木綿 (もめん) 以前 の こと — 柳田國男
小学校 家庭科 第5学年 B 衣食住の生活衣 生活民 俗 と 暮 ら し 目安 25 分
学習のめあて
- 木 綿 以 前 の 日 本 人 の 衣 生 活 を 知 る
- 「便 利 さ」 と 「歴 史 的 変 化」 の 関 係 を 考 え る
- 民 俗 学 と い う 学 問 の 面 白 さ に 触 れ る
本文
本 文 (『木 綿 以 前 の 事』 柳 田 國 男・抜 粋)
私 た ち 日 本 人 が、 今 「衣 服」 と 言 う と き、 ま ず 思 い 浮 か べ る の は、 木 綿 か、 あ る い は 化 学 繊 維 で あ る。
だ が こ れ は、 歴 史 的 に は ご く 最 近 の こ と で あ る。日 本 人 の 衣 生 活 が、 革 命 的 に 変 わ っ た の は、 木 綿 (も め ん) が 普 及 し た 江 戸 中 期 以 降 で あ る。
そ れ 以 前、 つ ま り 古 代 か ら 中 世 末 期 ま で の 日 本 人 は、 麻 (あ さ) ・ 葛 (く ず) ・ 藤 (ふ じ) ・ 苧 (か ら む し) な ど、 山 野 に 生 え る 植 物 の 繊 維 か ら 衣 服 を 作 っ て い た。こ れ ら の 繊 維 は、 木 綿 と 比 べ る と、 は る か に ご わ ご わ し て、 硬 く、 着 心 地 が 悪 い。
夏 は 風 通 し が 良 く 涼 し い と い う 利 点 は あ る が、 冬 は 全 く 暖 か く な い。庶 民 は こ う し た 服 を、 何 年 も、 時 に は 何 十 年 も 着 続 け た。
洗 う の も 一 苦 労、 着 替 え る 服 も そ う 多 く な い ─ そ ん な 暮 ら し が、 何 千 年 も 続 い て き た の で あ る。木 綿 が イ ン ド か ら 中 国 を 経 て 日 本 に 伝 来 し た の は、 鎌 倉 ~ 室 町 時 代。 だ が 当 初 は 高 級 品 で、 一 般 庶 民 に は 手 が 届 か な か っ た。
江 戸 時 代 に 入 り、 全 国 で 綿 花 (め ん か) の 栽 培 が 普 及 し、 18 世 紀 (1700 年 代) に は、 つ い に 庶 民 も 木 綿 の 服 を 着 ら れ る よ う に な っ た。
こ の 変 化 は、 日 本 人 の 生 活 を 根 本 か ら 変 え た。
- 柔 ら か い 木 綿 の 服 で、 体 が 楽 に な っ た
- 洗 濯 が し や す く な り、 清 潔 度 が 上 が っ た
- 冬 の 防 寒 着 と し て 綿 入 れ が 普 及 し、 寒 さ で 死 ぬ 人 が 減 っ た
- 子 ど も の 服 を 何 着 か 用 意 で き る よ う に な っ た
こ の 「木 綿 革 命」 こ そ、 江 戸 時 代 の 庶 民 の 生 活 を、 静 か に だ が 確 実 に 豊 か に し た 大 き な 出 来 事 で あ っ た。
私 た ち は 今、 「服 を 着 る」 こ と を 当 た り 前 と 思 っ て い る。
だ が、 千 年 前 の 日 本 人 か ら 見 れ ば、 こ ん な に 柔 ら か く て 暖 か い 服 を、 子 ど も か ら 大 人 ま で が 毎 日 着 替 え て 暮 ら し て い る 私 た ち の 生 活 は、 ま さ に 「夢 の よ う」 で あ る に 違 い な い。「当 た り 前」 と 思 っ て い る も の が、 実 は 長 い 歴 史 の 結 果 で あ る ─ こ う し た こ と を 教 え て く れ る の が、 民 俗 学 と い う 学 問 で あ る。
解 説 ─ 「木 綿 以 前」 と 「木 綿 以 後」
柳 田 國 男 が こ の 本 を 書 い た の は 1939 年 (昭 和 14 年)。
当 時 の 日 本 で は、 木 綿 は す で に 一 般 的 で、 さ ら に 化 学 繊 維 (人 絹 ・ ナ イ ロ ン) も 普 及 し 始 め て い た。
柳 田 は こ う 言 う ─ 「便 利 に な っ た 今 こ そ、 そ の 前 の こ と を 思 い 出 そ う」 と。
| 時代 | 主 な 衣 服 素 材 | 暮 ら し |
|---|---|---|
| 古代~中世 | 麻・葛・苧・藤 | ご わ ご わ し た 衣・少 数 を 長 期 着 用 |
| 江戸前期 | 麻 (庶 民) ・ 絹 (上 流) | 木 綿 は ま だ 高 級 品 |
| 江戸中期~明治 | 木 綿 (庶 民) ・ 絹 (上 流) | 木 綿 革 命 で 庶 民 の 生 活 が 一 変 |
| 大正~昭和 | 木 綿・絹・羊 毛・人 絹 | 洋 服 が 普 及 |
| 戦後~現代 | 木 綿・化 学 繊 維 (ポ リ エ ス テ ル 等) | フ ァ ス ト フ ァ ッ シ ョ ン 時 代 |
「便 利 さ」 の 影 の 部 分
木 綿 革 命 ─ そ し て そ の 後 の 化 学 繊 維 革 命 ─ は、 確 か に 私 た ち の 暮 ら し を 楽 に し た。
