富嶽百景(抜粋)
高等学校 国語 第2学年 B 書くことC 読むこと 目安 35 分
学習のめあて
- 「富士には、月見草がよく似合ふ」という一文が、なぜ繰り返し引用されてきたかを文脈から読み解く
- 太宰の自意識(卑下と自負、孤独と社交、生と死)が、富士を見る視線にどう投影されているかを考える
- 随筆と小説の境界線について、本作の構造を手がかりに議論する
本文
御坂峠にて
富士の山頂は、思ひのほか、低い。あの頂上に立つたら、たいてい、ふしぎに思はぬか。私は、信州の安曇野で生れた人と、富士について語り合うたとき、富士の高さも、その姿のうつくしさも、すべて期待を裏切られた、ときいた。富士は、噂のとほりの裾野を持つて、すらつと真直ぐに、青空を背にして立つて居るのを見たとき、なるほど俗に云ふ「立派」とは、かういふものかも知れぬ、と素直に首肯頷けるのである。あんまり立派すぎて、つまらないとさへ私には思はれた。
あの富士は、もう少し背が高くなければいけないのだ。あの裾の勾配の角度、あの頂上の狭さ、あれくらゐの高さでは、いけない。
井伏鱒二と月見草
昭和十三年の初秋、井伏鱒二氏の御厚意により、私は、その天下茶屋の二階に滞在することに決つた。それから、まる二箇月、私は、御坂峠の頂上で、富士山と、まともに向き合つて、暮した。
井伏氏は、その初秋、御坂の私を訪ねてくれた。井伏氏は娘さんを連れての旅であつた。十三、四歳と思はれた。頬に紅潮が走り、おぼこい娘さんで、井伏氏とふたり、御坂峠の頂上から富士山を眺め、何度も何度も歓声をあげてゐた。井伏氏も、めづらしさうに、富士を眺めてゐた。私は、その時、思ふた。富士には、月見草がよく似合ふ、と。
御坂峠頂上の茶屋から、バスにのつて、三十分ほどゆられて、河口湖畔に着いた時、ふと、私は思ひ出した。御坂峠の頂上で、富士を見ながら、井伏氏と娘さんが、いいなあ、いいなあ、とおつしやつてゐた、その時、私の眼に、月見草が映つた。月光のやうな黄いろの月見草が一輪、富士の裾の方に、いまや高くひらいてゐた。富士には、月見草がよく似合ふ。
峠の老婆
その翌日、また、別の場面が、私の瞼に焼きついた。御坂峠頂上の茶屋に、たうたう、私のところを訪ねて来てくれた中央区辺りの老婆がゐた。三国峠を越え、御坂峠を越え、ずいぶん、難行であつたらしく、息を切らせて、店の縁台に腰をおろし、ぼんやり、富士を眺めてゐる。私も、その辺の縁台に腰かけて、お茶を飲んでゐた。
老婆も、しばらくして、それと気がついた様子で、私のはうに眼を向け、しかし、なんにも、ちつとも、見えてゐないのだ。あんなに、まじまじと、富士の方を眺めてゐながら、なんにも、見えてゐないのだ。富士山は、立派には、見えてゐないのだ。遥か、その向うに、遠く、なにか、別の物を、しんから望み見てゐる。
私は、月見草を思ひ出した。あの老婆もまた、月見草と富士の取り合せに似てゐる。富士は、立派すぎる。あんな、ばかに通俗的な、まるで風呂屋のペンキ画みたいな富士山には、月見草が一番似合ふ、と私は、ひとり呟き、峠の老婆を、しんから尊敬した。
結び
あすは、東京。あすからは、また、私の、もとの生活が始まる。あの、なまけ者の、しかも、いやらしく、ややこしい、生活が、始まる。私は、富士に向つて、おう、と、ひとこと、礼を述べた。さようなら、富士山。さようなら、御坂峠。ありがたう。
※ このページについて
『富嶽百景』は太宰治が昭和14年(1939)2〜3月の『文体』に発表した中編。御坂峠の天下茶屋に昭和13年9月13日から11月3日まで滞在した実体験をもとにしています。このページは高校2年生向けに核となる三つの場面(御坂峠の到着 / 井伏氏と月見草 / 峠の老婆)を抜粋・要約したもの。原文には、修学旅行の生徒たちの場面、富士の素描を頼まれて辟易する場面、近所の遊女たちと富士を眺める場面など、多くの挿話が含まれます。ぜひ 青空文庫の全文 で読み通してみてください。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 富嶽(ふがく) K 富士山の漢語的な呼び方。「嶽」は高くそびえる山。
- 御坂峠(みさかとうげ) K 山梨県笛吹市と富士河口湖町の境にある峠。江戸時代から富士山の眺望で知られ、富嶽三十六景にも描かれた。
- 天下茶屋(てんかちゃや) K 御坂峠の頂上にある茶屋。井伏鱒二の紹介で、太宰治が昭和13年9月から11月まで滞在し、本作の多くを執筆した。現在も同じ場所で営業している。
- 井伏鱒二(いぶせ ますじ) K 1898–1993年。小説家。太宰治の文学的師父。本作の冒頭、太宰を御坂峠に呼ぶのは井伏である。
- 月見草(つきみぐさ) K アカバナ科の二年草。夏の夕方に黄色い花を開き、朝にはしぼむ。野原や荒地に咲く。「あんな小さい花が、けなげに」というニュアンスで太宰は引いている。
- 直截(ちょくせつ) K まわりくどくなく、まっすぐ。
- 通俗(つうぞく) K 一般の人々によく理解されやすい、ありふれた。芸術的にやや低く見られる時にも使う。
- あんな顔 K ここでは富士山が「絵に描いたような、教科書に出てきそうな、誰でも知っている富士の顔」をしているのを指す。
- 太宰治(だざい おさむ) K 1909–1948年。青森県金木町出身の小説家。本名は津島修治。本作執筆の翌昭和14年に石原美知子と結婚し、戦前戦中の安定期に入る。代表作に『走れメロス』『斜陽』『人間失格』など。
考えてみよう
- 「富士には、月見草がよく似合ふ」という一文は、なぜ独立した文として強く印象に残るのでしょうか。前後の文脈と、太宰のリズム感の両面から考えましょう。
- 太宰は富士山を「あまりに通俗」「あんな顔をしてゐる」と一度突き放しながら、月見草と並べた瞬間に「いい山だ」と肯定します。この振れ幅は何を意味していますか。
- 井伏鱒二と娘さんの来訪の場面と、月見草の老婆の場面は、どちらも「観光客と土地の人」という構図を持っています。太宰が描こうとしたのは、富士山か、それとも見る人々の方か。
- 結婚直前の太宰がこの作品を書いた時、彼の頭にあったのは「自分の文学はどうあるべきか」という問いだったとも言われます。本作の中で、太宰自身の作家としての覚悟が垣間見える場面を探してみましょう。
- あなたが知っている「○○には、○○がよく似合ふ」と言えるような取り合わせを、自分の言葉で書いてみましょう。
指導要領との対応
このページは、文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)」国語 第2学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- C(1)エ — 作品の特徴を踏まえて、書き手の意図や、人物・出来事・場面の意味を、表現に即して捉える
- C(1)カ — 作品の構造や展開、表現の特色について評価する
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
指導案 教員向け・授業展開の例
高校2年の現代文教材として、随筆と小説の境界・私小説性・近代日本の自然観など多角的に扱える名品。冒頭の「富士の山頂は、思ひのほか、低い」と末尾の「ありがたう」までの構造を一望させたい。「月見草」の一節だけが有名になりすぎている弊害もあるので、全体の中での位置づけを丁寧に。
指導目標
- 「富士には、月見草がよく似合ふ」の一節が、本作のどの位置に置かれ、どんな文脈で発せられたかを精確に押さえる
- 太宰の文章のリズム——短い断定文と長い心理描写の交互——を声に出して味わう
- 私小説と随筆と虚構の境界について議論する
授業の流れ
- 1時間目 作家の伝記(昭和13年御坂峠滞在 → 14年結婚)を確認。冒頭〜井伏鱒二の到着あたりまでを音読。
- 2時間目 月見草の場面を精読。なぜ「老婆」が登場するのか、なぜ「老婆は、なんにも、ちつとも、見えてゐないのだ」と書いたのかを議論。
- 3時間目 後半(修学旅行の生徒たちの場面)の太宰の視線について議論。
- 4時間目 結末の「ありがたう」の宛先を考える。富士に? 御坂峠の人々に? 自分自身に?
- 5時間目 私小説論。太宰の他作品(『走れメロス』『斜陽』)と比較して、「太宰治」というペルソナを論じる。
発問例・議論のポイント
- なぜ太宰は「富士には、月見草がよく似合ふ」と書いたのか。月見草でなければならなかった理由はあるか。
- 「あんな顔をしてゐる」と富士山を批評する太宰の口調には、どこか自分自身を笑う響きがある。これはなぜか。
- 『富嶽百景』というタイトルは、葛飾北斎『冨嶽三十六景』を意識している。北斎との接続は本作にどう機能しているか。
発展課題
- 御坂峠の現地写真や、北斎の冨嶽三十六景の絵を見て、視覚的に富士の「百景」を体験する。
- 太宰自身の他の随筆(『東京八景』『十五年間』など)と読み比べる。
- 「○○には、○○がよく似合ふ」を自分でも一文書き、なぜその取り合わせなのかを300字で論じる。
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