は、神話を「生きたもの」として体験する道です。
古事記神話五部作の完結
本段で、当ライブラリの古事記神話シリーズは、五部作として完結します。流れを振り返ってみましょう。
- 天の岩戸 — 高天原のアマテラスとスサノオ。鏡と勾玉が作られる
- 八岐大蛇 — スサノオが出雲で英雄になる。剣が現れる
- 因幡の白兎 — スサノオの子孫オオクニヌシが地上で英雄になる
- 国譲り — オオクニヌシが葦原中国を高天原に譲る。出雲大社の起源
- 天孫降臨(本段) — ニニギが三種の神器とともに地上に降りる。皇室の起源
古事記上巻は、「天上の神々 → 地上の出雲の神々 → 地上に降りた天上の神々(天皇家の祖先)」という三層の世界が、最終的にひとつの統合された物語として組み上げられています。本段「天孫降臨」は、その頂点であり、神話の物語が、次の中巻「神武天皇の東征」を経て、半ば歴史的な「天皇の物語」へと移っていく、転換点でもあります。
古事記の物語は、ここから古代日本の天皇譚へと続いていきます。神話の長い旅は、ここでひと区切り。神々の世界から、人々の世界へ。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 天孫降臨(てんそんこうりん) K アマテラスの孫ニニギノミコトが、高天原から地上の高千穂へと降りること。「天つ神の孫」が「地上」に降りるので「天孫降臨」と呼ぶ。古事記の編纂者にとっての、天皇家の支配の出発点とされる重要場面。
- 邇邇芸命(ににぎのみこと)/瓊瓊杵尊 K アマテラスの孫。本来地上を治めるはずだったアメノオシホミミの子。本段で三種の神器を授かり、高千穂に降臨し、地上の人々を治め始める。神武天皇の曾祖父にあたる。
- 五伴緒(いつのとものお) K ニニギノミコトに従わせられた五柱の神々。①アメノコヤネ(中臣=後の藤原氏の祖)/②フトダマ(忌部氏の祖)/③アメノウズメ(猿女君の祖)/④イシコリドメ(鏡作部の祖)/⑤タマノオヤ(玉作部の祖)。古代の宮廷祭祀を担う五つの氏族の祖神たち。
- 八咫鏡(やたのかがみ) K 三種の神器の一つ。「天の岩戸」段で作られた鏡。神鏡として伊勢神宮(内宮)に祀られる。
- 草薙剣(くさなぎのつるぎ) K 三種の神器の一つ。「八岐大蛇」段で大蛇の尾から現れた剣。元の名は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)。後にヤマトタケルの東国遠征で「草薙」と改名。現在は熱田神宮(名古屋市)に祀られる。
- 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま) K 三種の神器の一つ。「天の岩戸」段で作られた大きな勾玉。現在は皇居の剣璽の間に祀られる。
- 三種の神器(さんしゅのじんぎ) K 鏡・剣・勾玉の三つの宝物。本段で、アマテラスからニニギノミコトに授けられ、地上に下されたとされる。代々の天皇即位の際に「剣璽等承継の儀」で受け継がれる。
- 高千穂(たかちほ) K ニニギノミコトが降臨した地。古事記には「竺紫の日向の高千穂のくじふるたけ(筑紫の日向の高千穂の久士布流多気)」とある。現在、宮崎県西臼杵郡高千穂町(くしふるたけのある町)と、宮崎県と鹿児島県の境にある霧島連山の高千穂峰(たかちほのみね)の二つの場所が、それぞれ「ここが本当の降臨地」と伝えられる。学界では宮崎説と霧島説、両方に支持者がいる。
- 久士布流多気(くじふるたけ) K 高千穂のなかの特定の峰。「くじふる」は朝鮮古代語「クシ(亀)」「フル(村・里)」と関連するとの説もあり、古代日本と朝鮮半島の交流を想起させる地名研究の対象になる。
- 猿田毘古神(さるたびこのかみ) K 天孫降臨のおり、地上の道に立ちはだかって出迎えた神。鼻が長く、目は赤い赤鬼のような姿で、口と尻が光っていたという。地上の道案内をつとめる、土地の有力神。現在の伊勢国(三重県)の海岸あたりを治めた神とされる。
- 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ) K 古事記のはじめに登場する、宇宙の中心の根源神。本段とは直接関係ないが、神話の階層構造を理解するために知っておく価値がある。