だ が、 そ れ と 引 き 換 え に、 失 わ れ た も の も あ る。
- 「物 を 大 切 に す る」 文 化 ─ 安 く 買 え る か ら、 す ぐ 捨 て る。 江 戸 時 代 の 「一 着 を 何 十 年」 と は 真 逆。
- 地 元 の 素 材 の 利 用 ─ 山 野 の 葛 や 藤 か ら 服 を 作 る 技 術 は、 ほ ぼ 失 わ れ た。
- 環 境 へ の 負 荷 ─ 大 量 生 産 ・ 大 量 廃 棄 が、 地 球 環 境 を 圧 迫 し て い る。
- 体 と の 関 係 ─ 自 然 素 材 か ら、 化 学 繊 維 へ。 ア レ ル ギ ー の 増 加 と も 関 係 す る と さ れ る。
柳 田 國 男 が 1939 年 に 教 え た こ と ─ 「便 利 に な っ た 今 こ そ、 そ の 前 の こ と を 思 い 出 そ う」 ─ は、 環 境 問 題 が 深 刻 な 2026 年 の 私 た ち に も、 重 い メ ッ セ ー ジ で あ る。
民 俗 学 と い う 学 問
柳 田 國 男 (1875–1962) は、 日 本 民 俗 学 の 創 始 者 で あ る。
彼 は、 教 科 書 に 書 か れ た 「政 治 史」「戦 争 史」 で は な く、 「庶 民 の 暮 ら し の 歴 史」 を 研 究 し た。
- 遠 野 の 昔 話 を 記 録 し た 『遠 野 物 語』 (1910)
- 明 治 ・ 大 正 の 庶 民 生 活 を 描 い た 『明 治 大 正 史 世 相 篇』 (1931)
- そ し て 衣 生 活 を 描 い た 『木 綿 以 前 の 事』 (1939)
彼 の 学 問 は、 「名 も な い 人 々 の 暮 ら し こ そ、 本 当 の 歴 史 で あ る」 と い う 信 念 に 立 つ。
家 で 「お じ い ち ゃ ん ・ お ば あ ち ゃ ん の 服」 を 聞 こ う
今 度、 家 族 と 集 ま る 機 会 が あ っ た ら、 祖 父 母 や 大 叔 父・大 叔 母 に、 こ う 聞 い て み よ う:
- 子 ど も の 頃、 ど ん な 服 を 着 て い た?
- 服 は 何 着 持 っ て い た?
- 服 は ど こ で 買 っ た? (家 で 作 っ た?)
- 洗 濯 は ど う し て い た?
- 季 節 で 服 を ど う 変 え た?
答 え を 聞 く と、 君 自 身 の 暮 ら し と の 違 い に 驚 く は ず だ。
そ し て、 「100 年 で こ ん な に 変 わ っ た」 と い う 実 感 が、 君 の 中 に 残 る。
こ れ こ そ、 柳 田 國 男 が 私 た ち に 伝 え た い、 民 俗 学 の 第 一 歩 で あ る。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 柳田國男 (やなぎだ くにお) K 1875–1962。 兵 庫 県 福 崎 町 生 ま れ。 東 京 帝 国 大 学 卒 後、 農 商 務 省 ・ 貴 族 院 書 記 官 等 を 経 て、 民 俗 学 の 研 究 に 専 念。 「遠 野 物 語」 「明 治 大 正 史 世 相 篇」 「木 綿 以 前 の 事」 な ど 多 数。 日 本 民 俗 学 の 創 始 者 と 呼 ば れ る。
- 木綿 (もめん) K 綿 (わ た) か ら 作 ら れ た 繊 維。 イ ン ド 原 産 で、 中 国 か ら 室 町 時 代 に 日 本 へ 伝 来。 江 戸 時 代 中 期 (1700 年 代) に 大 量 生 産 が 始 ま り、 庶 民 の 衣 生 活 を 一 変 さ せ た。
- 麻 (あさ) K 麻 科 の 植 物 の 繊 維。 涼 し く 丈 夫 だ が、 木 綿 ほ ど 柔 ら か く な い。 木 綿 が 普 及 す る 前 は、 日 本 人 の 衣 服 の 主 な 素 材 だ っ た。
- 葛 (くず) ・ 藤 (ふじ) ・ 苧 (からむし) K い ず れ も 山 野 に 生 え る 植 物。 古 代 か ら 中 世 の 日 本 人 は、 こ れ ら の 繊 維 を 採 取 し て 衣 服 を 作 っ た。 ご わ ご わ し て 着 心 地 は 悪 い が、 庶 民 に は そ れ し か 選 択 肢 が な か っ た。
- 民俗学 (みんぞくがく) K 庶 民 の 生 活 ・ 文 化 ・ 信 仰 を 研 究 す る 学 問。 19 世 紀 末 に 欧 米 で 興 り、 日 本 で は 柳 田 國 男 が 創 始 し た。 「教 科 書 に 書 か れ な い 庶 民 の 歴 史」 を 明 ら か に す る。
- 江戸時代 (え ど じ だ い) K 1603–1868 年。 木 綿 が 全 国 に 普 及 し、 衣 食 住 す べ て が 大 き く 変 化 し た 時 代。
- 衣 食 住 (い し ょ く じ ゅ う) K 人 間 の 生 活 の 基 本 三 要 素。 家 庭 科 の 学 習 の 中 心 テ ー マ。
考えてみよう
- あ な た が 今 着 て い る 服 の タ グ を 見 て み ま し ょ う。 何 の 素 材 で で き て い ま す か?
- 「木 綿 が 普 及 す る 前 は、 人 々 は 麻 や 葛 の 繊 維 で 服 を 作 っ て い た」 ─ そ れ は ど ん な 着 心 地 だ っ た で し ょ う か。 想 像 し て み ま し ょ う。
- 木 綿 (も め ん) が 庶 民 に 広 ま っ た こ と で、 日 本 人 の 暮 ら し は ど の よ う に 変 わ っ た で し ょ う か。
- 現 代 の 私 た ち は、 服 を 簡 単 に 買 い、 簡 単 に 捨 て ま す。 100 年 後 の 民 俗 学 者 が、 今 の 私 た ち の 衣 生 活 を 研 究 し た ら、 ど う 書 く で し ょ う か?
- 「衣 」 「食」 「住」 の 3 つ で、 100 年 で 最 も 大 き く 変 わ っ た の は ど れ だ と 思 い ま す か?
指導要領との対応
このページは、文部科学省「小学校学習指導要領(平成29年告示)」家庭科 第5学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- B(4)ア — 衣 服 の 主 な 働 き と 季 節 や 場 面 に 応 じ た 着 用 を 理 解 す る
- B(4)イ — 日 常 着 の 手 入 れ や 衣 服 と 環 境 と の 関 わ り を 理 解 す る
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
指導案 教員向け・授業展開の例
小5 家 庭 科 の 「衣 生 活」 単 元 と の 接 続 教 材。 柳 田 國 男 の 民 俗 学 的 視 点 か ら、「服 の 歴 史」 を 学 ぶ。 今 当 た り 前 に 着 て い る 木 綿 ・ 化 学 繊 維 の 服 が、 歴 史 的 に は 「最 近 の 発 明」 で あ る こ と を 体 感 す る。 家 庭 で 祖 父 母 や 親 戚 に 「昔 の 服 装」 を 聞 く 体 験 学 習 を 推 奨。
指導目標
- 木 綿 以 前 の 日 本 人 の 衣 生 活 を 知 る
- 衣 生 活 の 歴 史 的 変 化 を 把 握 す る
- 民 俗 学 と い う 学 問 を 知 る
授業の流れ
- 5分 自 分 が 着 て い る 服 の 素 材 を 確 認
- 15分 本 文 を 音 読
- 10分 「木 綿 以 前」 と 「木 綿 以 後」 の 変 化 を ま と め る
- 10分 現 代 の 衣 生 活 と 比 較 ・ 議 論
- 5分 振 り 返 り
発問例・議論のポイント
- 「便 利 に な っ た」 こ と で、 失 わ れ た も の は な い か?
- 100 年 後 の 衣 生 活 は、 ど う な っ て い る だ ろ う か?
- 「物 を 大 切 に す る」 文 化 を、 ど う 取 り 戻 す か?
発展課題
- 家 で 祖 父 母 に 「昔 の 服 装」 を 取 材
- 服 の リ サ イ ク ル ・ 古 着 利 用 を 調 べ る
- 「フ ァ ス ト フ ァ ッ シ ョ ン」 の 問 題 を 学 ぶ
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出典・ライセンス
- 原文: 柳田國男 (やなぎだ くにお)「木綿 (もめん) 以前 の こと — 柳田國男」(1939年)
- 入力テキスト: 青空文庫 / 国民文庫『柳田國男全集』 (底本:柳田國男「木綿以前の事」(創元社、昭和14年・1939)。 日本 民俗 学 の 創始 者 柳田 が、 木綿 が 普及 す る 前 の 日本 人 の 衣 生活 を 描 い た 名 著 の 表題 作。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors