斜 陽 冒 頭 — 太 宰 治 の表紙イラスト

斜 陽 冒 頭 — 太 宰 治

高等学校 国語 第2学年 近代小説戦後文学敗戦と没落 目安 30 分

作者
太宰治 (だざい おさむ)(1909–1948)
原作発表
1947 年(昭和22年 (1947))
出典
青空文庫
底本:太宰治『斜陽』(新潮社、昭和22年・1947 年 12 月 刊。 雑誌『新潮』昭和22年7-10月号 に 連載)。 太 宰 の 戦 後 期 の 代 表 長 編。 「斜 陽 族」 と い う 言 葉 を 生 み 出 し た 名 作。

学習のめあて

  • 太 宰 治 の 戦 後 期 代 表 作 を 読 む
  • 「斜 陽」 と い う 言 葉 が 持 つ 意 味 を 理 解 す る
  • 敗 戦 直 後 の 日 本 社 会 の 描 写 を 体 感 す る
  • 太 宰 の 文 体 の 特 徴 (告 白 体・口 語 体) を 把 握 す る

本文

本 文 (『斜 陽』 冒 頭 抜 粋)

朝、 食 堂 で ス ウ プ を 一 さ じ、 す っ と お 母 さ ま が ふ い に、 「あ」 と 幽 (か す) か な 叫 び 声 を お 挙 げ に な っ た。

「髪 の 毛?」 と 私 は ス ウ プ に 何 か い や な も の で も 入 っ て い た の か と 思 っ て、 ち ょ っ と 顔 を 上 げ て お 母 さ ま を 見 た。

「い い え」

お 母 さ ま は、 何 事 も な か っ た よ う に、 ま た ふ わ り と ス プ ー ン を お 口 に お 運 び に な り、 顔 を ち ょ っ と 横 に 向 け て、 お 庭 の 八 重 桜 を ご 覧 に な っ て い ら っ し ゃ る。

お 母 さ ま の お 食 事 は、 い つ も そ う だ。 お 母 さ ま の お 食 事 は、 ス ウ プ を 一 さ じ 召 し 上 が る だ け で も、 ま る で、 こ ま か く 静 か に 流 れ る 楽 し い 音 楽 を 聞 い て い る よ う に、 美 し く て、 上 品 で、 そ し て な つ か し い 感 じ が す る。

ナ プ キ ン に お 口 を そ っ と 当 て て、 ス プ ー ン を そ っ と 持 ち、 ス ウ プ を 一 さ じ、 そ う っ と お 口 に 運 ぶ ま で の 時 間 が、 ま る で 一 つ の 音 楽 の よ う に 流 れ る の だ。

こ う い う お 母 さ ま の よ う に、 何 一 つ 急 が ず、 ゆ っ た り と、 し か も 静 か に お 食 事 を 召 し 上 が れ る 人 は、 今 の 日 本 に は、 ほ と ん ど い ら っ し ゃ ら な い の で は な か ろ う か。

お 父 さ ま が 御 健 在 の 頃 は、 私 た ち 家 族 は 西 片 町 (に し か た ま ち) の 旧 家 に 住 ん で い た。 大 き な 庭 が あ り、 沢 山 の お 手 伝 い さ ん が い て、 私 は 何 不 自 由 な く 育 て ら れ た。

け れ ど、 戦 争 が 終 わ っ て、 お 父 さ ま が 亡 く な っ て か ら、 私 た ち 一 家 の 暮 ら し は、 す っ か り 変 わ っ て し ま っ た。
旧 家 を 売 り、 伊 豆 (い ず) の 山 荘 に 移 り 住 ん だ。 お 手 伝 い さ ん は も う い な い。 お 母 さ ま と 私 の、 二 人 暮 ら し が 始 ま っ た の だ。

弟 の 直 治 (な お じ) は、 戦 地 か ら 帰 っ て き た が、 心 が す っ か り 病 ん で し ま っ て、 麻 薬 と お 酒 に 溺 れ て、 ほ と ん ど 家 に は 帰 っ て こ な い。

そ し て お 母 さ ま は、 こ う し て 静 か に、 だ が 確 実 に、 衰 え て ゆ か れ る。

今 朝 の 「あ」 と い う 小 さ な 叫 び 声 ─ そ れ は、 単 な る 偶 然 か も し れ な い し、 あ る い は、 何 か 心 の 痛 み か も し れ な い。
私 に は、 わ か ら な い。

た だ、 こ の 朝 の 食 卓 で、 お 母 さ ま が ス プ ー ン を 持 ち な が ら、 庭 の 八 重 桜 を 見 て い る 姿 ─ そ の 美 し さ と 静 け さ を、 私 は 一 生 忘 れ な い だ ろ う。

そ し て、 こ う し た お 母 さ ま と の 静 か な 朝 食 も、 い つ ま で 続 く の だ ろ う か。

解 説 ─ 1947 年、 戦 後 日 本 の「斜 陽」

『斜 陽』 は 1947 年 (昭 和 22 年)、 雑 誌『新 潮』 に 7 月 か ら 10 月 ま で 連 載 さ れ、 同 年 12 月 に 新 潮 社 か ら 単 行 本 と し て 出 版 さ れ た。

1945 年 の 敗 戦 か ら、 わ ず か 2 年 後。
日 本 社 会 は 大 き な 変 革 期 に あ っ た:

  • 1946 年 11 月 ─ 日 本 国 憲 法 公 布 (1947 年 5 月 施 行)
  • 1947 年 ─ 華 族 制 度 廃 止
  • 1947 年 ─ 第 二 次 農 地 改 革 完 了 (大 地 主 制 度 解 体)
  • 1946–1947 年 ─ 財 産 税 法 (大 資 産 家 へ の 累 進 課 税)

こ う し た 改 革 に よ り、 戦 前 の 「華 族・大 地 主・大 資 産 家」 階 級 は、 ほ と ん ど 消 滅 し て い っ た。
こ の 「旧 階 級 の 没 落 」 を、 太 宰 は 一 つ の 華 族 家 庭 の 日 常 を 通 し て 描 い た の が、 『斜 陽』 で あ る。

太 宰 治 自 身 の 「貴 族 」 体 験

太 宰 治 は、 青 森 県 津 軽 の 大 地 主 の 家 (津 島 家) に 生 ま れ た。
明 治 ・ 大 正 期 に は 県 内 で 屈 指 の 大 地 主 で、 衆 議 院 議 員 ・ 県 議 を 多 数 輩 出 し た 名 家 だ っ た。

だ が 戦 後 の 農 地 改 革 で、 津 島 家 は 大 部 分 の 土 地 を 失 い、 急 速 に 没 落 し て い っ た。
太 宰 自 身、 戦 中 ・ 戦 後 を 通 し て、 故 郷 の 「家 が 没 落 し て い く」 様 子 を 見 続 け て い た。

『斜 陽』 の モ デ ル と さ れ る の は、 太 宰 と 親 し か っ た 太 田 静 子 (お お た し ず こ、 1913–1982) の 日 記 で あ る。
旧 家 の 娘 だ っ た 静 子 が、 戦 後 母 と 二 人 で 伊 豆 で 暮 ら し た 体 験 を、 太 宰 が 物 語 化 し た。
し か し そ の 中 に、 太 宰 自 身 の 故 郷 の 没 落 体 験 も 重 ね 合 わ さ れ て い る。

「斜 陽 族」 と い う 流 行 語

1947 年 末、 こ の 小 説 が 出 版 さ れ る と、 た ち ま ち ベ ス ト セ ラ ー と な っ た。
そ し て、 「斜 陽 族」 と い う 言 葉 が 流 行 語 と し て 広 ま っ た。

「斜 陽 族」 = 戦 後 の 改 革 で 没 落 し て い く、 旧 華 族・旧 地 主・旧 資 産 家 の 人 々 ─ つ ま り、 「日 が 沈 み ゆ く 階 層」 を 指 す 言 葉。

こ の 言 葉 は、 単 な る 流 行 語 を 超 え て、 戦 後 日 本 社 会 の 一 つ の 階 層 概 念 と し て 定 着 し、 後 の 社 会 学 で も 使 わ れ る よ う に な っ た。
文 学 作 品 か ら 社 会 用 語 が 生 ま れ る ─ こ れ は『斜 陽』 の 大 き な 文 化 的 影 響 で あ る。

太 宰 文 体 の 特 徴 ─ 「告 白 体」

『斜 陽』 は、 主 人 公 「か ず 子」 の 一 人 称 (私) で 語 ら れ る 告 白 体 で 書 か れ て い る。

太 宰 文 学 の 特 徴 は、 こ の 「告 白 体」 に あ る:

  • 主 人 公 が 「私」 と し て 語 る
  • 口 語 体 で 親 し み や す い
  • 登 場 人 物 の 内 面 を 直 接 描 写
  • 読 者 に 「秘 密 を 打 ち 明 け る」 よ う な 親 密 感

こ の 告 白 体 が、 太 宰 を 戦 後 の 若 者 か ら 圧 倒 的 支 持 を 得 た 作 家 と し た。

『斜 陽』 完 成 か ら 半 年 後 の 自 死

1947 年 12 月、 『斜 陽』 が ベ ス ト セ ラ ー と な り、 太 宰 治 は 戦 後 文 学 の 寵 児 と な っ た。

そ し て そ の 半 年 後 ─ 1948 年 6 月 13 日、 太 宰 治 は 愛 人 山 崎 富 栄 と と も に、 東 京 三 鷹 の 玉 川 上 水 に 入 水 し て 死 ん だ。 39 歳 だ っ た。

『斜 陽』 で 描 か れ た 「没 落 し て い く 旧 家 の 物 語」 ─ そ の 暗 い 影 が、 作 者 自 身 の 生 命 を も 引 き 込 ん だ よ う に も 見 え る。

だ が 太 宰 は、 自 死 の 直 前 ま で 名 作 を 書 き 続 け た:

  • 1947 年 12 月 ─ 『斜 陽』 単 行 本 出 版
  • 1948 年 ─ 『人 間 失 格』 連 載 (太 宰 の 最 高 傑 作 と さ れ る)
  • 1948 年 6 月 ─ 入 水 自 死

わ ず か 1 年 半 で『斜 陽』『人 間 失 格』 と い う 戦 後 文 学 の 二 大 傑 作 を 残 し た 太 宰 治 ─ そ の 生 涯 そ の も の が、 「斜 陽」 の よ う だ っ た と も 言 え る。

「斜 陽」 と い う 言 葉 の 重 み

「斜 陽」 ─ 西 に 傾 い た 太 陽。
そ こ に は、 美 し さ と 哀 し み の 同 居 が あ る。

昼 の 真 上 か ら 照 ら す 太 陽 は、 強 く、 ま ぶ し い。
だ が 西 に 傾 い た 太 陽 は、 ゆ っ く り と 沈 み な が ら、 一 番 美 し い 紅 色 を 放 つ。

太 宰 が 描 い た 「お 母 さ ま」 ─ 静 か に 衰 え な が ら も、 一 番 上 品 で 美 し い 姿 ─ も、 ま さ に 「斜 陽」 の よ う で あ る。

没 落 し ゆ く も の の 哀 し い 美 し さ ─ こ の 主 題 こ そ、 太 宰 治 が 戦 後 文 学 史 に 残 し た 大 き な 贈 り 物 で あ る。

全 文 を 読 ん で み よ う

『斜 陽』 の 全 文 (約 100 ペ ー ジ) は、 青 空 文 庫 で 無 料 で 読 め る。
冒 頭 の 朝 の 食 卓 か ら、 母 の 死、 そ し て か ず 子 の 新 し い 生 き 方 ─ 戦 後 日 本 の 一 つ の 風 景 を、 ぜ ひ 通 読 し て み て ほ し い。

そ し て、 こ の 物 語 を 書 き 終 え た 半 年 後 に、 39 歳 で 自 ら 命 を 絶 っ た 太 宰 治 と い う 作 家 の 影 も、 心 に 留 め て お い て ほ し い。

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 太 宰 治 (だ ざ い お さ む) K 1909–1948。 青 森 県 津 軽 の 大 地 主 の 家 に 生 ま れ る。 本 名 津 島 修 治。 帝 大 仏 文 科 中 退。 戦 中・戦 後 を 通 じ 多 数 の 名 作 を 残 し、 39 歳 で 玉 川 上 水 に 入 水 自 死。 代 表 作『斜 陽』『人 間 失 格』『走 れ メ ロ ス』(本 サ イ ト chugaku2)『御 伽 草 紙』(本 サ イ ト chugaku2)。
  • 斜 陽 (し ゃ よ う) K 西 に 傾 い た 太 陽。「日 が 沈 み ゆ く 様」 か ら、 「衰 退・没 落 し て い く も の」 を 比 喩 す る 言 葉。 太 宰 の こ の 作 品 か ら、 戦 後 日 本 で「<strong>斜 陽 族</strong>」 と い う 流 行 語 が 生 ま れ た。
  • 斜 陽 族 (し ゃ よ う ぞ く) K 戦 後 の 農 地 改 革・財 産 税 な ど で 没 落 し て い っ た、 旧 華 族 や 旧 地 主 階 級 の 人 々 を 指 す 流 行 語。 太 宰 の 『斜 陽』 か ら 生 ま れ、 1947 年 末 に 流 行 語 と な っ た。
  • 華 族 (か ぞ く) K 明 治 維 新 後 に 設 け ら れ た 貴 族 制 度。 旧 大 名・旧 公 家・国 家 へ の 功 労 者 に 与 え ら れ た 称 号 (公・侯・伯・子・男 の 5 等 級)。 1947 年 日 本 国 憲 法 施 行 で 廃 止 さ れ た。 『斜 陽』 は こ の 華 族 が 没 落 し て い く 物 語。
  • お 母 さ ま K 物 語 の 主 人 公 「か ず 子」 の 母。 旧 華 族 の 上 品 な 女 性 と し て 描 か れ る。 戦 後 の 困 窮 の 中、 静 か に 衰 弱 し て 死 ん で い く。
  • か ず 子 (か ず こ) K 物 語 の 一 人 称 の 語 り 手 で あ り、 主 人 公。 旧 華 族 の 娘。 母 と と も に 戦 後 の 困 窮 を 生 き、 や が て 新 し い 生 き 方 を 模 索 す る。
  • 直 治 (な お じ) K か ず 子 の 弟。 戦 争 で 心 を 病 み、 麻 薬 と ア ル コ ー ル に 溺 れ、 物 語 の 終 盤 で 自 死 す る。 「私 は 貴 族 で す」 と 書 き 残 す。
  • 上 原 二 郎 (う え は ら じ ろ う) K 直 治 の 友 人 の 中 年 作 家。 妻 子 が あ り な が ら、 か ず 子 と 関 係 を 持 つ。 太 宰 自 身 を 投 影 し た 人 物 と さ れ る。
  • 玉 川 上 水 (た ま が わ じ ょ う す い) K 東 京 西 部 の 用 水 路。 太 宰 治 は 1948 年 6 月 13 日、 こ こ に 愛 人 山 崎 富 栄 と 入 水 し、 39 歳 で 死 ん だ。 『斜 陽』 完 成 か ら わ ず か 半 年 後 の こ と。

考えてみよう

  1. 「斜 陽」 と い う タ イ ト ル は 何 を 意 味 し て い る で し ょ う か。 「日 没」「夕 日」 と の 違 い を 考 え て み ま し ょ う。
  2. 太 宰 が 描 く 「没 落 し ゆ く 華 族 家 庭」 は、 戦 後 日 本 社 会 全 体 の 何 を 象 徴 し て い る で し ょ う か?
  3. 太 宰 治 の 文 体 (一 人 称 の 告 白 体) の 特 徴 を、 自 分 の 言 葉 で 説 明 し ま し ょ う。
  4. 『斜 陽』 か ら 「斜 陽 族」 と い う 言 葉 が 生 ま れ ま し た。 こ の よ う に、 文 学 作 品 か ら 流 行 語 が 生 ま れ る 例 を 他 に 挙 げ て み ま し ょ う。
  5. 太 宰 治 は こ の 作 品 を 書 き 上 げ た 半 年 後、 39 歳 で 自 死 し ま し た。 こ の 事 実 は、 作 品 の 読 み 方 に 影 響 を 与 え る で し ょ う か?
指導案 教員向け・授業展開の例

高2 国 語 で 戦 後 文 学 の 代 表 作 を 読 む。 太 宰 治 の 『斜 陽』 は、 戦 後 日 本 社 会 の 変 化 と、 個 人 の 生 き 方 を 鋭 く 描 い た 名 作。 敗 戦 か ら わ ず か 2 年 後 の 1947 年、 旧 価 値 観 が 崩 壊 し て い く 中 で 書 か れ た。

授業時数
2時限 (各50分)
準備
本 文 全 文 (青 空 文 庫)、戦 後 日 本 社 会 略 史 (1945–1948)、華 族 制 度 廃 止 の 経 緯、太 宰 治 略 年 譜

指導目標

  • 太 宰 の 文 体 を 体 感 す る
  • 戦 後 日 本 の 社 会 変 化 を 把 握 す る
  • 「没 落」 と い う 主 題 を 考 察 す る

授業の流れ

  1. 1時限・10分 戦 後 (1945–1948) の 日 本 社 会 を 確 認
  2. 1時限・25分 冒 頭 を 通 読 (青 空 文 庫)
  3. 1時限・15分 お 母 さ ま と か ず 子 の 関 係 を 整 理
  4. 2時限・25分 「斜 陽 族」 と い う 言 葉 の 意 味 を 議 論
  5. 2時限・15分 太 宰 の 他 の 作 品 (『走 れ メ ロ ス』『御 伽 草 紙』) と 比 較
  6. 2時限・10分 振 り 返 り

発問例・議論のポイント

  • 「没 落」 を 描 く こ と の 意 味 は?
  • 華 族 制 度 の 廃 止 (1947) を ど う 評 価 す る か?
  • 太 宰 の 自 死 と『斜 陽』 の 関 係 は?

発展課題

  • 太 宰 治 『人 間 失 格』 を 読 む
  • 戦 後 文 学 の 系 譜 (坂 口 安 吾・三 島 由 紀 夫) と 比 較
  • 「斜 陽 族」 流 行 を 戦 後 風 俗 史 で 確 認

関連する教材

AI 先生に聞く

教材の内容について、AI に質問できます。実験的な機能です。 AI は時に誤った内容を答えることがあります。最終的には自分で考え、 本文を確認してください。

この教材を改善する

誤字・誤訳・事実誤認の報告、語注や発問への提案など、現場での気づきを直接 GitHub Issue に投稿できます。GitHub アカウントがあれば誰でも参加できます。

出典・ライセンス

  • 原文: 太宰治 (だざい おさむ)「斜 陽 冒 頭 — 太 宰 治」(1947年)
  • 入力テキスト: 青空文庫 (底本:太宰治『斜陽』(新潮社、昭和22年・1947 年 12 月 刊。 雑誌『新潮』昭和22年7-10月号 に 連載)。 太 宰 の 戦 後 期 の 代 表 長 編。 「斜 陽 族」 と い う 言 葉 を 生 み 出 し た 名 作。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors