本文(村井弦斎『食道楽』秋の巻 より抜粋・現代仮名遣い)
秋 は、実 (みのり) の 季節 で あり、同時 に、冬 を 越す 備え の 季節 で ある。
新米 が 米櫃 (こめびつ) に 満ち、芋 が 蔵 に 積まれる。
柿 (かき) は 軒下 に 吊るされ、干 し柿 と なる。
秋 刀 魚 (さんま) は 内臓 を 取って 塩水 に 浸し、天日 で 干す。
これら は、冬 の 食卓 を 支える もの で ある。そして、特 に 主婦 が 心 を 配る べき は、味噌 (みそ) 仕込み と、漬物 の 仕込み で ある。
味噌 は、秋 に 仕込めば、翌年 の 春 や 夏 まで に 熟成 する。各 家庭 で 麹 (こうじ) の 量 や 塩 の 配分 を 変えれば、その 家 ならで は の 「手前 味噌」 が 生まれる。
漬物 は、白菜 や 大根 を 塩 で 漬けて、樽 (たる) に 重し を 載せる。これ も 数 週間 から 数 ヶ月 で 熟成 し、冬 中 の 副菜 と なる。この よう に、秋 に 集中 して 保存食 を 仕込む の は、冬 が 来 る 前 の 自然 の 慣わ し で ある。
食 は、その 季節 の 中 に だけ 完結 する もの で は なく、四季 全体 を 通じて 計画 さ れる もの だ。さて、近代 化 に 伴って、生活 は どんどん 便利 に なって いる。氷 を 入れた 「氷箱 (こおり ばこ)」 ─ 冷蔵 庫 の 原型 ─ も、東京 の 一部 で 普及 し 始め た。
しかし、「便利」 が 「知恵」 を 失わせる の は、ある まじき こと だ。保存食 の 文化 は、単 に 「冬 を 越す ため の もの」 で は ない。
それ は、食 を 大切 に する 心、家族 と 食卓 を 共有 する 心、そして 四季 を 通じて 生きる 知恵 で ある。主婦 たる 者、秋 の 仕込み を 怠る べから ず。
明治 の 秋 ─ 「冬 を 越す」 という 必要
明治 の 日本 の 大多数 は、農村 で 暮らして いた。
冬 が 来れば、畑 から 収穫 で きる もの は 激減 する。雪 に 閉ざされる 地方 で は、4 ヶ月、5 ヶ月 も 新鮮 な 野菜 が 手 に 入らない。
だから 秋 ─ 収穫 期 の 終わり に ─ 冬 の 4 ヶ月 分 の 食料 を 保存 食 として 仕込んで おか ねば ならなかった。
- 米 ─ 米櫃 (こめびつ) で 1 年 分
- 芋 (さつまいも・じゃがいも・里芋) ─ 蔵 (くら) で 数ヶ月
- 柿 ─ 干し柿 で 半年 以上
- 秋 刀 魚 ─ 干物 で 数ヶ月
- 梅 (うめ) ─ 梅干し で 数 年
- 大豆 ─ 味噌 で 1 年 以上
- 白菜 ・ 大根 ─ 漬物 で 冬 中
これら は、現代 の 言葉 で 言えば 「食料 安全 保障」 の 草 の 根 版 で あった。
三 つ の 保存 原理
明治 の 保存 食 は、すべて 三 つ の 原理 の うち、どれ か (または 組合せ) を 使って いる。
| 原理 | 科学 的 仕組み | 代表 例 |
|---|---|---|
| 塩漬け | 高い 塩 濃度 で、腐敗 菌 が 増殖 できなく する (浸透圧) | 梅干し・漬物・塩鮭 |
| 乾燥 | 水分 を 飛ばし、微生物 が 活動 できなく する | 干物・干し柿・するめ |
| 発酵 | 有益 な 微生物 (麹菌・乳酸菌) を 増やし、腐敗 菌 を 抑える | 味噌・醤油・漬物・甘酒 |
これ ら は、現代 の 食品 科学 で 言う 「水分 活性 を 下げる」 という 共通 原理 で 説明 できる。
微生物 は 水 が ないと 増えられない。塩 で 水 を 奪い、乾燥 で 水 を 飛ばし、発酵 で 水 の 化学 状態 を 変える ─ どれ も、食 を 微生物 から 守る 知恵 だ。
「手前 味噌」 の 多様性
明治 の 各 家庭 は、自分 の 家 で 味噌 を 仕込んで いた。麹 の 量、塩 の 配分、大豆 の 種類、熟成 期間 ─ どれも 家 ごと に 異なる。
その 結果、家 ごと に 味 が 違う。 自慢 の 「手前 味噌」 を 客 に 振る舞う の が、当時 の 家庭 の 大きな 楽しみ だった。
この 多様 性 は、現代 で 言えば 「テロワール」 ─ ワイン の 産地 に よる 個性 ─ と 同じ 概念 で ある。
食 は、画一 (がいいつ) で は ない。家 ごと、地域 ごと の 個性 が、食 を 豊か に する。
現代 へ の 接続 ─ フード ロス と 持続可能 な 食
2020 年代 の 日本 で、最大 の 食 の 問題 は フード ロス (food loss) で ある。
年間 約 472 万 トン (令和 4 年・農水省 推計) の 食品 が、まだ 食べられる の に 捨て られて いる。
明治 の 「保存 食」 の 文化 は、この 問題 へ の 一つ の 答え で ある。
- 季節 に 取れた もの を、その 季節 に 食べきる。
- 余った もの は、保存 食 として 加工 し、次 の 季節 に 持ち越す。
- 家 ごと に、自分 たち の 食 を 計画 する。
弦斎 が 「主婦 たる 者、秋 の 仕込み を 怠る べから ず」 と 書いた 心 は、120 年 経った 今 こそ、私 たち 全員 に 向けられて いる の かも しれない。
あなた の 家 の 「秋 の 仕込み」 は?
家 に 帰って、家族 と 話し て みよう ─
- 今、家 に ある 保存 食 を 全部 数えて み よう。
- その うち、どれ が 「家 で 作った」 もの? どれ が 「買って きた」 もの?
- 家 で 作る なら、何 か ら 始められる? (梅干し が おすすめ)
明治 の 知恵 は、君 の 家 の 台所 で 再生 できる の だ。