古事記「因幡の白兎」— オオクニヌシのやさしさ の表紙イラスト

古事記「因幡の白兎」— オオクニヌシのやさしさ

中学校 歴史 第1学年 古典 歴史的分野 大きな転換の様子古代までの日本神話・伝承と古代国家 目安 30 分

作者
太安万侶(撰録)/稗田阿礼(誦習)(成立:和銅5年(712年))
原作発表
712 年(奈良時代初頭(和銅5年))
出典
古事記・上巻「大国主神の段」
底本:『古事記』(和銅5年=712年成立)上巻。本教材は岩波文庫『古事記』(倉野憲司校注、1963年)および岩波日本古典文学大系『古事記 祝詞』(1958年)に拠る標準的訓読をもとに、中学生向けに語注と現代語訳を補った。古事記原典は著作権の保護対象外(公有)。

学習のめあて

  • 古事記上巻の有名な兄弟譚を、原文に近い形と現代語訳の両方で読み比べる
  • スサノオの子孫オオクニヌシが「やさしい末弟」として登場する場面を読み取る
  • 蒲の花粉を傷の治療に用いる古代日本の医学的知識を知る
  • 「因幡(鳥取県東部)」と「出雲(島根県東部)」という地理的設定から、古代山陰地方の神話圏を読み取る
  • この物語が、後の「オオクニヌシの国造り」「国譲り」へとつながる伏線であることを理解する

本文

一 八十神たちの旅

 この大国主神おおくにぬしのかみには、兄弟はらからがたくさんおられました。その数、八十やそもの神々であったといいます。これを八十神やそがみと申しあげます。

 ある時、八十神たちが、申し合わせました。

 「因幡いなばの国に、八上比売やがみひめという、それはそれは美しい姫がおられるとのこと。さあ、われわれもみな、求婚にまいろうではないか」

 そう申し合わせて、八十神たちは、こぞって因幡国へと旅立つことになりました。

 そのとき、末弟の大穴牟遅神おおなむぢのかみ——後の大国主神——は、八十神たちの荷物持ちとして、大きな袋を背負わされ、後から従わせられました。

二 気多の岬の、皮を剥かれた兎

 一行が気多けたの岬(現在の鳥取県東部)まで来たとき、岬の道に、ひと匹の裸の白兎が、苦しそうにして寝そべっておりました。皮を剥がれ、身体じゅう、赤くただれて、痛みに身をよじっておりました。

 八十神たちは、これを見つけて、口々に申しました。

 「兎よ、われわれが、よい治療法を教えてやろう。そなた、海水(しおみず)を浴びて、風の吹きあたるところで寝ているがよい。すぐに治る」

 白兎は、八十神たちの言葉を信じて、教えられたとおり、海の水を浴び、岬の高いところで風に吹かれて寝ました。

 ところが、海水が乾くにつれて、体じゅうの傷がひりひりと痛み、皮膚は引きつれてけるばかり。塩のために傷はますますひどく、白兎は、もはや身動きもできず、岬の道に倒れ伏して、声をあげて泣いていました。

三 末弟、大穴牟遅の問い

 そこへ、八十神たちから遅れて、大袋を背負った大穴牟遅神おおなむぢのかみが、ようやくたどり着きました。

 オオナムジは、泣いている白兎を見て、こう問いました。

 「兎よ、どうしてそこに伏して、泣いているのか」

 白兎は、涙ながらに答えました。

 「私は、隠岐おきの島におった者でございます。この因幡の国へ渡りたいと思いましたが、渡る手立てがありません。そこで、海の和邇わに(サメ)たちをだまそうと考えました。

 私は、岸の和邇に言いました。「われら兎の一族と、そなたら和邇の一族と、どちらが多いか、数比べをしようではないか。そなたら和邇を、隠岐の島から因幡まで一列に並べて、私が背を踏みながら数えてやろう。それで、わが一族のほうが多いか少ないか、決まるであろう」と。

 和邇たちは、まんまと信じて、一列に並びました。私は喜んで、その背を踏みながら、跳ねて渡ってまいりました。けれども、岸近くまで来たとき、つい嬉しさのあまり、こう申してしまったのです。「お前たちは、まんまと私にだまされたのだ」と。

 最後の和邇は、これを聞いていかり、私の身体をつかまえて、皮をすっかり剥いでしまいました。それから、ここに倒れて泣いているのです。

 先ほど、八十神様がたが通りかかられて、海水を浴びて風に当たれと教えてくださいましたが、その通りにしましたところ、傷はますます悪くなり、苦しさが極まっております」

四 真水と、蒲の穂

 オオナムジは、白兎の話をじっと聞いて、こう申しました。

 「すぐに、この河口に行き、真水(まみず)で身体をよく洗いなさい。それから、川辺のがま花粉かふんを取って、地面にひろげ、その上を転がりなさい。そうすれば、皮はもとのようによみがえり、傷も癒えるであろう

 白兎は、オオナムジに教えられたとおりにしました。河口で真水を浴び、岸の蒲の穂の花粉を取って、その上を転がりまわりました。すると、まったくその言葉のとおり、皮はみるみるもとに戻り、痛みは引き、白兎は、もとの白くやわらかな毛並みを取り戻したのでした。

五 白兎の予言

 よみがえった白兎は、感謝のあまり、オオナムジに、こう申しあげました。これを「兎神(うさぎがみ)の予言」と申します。

 「あの八十神様がたは、けっして八上比売を得ることはできません。たとえ大袋を背負っておられても、姫を得るのは、まさにあなた様(オオナムジ)でいらっしゃるでしょう

 はたして、白兎の言葉のとおりとなりました。因幡の八上比売やがみひめは、八十神たちが居並ぶ前で、はっきりとこう言いきったのです。

 「私は、あなたがたの誰の言葉にも従いません。私は、オオナムジ様の妻になります

物語を読み解く ① — 「やさしさ」の物語

この物語の中心は、何よりオオナムジ(大穴牟遅、後の大国主神)のやさしさです。荷物持ちとして、列の最後をとぼとぼ歩いてくる末弟。倒れて泣く白兎を、見過ごさずに足を止め、話を聞き、正しい治療法を教える。彼が「英雄」になっていく原点が、ここに描かれています。

古事記は、後の章でオオクニヌシが「葦原中国(あしはらのなかつくに)」、つまり地上の国を整える壮大な物語を語ります。その出発点に置かれたのが、この「兎を救う」という、ごく小さな、しかし普遍的な行為であることは、深い意味を持っています。大きなことを成す者は、まず小さな命に向き合える者——という古代の智慧が、ここに込められているのかもしれません。

物語を読み解く ② — 古代の医学的知識

オオナムジが教えた治療法は、現代の医学から見ても合理的です。

処方 現代医学から見た解釈
八十神の方法
「海水を浴びて風に当たれ」
塩分が傷をしみて炎症を悪化させ、乾燥が皮膚をさらに裂く。傷の手当てとしては最悪
オオナムジの方法
「真水で洗って蒲の花粉をかける」
真水で塩を洗い流し、蒲の花粉(蒲黄/ほおう)は実際に止血・消炎の薬効を持つ。漢方薬として現代も使われている。

蒲の花粉「蒲黄(ほおう)」は、現代の日本薬局方にも収載されている生薬で、止血薬として、また婦人病の治療に用いられます。古事記の時代の人々が、すでに経験的にこの薬効を知っていたことは、神話と古代医学が地続きであったことを示す貴重な証拠です。

歴史の窓 — 物語の舞台、山陰地方

この物語の舞台を地図で確認すると、古代山陰地方の地理的な広がりが見えてきます。

  • 隠岐の島(おきのしま)=白兎の出発点。出雲国の沖合に浮かぶ島。古代から流刑地としても知られ、後鳥羽上皇・後醍醐天皇も流された。
  • 因幡国(いなばのくに)=物語の中心。現在の鳥取県東部。八上比売の住む地。
  • 気多の岬(けたのみさき)=白兎が倒れていた岬。現在の鳥取県白兎海岸あたりと伝えられる。地元には今も「白兎神社(はくとじんじゃ)」が祀られ、縁結びの神とされる。
  • 出雲国(いずものくに)=オオナムジたちの故郷。現在の島根県東部。

これらの地は、古代に一つの神話圏を形成していました。古事記には、出雲を中心に、隠岐・因幡・伯耆(ほうき、鳥取県西部)・石見(いわみ、島根県西部)の伝承が多く取り入れられています。これは、奈良時代の大和朝廷が、地方の有力な伝承を集めて、神話の体系のなかに組み込んでいったことの表れです。

因幡の白兎、そのあとの物語

白兎の予言どおり、八上比売はオオナムジを選びます。これに激しく嫉妬した八十神たちは、その後、繰り返しオオナムジの命を奪おうとします。

  • 火に焼かれた赤い猪(じつは大岩)を山から転がして、それを受け止めようとしたオオナムジを焼き殺す
  • 大木の割れ目に挟む計略で、オオナムジを潰す

これらの試練のたびに、母神刺国若比売さしくにわかひめや、根の国(地下世界)の祖神スサノオの助けによって、オオナムジは何度もよみがえります。そして、ついに地下のスサノオから「大国主神(オオクニヌシ)」の名と霊力を授かり、地上の国「葦原中国」を治める神となります。これが古事記の「オオクニヌシの国造り」の物語です。

その壮大な物語の出発点に置かれているのが、この「因幡の白兎」——一匹の兎を救うという、小さな行為であった。古事記の編者は、英雄の物語を、こうやさしさから始めたのです。

関連する古事記の物語

本教材と合わせて、次の物語を読むと、出雲神話圏の世界がより立体的に見えてきます。

  • 天の岩戸 — 高天原での、アマテラスとスサノオの段
  • 八岐大蛇 — スサノオが出雲で英雄になる段。本教材の主人公オオナムジは、スサノオの六代目の子孫にあたる
  • オオクニヌシの国造り(古事記上巻、未収録)— 本教材の続きの物語
  • 国譲り(古事記上巻、未収録)— オオクニヌシが治めた葦原中国を、高天原の天つ神に譲る物語
  • 天孫降臨(古事記上巻、未収録)— ニニギノミコトが三種の神器を持って地上に降りる物語

古事記の上巻は、「高天原の神々(アマテラス・スサノオ)」と「地上の神々(オオクニヌシ)」の二つの神話圏が、最終的に「国譲り」「天孫降臨」によって一つに統合されていく壮大な物語です。「因幡の白兎」は、その地上の神話圏の入り口にあたる、忘れがたい一場面です。

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 大国主神(おおくにぬしのかみ) K スサノオの六代目の子孫とされる神。出雲の地で国造りを行ったとされる、出雲神話圏の中心的な神。多くの異名を持ち、「大穴牟遅(おおなむぢ)」「葦原醜男(あしはらしこお)」「八千矛(やちほこ)」などとも呼ばれる。出雲大社の祭神。
  • 大穴牟遅神(おおなむぢのかみ) K 大国主神の若い頃の名前。「大穴」は「大いなる魂」、「牟遅(むぢ)」は親しみの呼称といわれる。
  • 八十神(やそがみ) K 大穴牟遅(オオクニヌシ)の多くの兄たち。「八十」は「たくさん」の意で、数の多さを表す。物語では意地悪な兄たちとして描かれる。
  • 因幡(いなば) K 現在の鳥取県東部にあたる古代の国。出雲とともに古代山陰地方の主要な国だった。
  • 八上比売(やがみひめ) K 因幡国の美しい姫。八十神たちが妻にしようと押し寄せたが、彼女が選んだのはオオクニヌシだった。
  • 隠岐の島(おきのしま) K 出雲国の沖、日本海にある島。古代から流刑地としても知られた。本物語の白兎は、隠岐の島から因幡に渡ろうとして失敗した。
  • 和邇(わに) K 古事記の「わに」は、サメや海の大型の魚と考える説が有力(特に出雲・山陰地方の方言で「ワニ」はサメを指す)。爬虫類の「鰐」ではない。
  • 蒲(がま)の穂 K 池や沼に生える植物(ガマ)の穂。古事記の時代には花粉に止血・消炎の薬効があると知られていた。実際に蒲黄(ほおう)は漢方薬として現在も使われる。
  • 大袋(おおぶくろ) K 八十神たちが、自分たちの旅の荷物を入れた大きな袋。彼らは末弟のオオナムジに、それを背負わせて従者のように連れて行った。
  • 蒲黄(ほおう) K 蒲の花粉。漢方薬として、止血・利尿・打ち身の治療などに使われる。本物語は、蒲黄の薬効が古代日本ですでに知られていたことの貴重な記録ともいわれる。
  • 海水浴(うしお あ)びる K 古事記の白兎は最初「海水を浴びて、風に当たって寝ろ」と教えられて悪化する。塩分が傷をしみさせるためで、これは八十神の悪意の表れ。
  • 国造り(くにづくり) K 神話の中で、オオクニヌシが葦原中国(あしはらのなかつくに、地上の国)を整え、人々が安んじて住める国を作っていく一連の物語。本教材の物語は、その始まりの場面とされる。
  • 出雲大社(いずもおおやしろ) K 島根県出雲市にある古社。オオクニヌシを祭神とする。「縁結びの神」として現在も篤い信仰を集める。

考えてみよう

  1. 八十神たちが、わざわざ末弟のオオナムジに「大袋」を背負わせた理由を、本文から考えましょう。当時の兄弟関係や身分の感覚が見えてきます。
  2. 白兎は、なぜ和邇(サメ)たちをだまそうとしたのですか。その「ずるさ」と、最後にそれが見破られて受けた仕打ちの重さを、対比して考えましょう。
  3. 八十神たちが白兎に教えた「海水を浴びて風に当たれ」という方法は、なぜ症状を悪化させたのでしょうか。塩水と傷の関係を、現代の知識で説明してみましょう。
  4. オオナムジが教えた治療法は「真水で洗い、蒲の花粉をまぶす」というものでした。なぜこれが効果的だったのか、glossary の「蒲黄」を参照して考えましょう。
  5. 白兎は最後に予言します。「八上比売を得るのは、あなた様(オオナムジ)です」と。なぜ白兎は、こんな大胆な予言ができたのでしょうか。
  6. この物語のあと、八十神たちはオオナムジを激しく嫉妬し、何度も命を奪おうとします。「やさしさ」が周囲にどう受け取られるか、現代の私たちの社会と重ねて考えてみましょう。
  7. 因幡(鳥取県)から始まり、八上比売は出雲(島根県)に従って行きます。この物語の地理を地図で確認し、古代山陰地方の交流圏を想像してみましょう。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」歴史 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • 歴史 B(1)ア — 古代国家の形成 — 出雲神話圏と大和朝廷
  • 歴史 B(1)イ — 古代の人々の生活と信仰
  • 歴史 B(2) — 古代の文化(地方伝承・国造り神話)

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

指導案 教員向け・授業展開の例

古事記のなかでも、特に小学校から親しまれている有名な物語。スサノオの子孫オオクニヌシが、まだ若き「オオナムジ」と呼ばれていた頃の物語で、後の壮大な「国造り」「国譲り」の序章となる。八十神たちの嘘と、オオナムジの正しい医学的知識、白兎の感謝と予言、という三層の構造を持つ。中学校社会科では、「神話を地理・歴史と結びつけて読む」入り口として有効な教材。隠岐の島・因幡・出雲という具体的な地理が登場するため、地図と合わせて学習することで、古代山陰地方が一つの神話圏として捉えられていたことが見えてくる。

授業時数
2 単位時間(神話としての読み 1 時限+歴史・科学的考察 1 時限)
準備
古事記上巻「大国主神の段」の原文プリント、鳥取県・島根県の地図(隠岐の島・因幡・出雲・八上の位置)、蒲(ガマ)の植物写真と、蒲黄(漢方薬)の解説資料、サメ(ワニ)の写真(古事記の「わに」は爬虫類ではないことの確認)、出雲大社の写真資料

指導目標

  • 古事記上巻の有名な兄弟譚を、原文と現代語訳の両方で読む
  • 八十神とオオナムジの対比から、古代の兄弟・身分関係を想像する
  • 蒲の花粉(蒲黄)が現代も漢方薬として使われる事実から、神話と古代科学のつながりを知る
  • 因幡・出雲・隠岐の島の地理を確認し、古代山陰地方の神話圏を捉える

授業の流れ

  1. 1時間目(神話として読む) 「天の岩戸」「ヤマタノオロチ」段(既習)を簡単に復習し、本段はスサノオの子孫オオクニヌシの物語であることを確認。本教材を音読し、登場人物(オオナムジ・八十神・白兎・八上比売)と場面(隠岐の島・因幡の浜・気多の岬)を整理。三層構造(兄たちの嘘 → オオナムジの治療 → 白兎の予言)を表に整理。
  2. 2時間目(歴史・科学として読む) 鳥取県・島根県の地図で物語の舞台を確認。「ワニ=サメ」の地方語の話題に触れ、神話の細部に古代の生活実感が宿ることを共有。蒲黄(ガマの花粉)が現代でも漢方薬として用いられることを資料で確認し、古代日本の医学知識を考察。「八十神たちの執拗な嫉妬」が、続く章でオオナムジが何度も命を狙われる前奏になっていることを示唆して終わる。

発問例・議論のポイント

  • オオナムジは末弟で、兄たちの荷物持ちをさせられていました。それでも「兄たちのなかでもっとも有徳な者」と語られます。この設定は、世界の神話・民話の「末子成功譚(まっしせいこうたん)」と通じます。日本の他の物語(一寸法師・桃太郎など)と比べてみましょう。
  • 白兎は嘘をついて和邇(ワニ)の数を数え、ばれて皮を剝かれました。「ずるさ」への報いとしては重すぎる気もします。古代の人々は、この物語を聞いてどう感じたでしょうか。「自業自得」と思ったか、「かわいそう」と思ったか。
  • 八上比売は「八十神たちには嫁がない、オオナムジ様の妻になる」と宣言します。古代の女性の意思表示として、この一節をどう読みますか。
  • 蒲の花粉が実際に止血薬として効くことは、近代科学の確認です。古事記の時代の人々は、経験的にこれを知っていたわけですが、「神話」と「科学」は別物でしょうか、それとも重なる部分があるでしょうか。
  • オオナムジ(後のオオクニヌシ)は、このあと兄たちの嫉妬で何度も命を狙われ、母神や祖父神(スサノオ)の助けでよみがえります。「やさしい者ほど周囲に憎まれる」という人間社会の悲しい一面を、神話はどう描いているでしょうか。

発展課題

  • 古事記の続き(オオクニヌシの試練・地下の根の堅州国訪問・国造り・国譲り・天孫降臨)を読んで、出雲神話圏の全体像を理解する。
  • 出雲大社の歴史と、現代の「縁結びの神」としての信仰を調べる。
  • 「ワニ=サメ」の方言(出雲・山陰地方)について、現代でも残るかを調べる。
  • 蒲黄が現代の漢方薬として使われている例(婦人病・止血など)を、薬剤師の解説資料などで確認する。
  • 鳥取県白兎海岸の「白兎神社」を地図で確認する。

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出典・ライセンス

  • 原文: 太安万侶(撰録)/稗田阿礼(誦習)「古事記「因幡の白兎」— オオクニヌシのやさしさ」(712年)
  • 入力テキスト: 古事記・上巻「大国主神の段」 (底本:『古事記』(和銅5年=712年成立)上巻。本教材は岩波文庫『古事記』(倉野憲司校注、1963年)および岩波日本古典文学大系『古事記 祝詞』(1958年)に拠る標準的訓読をもとに、中学生向けに語注と現代語訳を補った。古事記原典は著作権の保護対象外(公有)。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors