雪(抜粋)— 序・「天から送られた手紙」・附記より

中学校 理科 第1学年 科学随筆観察と探究 目安 20 分

作者
中谷宇吉郎(1900–1962)
原作発表
1938 年
出典
青空文庫
底本:「雪」岩波文庫、岩波書店、1994年10月17日初版発行(2008年12月5日第13刷を入力に使用)/親本:岩波新書、1938年11月20日初版

学習のめあて

  • 中谷宇吉郎の研究動機(雪と人生のつながり)と研究方法(人工的に再現して原理を探る)を理解する
  • 「雪の結晶は天から送られた手紙である」という比喩が、どんな科学的手続きを支えているかを読み解く
  • 「日常眼前に普通に見る事象の悉くが、究めれば必ず深く尋ねるに値する」という中谷の主張に、自分なりの応答をしてみる

本文

 この本は雪の結晶について私が北海道で行った研究の経過及びその結果をなるべく分りやすく書いたものである。勿論もちろん専門の学者の人に読んでもらうつもりは毛頭ないので、ただ自然の色々な現象について正当な理解を持ちたいと思っておられる人々に、少しでも自然現象に対する興味を喚起する機縁になれば有難いと思って書いたものである。雪といっても問題の範囲が広いので、その中で私が主として調べたのは、雪の結晶についてである。したがって雪に関する色々な問題、例えば雪崩なだれとか、スキーと雪との関係とかいう風な話はこの本の中には出て来ない。

 北海道における研究の外に、この数年来、私は新庄しんじょうにある農林省の積雪地方農村経済調査所の仕事に少しばかり関係が出来て、其処そこで雪害の実状を見聞しているうちに、雪と人生との間の深い交渉に驚かされたのである。そして色々気の付いたことを第一話「雪と人生」の中に述べることにした。

(昭和十三年十二月、著者)

第四「雪を作る話」より — 天から送られた手紙

 寺田先生は、小浅間にのぼられる道々にころがっている岩石の石片を眺められながら、これだけのことを考えられた。これは地の底から噴出した物質から、地殻内部の構造を窺おうとする一つの方法を暗示されたのであるが、われわれの今問題としているのは、天空高く、飛行機も気球も大凧も窺い得ない世界の気象状態を知ろうという欲望である。この二つは丁度反対の事柄、即ち天と地との差はあるが、その方法として考える道筋の同一であることを示しているので、ここに引用したわけである。

 さて、雪は高層において、まず中心部が出来それが地表まで降って来る間、各層においてそれぞれ異る生長をして、複雑な形になって、地表へ達すると考えねばならない。それで雪の結晶形及び模様が如何なる条件で出来たかということがわかれば、結晶の顕微鏡写真を見れば、上層から地表までの大気の構造を知ることが出来るはずである。そのためには雪の結晶を人工的に作って見て、天然に見られる雪の全種類を作ることが出来れば、その実験室内の測定値から、今度は逆にその形の雪が降った時の上層の気象の状態を類推することが出来るはずである。

 このように見れば雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。そしてその中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれているのである。その暗号を読みとく仕事が即ち人工雪の研究であるということも出来るのである。

附記

 この小さい本で私は、最初に雪と人間生活、特にその災害について述べ、次に雪華研究の歴史を語り、それから私自身の雪の研究に入った動機及びその後のことを記した。そして更に進んで雪はどんなものか、雪はどうして出来るかなどという問題にも触れたのであった。それから雪の正体を的確に掴むためには、どうしてもその生成条件を知る必要があるために、人工で雪華を作り、そしてその生成の条件を知ろうとしたのである。

 一口に「雪が降る」とか「雪は六花ろっかの形をしている」とか言ってすましていられる人にとっては、私の今までのべた話はすこぶる無用のことに属するであろう。しかし、自然の色々な現象の正体を究めようとする人にとっては、雪という我国にとって重大な意義をもつ自然現象の一つを、過去何千年かの間の人々と同じような見方で、何時いつまでも見ていることは余り望ましいことではない。もっとも誰もが雪の研究の専門家になっては困るということはいうまでもない。しかしわれわれが日常眼前に普通に見る事象のことごとくが、究めれば必ず深く尋ねるに値するものであり、究めて初めてそのものを十分に利用することも出来、またもし災害を与えるものであればその災害を防ぐことも出来るのである。それ故に出来るだけ多くの人が、まず自分の周囲に起っている自然現象に関心を持ち、そしてそこから一歩でもその真実の姿を見るために努力をすることは無益な事ではない。

 このような困難なそして大きな問題に対して、この結晶の研究などは如何にも迂遠な路を歩むように見えるかも知れない。しかし或る種の仕事は、何年やってもその効果が蓄積しないものであるが、科学的の研究は、本当の事柄を一度知って置けば、その後の研究はそれから発達することが出来るのであるから、そういう意味で決して迂遠な道ではなく、むしろ最も正確な近路を歩いていることになると少くも科学者はそういう風に思っているのである。

語句の意味

  • 雪華(せっか) 雪の結晶。六角形の美しい形をもつ。
  • 結晶(けっしょう) 物質の分子・原子が規則正しく並んだ固体。雪は水分子の規則的な結晶。
  • 人工雪(じんこうゆき) 中谷が世界で初めて研究室で作りだした雪の結晶。条件を変えながら作って、自然の雪と比べることで、上空の気象を逆推する手がかりにした。
  • 雪崩(なだれ) 山の斜面に積もった大量の雪が、一気に崩れ落ちる現象。
  • 新庄(しんじょう) 山形県北部の地名。豪雪地帯で、中谷も視察した。
  • 雪害(せつがい) 雪による交通・農業・住宅などへの被害。
  • 上層・高層 大気の上のほう。雪の結晶は数千メートル上空でできて、地表に向かって落ちる間にさらに形を変える。
  • 顕微鏡写真 顕微鏡で拡大した像の写真。中谷は雪の結晶を顕微鏡で撮影することで研究した。
  • 暗号 鍵を知らないと読み解けない符号。中谷は雪の結晶を「上空の気象が書いた暗号」にたとえた。
  • 六花(ろっか) 雪の異称。雪の結晶が六角形であることから。
  • 迂遠(うえん) 遠回り。中谷は「結晶の研究は迂遠に見えるが、実は最も正確な近路だ」と主張する。
  • 中谷宇吉郎(なかや うきちろう) 1900–1962年。石川県加賀市出身の物理学者・随筆家。北海道大学で雪の結晶研究を行い、世界で初めて人工雪の作製に成功した(1936年)。寺田寅彦の弟子のひとり。雪の結晶を「天から送られた手紙」と表現したことで知られる。

考えてみよう

  1. 中谷は『雪』という本を書いた目的について、序でどう説明していますか。本文の言葉を引いて答えましょう。
  2. 「雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る」という有名な一文の前に、中谷はどんな科学的推論を述べていますか。「手紙」「暗号」「読みとく」という比喩が、それぞれ何を指すかを整理しましょう。
  3. 中谷は附記で「われわれが日常眼前に普通に見る事象の悉くが、究めれば必ず深く尋ねるに値する」と書きます。同じ趣旨のことを、私たちは寺田寅彦の「茶わんの湯」「線香花火」でも見ました。日本の科学随筆に共通する「ものの見方」があるとしたら、それはどんなものでしょうか。
  4. 中谷は北海道で雪の結晶を研究しました。なぜ北海道だったのか、想像してみましょう。地理・気候・大学の研究設備など、いろいろな観点から考えられます。
  5. あなたが住む地域、または旅行で訪れた場所で「日常的に見ているけれど、よく考えると不思議な現象」を一つ挙げて、それを研究するとしたらどんな問いから始めるか書きましょう。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」理科 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • 中1 第2分野 — 気象とその変化、水の循環
  • 中1 第1分野 — 物質の状態変化、結晶
  • 学びに向かう力 — 観察と実験を結びつけた仮説検証の科学的態度

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

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出典・ライセンス

  • 原文: 中谷宇吉郎「雪(抜粋)— 序・「天から送られた手紙」・附記より」(1938年)
  • 入力テキスト: 青空文庫 (底本:「雪」岩波文庫、岩波書店、1994年10月17日初版発行(2008年12月5日第13刷を入力に使用)/親本:岩波新書、1938年11月20日初版)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors