枕草子・第一段「春はあけぼの」
高等学校 国語 第1学年 古典 古典文学平安時代文学・随筆B 読むこと 目安 25 分
学習のめあて
- 枕草子第一段の名文を音読し、平安時代の文体の優雅さを体感する
- 「春はあけぼの」「夏は夜」「秋は夕暮れ」「冬はつとめて」の四季それぞれの時刻の選び方の意味を読み解く
- 「をかし」という清少納言の美意識を理解する
- 清少納言の生涯と、中宮定子への奉仕という背景を学ぶ
本文
原文(第一段)
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。
夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。
秋は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの列ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入りはてて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにあらず。
冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭もてわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も白き灰がちになりてわろし。
— 清少納言『枕草子』第一段「春はあけぼの」(1001年頃成立)
現代語訳
春は、あけぼの(夜が明けようとする頃)が良い。だんだんと白くなっていく山の稜線が少し明るくなって、紫がかった雲が細くたなびいている。
夏は、夜が良い。月のある夜は言うまでもない。月のない闇夜でもやはり、蛍がたくさん乱れ飛んでいる様子。また、ほんの一匹か二匹が、ほのかに光りながら飛んでいくのも趣がある。雨が降るのも、また趣がある。
秋は、夕暮れが良い。夕日が差して、山の端がとても近く見える時に、烏(からす)が塒(ねぐら)に帰ろうとして、三つ四つ、二つ三つと飛び急ぐ姿までも、しみじみ感じ入る(あはれ)。まして雁(かり)などが列をなして、とても小さく見えるのは、まことに趣がある(をかし)。日が完全に沈んだ後、風の音、虫の音などは、また、言い表せないほど良い。
冬は、早朝(つとめて)が良い。雪が降った朝はもちろんのこと、霜が真っ白なのも、それほどでなくてもとても寒い朝に、火をいそいで起こして炭を持ち運んでいくのも、いかにも冬らしい。昼になって、寒さが緩んでいくにつれて、火桶の火が白い灰ばかりになっていくのは、興ざめだ(わろし)。
四季と時刻の意外な選択
清少納言が選んだ四季それぞれの「もっとも美しい時刻」は、よく考えると意外なものです。
| 季節 | 時刻 | 情景 |
|---|---|---|
| 春 | あけぼの(夜明け前) | 紫がかった雲が、白む山の稜線にたなびく |
| 夏 | 夜 | 月夜、闇夜の蛍、雨 |
| 秋 | 夕暮れ | 塒へ急ぐ烏、列をなして飛ぶ雁、風と虫の音 |
| 冬 | つとめて(早朝) | 雪・霜・寒さの中で火を運ぶ女房たち |
注目すべきは——「春は花」「夏は緑」「秋は紅葉」「冬は雪」のような、視覚的にもっとも華やかな対象を、清少納言は選んでいないことです。彼女が選んだのは、その季節の本質がもっとも繊細に立ち現れる「時刻」。
春の「あけぼの」は、まだ太陽は出ていない、ぼんやりとした明るさの中の紫の雲。視覚的なドラマよりも、移ろう瞬間の繊細さに目を留めるのが清少納言の感性です。同じく秋の「夕暮れ」は、夕焼けの華やかさよりも、塒へ急ぐ烏や雁の小さな姿に向かう視線。冬の「つとめて」は、雪景色の壮大さよりも、寒い朝に火を急いで運ぶ女房たちの所作。
これが 「をかし」 の美意識です。「華々しいもの」ではなく「繊細に観察すれば見出される面白さ」。これが清少納言の独創でした。
「をかし」と「あはれ」 — 平安美意識の双璧
第三段「秋は夕暮れ」では、清少納言は「あはれ」と「をかし」の両方を使っています。
烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。
まいて雁などの列ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。
同じ夕暮れの空に、二つの異なる美的反応が共存しています。
| あはれ | をかし | |
|---|---|---|
| 感じ方 | しみじみ感じ入る | 趣がある、面白い |
| 性格 | 情緒的・主観的・共感的 | 知的・客観的・観察的 |
| 代表的作品 | 『源氏物語』(紫式部) | 『枕草子』(清少納言) |
| 対象 | 人の心の機微、運命 | 事物の様態、瞬間 |
『源氏物語』の紫式部が「あはれ」を深めて、人間の心の奥行きを描き出した一方、清少納言は「をかし」を磨いて、世界の瞬間の鮮やかさを切り取りました。同じ平安時代中期の同じ宮廷で並んで生きた二人の女流文学者が、まったく異なる美意識を確立したことは、日本文学史の奇跡の一つです。
清少納言という人物 — 中宮定子の女房
清少納言は、平安時代を代表する歌人 清原元輔(きよはらの もとすけ)の娘。「清少納言」という呼び名は本名ではなく、「清原家出身の少納言(女房名)」の意です。本名は不詳。
993年頃、26〜27歳で中宮藤原定子(977–1000、一条天皇の中宮)に女房として仕えはじめました。定子は当時16〜17歳。清少納言の知性と機知に深く愛され、約7年間、宮廷で清少納言は華やかな日々を送ります。『枕草子』のほとんどの段は、この7年間の見聞から書かれました。
しかし、定子の父藤原道隆が995年に死去すると、定子家は急速に没落。叔父藤原道長が権勢を握り、彼の娘彰子(しょうし、988–1074)が一条天皇のもう一人の中宮として入内します。彰子に仕えたのが、あの紫式部でした。
1000年12月、定子は出産の難で、24歳の若さで死去。清少納言の宮仕えは終わります。その後の清少納言の人生は、ほぼ記録に残っていません。1025年頃に没したと推測されますが、晩年は出家して京都郊外に隠棲していたとも、一説では遠国に流寓したともいわれます。
『枕草子』は、定子が世を去った後、清少納言が宮仕えの日々を回顧して編んだとも、定子の生前から書きためていたとも、両説があります。いずれにしても、本書には定子への深い敬愛が一貫しており、定子家の没落という現実から目をそらすかのように、定子の輝かしい日々の方だけが繰り返し描かれます。
紫式部の清少納言批判
同時代を生きた二人の女流文学者は、互いの存在を強く意識していました。紫式部は、自身の日記『紫式部日記』に、清少納言への有名な批評を残しています。
清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。さばかりさかしだち、真名(漢字)書き散らしてはべるほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。
(清少納言は、得意顔をしていかにも素晴らしく見せる人だ。あれほどに賢ぶって漢字を書き散らしているけれども、よくよく見ると、まだ足りないことが多い。)
同時代の同じ宮廷で対立する二派に分かれて仕えた二人の女流文学者の緊張関係が、ここに垣間見えます。しかしこれは批判というよりも、強烈な意識の表現でしょう。紫式部にとって、清少納言は最大のライバルであり、また最大の鏡でした。
1000年に定子が死去し、1008年頃に紫式部が『源氏物語』の主要部分を書き上げる。「をかし」を磨いた清少納言が宮廷を去り、「あはれ」を深めた紫式部が同じ宮廷で活躍する——この交代は、平安王朝文学の象徴的な転換でした。
「枕草子」という書名の由来
本書の書名「枕草子」の由来については、跋文(巻末の文)に有名な説明があります。要約すると、中宮定子が一条天皇からよい紙を賜り、その一部を清少納言にも分け与えた。清少納言が「これを何にしましょうか」と尋ねると、「枕にこそはせめ(枕として使ったらどうか)」と定子が答えた。それを契機に、書きためたのが本書、というものです。
「枕」の解釈には諸説あります:
- 枕詞の意:和歌の「枕詞」(和歌の冒頭に置く決まり文句)のリストとして書き始めた、という説
- 枕として置く意:枕元に置いて気が向いた時に書く、私的なノートとした、という説
- 備忘録の意:「枕」は実用的な備忘録という意味だった、という説
いずれにしても、「秘めた、自分だけのための断章集」という性格が「枕」の語に込められています。本書が約300段の不規則な断章形式をとっているのは、この生成の事情と無関係ではないでしょう。
枕草子のジャンル — 三つの章段
枕草子は、内容によって大きく三つの章段に分類されます:
- 類聚(るいじゅう)的章段:「うつくしきもの(かわいらしいもの)」「すさまじきもの(興ざめなもの)」など、テーマごとに事物を列挙する章段。第一段「春はあけぼの」もこの系統。
例:「うつくしきもの。瓜(うり)に描きたる児の顔。雀(すずめ)の子の、ねず鳴きするに踊り来る。三つ四つばかりなるちごの…」 - 日記的章段:定子のサロンでの具体的なエピソードを記す。清少納言が中心人物として登場し、機知に富んだ会話・場面が描かれる。
- 随想的章段:四季・自然・人生についての清少納言の感想・批評。
本教材の第一段は、類聚的章段の代表です。「春は」「夏は」と並列して四つの季節を切り取る形式は、平安時代の「四季の歌合せ」「四季絵巻」の文化と深く結びついています。
現代に響くもの — 「観察する目」の系譜
枕草子が、1000年を超えて読まれ続けているのは、清少納言の「観察する目」の鋭さゆえです。彼女は、宮廷の華やかさの中に、何気ない瞬間の美しさを発見する稀有な感性を持っていました。蛍が一匹だけほのかに光って飛ぶさま、夕日に小さく見える雁の列、冬の朝に女房が炭を運ぶ姿——これらは、誰もが見ている景色なのに、誰も「美しい」と言葉にしようとしなかった瞬間です。
同じ「観察する目」の系譜は、日本文学のなかで連綿と続いていきます。松尾芭蕉の俳句、正岡子規の写生、寺田寅彦の随筆(→ 「茶碗の湯」)、向田邦子の小説。「日常の小さな事物の中に、世界の大きな秘密を見出す」という日本文学の核心は、清少納言から始まっています。
関連する教材
- 平家物語・冒頭「祇園精舎」(13世紀前半)— 約200年後、無常を主題とする叙事詩
- 方丈記・冒頭「ゆく河の流れ」(1212年)— 鎌倉時代初期の随筆、隠者文学の名作
- 徒然草・第六十五段(1330年頃)— 同じ随筆形式の発展形
- 伊勢物語「初冠」(平安時代)— 同時代の歌物語
- 『源氏物語』桐壺巻(紫式部、1008年頃、未収録)— 同時代の女流文学
平安時代の宮廷の朝に、一人の女房が筆をとった瞬間から始まる長い旅。本教材を入り口に、ぜひ枕草子の全文(300段)を読んでみてください。「すさまじきもの」「うつくしきもの」「ありがたきもの」など、現代の私たちが「あるある」と頷くような観察が、いくらでも見つかります。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 枕草子(まくらのそうし) K 平安時代中期、長保3年(1001年)頃に成立した日本最初期の随筆。清少納言が中宮藤原定子(995–1000)に仕えた経験を中心に、見聞・批評・随想を約300段にまとめた。書名の由来は、跋文(バツブン、巻末の文)で長明自身が「枕」(自分のために秘かに書いた)と説明している。
- 清少納言(せい しょうなごん) K 966年頃–1025年頃。本名不詳。父は和歌の名手 清原元輔(きよはらの もとすけ)。993年頃、中宮藤原定子に仕える女房となり、その7年間で『枕草子』を編む。同時期の紫式部とともに、平安時代女流文学の双璧。
- あけぼの K 「明けぼの」とも書く。夜が明けて、まだ太陽が出るかどうかという時刻の、ほのかな明るさ。日本語特有の繊細な時刻表現。
- やうやう(やうやく) K 次第に、だんだんと。
- 山ぎは(山際) K 山の稜線の境目。空と山が接する位置。
- 紫だちたる K 紫色を帯びている。「だつ」は「〜のような色をしている」「〜のような状態である」を表す古語の接尾語。
- 雲のほそくたなびきたる K 雲が細長く横にたなびいているさま。「たなびく」は雲や霞が横に長く延びる様子。
- 蛍(ほたる) K 蛍。「蛍の多く飛びちがひたる」は、たくさんの蛍が縦横に乱れ飛ぶ夏の夜の風景。
- をかし K 平安時代の美意識を表す形容詞。「興趣がある」「趣がある」「美しい」「面白い」など、知的な感動・関心を表す。同時代の『源氏物語』で重視される「あはれ」(しみじみとした情感)と対をなす。
- つとめて K 早朝。日の出前後の薄暗い時間帯。「つとに」(早くから)の名詞化。
- 雪の降りたる K 雪が降った後、つもっているさま。動詞「降る」の連用形「降り」+ 完了の「たり」の連体形。
- 霜のいと白き K 霜がとても白い。「いと」は「とても」、「いみじく」より控えめな強意。
- いと K とても、非常に。平安時代の散文・和歌でもっとも頻出する強意の副詞。
- 火(ひ)など急ぎおこして K 火桶(ひおけ)や炭火など、暖をとる火を急いでおこして。
- 炭(すみ)もてわたる K 炭を持ち運んでいく。
- つきづきし K 似つかわしい、ふさわしい。「冬の早朝に火を持ち運ぶのは、いかにも冬らしい」の意。
- わろし K 「悪し」とも書く。よくない、興ざめだ。平安時代の文章評価として頻出。
- 中宮定子(ちゅうぐう ていし) K 977–1000年。藤原道隆の長女。一条天皇の中宮(皇后)。清少納言が仕えた人。993年に清少納言が宮仕えを始め、定子と濃密な関係を築く。1000年に出産で死去。
考えてみよう
- 「春はあけぼの」「夏は夜」「秋は夕暮れ」「冬はつとめて」— 清少納言は四季それぞれにどの時刻を選んだか、表にまとめましょう。なぜその時刻が選ばれたのでしょうか。
- 「やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる」— この一文の色彩と動きを、自分の言葉で「絵」として描写してみましょう。
- 「夏は夜」の段で「月のころはさらなり」「闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる」と書いています。月のある夜と月のない闇夜、どちらにも「をかし」を見出しているのはなぜでしょうか。
- 「秋は夕暮れ」で「烏(からす)の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐ」と書く。烏という、和歌では「縁起の悪い鳥」として避けられがちな鳥を、清少納言はなぜここに登場させたと思いますか。
- 「冬はつとめて」の段の「火など急ぎおこして、炭もてわたるも、いとつきづきし」と「昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も白き灰がちになりてわろし」— 朝の「つきづきし」と昼の「わろし」の対比から、清少納言の美意識を読み取りましょう。
- 「をかし」は、同時代の『源氏物語』を彩る「あはれ」と対をなす美意識とされます。あなたが思う「をかし」と「あはれ」の違いを、現代の言葉で表現してみましょう。
- 枕草子は、紙の貴重だった平安時代に、清少納言が中宮定子から贈られた紙の余りに書きためた断章集とされます。「断章で書く」という形式の自由さは、清少納言の美意識とどう結びついているでしょうか。
指導要領との対応
このページは、文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)」国語 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- 古典探究 — 古典の文章を読み、その内容や表現の特色を捉える
- 古典 B(1) — 平安時代の散文文学、随筆の起源
- 言語文化 — 我が国の言語文化への理解を深める
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
指導案 教員向け・授業展開の例
日本最初の本格的随筆の冒頭、もっとも有名な一段。四季それぞれの「をかし」を感じる時刻と情景を、清少納言が魂のレンズで切り取った珠玉の短章。中学校・高校古典の必修教材として、ほぼすべての教科書に収載されている。本教材では、(1)原文の音読と現代語訳、(2)一段あたりの構造分析、(3)四季それぞれの「時刻選び」の意味、(4)清少納言の生涯と中宮定子との関係、(5)『源氏物語』との対比から見る「をかし」と「あはれ」を扱う。
指導目標
- 枕草子第一段の名文を音読し、平安散文のリズムを体感する
- 四季それぞれの時刻と情景を、語注を頼りに読み取る
- 「をかし」という清少納言の美意識を理解する
- 清少納言の生涯と中宮定子への奉仕の背景を学ぶ
- 『源氏物語』との対比から、平安時代女流文学の双璧の関係を捉える
授業の流れ
- 1時間目 第一段全文を音読(四季ごとに一つずつゆっくり読む)。語注を頼りに意味を取り、「春はあけぼの」「夏は夜」「秋は夕暮れ」「冬はつとめて」のそれぞれで描かれる時刻と情景を整理。
- 2時間目(発展) 清少納言の生涯と中宮定子への奉仕の背景を共有。『紫式部日記』の有名な清少納言批判(「清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人」)を読み、女流文学者同士の関係を考察。「をかし」と「あはれ」の美意識の対比。
発問例・議論のポイント
- 「春はあけぼの」と、自分にとっての「春は〜」を考えて書いてみましょう。清少納言が「あけぼの」を選んだ理由を踏まえつつ、自分自身の春の好きな時刻・情景を描写してみてください。
- 「夏は夜」「秋は夕暮れ」「冬はつとめて」と、季節が進むにつれ時刻はだんだん早くなっています(夜 → 夕暮れ → 早朝)。これは偶然でしょうか、それとも意図的な構造でしょうか。
- 清少納言は中宮定子に深く愛され、定子も24歳で世を去る前まで清少納言を寵愛しました。一方、同時代の紫式部は中宮彰子(定子のライバル)に仕え、日記で清少納言を辛辣に批判しています。同じ時代に並んで生きた二人の女流文学者の確執は、何を示しているでしょうか。
- 枕草子は、平安貴族の優雅な生活のなかから生まれました。同じ時代の庶民の生活は、平家物語の中段や方丈記などからしか窺えません。清少納言の見ていた「美しい世界」と、同時代の庶民の現実の間のギャップを、私たちはどう受け止めるべきでしょうか。
- 「をかし」は知的・客観的・観察的、「あはれ」は情緒的・主観的・共感的、と一般的に区別されます。あなたが日常で「をかし」と感じる瞬間と、「あはれ」と感じる瞬間の違いを、具体例で考えてみましょう。
発展課題
- 枕草子の他の有名な段(「うつくしきもの」「ありがたきもの」「すさまじきもの」など類聚的章段)を読む。
- 『源氏物語』桐壺巻冒頭との対比読解。
- 清少納言と紫式部の関係を描いたNHK大河ドラマ『光る君へ』(2024) 関連資料の視聴。
- 京都御所(とくに飛香舎・登華殿など、中宮定子の住まい候補地)を写真資料で訪れる。
- 平安時代の女房装束(十二単)の色彩と季節感を学ぶ。
⇒ 学習パス「古典文学 四大柱」 の 3 / 4
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出典・ライセンス
- 原文: 清少納言(せい しょうなごん)「枕草子・第一段「春はあけぼの」」(1001年)
- 入力テキスト: 国民文庫・岩波文庫『枕草子』 (底本:『枕草子』第一段「春はあけぼの」。三巻本系統(白氏六帖類聚抄本)の標準的本文に依る。本書は1001年頃(長保3年頃)の成立とされ、清少納言が中宮藤原定子に仕えた経験を中心に編まれた。原典は著作権保護の対象外(公有)。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors