サーカス

原文

幾時代いくじだいかがありまして
茶色ちゃいろ戦争せんそうありました

幾時代いくじだいかがありまして
ふゆ疾風しっぷうきました

幾時代いくじだいかがありまして
今夜こんや此処ここでのひとさか
今夜こんや此処ここでのひとさか

サーカス小屋ごやたかはり
そこそこひとつのブランコぶらんこ
えるともないブランコだ

頭倒あたまさかさにれて
よご木綿もめん屋蓋やねのもと

  ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

其処そこにはしろともしび
安値やすいリボンといき

観客かんきゃくさまはみないわし
咽喉のんどります牡蠣殻かきがら

  ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外やがいくらくらくら
よる劫々こうこうけまする
落下傘奴らっかさんめ懐古的かいこてき

  ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

解説:擬音語と音の詩

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」 ―― この擬音語は、和歌や俳句の伝統にも、西洋詩の伝統にも、先例がほとんどない。意味を持たない音そのもので、サーカスのブランコの揺れと、見上げる観客のため息と、夜の更けていく時間感覚を一度に表現している。

中也の詩の本体は「意味」ではなく「」にある。だから日本語以外への翻訳は、ほとんど不可能に近い。これは漢詩や和歌が完全には外国語に訳せないのと同じ事情である。

「茶色い戦争」「鰯」「牡蠣殻」

意味の通る部分にも、独特の比喩が散りばめられている:

  • 茶色い戦争 ―― 古写真の色か、軍服の色か。具体的に名指されないことで、戦争一般、歴史一般を象徴する
  • 観客様はみな鰯 ―― 観客を一匹一匹の魚に喩える。匿名・群集・密集
  • 咽喉が鳴ります牡蠣殻と ―― 観客の喉から出るため息や唾を呑む音を、「牡蠣殻が擦れる音」に重ねる。陰湿で、不気味

これらの比喩は、観客 ―― つまり詩を読む私たち自身 ―― との距離を作る。中也は観客の側に立たず、むしろブランコの上から見下ろす視線で詩を書いている。

中原中也と昭和初期

中原中也は 1907 年生まれ。22 歳でこの詩を書き、30 歳の若さで結核で死去。生涯の大半を東京で過ごし、女流詩人・長谷川泰子との恋愛、息子文也の早世など、悲しみの多い人生を送った。

昭和初期は、関東大震災(1923)の余韻、満州事変(1931)への助走、サーカスや浅草レビューといった大衆娯楽の隆盛など、近代化の翳りが濃く出る時期。中也の詩はその時代の感情の縮図として読まれてきた。