- 皇国史観(こうこくしかん) K 明治から終戦(1945年)まで、日本の歴史を「万世一系の天皇家による統治の歴史」として描いた歴史観。本段「天孫降臨」は、その出発点として、最重要視された。戦後、史料批判的研究によって、「神話」と「歴史」を厳密に区別する立場が一般化した。
- 笠沙の岬(かささのみさき) K ニニギノミコトが降臨後に、コノハナサクヤヒメと出会った場所。現在の鹿児島県南さつま市あたり、薩摩半島の西端にあたる。
- 木花咲耶比売(このはなさくやひめ) K ニニギノミコトの妻となる、大山津見神の娘。「花のように美しい姫」の意。山桜の花の咲くような美しさ、というイメージ。日本の山々(特に富士山)を統べる神として、後に浅間神社の祭神となった。
- 神武天皇(じんむてんのう) K 古事記・日本書紀によれば、日本の初代天皇。ニニギノミコトの曾孫(ひまご)にあたる。九州から東征して、現在の奈良県橿原市で即位したと伝えられる(神武即位は紀元前660年と『書紀』に書かれているが、これは後代の年代修正による神話的年代であり、史実とは認めがたい)。
考えてみよう
- ニニギノミコトが地上に降りるとき、アマテラスは三つの神器を授けました。一つひとつ、どんな由来のあった神器か、これまでの段(天の岩戸・八岐大蛇)を思い出して整理しましょう。
- ニニギに付き従わせた「五伴緒(いつのとものお)」は、後の宮廷祭祀の五氏族の祖神とされます。なぜアマテラスは孫に「祭祀の専門家」を従わせたのでしょうか。
- 途中、地上に立ちはだかった猿田毘古神は、戦うのではなく「道案内」をします。古代の地方有力者と、後から来た「天つ神」との関係を、この場面はどう象徴していると読めるでしょうか。
- 「高千穂」がどこかについて、宮崎県高千穂町説と霧島連山高千穂峰説の二つがあります。神話の地理を「現実の地理」と一対一で対応させようとする試みの、難しさと面白さを考えましょう。
- 本段は、明治から戦前にかけて、修身・国史で「日本人としての誇り」「皇室の正統性」の根拠として、教科書の重要な位置に置かれてきました。戦後、それは見直されました。なぜ、神話を「事実」として教えることが問題視されたのか、自分の言葉で説明しましょう。
- 「神話としての価値」と「歴史的事実としての価値」は、別のものです。古事記の神話は、現代の私たちにとってどんな意味を持つでしょうか。あなたの考えを書きましょう。
- 古事記の四つの場面(天の岩戸・八岐大蛇・因幡の白兎・国譲り・天孫降臨)を続けて学んできました。一連の物語のなかで、なぜ最後に「天孫降臨」が来るのか、物語の構造として考察しましょう。
指導要領との対応
このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」歴史 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- 歴史 B(1)ア — 古代国家の形成 — 神話による政治統合
- 歴史 B(1)イ — 古代の人々の生活と信仰
- 歴史 B(2) — 古代の文化(神話・三種の神器・天皇制の起源神話)
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
指導案 教員向け・授業展開の例
古事記上巻のクライマックスにして、神話と歴史を結ぶ転換点。アマテラスの孫ニニギノミコトが、三種の神器と五伴緒(後の宮廷祭祀五氏族の祖神)を従えて高千穂に降臨する物語。戦前の皇国史観の核心として、修身・国史教科書で最も重要視された段だが、戦後はそれへの批判的視点を踏まえて読む必要がある。中学校歴史教育では、「神話と歴史の区別」「神話の政治的機能」「神話の地理的比定の難しさ」という、史料批判の核心に触れる教材として位置づけられる。古事記神話五部作(天の岩戸・八岐大蛇・因幡の白兎・国譲り・天孫降臨)の完結編。
指導目標
- 古事記上巻の頂点「天孫降臨」を、原文と現代語訳の両方で読む
- 三種の神器が「天の岩戸」「八岐大蛇」を経て本段で揃う物語構造を理解する
- 五伴緒から、古代宮廷の祭祀組織の起源神話を読み取る
- 「高千穂はどこか」をめぐる宮崎説・霧島説の議論から、神話の地理的比定の難しさを学ぶ
- 戦前の皇国史観での利用と、戦後の史料批判的見直しの両方を踏まえる
授業の流れ
- 1時間目(物語として読む) 「天の岩戸」「八岐大蛇」「因幡の白兎」「国譲り」の流れを簡単に復習し、本段が四つの段すべてを結ぶ「結び」であることを確認。本教材を音読し、三種の神器の出現史を表に整理(鏡・勾玉=天の岩戸/剣=八岐大蛇/三つそろう=本段)。五伴緒それぞれが後の宮廷氏族の祖神であることを、対応表で確認。
- 2時間目(皇国史観と現代) 高千穂の宮崎説・霧島説を地図で確認。「神話の地理を史実と一対一対応させる」ことの難しさを共有。続いて、戦前の修身・国史教科書での「天孫降臨」の扱いを示し、なぜそれが「皇室の正統化」「日本人の優越性」の根拠とされたかを確認。1946年元日の昭和天皇の「人間宣言」(自分が現御神ではないと明らかにした)と、日本国憲法第1条「天皇は日本国の象徴」を比較。現代の私たちは、この物語を「神話として」どう読み直せるかを討論。
発問例・議論のポイント
- アマテラスが孫を地上に降ろすとき、武力ではなく「鏡・剣・勾玉」という宝物と、「祭祀をつかさどる五氏族」を従わせたのが特徴的です。古代の支配が「宗教的権威」を軸にしていたことの神話的表現と読めます。「武力」だけでない統治のしくみを、本段からどう読み取れるでしょうか。
- ニニギは降臨した地で、コノハナサクヤヒメ(花のように美しい姫)と出会い結婚します。ところがコノハナサクヤヒメの父は「姉のイワナガヒメも一緒に妻にしてほしい」と言いますが、ニニギは美しい妹だけを選びます。これに父神が怒り、「岩のように長生きする運命」を失わせる呪いをかけ、それ以来、人の命は花のように短くなった——という神話が続きます。神話が「人間の死」をどう説明しているか、考えてみましょう。
- 戦前、本段は「日本は神の国」「天皇は神の子孫」という主張の根拠となりました。1946年元日に昭和天皇が出した「人間宣言」は、天皇自身が「神話による正統化」を否定する宣言でした。戦前と戦後の天皇像の変化を、本段の読み方の変化と重ねて考えましょう。
- 「高千穂」をめぐる宮崎県説と霧島説の論争は、明治以来続いています。神話の地理を「現実の地名」に固定したい欲求と、その難しさ。神話を地理として読むことの意義と限界を、討論しましょう。
- 古事記の編者(太安万侶・稗田阿礼)が、神話を「天上 → 地上の出雲 → 地上の高千穂 → 神武の東征 → 大和の天皇」という空間的・時間的な流れに整理したのは、なぜでしょうか。神話の「構造」を作る側の意図を読み解いてみましょう。
発展課題
- 古事記の続き(コノハナサクヤヒメの物語・ヤマサチ/ウミサチ・神武東征)を読み、神話から伝説、伝説から歴史への移行を体感する。
- 三種の神器の現在の所在地(伊勢神宮・熱田神宮・皇居)を地図で確認し、それぞれの歴史を調べる。
- 高千穂町・霧島連山・笠沙岬の地理を、現代の地図で確認する。
- 1946年元日の「人間宣言」全文を読み、戦前と戦後の天皇像の変化を考える。
- 古事記と日本書紀(720年成立)における「天孫降臨」の記述を比較する。
⇒ 学習パス「古事記 神話の旅」 の 5 / 6
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- 原文: 太安万侶(撰録)/稗田阿礼(誦習)「古事記「天孫降臨」— 三種の神器と高千穂」(712年)
- 入力テキスト: 古事記・上巻「天孫降臨の段」 (底本:『古事記』(和銅5年=712年成立)上巻。本教材は岩波文庫『古事記』(倉野憲司校注、1963年)および岩波日本古典文学大系『古事記 祝詞』(1958年)に拠る標準的訓読をもとに、中学生向けに語注と現代語訳を補った。古事記原典は著作権の保護対象外(公有)。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors