万葉集 — 古代日本の心の歌 の表紙イラスト

万葉集 — 古代日本の心の歌

中学校 歴史 第1学年 古典 古代史飛鳥・奈良時代古代文化 目安 30 分

作者
大伴家持 (おおとも の やかもち) ほか
原作発表
759 年(飛鳥・奈良時代 (629–759年頃))
出典
国民文庫 / 国立国会図書館デジタルコレクション
底本:『万葉集』全20巻、約4500首。 編纂は大伴家持 (おおとも の やかもち、718–785) が中心と考えられる。 759年頃成立。 飛鳥・奈良時代の最高傑作の和歌集。

学習のめあて

  • 日本最古の歌集『万葉集』の世界を体感する
  • 古代日本人の心情・自然観・恋愛観を理解する
  • 天皇から防人・農民まで、身分を超えた歌の世界を知る
  • 「やまとことば」の素朴な美しさを味わう

本文

五 首 の 選歌

(1) 持統天皇 (在位 690–697) ─ 巻一 ・ 28

はるぎてなつたるらし
白妙しろたへころもすてふあま香具山かぐやま

現代語 訳:
春 が 過 ぎ て、夏 が 来 た ら し い。
白 い 衣 (こ ろ も) を 干 す と い う、天 の 香 具 山 を 見 る と。

解 説:
持 統 天 皇 (女 帝) が、飛 鳥 の 藤 原 京 か ら 香 具 山 (現 在 の 奈 良 県 橿 原 市) を 眺 め て 詠 ん だ 歌。
香 具 山 の 中 腹 に 真 っ 白 な 布 が 干 さ れ て い る の を 見 て、「あ あ、夏 が 来 た」 と 季 節 の 移 り 変 わ り を 感 じ た 一 首。

(2) 山部赤人 (奈良時代前期) ─ 巻三 ・ 318

田子たごうら
うちでてれば真白ましろにぞ
富士ふじ高嶺たかねゆきりける

現代語 訳:
田 子 の 浦 (現 在 の 静 岡 県 富 士 市) を 通 っ て、海 辺 に 出 て み る と、
富 士 山 の 高 い 嶺 に は、真 っ 白 な 雪 が 降 り 積 も っ て い た こ と よ。

解 説:
山 部 赤 人 が 富 士 山 を 詠 ん だ、 万 葉 集 を 代 表 す る 名 歌。
青 い 海 の 上 に そ び え る 白 い 富 士 山 ─ そ の 鮮 や か な 対 比 が、 わ ず か 31 音 の 中 に 凝 縮 さ れ て い る。
こ の 歌 は、 後 の 「新 古 今 和 歌 集」 で も 取 り 上 げ ら れ、 百 人 一 首 に も 収 載 さ れ た。

(3) 額田王 (飛鳥時代) ─ 巻一 ・ 20

あかねさす紫野むらさきの標野しめの
野守のもりずやきみそで

現 代 語 訳:
紫 草 が 茂 る 野、立 ち 入 り 禁 止 の 野 (標 野) を 行 き 来 し な が ら、
あ な た (大 海 人 皇 子) が 私 に 袖 を 振 る 姿 を、 野 の 番 人 (野 守) が 見 て い な い で し ょ う か。

解 説:
天 智 天 皇 が 主 催 し た 蒲 生 野 (現 在 の 滋 賀 県) で の 遊 猟 で、 元 夫 だ っ た 大 海 人 皇 子 (後 の 天 武 天 皇) が、 額 田 王 に 袖 を 振 っ て 合 図 を 送 っ た 場 面 を 詠 ん だ 歌。
天 智 天 皇 と 天 武 天 皇 の 兄 弟 が、 額 田 王 を め ぐ っ て 複 雑 な 三 角 関 係 に あ っ た こ と が 背 景。
万 葉 集 を 代 表 す る 「恋 の 歌」 の 一 つ。

(4) 防人歌 ─ 巻二十 ・ 4373

今日けふよりは
かへりみなくて大君おほきみ
しこ御楯みたてで立つわれ

現 代 語 訳:
今 日 か ら は、自 分 の 家 や 故 郷 を 振 り 返 る こ と な く、
天 皇 の 賤 し い 御 楯 (= 防 衛 の 兵) と し て、 出 発 す る、 こ の 私 は。

解 説:
防 人 と し て 九 州 北 部 に 派 遣 さ れ る、 駿 河 国 (現 在 の 静 岡 県) の 兵 士 が 詠 ん だ 別 れ の 歌。
「自 ら を 賤 し い 御 楯 と 呼 ぶ」 と こ ろ に、 古 代 の 兵 役 の 厳 し さ と、 家 族 と 離 れ る 切 な さ が 凝 縮 さ れ て い る。

(5) 大伴家持 (奈良時代後期) ─ 巻二十 ・ 4516

あらたしきとしはじめ初春はつはる
今日けふゆきのいやしけ吉事よごと

現 代 語 訳:
新 し い 年 の 始 ま り、 初 春 の こ の 日 に、 降 り 積 む 雪 の よ う に、
吉 い こ と が ま す ま す 重 な る よ う に、と 願 う。

解 説:
万 葉 集 の 最 終 歌 ─ つ ま り、 全 4500 首 の 最 後 の 一 首。
編 纂 者 と 考 え ら れ る 大 伴 家 持 が、 759 年 1 月 1 日 (旧 暦)、 因 幡 国 (現 在 の 鳥 取 県) の 国 守 と し て 赴 任 中 に 詠 ん だ。
「新 し い 年 に 良 い こ と が 重 な り ま す よ う に」 と い う 祝 い の 歌 で、 万 葉 集 を 締 め く く る に ふ さ わ し い。

『万 葉 集』 と は 何 か

『万 葉 集』 は、 日 本 最 古 の 歌 集 で あ る。
全 20 巻、 約 4500 首。 編 纂 は 奈 良 時 代 末 期 (759 年 頃)、 大 伴 家 持 ら が 中 心 と さ れ る。

収 め ら れ た 歌 の 詠 み 手 は、 実 に 多 彩:

  • 天 皇 ・ 皇 族 ─ 持 統 天 皇、 額 田 王、 大 海 人 皇 子 な ど
  • 貴 族 ─ 大 伴 旅 人、 大 伴 家 持、 山 上 憶 良、 柿 本 人 麻 呂 な ど
  • 地 方 官 ・ 兵 士 ─ 防 人 歌 約 100 首
  • 庶 民 ・ 農 民 ─ 東 歌 (あ ず ま う た)
  • 女 性 ─ 額 田 王、 大 伴 坂 上 郎 女 な ど 多 数

こ れ ほ ど 身 分 ・ 性 別 ・ 地 域 を 超 え て 歌 を 集 め た 歌 集 は、 古 代 世 界 の 中 で も 極 め て 珍 し い。
日 本 古 代 文 学 の 大 き な 誇 り で あ る。

「やまとことば」 の 響 き

万 葉 集 の 歌 は、 漢 字 だ け で 書 か れ て い る。 ま だ 平 仮 名 ・ 片 仮 名 は 発 明 さ れ て い な か っ た。
例 え ば、「春 過 ぎ て 夏 来 た る ら し」 は、 原 文 で こ う 書 か れ て い た:

春 過 而 夏 来 良 之 白 妙 能 衣 干 有 天 之 香 来 山

こ れ を、 漢 字 の 音 と 訓 を 巧 み に 使 い 分 け て、 や ま と こ と ば (古 代 日 本 語) で 読 む。
こ う し た 表 記 法 を 「万 葉 仮 名」 と 呼 ぶ。 こ れ が、 数 百 年 後 に は ひ ら が な ・ カ タ カ ナ へ と 発 展 し て い く。

1300 年 を 超 え て 響 く 心

万 葉 集 の 歌 が 詠 ま れ て か ら、 約 1300 年。
そ の 間、 日 本 の 言 語 ・ 社 会 ・ 風 景 は 大 き く 変 わ っ た。
だ が、 持 統 天 皇 が 香 具 山 を 見 て 「夏 が 来 た」 と 喜 ぶ 心、 防 人 が 故 郷 を 振 り 返 ら ず に 立 つ 心、 額 田 王 が 袖 を 振 ら れ て ど き っ と す る 心 ─ こ れ ら は、 今 の 私 た ち の 心 と、 ま っ た く 同 じ で あ る。

