古事記「国譲り」— 出雲から大和へ
中学校 歴史 第1学年 古典 歴史的分野 大きな転換の様子古代までの日本神話・伝承と古代国家 目安 35 分
学習のめあて
- 古事記上巻の重要な段「国譲り」を、原文に近い形と現代語訳の両方で読み比べる
- 三度の使者と力比べという物語の構造から、出雲が大和に統合される過程の神話的表現を読み取る
- 出雲大社の起源神話と、地上世界の祭祀権の分割を理解する
- 戦前の「国家神道」での利用と、戦後の批判的再読の両方を踏まえて、「神話を歴史史料として読む」姿勢を学ぶ
本文
一 オオクニヌシの国、譲られるべし
天照大御神は、高天原から地上の葦原中国を見下ろされ、こう仰せになりました。
「葦原中国は、まことに騒がしい国である。けれども、いま、わが子天忍穂耳命が治めるはずの国である。大国主神が、これを譲るかどうか、聞かせるべし。誰を使いに立てよう」
天照大御神と、もう一柱の根源神高御産巣日神は、八百万の神々と相談して、地上に使者を遣わすことに決めました。
二 最初の使者 — アメノホヒ
最初の使者として選ばれたのは、天菩比命でした。
ところがアメノホヒは、葦原中国に降りるや、オオクニヌシの威厳と人徳に心服してしまい、三年たっても、高天原に何の報告も返してきませんでした。
三 二度目の使者 — アメノワカヒコ
次に選ばれたのは、天若日子。立派な天羽羽矢(あめのははや)と弓を授けられて、地上に降りました。
ところがアメノワカヒコもまた、地上でオオクニヌシの娘下照比売と結婚してしまい、八年たっても何の連絡も返してきませんでした。それどころか、自分が葦原中国を治めようとさえしました。
高天原は、ようすを探るために、鳴女という雉(きじ)を使者として遣わしました。鳴女は、アメノワカヒコの家のかつらの木にとまり、こう問いただしました。
「天つ神々が遣わされた使者よ、なぜ八年たっても帰らないのか」
ところがアメノワカヒコは、これを聞いた仲間の神にそそのかされて、天つ神々から授かったその矢で、鳴女を射殺してしまいました。
矢は、鳴女の体を貫いて、高天原の高御産巣日神のもとへと飛んできました。神はこれを見て怒り、こう仰せられました。
「もしアメノワカヒコに二心がなく、悪しき神々を撃ったのであれば、その矢は彼に当たるな。もし二心があるならば、この矢で死ぬべし」
神が、その矢を地上に投げ返すと、矢はちょうど寝ていたアメノワカヒコの胸を貫いて、彼を殺してしまいました。これが、世にいう「還矢(かえりや)忌むべし」の語源です。
四 三度目の使者 — タケミカヅチの降臨
高天原は、もはや穏便な使者では国譲りが成らないと判断し、三度目には武の神を選びました。それが建御雷神と、同行する天鳥船神です。
タケミカヅチは、出雲国の伊那佐の小浜(現在の島根県出雲市稲佐の浜)に降臨しました。波打ち際に、十拳剣(とつかのつるぎ)を、剣先を上にして突き立て、その剣の先にあぐらをかいて座り、オオクニヌシに言いました。
「天つ神々が、お前に問う。お前が治めるこの葦原中国は、わが御子(みこ)に譲るべきものだとの仰せである。お前の答えはどうか」
五 コトシロヌシの承諾
オオクニヌシは、こう答えました。
「私の独断では、お答えしかねます。わが子の事代主神に問うていただきたい」
コトシロヌシは、当時、美保の岬で漁をしておりました。タケミカヅチが、天鳥船神を遣わして問わせると、コトシロヌシはこう答えました。
「畏し。この国は、天つ神の御子に奉るべし」
そう言って、コトシロヌシは、自分の乗ってきた船を傾けて、天の逆手(あまのさかて)を打って柏手(かしわで)を逆に打ち、その船を青葉の垣に変えて、その中に身を隠してしまいました。
六 タケミナカタの抵抗 — 力比べ
オオクニヌシには、もう一人の子がおりました。建御名方神です。
タケミナカタは、千人がかりでようやく持ち上げられるほどの大岩を片手で抱えて現れ、タケミカヅチにこう挑みました。
「わが国に来て、こそこそと話をしている者は誰か。それならば、力比べをしよう。さあ、まずわが手を取ってみろ」
タケミカヅチが、タケミナカタの手を取ろうとしました。すると、タケミカヅチの手は、たちまち氷柱(つらら)のように変じ、さらに鋭い剣の刃のように変わりました。タケミナカタは、おそれて手を引きました。
今度はタケミカヅチが、タケミナカタの手を取ろうとしました。タケミナカタの手は、まるで若い葦のごとく、たやすくつかみ取られ、タケミカヅチはこれを引きちぎって投げてしまいました。
タケミナカタは、おそれをなして逃げました。タケミカヅチは追いかけ、ついに信濃国の諏訪の湖(現在の長野県諏訪湖)まで追いつめました。タケミナカタは、こう申し上げました。
「恐し。どうか命だけはお助けください。私はこの諏訪の地から、決して外に出ません。父オオクニヌシの命に従い、葦原中国は天つ神の御子に奉ります」
こうして、タケミナカタは諏訪の地に祀られることになります。これが現在の諏訪大社の起源です。
七 国譲りの成立 — 出雲大社の起源
タケミカヅチは、出雲に戻り、オオクニヌシに最終確認しました。
「お前の二人の子は、ともに天つ神に従うと申した。それでお前自身の答えはどうか」
オオクニヌシは、こう答えました。
「畏し。仰せにしたがい、この葦原中国を、天つ神の御子に奉りましょう。
ただし、ひとつだけお願いがございます。私が住む宮殿として、天つ神の御殿(天皇の宮殿)と同じほどに、壮大な宮殿をお建ていただきたい。柱は、太い木をうずたかく地中に立て、千木(ちぎ)は高く天をつくように。さすれば、私の百八十柱の子神たちも、コトシロヌシを首長として、天つ神の御子をお守りいたしましょう」
高天原は、これを受け入れました。出雲国の多芸志(たぎし)の浜に、壮大な宮殿が建てられました。これが、現在の出雲大社(いずもおおやしろ)の起源とされます。
こうして、葦原中国は、天つ神々の手に渡りました。物語はここから、アマテラスの孫瓊瓊杵尊が三種の神器を持って地上に降りる「天孫降臨」へと続いていきます。
物語を読み解く ① — 三度の使者の意味
本段は、「三」という数の構造をきわめて意識的に用いています。三度の使者、それぞれの結果を整理してみましょう。
| 回 | 使者 | 結果 | 読み取り |
|---|---|---|---|
| 1 | アメノホヒ | オオクニヌシに心服、3年沈黙 | 出雲の威厳の表現 |
| 2 | アメノワカヒコ | 姫と結婚、8年沈黙、矢を射返されて死 | 姻戚関係でも統合は無理という暗示 |
| 3 | タケミカヅチ(武神) | 国譲りを成立させる | 最終的に「武」の権威が決め手 |
「温和な使者では成らず、武の神が必要だった」——この物語の流れは、古代の地方統合が、決して「平和な譲渡」ではなく、最終的には武力背景のもとで進められたことの、神話的な暗示と読めます。
物語を読み解く ② — 出雲大社の意味
本段の最大のクライマックスは、オオクニヌシの最後の要求です。「国を譲るかわりに、天皇の宮殿と同じほどに壮大な宮殿を建ててほしい」。
これは、古代の「政治と祭祀の分割」を示しています。
- 政治的支配は、天つ神(後の天皇家)が握る
- 祭祀権・宗教的尊厳は、オオクニヌシ(出雲)に残る
これが現実の歴史でも反映されており、出雲大社は、現在も日本最大級の神社として存続しています。古代の出雲大社は、復元説によれば高さ48m(現代のビルの15階建てに相当)に達したという巨大建築でした。考古学的にも、2000年に出雲大社境内から、直径3メートル超の巨大な柱の遺構が発見され、神話が「ある程度の現実」を反映していたことが裏付けられました。
地理の窓 — 物語に出てくる神社
本段に登場する神々は、現在も日本各地の神社で祀られています。地図に印をつけてみると、古代日本の神話圏の広がりが見えてきます。
| 神 | 祀る神社 | 場所 |
|---|---|---|
| オオクニヌシ | 出雲大社 | 島根県出雲市 |
| コトシロヌシ | 美保神社 | 島根県松江市美保関 |
| タケミナカタ | 諏訪大社 | 長野県諏訪 |
| タケミカヅチ | 鹿島神宮 | 茨城県鹿嶋市 |
| アメノホヒ | 出雲国造の祖神(菅原道真の遠祖でもある) | 出雲・京都北野天満宮ほか |
島根から長野・茨城まで——出雲神話圏が、太平洋側にまで広がっていたことを、現代の神社の分布から読み解くことができます。
歴史の窓 — 戦前の「国譲り」と、戦後の見直し
この物語は、明治から昭和20年までの戦前日本の教育で、きわめて重要な位置を占めていました。
戦前 — 国家神道の根幹として
明治政府は、大日本帝国憲法(1889年)第1条で「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と定め、その「万世一系」の根拠を、まさにこの「国譲り」→「天孫降臨」→「神武東征」→「神武天皇即位」という古事記の物語の連鎖に求めました。
学校では、修身や国史の授業で、この国譲り神話が「事実」として教えられました。教育勅語(1890年)に始まる戦前の道徳教育のなかで、神話は「日本人としての誇り」の根拠として位置づけられたのです。
戦後 — 神道指令と史料批判
1945年(昭和20年)8月15日の敗戦のあと、12月15日にはGHQの神道指令が発令され、国家神道は解体されました。教育の場でも、神話を「歴史的事実」として教えることは禁じられました。1947年に制定された日本国憲法では「主権在民」が明確に宣言され、「神話による天皇支配の正統化」は法的根拠を失いました。
現代の中学校歴史教科書では、古事記の神話は「奈良時代に編纂された当時の人々の世界観」として、歴史史料として批判的に読むことが標準になっています。「物語として面白い」「古代の人々の精神世界を知る貴重な資料」と評価する一方で、「歴史的事実」と「神話の語り」を混同してはならない、という史料批判の姿勢が共有されています。
関連する古事記の物語
- 天の岩戸 — 高天原のアマテラスとスサノオの物語
- 八岐大蛇 — スサノオが出雲で英雄になる物語
- 因幡の白兎 — オオクニヌシの若き日の物語
- 天孫降臨(未収録)— 本段の直後。ニニギノミコトが三種の神器を持って高千穂に降りる
- 神武東征(古事記中巻、未収録)— 神武天皇が九州から大和へ東征する物語
古事記上巻は、「天上の神々(アマテラス)」「地上の神々(オオクニヌシ)」「地上に降りた天上の神々(ニニギノミコト以下、天皇家の祖先)」という三つの世界が、最終的に一つの統合された物語として組み上げられています。本段「国譲り」は、その二番目から三番目への転換点にあたる、政治的にきわめて重要な段です。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 葦原中国(あしはらのなかつくに) K 古事記の世界観における「地上の国」。高天原(天上)と根の国(地下)の中間にある、現実の人々が住む世界。当時の日本列島全体を指す神話用語。
- 大国主神(おおくにぬしのかみ) K スサノオの子孫で、葦原中国を治めた神。本段では、この国を高天原の神々に譲ることを求められる。出雲大社の祭神。
- 高御産巣日神(たかみむすひのかみ) K 天地創成のはじめに現れた根源神の一人。本段では、アマテラスとともに、地上の国を譲るよう命じる側の中心。
- 天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと) K アマテラスの長男。本来この神が地上を治めるはずだったが、本段では地上の混乱を見て途中で天に戻ってしまう。後にこの神の子が天孫降臨で地上に降りる。
- 天菩比命(あめのほひのみこと) K 最初の使者として地上に派遣されたが、オオクニヌシに心服してしまい、三年たっても報告を返さなかった。
- 天若日子(あめのわかひこ) K 二度目の使者。オオクニヌシの娘シタテルヒメと結婚し、八年たっても帰らなかった。本国に戻ろうとしたところ、神に怒りを買って死ぬ。
- 鳴女(なきめ) K 天若日子の様子を探りに派遣された雉(きじ)の使者。天若日子に矢で射殺される。
- 建御雷神(たけみかづちのかみ)/武甕槌神 K 三度目の使者。雷の神で、強力な武神。最終的に国譲りを成功させる。後に大和朝廷から尊崇され、鹿島神宮(茨城県)の祭神となる。
- 天鳥船神(あめのとりふねのかみ) K タケミカヅチに同行した神。船の神格化と考えられる。
- 稲佐の浜(いなさのはま) K 出雲国の海岸(現在の島根県出雲市)。タケミカヅチが降臨し、国譲りの交渉が行われた場所と伝えられる。今も「神議が行われた地」として神域。
- 言代主神(ことしろぬしのかみ) K オオクニヌシの子。父に代わって最初に「国を譲ります」と承諾した神。後に「事代主」として宮中の御神楽でも祀られる。
- 建御名方神(たけみなかたのかみ)/タケミナカタ K オオクニヌシのもう一人の子。一人だけ国譲りに抵抗し、タケミカヅチと力比べ(相撲の起源とされる)を挑むが敗れ、信濃国(諏訪)まで逃げて、そこに祀られると約束する。現在の諏訪大社(長野県)の祭神。
- 諏訪大社(すわたいしゃ) K 長野県諏訪地方にある古社。タケミナカタを祀る。本物語に従えば、出雲神話圏が信濃にまで及んだことを示す貴重な記録。
- 出雲大社(いずもおおやしろ) K 島根県出雲市にある古社。本段の最後に、オオクニヌシが「天つ神の御殿(天皇の宮殿)と同じほど壮大な宮殿を作ってくれれば国を譲る」と要求して建てさせた、と語られる。出雲大社の起源神話。
- 天孫降臨(てんそんこうりん) K 国譲りの後、アマテラスの孫ニニギノミコトが、三種の神器を持って、葦原中国(地上)に降りること。本段はその直前の出来事。
- 国家神道(こっかしんとう) K 明治政府(1868年〜)が、神道を国家の精神的支柱と位置づけ、天皇を神聖視する体制。戦前、教育勅語とともに「天皇制国家」を支える理論的基盤となった。古事記の国譲り神話は、その重要な拠り所として頻繁に引用された。1945年の敗戦後、GHQ の神道指令(1945年12月)によって解体された。
考えてみよう
- 高天原は三度、地上に使者を派遣しました。一度目(アメノホヒ)、二度目(アメノワカヒコ)、三度目(タケミカヅチ)の結果を、それぞれ整理しましょう。なぜ最初の二度は失敗したのですか。
- オオクニヌシは、子のコトシロヌシとタケミナカタに「決めてくれ」と委ねます。古代の意思決定について、何が読み取れるでしょうか。
- タケミナカタは「力比べ」を挑み、相撲のような戦いで敗れます。これが日本相撲の起源神話とも言われています。なぜ「武力」ではなく「力比べ」で決着がついたのでしょう。
- オオクニヌシは「国を譲るかわりに、天皇の宮と同じほど壮大な宮殿を建ててほしい」と要求します。これが出雲大社の起源です。なぜこのような交換条件が必要だったのでしょう。
- 国譲りの段の直後、ニニギノミコトが地上に降りる「天孫降臨」が始まります。物語全体の流れとして、国譲り→天孫降臨→神武東征→神武天皇即位、と続きます。「神話の政治的役割」について、自分の言葉で説明してみましょう。
- 明治から終戦まで、この物語は「天皇家が日本を治める正統性」の根拠として、学校で広く教えられました。戦後、それは見直されました。神話を「正統性の根拠」とすることの問題点を、現代の私たちはどう考えればよいでしょうか。
- 出雲大社(島根県)と諏訪大社(長野県)と鹿島神宮(茨城県)— この三つの神社は、すべて本段の物語に出てくる神を祀っています。地図に印をつけて、古代日本の神話圏の広がりを実感してみましょう。
指導要領との対応
このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」歴史 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- 歴史 B(1)ア — 古代国家の形成 — 神話による政治統合
- 歴史 B(1)イ — 古代の人々の生活と信仰
- 歴史 B(2) — 古代の文化(神話・出雲大社・国家神道との関係)
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
指導案 教員向け・授業展開の例
古事記上巻のクライマックスの一つ。出雲のオオクニヌシが治めていた地上の国を、高天原のアマテラス・タカミムスビが取り上げる「政治的統合」の神話。三度の使者・タケミナカタの抵抗・出雲大社の創建という三つの軸で物語が展開する。本段は、戦前に「天皇支配の神話的正統性」の根拠として国家神道で大きく利用された経緯があり、戦後はそれへの批判的視点が必要となる。中学校歴史教育では、「神話を歴史史料としてどう読むか」「神話の政治的機能」という、史料批判の核心に触れる教材として位置づけられる。
指導目標
- 古事記上巻の重要段「国譲り」を、原文と現代語訳の両方で読む
- 三度の使者と力比べという物語の構造を捉える
- 出雲大社の起源神話と、地上世界の祭祀権の分割を理解する
- 戦前の国家神道での利用と、戦後の批判的視点の両方を踏まえる
- 神話を「正統性の根拠」とすることの史料批判的問題を、生徒自身が考える
授業の流れ
- 1時間目(物語として読む) 「天の岩戸」「ヤマタノオロチ」「因幡の白兎」段(既習)の流れを確認し、本段がオオクニヌシ(因幡の白兎を救った末弟)の物語の終わりにあたることを共有。本教材を音読し、三度の使者の派遣を表に整理。タケミナカタの抵抗と諏訪までの逃走を地図で確認。
- 2時間目(政治・歴史として読む) 出雲大社の壮大な建築(古代48m説)の写真を見て、神話の中の交換条件「天つ神の宮と同じほど壮大に」が現実の宗教施設として実現していることに触れる。続いて、戦前の修身・国史教科書での「国譲り」の扱いを示し、なぜそれが「天皇支配の正統化」に用いられたかを確認。1945年のGHQ神道指令で国家神道が解体された経緯と、戦後の史料批判的読みを紹介。最後に、現代の私たちはこの物語をどう読むべきかを討論。
発問例・議論のポイント
- 「国譲り」は、「平和的に話し合いで国の支配権を移譲した」物語として描かれています。しかし実際の古代史では、出雲王権と大和王権が平和裏に統合された証拠は乏しく、考古学的には複雑な力関係があったとされます。「神話の物語」と「歴史の事実」の違いを、どう整理すればよいでしょうか。
- タケミカヅチがタケミナカタの腕を「氷柱(つらら)のようにつかみ、若い葦のようにつまんで投げた」という戦闘描写は、相撲・柔道などの日本武道の起源神話としてしばしば引用されます。日本人の身体文化に、この物語はどう影響したでしょう。
- オオクニヌシが「天皇の宮殿と同じほど壮大な出雲大社を作ってくれれば国を譲る」と要求した点に、古代の交渉文化が垣間見えます。「政治的な敗者にも、宗教的な尊厳は残す」というこの解決は、どのように評価できますか。
- 戦前(明治〜昭和20年)、この物語は教科書で「皇室の正統性」の根拠として教えられました。戦後、教育基本法(1947年)と日本国憲法(1946年)のもとで、神話は「歴史」と区別されるべきだという立場が一般化しました。現在の中学校教科書での「神話」の扱いを調べ、その変化について意見を持ちましょう。
- 古事記の編者(太安万侶・稗田阿礼)が、出雲神話圏の伝承を大和の物語に組み込む際に、なぜ「力ずくで奪う」のではなく「話し合いで譲る」という形をとったと思いますか。
発展課題
- 古事記の続き「天孫降臨」(瓊瓊杵尊が三種の神器を持って高千穂に降りる)を読み、本段との連続性を確認する。
- 古事記の「神武東征」(神武天皇の九州から大和への東征)を読み、神話から伝説、伝説から歴史への移行を捉える。
- 出雲大社の現在(縁結びの神)と、本段の物語(国を譲った神を慰める宮)の関係を考える。
- 諏訪大社の御柱祭(おんばしらまつり)と、タケミナカタの神話との関係を調べる。
- 戦前の小学校国史教科書(『尋常小学国史』など)での神話の扱いを、現代の中学校教科書と比較する。
⇒ 学習パス「古事記 神話の旅」 の 4 / 6
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出典・ライセンス
- 原文: 太安万侶(撰録)/稗田阿礼(誦習)「古事記「国譲り」— 出雲から大和へ」(712年)
- 入力テキスト: 古事記・上巻「国譲りの段」 (底本:『古事記』(和銅5年=712年成立)上巻。本教材は岩波文庫『古事記』(倉野憲司校注、1963年)および岩波日本古典文学大系『古事記 祝詞』(1958年)に拠る標準的訓読をもとに、中学生向けに語注と現代語訳を補った。古事記原典は著作権の保護対象外(公有)。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors