雪(抜粋)— 序・「天から送られた手紙」・附記より

 この本は雪の結晶について私が北海道で行った研究の経過及びその結果をなるべく分りやすく書いたものである。勿論もちろん専門の学者の人に読んでもらうつもりは毛頭ないので、ただ自然の色々な現象について正当な理解を持ちたいと思っておられる人々に、少しでも自然現象に対する興味を喚起する機縁になれば有難いと思って書いたものである。雪といっても問題の範囲が広いので、その中で私が主として調べたのは、雪の結晶についてである。したがって雪に関する色々な問題、例えば雪崩なだれとか、スキーと雪との関係とかいう風な話はこの本の中には出て来ない。

 北海道における研究の外に、この数年来、私は新庄しんじょうにある農林省の積雪地方農村経済調査所の仕事に少しばかり関係が出来て、其処そこで雪害の実状を見聞しているうちに、雪と人生との間の深い交渉に驚かされたのである。そして色々気の付いたことを第一話「雪と人生」の中に述べることにした。

(昭和十三年十二月、著者)

第四「雪を作る話」より — 天から送られた手紙

 寺田先生は、小浅間にのぼられる道々にころがっている岩石の石片を眺められながら、これだけのことを考えられた。これは地の底から噴出した物質から、地殻内部の構造を窺おうとする一つの方法を暗示されたのであるが、われわれの今問題としているのは、天空高く、飛行機も気球も大凧も窺い得ない世界の気象状態を知ろうという欲望である。この二つは丁度反対の事柄、即ち天と地との差はあるが、その方法として考える道筋の同一であることを示しているので、ここに引用したわけである。

 さて、雪は高層において、まず中心部が出来それが地表まで降って来る間、各層においてそれぞれ異る生長をして、複雑な形になって、地表へ達すると考えねばならない。それで雪の結晶形及び模様が如何なる条件で出来たかということがわかれば、結晶の顕微鏡写真を見れば、上層から地表までの大気の構造を知ることが出来るはずである。そのためには雪の結晶を人工的に作って見て、天然に見られる雪の全種類を作ることが出来れば、その実験室内の測定値から、今度は逆にその形の雪が降った時の上層の気象の状態を類推することが出来るはずである。

 このように見れば雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。そしてその中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれているのである。その暗号を読みとく仕事が即ち人工雪の研究であるということも出来るのである。

附記

 この小さい本で私は、最初に雪と人間生活、特にその災害について述べ、次に雪華研究の歴史を語り、それから私自身の雪の研究に入った動機及びその後のことを記した。そして更に進んで雪はどんなものか、雪はどうして出来るかなどという問題にも触れたのであった。それから雪の正体を的確に掴むためには、どうしてもその生成条件を知る必要があるために、人工で雪華を作り、そしてその生成の条件を知ろうとしたのである。

 一口に「雪が降る」とか「雪は六花ろっかの形をしている」とか言ってすましていられる人にとっては、私の今までのべた話はすこぶる無用のことに属するであろう。しかし、自然の色々な現象の正体を究めようとする人にとっては、雪という我国にとって重大な意義をもつ自然現象の一つを、過去何千年かの間の人々と同じような見方で、何時いつまでも見ていることは余り望ましいことではない。もっとも誰もが雪の研究の専門家になっては困るということはいうまでもない。しかしわれわれが日常眼前に普通に見る事象のことごとくが、究めれば必ず深く尋ねるに値するものであり、究めて初めてそのものを十分に利用することも出来、またもし災害を与えるものであればその災害を防ぐことも出来るのである。それ故に出来るだけ多くの人が、まず自分の周囲に起っている自然現象に関心を持ち、そしてそこから一歩でもその真実の姿を見るために努力をすることは無益な事ではない。

 このような困難なそして大きな問題に対して、この結晶の研究などは如何にも迂遠な路を歩むように見えるかも知れない。しかし或る種の仕事は、何年やってもその効果が蓄積しないものであるが、科学的の研究は、本当の事柄を一度知って置けば、その後の研究はそれから発達することが出来るのであるから、そういう意味で決して迂遠な道ではなく、むしろ最も正確な近路を歩いていることになると少くも科学者はそういう風に思っているのである。