そ れ こ そ が、 古 代 の 文 学 を 学 ぶ 意 味 で あ る。
1300 年 前 の 人 も、 私 と 同 じ よ う に 笑 い、 泣 き、 恋 を し て、 別 れ を 惜 し ん だ」 と 知 る こ と。
そ し て、 そ の 心 を 「歌」 と し て 残 し 伝 え た 古 代 日 本 人 の 営 み を、 今 の 私 た ち が 受 け 継 ぐ こ と。

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 万葉集 (まんようしゅう) K 日本最古の歌集。全20巻、約4500首収載。飛鳥時代から奈良時代 (629–759年頃) までの 130 年間に詠まれた歌を集めた。 編纂は奈良末期、大伴家持らが中心とされる。漢字の音と訓を借りた「万葉仮名」で記された。
  • 大伴家持 (おおとも の やかもち) K 718–785。奈良時代の貴族 ・ 歌人。『万葉集』編纂の中心人物とされる。 巻 17 ~ 20 の多くを彼自身の歌が占める。 越中守として赴任した北陸の自然を歌った作品も多い。
  • 持統天皇 (じとう てんのう) K 645–702。第 41 代天皇 (在位 690–697)。 天智天皇の娘、天武天皇の皇后。『日本書紀』『古事記』編纂を命じ、藤原京を造営。「春過ぎて夏来たるらし」の歌で有名。
  • 山部赤人 (やまべ の あかひと) K 生没年不詳 (奈良時代前期)。柿本人麻呂 と 並 ぶ 万葉集 の 代表 歌人。 自然 を 純粋 に 詠 む 作風 で 知 ら れ る。「田子の浦ゆ うち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける」が代表作。
  • 額田王 (ぬかた の おおきみ) K 生没年不詳 (飛鳥時代)。 天 智 天 皇 ・ 天 武 天 皇 の 妻 と も な っ た 女 性 歌人。「あかねさす紫野行き標野行き」 (蒲生野遊猟の歌) など、知 的 で 情 熱 的 な 作品 を 残 す。
  • 防 人 (さ き も り) K 古代 日本 の 兵 役 制度 で、九州 北部 の 防衛 に 派 遣 さ れ た 兵士。 主 に 東国 (現在 の 関東 ・ 静岡) か ら 徴用 さ れ た。 任期 は 3 年。 任地 で 家族 と 別 れ、苦 し い 生活 を 強 い ら れ た。 そ の 思 い を 詠 ん だ 防人 歌 が 万葉集 に 約 100 首 収 め ら れ て い る。
  • 万葉仮名 (まんよう がな) K 漢字 の 音 と 訓 を 借 り て 日本語 を 表記 す る 方法。 ま だ ひ ら が な ・ カ タ カ ナ が 発明 さ れ て い な か っ た 時代 (7-8 世紀) の 表記。 例 ─ 「夜麻」(や ま = 山)、「奈久」(な く = 鳴 く)。
  • 枕詞 (まくら ことば) K 特定 の 言葉 に 固定 的 に かか る 5 音 の 修飾 語。 例 ─ 「あ し ひ き の」 (山) ・ 「あ か ね さ す」 (日 ・ 紫) ・ 「ち は や ぶ る」 (神)。 意味 と い う よ り、リ ズ ム と 連想 を 与 え る。
  • 短歌 (たん か) K 5・7・5・7・7 の 31 音 で 構成 さ れ る 和歌 の 形式。 万葉集 で は 最 も 多 く 詠 ま れ た。
  • 飛 鳥 ・ 奈 良 時 代 (あ す か ・ な ら じ だ い) K 飛 鳥 時 代 (592–710) は 推 古 天 皇 か ら 元 明 天 皇 の 平 城 京 遷 都 ま で。 奈 良 時 代 (710–794) は 平 城 京 の 時 代。 万 葉 集 は こ の 2 つ の 時 代 の 歌 を 集 成 し て い る。

考えてみよう

  1. 万葉 集 に は、天 皇 ・ 貴 族 か ら 防 人 ・ 農 民 ま で、あ ら ゆ る 立 場 の 人 の 歌 が 収 め ら れ て い ま す。 こ れ は、世 界 の 古 代 文 学 と 比 べ て ど の よ う な 特 徴 で し ょ う か。
  2. 持 統 天 皇 の 「春 過 ぎ て 夏 来 た る ら し」 の 歌 は、ど ん な 季 節 の 風 景 を 描 い て い ま す か。 想 像 し て 絵 に し て み ま し ょ う。
  3. 山 部 赤 人 の 「田 子 の 浦 ゆ」 の 歌 は、富 士 山 と 海 の 対 比 が 美 し い 作 品 で す。 そ の 後 の 富 士 山 を 詠 ん だ 詩 ・ 歌 と 比 べ て み ま し ょ う。
  4. 防 人 歌 は、家 族 と 別 れ て 九 州 に 行 く 兵 士 の 心 を 詠 ん だ も の で す。 戦 争 や 兵 役 が ど ん な に 普 通 の 人 の 生 活 を 変 え る か を、 万 葉 集 か ら 学 び ま し ょ う。
  5. 万 葉 集 と、 そ の 後 の 古 今 和 歌 集 (905年)・新 古 今 和 歌 集 (1205年) を 比 べ る と、 表 現 や 主 題 に 大 き な 違 い が あ り ま す。 古 代 と 中 世 で、 歌 は ど う 変 わ っ た で し ょ う か。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」歴史 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • 歴史 (1)ア — 古代までの日本 — 律令国家の形成と文化
  • 歴史 (1)イ — 古代の文化の特色 — 万葉集を通して

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

指導案 教員向け・授業展開の例

中1 歴史 で 古代 (飛鳥 ・ 奈良) を 学 ぶ 上 で、政 治 史 (大 化 の 改 新、律 令 国 家) と あ わ せ て 必 ず 触 れ る べ き 文 化 教 材。 天 皇 ・ 貴 族 ・ 防 人 ・ 庶 民 の 歌 を 横 断 し、当 時 の 人 々 の 内 面 世 界 を 体 感 す る。 既 出 の 「防 人 歌」 (chugakurekishi1/manyoshu-sakimori) と 重 ね 読 み で き る。

授業時数
1時限 (50分)
準備
5 首 (持統・赤人・額田王・防人・家持) の 原文 と 現代語 訳、万葉 仮 名 の 例 を 示 す パ ネ ル、飛 鳥 ・ 奈 良 時 代 の 略 年 表

指導目標

  • 万葉集 の 規模 と 多様 性 を 理解 す る
  • 代表 歌人 (持 統 天 皇 ・ 山 部 赤 人 ・ 額 田 王 ・ 大 伴 家 持) を 把 握 す る
  • 万 葉 仮 名 ・ 枕 詞 な ど 表 記 ・ 表 現 の 工 夫 を 知 る
  • 古 今 集 ・ 新 古 今 集 と の 違 い を つ か む

授業の流れ

  1. 5分 「日 本 で 一 番 古 い 歌 集 を 知 っ て い る か」 で 導 入
  2. 15分 5 首 を 音 読 し、訳 を 確 認
  3. 15分 各 歌 の 詠 み 手 の 立 場 ・ 場 面 を イ メ ー ジ
  4. 10分 万 葉 仮 名 の 例 を 示 し、表 記 の 工 夫 を 体 験
  5. 5分 振 り 返 り

発問例・議論のポイント

  • 天 皇 が 歌 を 詠 む 文 化 は、 世 界 で 珍 し い か?
  • 「やまとことば」 と 漢 字 の 関 係 は?
  • 1300 年 前 の 歌 が 今 も 通 じ る の は な ぜ か?

発展課題

  • 万葉 集 の 他 の 歌 を 集 め る (例 ─ 富 士 山 を 詠 ん だ 全 歌)
  • 自分 の 「3 行 歌」 を 作 る
  • 古今集・新古今集 と の 比較 読 み

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出典・ライセンス

  • 原文: 大伴家持 (おおとも の やかもち) ほか「万葉集 — 古代日本の心の歌」(759年)
  • 入力テキスト: 国民文庫 / 国立国会図書館デジタルコレクション (底本:『万葉集』全20巻、約4500首。 編纂は大伴家持 (おおとも の やかもち、718–785) が中心と考えられる。 759年頃成立。 飛鳥・奈良時代の最高傑作の和歌集。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors