本文(村井弦斎『食道楽』冬の巻 より抜粋・現代仮名遣い)
冬 の 食卓 の 中心 は、鍋 (なべ) で ある べし。
夏 は 冷たく、淡白 に、味 を 濃く ── と 説いた。
冬 は、これ と 全く 逆 で あって、温 (あたた) かく、こく が あり、家族 で 同じ 鍋 を 分かち 合う こと が 大切 で ある。寒さ は、まず 体 を 冷やす。 冷えた 体 を 温める に は、外 から の 暖房 だけ で は 足り ない。 体 の 内側 から、温かい 食物 で 温める こと が 必要 で ある。
そこ で、冬 の 食卓 で は、必ず 一品、湯気 の 立つ もの を 中心 に 据 えよ。最 も 望ましい の は、囲炉裏 (いろり) または 火鉢 (ひばち) の 上 に 鍋 を かけ、家族 全員 が その 周り に 集まって、それぞれ の 椀 に 取り 分けて 食べる こと で ある。
湯豆腐 ─ 京 の 都 (みやこ) の 雅 (みやび) な 一品。 昆布 だし の 湯 に、豆腐 を 入れる だけ。 醤油 と 薬味 で 食す。
水炊き ─ 鶏 の 肉 と 野菜 を、水 だけ で 煮る。 ポン酢 で。
寄せ鍋 ─ 旬 の 魚 ・ 野菜 ・ 豆腐 を、何 でも 入れる。 家 の 個性 が 出る。
ちゃんこ ─ 力士 が 食べる 大鍋 料理。 たんぱく 質 が 豊富。これ ら すべて に 共通 する の は、「同じ 鍋 を、家族 で 食べる」 という こと で ある。
各自 が バラバラ の 皿 に 取り 分け られた もの を 食べる の で は ない。 中央 の 一つ の 鍋 から、それぞれ が 自分 の 椀 に 取って 食べる。
これ こそ が、鍋 料理 の 本質 で あ る。食 は、栄養 を 補給 する だけ の 行為 で は ない。
それ は、家族 が 同じ 場 に 集まり、同じ もの を 食べる こと に より、互い の 結びつき を 確かめ 合う 儀式 で も ある。
そして 冬 の 鍋 こそ、その 儀式 に 最も 相応 (ふさわ) しい 形 で ある。寒い 夜、家族 が 鍋 を 囲み、湯気 の 中 から 互い の 顔 を 見つつ、笑い 合い、語り 合う ── これ ほど 幸せ な 食卓 が、他 に あ ろう か。
解説 ─ 「鍋 を 囲む」 という 食 文化
日本 の 鍋 料理 は、世界 の 食 文化 の 中 で も、独特 の 位置 を 占める。
多くの 国 で は、鍋 で 煮 た 料理 は、調理 後 に 個別 の 皿 に 取り 分けて、食卓 に 出す。 客 は、自分 の 皿 の 中 で 食べる。
だが 日本 で は、調理 中 の 鍋 そのもの を 食卓 の 中央 に 置き、家族 が それぞれ の 椀 (わん) で 取って 食べる。
これ は、世界 史 上、極めて 興味 深い 文化 で あ る。
- 中国 の 火鍋 (ホー・グォ) ─ 同じ く 中央 の 鍋 を 囲む。日本 の 鍋 文化 の 源流 と も 言える。
- フランス の フォンデュ ─ チーズ や ブイヨン の 鍋 を 中央 に 置き、串 で 取って 食べる。
- 韓国 の チゲ ─ 個別 の 鍋 で 出される こと が 多い (各自 用)。
これら の 「囲む 料理」 に 共通 する の は、「同じ 鍋 を 共有 する」 こと で ある。
食事 は 単 なる 栄養 摂取 で は なく、人 と 人 の 関係 を 確認 する 場 で ある ─ そう いう 哲学 が、鍋 料理 文化 の 根底 に ある。
冬 の 食材 と 体 の 温め
東洋 医学 で は、食材 を 「陽性 (ようせい)」 と 「陰性 (いんせい)」 に 分ける 考え 方 が ある。
体 を 温める 「陽性 食材」:
- 根 菜 ─ 大根、人参、ごぼう、れんこん
- 葉 菜 ─ 白菜、春菊、ねぎ、にら
- たんぱく 質 ─ 鶏 肉、鴨、鮭、たら、豆腐
- 香辛料 ─ 生姜、にんにく、唐辛子
これら の 食材 は、冬 の 鍋 に 入れる と、体 の 内側 から 体温 を 高める。 冷蔵 庫 や セントラル ヒー ティング が なかった 明治 時代、こうした 食材 の 選択 と 調理 は、生 きる ため の 必須 知識 だった。
現代 の 「個食」 「孤食」 問題
120 年 後 の 日本 で は、弦斎 が 描いた 「家族 で 鍋 を 囲む 食卓」 は、急速 に 減って いる。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 共食 (きょうしょく) | 家族・友人 と 同じ 食事 を 共 に する こと |
| 個食 (こしょく) | 同じ 食卓 でも、家族 が それぞれ 別 の もの を 食べる |
| 孤食 (こしょく) | 一人 で 食事 を する |
内閣府 の 「食育 に 関する 意識 調査」 (令和 4 年) に よれ ば:
- 朝食 を 「家族 と 一緒 に 食べる」 児童 ─ 約 49%
- 夕食 を 「家族 と 一緒 に 食べる」 児童 ─ 約 70%
- 「ほとんど 毎日 一人 で 食事 する」 児童 ─ 約 11%
明治 期 の 鍋 を 囲む 食卓 と、現代 の 個食 文化。
便利 さ ・ 多様 性 を 得た 代わり に、家族 が 「同じ もの を 食べる」 という 単純 な 儀式 を、私 たち は 失い つつ ある の かも しれない。
あなた の 家 の 「鍋 の 夜」
今夜、あるい は 今 週末、家族 と 一緒 に 鍋 を 囲んで み よう。
- 鍋 を 何 に する か、家族 で 話し 合う。
- 買い物 を 一緒 に 行く。
- 下 ご しらえ (野菜 を 切る、肉 を 切る) を 分担。
- テーブル の 中央 に 鍋 を 置き、家族 で 囲む。
- 湯気 の 中 で、その 日 の 話 を する。
弦斎 が 100 年 以上 前 に 描いた 「幸せ な 食卓」 は、君 の 家 で も、今夜、再現 できる。
それ こそ が、家庭科 の 学び の 真 の 目的 で あ る。