折 口 信 夫『死 者 の 書』 ─ 古 代 の 死 を 描 い た 民 俗 学 者 の 文 学
高等学校 国語 第3学年 近 代 文 学民 俗 学古 代 目安 30 分
学習のめあて
- 折 口 信 夫 と『死 者 の 書』 を 知 る
- 民 俗 学 と 文 学 の 結 合 を 学 ぶ
- 古 代 大 和 の 死 生 観 を 体 験
本文
「し た し た し た … 暗 い 闇 を 引 い て 来 る」
小 説『死 者 の 書』 (し し ゃ の し ょ) の 冒 頭 ─
し た し た し た。 ……
し た し た し た。 ……
耳 に 聞 え て 来 る の は、 そ う し た 物 音 ば か り で あ る。 ……
死 後 の 闇 の 中、 何 か が 滴 (し た た) る 音 だ け が 響 く。 こ こ で 目 覚 め る の は、 古 代 大 和 で 非 業 の 死 を 遂 げ た 皇 子 ─ 大 津 皇 子 (お お つ の み こ) の 魂 で あ る。
折 口 信 夫 (1887–1953) が、 国 文 学 者・民 俗 学 者 と し て の 全 知 識 を 注 ぎ 込 ん で 書 い た 異 色 の 名 作 を、 高 3 国 語 で 読 み 解 こ う。
折 口 信 夫 ─ 学 者 で あ り 詩 人
折 口 信 夫 は、 1887 年 大 阪 府 生 ま れ。 國 學 院 大 学 で 国 文 学 を 学 び、 後 に 慶 應 義 塾 大 学・ 國 學 院 大 学 で 教 授 と な っ た。 柳 田 国 男 と 並 ぶ「日 本 民 俗 学 の 双 璧」 と さ れ る。
学 問 と 並 行 し て、 短 歌・小 説 も 書 い た ─ 筆 名 は「釈 迢 空 (し ゃ く ち ょ う く う)」。 仏 教 を 学 び、 古 代 信 仰 を 文 学 に 結 晶 さ せ る 二 面 性 が、 折 口 の 個 性 で あ る。
大 津 皇 子 ─ 24 歳 で 死 を 賜 っ た 皇 子
『死 者 の 書』 の 主 人 公 は、 古 代 の 実 在 の 人 物 ─ 大 津 皇 子 (663–686)。 天 武 天 皇 と 大 田 皇 女 (姉 の 持 統 天 皇 と 同 じ 母) の 皇 子。 文 武 両 道 ・ 容 姿 端 麗 ・ 詩 歌 に 秀 で た、 当 時 の 天 才 で あ っ た。
し か し、 父 天 武 帝 が 686 年 9 月 に 崩 御 す る と、 そ の 翌 月、 大 津 皇 子 は 謀 反 の 罪 で 死 を 賜 る ─ 24 歳 だ っ た。 持 統 天 皇 (姑) が、 自 ら の 皇 子 ・ 草 壁 皇 子 を 皇 太 子 に す る 為 だ っ た と さ れ る (『日 本 書 紀』『万 葉 集』 等 に 記 述)。
大 津 皇 子 の 辞 世 歌 ─ 万 葉 集 に 残 る 悲 痛
処 刑 直 前、 大 津 皇 子 が 詠 ん だ と さ れ る 辞 世 歌 が、 『万 葉 集』 巻 三・416 に 残 る ─
百 (も も) 伝 (づ た) ふ 磐 余 (い わ れ) の 池 に 鳴 く 鴨 を
今 日 の み 見 て や 雲 隠 り な む
意 味 ─ 「磐 余 の 池 に 鳴 く 鴨 を、 今 日 限 り 見 て、 私 は 雲 の か な た へ 隠 れ る (死 ぬ) の だ ろ う か」。
24 歳 の 才 人 の、 静 か で 哀 し い 辞 世。 大 津 皇 子 の 遺 体 は、 大 和 と 河 内 の 境 の 二 上 山 (に じ ょ う さ ん) に 葬 ら れ た。
二 上 山 ─ 葬 送 の 道 と「ま れ び と」
二 上 山 は、 雌 岳 ・ 雄 岳 の 二 つ の 峰 を 持 つ 山。 古 代 か ら、 大 和 (現 奈 良) と 河 内 (現 大 阪) を 結 ぶ「葬 送 の 道」 が 通 っ て お り、 多 く の 古 墳 が 周 囲 に 散 在 す る。
折 口 は、 こ の 二 上 山 を 物 語 の 中 心 に 据 え た。 大 津 皇 子 の 魂 が、 死 後 数 十 年 の 時 を 経 て、 藤 原 南 家 郎 女 (い ら つ め ・ 藤 原 南 家 ・ 武 智 麻 呂 の 娘) の 前 に 現 れ る。
折 口 が 提 唱 し た「ま れ び と」 (外 界 か ら 訪 れ る 神・異 人) の 概 念 が、 文 学 で 表 現 さ れ た 場 面 だ。
民 俗 学 リ ア リ ズ ム ─ 学 問 が 文 学 に な る
『死 者 の 書』 の 特 異 さ は、 民 俗 学 の 知 見 が「そ の ま ま 文 学 に な っ て い る」 こ と だ。
- 古 代 大 和 の 葬 礼・も が り (殯) ─ 民 俗 学 で 研 究 さ れ る 風 習
- 女 性 の 機 織 り と 祭 祀 ─ 古 代 信 仰 で の 女 性 の 役 割
- 「ま れ び と」 の 訪 れ ─ 折 口 自 身 の 民 俗 学 概 念
- 古 代 大 和 言 葉 ─ 万 葉 集 ・ 古 事 記 に 通 じ た 言 語 感 覚
読 者 は 物 語 を 楽 し む と 同 時 に、 古 代 日 本 文 化 を 体 験 す る こ と に な る。
結 び ─ 学 問 と 文 学 を 結 ぶ 試 み
通 常、 学 問 と 文 学 は 別 の 領 域 で あ る。 し か し 折 口 は、 自 ら の 民 俗 学 ・ 国 文 学 の 知 見 を、 そ の ま ま 文 学 に 結 晶 さ せ た。
こ の 試 み は 現 代 で も 受 け 継 が れ て い る。 京 極 夏 彦 ・ 高 田 崇 史 ・ 宮 部 み ゆ き 等、 日 本 文 化 ・ 歴 史 を 物 語 に 結 び 付 け る 現 代 作 家 の 系 譜 は、 折 口 信 夫 ま で 遡 る。
高 3 で 読 む『死 者 の 書』 ─ 一 度 読 ん で 終 わ り に せ ず、 何 度 も 戻 っ て き て 欲 し い 一 冊 で あ る。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 折 口 信 夫 (お り く ち し の ぶ) K 1887–1953。 大 阪 府 生 ま れ。 國 學 院 大 学 卒。 慶 應 義 塾 大 学 教 授・國 學 院 大 学 教 授。 国 文 学・民 俗 学 者 と し て、 柳 田 国 男 と 並 ぶ「日 本 民 俗 学 の 双 璧」。 同 時 に 詩 人・歌 人・小 説 家 と し て も 活 動 (筆 名・釈 迢 空)。 代 表 作『死 者 の 書』『古 代 研 究』『口 訳 万 葉 集』。
- 死 者 の 書 (し し ゃ の し ょ) K 折 口 が 1939 年『日 本 評 論』 連 載・1943 年 単 行 本 化 し た 小 説。 古 代 大 和 (7 世 紀 末 ~ 8 世 紀 初) を 舞 台。 大 津 皇 子 の 怨 霊 と、 藤 原 南 家 郎 女 (い ら つ め) と の 神 秘 的 な 物 語。 古 代 信 仰・芸 能・葬 礼 を 民 俗 学 的 リ ア リ ズ ム で 描 く。
- 大 津 皇 子 (お お つ の み こ) K 663–686。 天 武 天 皇 と 大 田 皇 女 の 皇 子。 文 武 両 道 の 天 才 と さ れ た が、 天 武 帝 死 後 ま も な く、 持 統 天 皇 (姑) に よ り 謀 反 の 罪 で 死 を 賜 る (24 歳)。 二 上 山 (大 和 と 河 内 の 境) に 埋 葬。 万 葉 集 に 辞 世 の 歌 を 残 す。
- 釈 迢 空 (し ゃ く ち ょ う く う) K 折 口 信 夫 の 短 歌・小 説 の 筆 名。「釈」 は 仏 教 徒、「迢 空」 は 「遥 か に 遠 い 空」 の 意。 仏 教 を 学 び、 古 代 信 仰 ・ 民 俗 を 文 学 に 結 晶 さ せ る 折 口 の 姿 を 象 徴 す る 名。
- 二 上 山 (に じ ょ う さ ん ・ ふ た が み や ま) K 奈 良 と 大 阪 の 県 境 に あ る 雌 岳 ・ 雄 岳 の 二 つ の 山。 古 代 か ら 大 和 と 河 内 を 結 ぶ「葬 送 の 道」 が 通 る。 大 津 皇 子 の 墓 と さ れ る 古 墳 が あ る。『死 者 の 書』 で 物 語 の 中 心 と な る 山。
- 民 俗 学 (み ん ぞ く が く ・ Folklore Studies) K 民 間 伝 承 ・ 民 衆 文 化 ・ 信 仰 等 を 研 究 す る 学 問。 日 本 で は 柳 田 国 男 が 創 設、 折 口 信 夫 が 古 代 信 仰 ・ 芸 能 を 中 心 に 発 展。 文 学 ・ 歴 史 学 と も 深 く 関 わ る。 折 口 は 民 俗 学 の 知 見 を そ の ま ま 文 学 に し た こ と で 知 ら れ る。
- ま れ び と K 折 口 信 夫 の 提 唱 し た 民 俗 学 概 念。 「外 界 か ら 訪 れ る 異 人・神」。 古 代 日 本 の 信 仰 で は、 季 節 や 節 目 に 外 か ら 来 る 神 が、 人 々 に 福 や 教 え を も た ら す と さ れ た。『死 者 の 書』 で 大 津 皇 子 の 怨 霊 も 「ま れ び と」 の 一 例。
考えてみよう
- 折 口 が 国 文 学 者・民 俗 学 者 で あ る こ と が、『死 者 の 書』 の 描 写 に ど の よ う に 反 映 さ れ て い ま す か?
- 大 津 皇 子 が 8 世 紀 に 死 後、 万 葉 集 に 辞 世 歌 を 残 し、 後 世 の 怨 霊 信 仰 の 対 象 と な っ た 過 程 を 考 え ま し ょ う。
- 「ま れ び と」 と い う 折 口 概 念 を、 君 の 知 っ て い る 日 本 の 祭 り・行 事 か ら 探 し て み ま し ょ う。
- 現 代 文 学 で「民 俗 学 と 文 学 を 結 び 付 け た」 作 品 を 知 っ て い ま す か (例: 京 極 夏 彦・宮 部 み ゆ き 等)?
指導要領との対応
このページは、文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)」国語 第3学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- 高3国語 — 近 代 文 学 を 民 俗・歴 史 視 点 で 読 む
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
指導案 教員向け・授業展開の例
高3 国 語「近 代 文 学 探 究」 で、 民 俗 学 と 文 学 の 融 合 を 学 ぶ。 柳 田 国 男 と 並 ぶ 折 口 の 業 績 を、 文 学 作 品 を 通 し て 体 験。
指導目標
- 折 口 信 夫 と『死 者 の 書』 を 知 る
- 民 俗 学 ・ 古 代 信 仰 を 理 解
- 文 学 と 学 問 の 結 合 を 学 ぶ
授業の流れ
- 10分 折 口 と 柳 田 国 男・民 俗 学 の 系 譜
- 15分 『死 者 の 書』 冒 頭 を 朗 読・解 説
- 10分 大 津 皇 子 の 史 実 と 怨 霊 信 仰
- 10分 「ま れ び と」 概 念 を 議 論
関連する教材
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出典・ライセンス
- 原文: 折口信夫 (おりくち しのぶ)「折 口 信 夫『死 者 の 書』 ─ 古 代 の 死 を 描 い た 民 俗 学 者 の 文 学」(1939年)
- 入力テキスト: 青空文庫 / 折口信夫『死者の書』 (底本:折 口 信 夫 (筆 名・釈 迢 空 / し ゃ く ち ょ う く う)『死 者 の 書』(1939, 雑 誌『日 本 評 論』 連 載 → 1943 単 行 本)。 大 津 皇 子 (1ç663–686 没) の 怨 霊 と、 藤 原 南 家 郎 女 (い ら つ め) と の 古 代 二 上 山 (に じ ょ う さ ん) 物 語。 民 俗 学 と 文 学 が 融 合 し た 異 色 の 名 作。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors