のちのおもひに — 立原道造 の表紙イラスト

のちのおもひに — 立原道造

中学校 国語 第3学年 近代詩B 読むこと 目安 20 分

作者
立原道造 (たちはら みちぞう)(1914–1939)
原作発表
1937 年(昭和12年 (1937))
出典
詩集『萱草に寄す』所収 (昭和12年・1937)
底本:立原道造『萱草 (わすれぐさ) に寄す』(山本書店、昭和12年・1937 年 5 月 刊 所収)。 立原 の 第 一 詩集 で、 ソ ネ ッ ト (sonnet ─ 14 行 詩) 10 篇 か ら 成 る。 そ の 第 一 篇 が 「の ち の お も ひ に」。

学習のめあて

  • 立 原 道 造 の 抒 情 詩 を 原 文 で 読 む
  • ソ ネ ッ ト と い う 14 行 詩 の 形 式 を 知 る
  • 「は か な さ」 を 美 し く 描 い た 昭 和 抒 情 を 体 感 す る

本文

の ち の お も ひ に (立 原 道 造)

ゆめはいつもかへつてつた やまふもとのさびしいむら
水引草みづひきぐさかぜ
くさひばりのうたひやまない
しづまりかへつたひるさがり林道りんだう

うららかにあをそらにはてつてゐた
そしてわたし
島々しまじまうつしく夕陽いうやうかがやのを
すなくぼみにちて 果実くわじつたねのあと

それ は と ほ い ぎたゆめ
そして いまもなほ あをじろうつく
のちのおもひにかへ

水引草みづひきぐさかぜ
くさひばりうたひ
のちのおもひにかへ

現代語 へ の 案 内

詩 は ほ ぼ 現 代 仮 名 遣 い に 近 い 形 で 書 か れ て い る が、 旧 仮 名 (歴 史 的 仮 名 遣 い) の リ ズ ム が 美 し い。
「か へ つ て 行 つ た」「し づ ま り か へ つ た」「う た ひ や ま な い」 ─ こ の 古 風 な 響 き が、 詩 全 体 に 透 明 な 抒 情 を 与 え る。

詩 の 大 意:
私 の 夢 は い つ も、 山 の 麓 (ふ も と) の 寂 し い 村 に 帰 っ て 行 っ た。
水 引 草 (赤 い 穂 を 持 つ 秋 の 草) に 風 が 立 ち、 草 ひ ば り が ず っ と 歌 い、 ひ っ そ り と し た 午 後 の 林 道。
青 空 に 陽 が 照 っ て い た。 そ し て 私 は 見 て い た ─ 島 々 が 美 し く 夕 陽 に 輝 く の を、 砂 の 窪 み に 落 ち て い た 果 実 の 種 の あ と を。
そ れ は 遠 い 過 ぎ た 日 の 夢。
そ し て ─ ああ、 い ま も な お、 蒼 白 く 美 し く、 後 (の ち) の 思 い に な っ て 帰 っ て 行 く。
水 引 草 に 風 が 立 ち、 草 ひ ば り が 歌 い や ま な い、 後 の 思 い に な っ て 帰 っ て 行 く。

解 説 ─ 立 原 道 造 と い う 詩 人 ・ 建 築 家

立 原 道 造 (1914–1939) は、 24 歳 と い う 短 い 生 涯 で 多 く の 名 詩 を 残 し た 詩 人 で あ る。
そ し て 同 時 に、 東 京 帝 国 大 学 工 学 部 建 築 学 科 で 学 ん だ 一 級 建 築 士 で も あ っ た。

詩 と 建 築 ─ 一 見 関 係 な い 二 つ の 領 域 だ が、 立 原 に と っ て は 両 者 は 深 く つ な が っ て い た。
詩 の 「構 造」 を 大 切 に し、 ソ ネ ッ ト 14 行 の 厳 密 な 形 式 を 日 本 語 で 試 み 続 け た 立 原 の 姿 勢 は、 建 築 家 と し て の 「形 と 機 能 の 完 璧 な 一 致」 を 求 め る 精 神 と も 通 じ て い る。

ソ ネ ッ ト と い う 14 行 詩

「ソ ネ ッ ト」 は、 13 世 紀 イ タ リ ア に 生 ま れ た 14 行 詩 の 形 式 で あ る。
ペ ト ラ ル カ・ダ ン テ ら の イ タ リ ア 詩 人、 シ ェ イ ク ス ピ ア・ミ ル ト ン ら の 英 国 詩 人 が、 こ の 形 式 で 名 詩 を 残 し た。

立 原 道 造 は、 こ の 西 洋 の 形 式 を、 日 本 語 で 試 み た 最 初 期 の 詩 人 の 一 人 で あ る。
彼 の ソ ネ ッ ト は 一 般 に 「4 行 + 4 行 + 3 行 + 3 行」 の 形 を 取 る。「の ち の お も ひ に」 も こ の 形 式 で あ る。

行 数内 容
第 1 連4 行「夢 は 山 麓 の 村 に 帰 る」 ─ 場 面 の 提 示
第 2 連4 行「青 い 空 ・ 島 ・ 果 実 の 種」 ─ 視 覚 的 イ メ ー ジ の 展 開
第 3 連3 行「過 ぎ た 日 の 夢」 ─ 主 題 の 反 転 と 深 化
第 4 連3 行「水 引 草 ・ 草 ひ ば り」 ─ 第 1 連 の 反 響 と 結 び

こ の 形 式 の 美 し さ ─ 「展 開 → 展 開 → 反 転 → 結 び」 ─ が、 詩 に 音 楽 的 な 完 璧 性 を 与 え て い る。

「夢 が 帰 る」 と い う 不 思 議

詩 の 冒 頭 ─ 「夢 は い つ も か へ つ て 行 つ た」 ─ こ の 一 句 が、 詩 全 体 の 主 題 を 決 め る。

普 通、 私 た ち は 「夢 を 見 る」 と 言 う。 だ が 立 原 は 「夢 が 帰 る」 と 書 い た。
こ の 表 現 が 示 す の は ─ 「夢」 は 自 分 が 創 り 出 す も の で は な く、 ど こ か 別 の 場 所 (山 麓 の 村) か ら 私 の も と に 何 度 も 「帰 っ て 来 る」 何 か ─ と い う 感 覚 で あ る。

こ の 「帰 る」 と い う 主 題 は、 詩 の 最 終 部 で 反 復 さ れ る:
の ち の お も ひ に か へ つ て ゆ く
「夢」 は、 こ の 詩 を 書 い て い る 「い ま」 に お い て も、 ま だ 私 の 中 に 「後 の 思 い」 と し て 帰 っ て き て い る ─ そ う 詩 人 は 言 う の だ。

軽 井 沢 と 立 原

詩 の 中 の 「山 の 麓 の さ び し い 村」「林 道」「島 々」 ─ こ れ ら は、 立 原 が 愛 し た 軽 井 沢 (か る い ざ わ) の 風 景 を 思 わ せ る。

東 京 帝 大 在 学 中、 立 原 は 何 度 も 軽 井 沢 に 通 い、 そ こ の 自 然 の 中 で 詩 を 紡 い だ。
ま た、 建 築 家 と し て の 立 原 は、 軽 井 沢 で 「ヒ ヤ シ ン ス ハ ウ ス」 と い う 小 さ な 別 荘 の 設 計 図 を 描 い た。
し か し、 そ れ が 建 て ら れ る こ と な く 立 原 は 24 歳 で 亡 く な っ た。

そ し て 2004 年 ─ 立 原 の 没 後 65 年 ─ 彼 の 設 計 図 を 元 に、 浦 和 (現・さ い た ま 市) の 別 所 沼 公 園 に 「ヒ ヤ シ ン ス ハ ウ ス」 が 実 際 に 建 設 さ れ た。
詩 人 立 原 の 「未 完 の 夢」 が、 65 年 後 に 形 と な っ た の で あ る。

結 核 ─ 早 世 の 詩 人 た ち

立 原 道 造 は、 1939 年 (昭 和 14 年) 3 月、 24 歳 と い う 若 さ で、 結 核 性 中 耳 炎 に よ り 亡 く な っ た。

20 世 紀 前 半、 結 核 (け っ か く) は 「不 治 の 病」 と 呼 ば れ、 多 く の 詩 人 ・ 作 家 を 早 世 さ せ た。

  • 樋 口 一 葉 (1872–1896) ─ 24 歳
  • 宮 沢 賢 治 (1896–1933) ─ 37 歳
  • 梶 井 基 次 郎 (1901–1932) ─ 31 歳
  • 中 原 中 也 (1907–1937) ─ 30 歳
  • 立 原 道 造 (1914–1939) ─ 24 歳
  • 新 美 南 吉 (1913–1943) ─ 29 歳

近 代 日 本 文 学 史 は、 結 核 に よ る 早 世 と 切 り 離 せ な い。
「短 い 命 が 残 し た 名 作」 ─ そ れ が、 こ の 時 代 の 文 学 の 大 き な 特 徴 で あ る。

「の ち の お も ひ に」 を 読 む こ と

立 原 道 造 が 24 歳 で 残 し た こ の 詩 を、 86 年 後 の 私 た ち は 今 も 読 む こ と が で き る。

夢 は い つ も か へ つ て 行 つ た」 ─ こ の 一 句 が 持 つ 透 明 な 美 し さ は、 短 い 命 か ら 生 ま れ た か ら こ そ、 こ ん な に も 切 な く 響 く の か も し れ な い。

詩 を 読 み 終 え た 後、 君 の 心 に 何 か が 「帰 っ て 来 て い る」 の を 感 じ た ら ─ そ れ こ そ が、 立 原 道 造 が 君 に 送 っ た 「の ち の お も ひ」 で あ る。

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 立原道造 (たちはら みちぞう) K 1914–1939。 東 京 日 本 橋 生 ま れ。 詩 人・建 築 家。 東 京 帝 国 大 学 工 学 部 建 築 学 科 卒 (一 級 建 築 士 資 格 も 持 つ)。 朔 太 郎・中 也 ら の 影 響 を 受 け な が ら、 独 自 の 透 明 な 抒 情 詩 を 書 い た。 24 歳 で 結 核 の た め 早 世。 第 一 詩 集『萱 草 (わ す れ ぐ さ) に 寄 す』(1937)、 第 二 詩 集『暁 と 夕 の 詩』(1937)。
  • 萱草 (わすれぐさ) K ユ リ 科 の 草。 別 名 ヘ メ ロ カ リ ス。 黄 色 い 花 を 朝 咲 か せ、 夕 に は し お れ る。 「悲 し み を 忘 れ る 草」 と さ れ、 古 来 「忘 れ 草」 と も 書 か れ た。 立 原 の 第 一 詩 集 の 表 題。
  • ソ ネ ッ ト (sonnet) K 西 洋 詩 の 一 形 式。 14 行 詩。 起 源 は 13 世 紀 イ タ リ ア。 シ ェ イ ク ス ピ ア が 英 語 で 154 篇 の ソ ネ ッ ト を 残 し た こ と で 有 名。 立 原 道 造 は こ の ソ ネ ッ ト 形 式 を 日 本 語 で 試 み、 独 自 の 「立 原 ソ ネ ッ ト」 と も 呼 ば れ る 4-4-3-3 行 構 成 を 確 立。
  • 「夢 は い つ も か へ つ て 行 つ た」 K 詩 の 冒 頭 一 行。 「夢」 が 「ど こ か へ 帰 っ て 行 く」 と い う、 不 思 議 な 表 現。 「い つ も」 と 言 う こ と で、 そ の 「帰 る」 こ と が 何 度 も 繰 り 返 さ れ た 体 験 で あ る こ と を 示 す。
  • 山 の 麓 (や ま の ふ も と) K 立 原 が 愛 し た、 信 州 ・ 軽 井 沢 (か る い ざ わ) の 山 麓 を 思 わ せ る。 立 原 は 東 京 帝 大 在 学 中 に 軽 井 沢 に 通 い、 そ こ の 自 然 か ら 多 く の 詩 を 紡 い だ。
  • 結 核 (け っ か く) K 19 世 紀 ~ 20 世 紀 前 半 の 「不 治 の 病」。 多 く の 詩 人 ・ 作 家 を 早 世 さ せ た。 立 原 道 造・中 原 中 也・宮 沢 賢 治・樋 口 一 葉・正 岡 子 規・梶 井 基 次 郎 な ど、 同 病 で 若 く し て 亡 く な っ た 作 家 が 多 い。
  • 軽 井 沢 (か る い ざ わ) K 長 野 県 の 高 原 リ ゾ ー ト。 明 治 以 来、 外 国 人 宣 教 師 ら の 避 暑 地 と し て 開 発 さ れ た。 立 原 は こ の 地 で 多 く の 詩 を 構 想 し、 ま た 建 築 を 学 ぶ 学 生 と し て 別 荘 建 築 の 設 計 図 を 描 い た。

考えてみよう

  1. 詩 を 声 に 出 し て、 1 回 ゆ っ く り 読 ん で み ま し ょ う。 14 行 と い う 短 さ の 中 に、 ど ん な 情 景 が 浮 か び ま す か?
  2. 「夢 は い つ も か へ つ て 行 つ た」 ─ 「夢」 が 「帰 っ て 行 く」 と は、 ど ん な 意 味 で し ょ う か。 「夢 を 見 る」 と 「夢 が 帰 る」 の 違 い を 考 え ま し ょ う。
  3. 立 原 道 造 は 24 歳 で 亡 く な り ま し た。 同 じ く 若 く し て 死 ん だ 詩 人 ─ 中 原 中 也 (30 歳)、 梶 井 基 次 郎 (32 歳)、 樋 口 一 葉 (24 歳)、 宮 沢 賢 治 (37 歳) ─ の 詩 と 比 べ て み ま し ょ う。 共 通 点 は あ り ま す か?
  4. ソ ネ ッ ト (14 行 詩) と い う 厳 し い 形 式 を 守 り な が ら、 立 原 は 自 由 な 心 を 詠 い ま し た。 「形 式 と 自 由」 の 関 係 を 考 え ま し ょ う。
指導案 教員向け・授業展開の例

中3 国 語 で 昭 和 初 期 の 抒 情 詩 を 読 む。 立 原 道 造 の 透 明 な 抒 情 と 14 行 の ソ ネ ッ ト 形 式 を 体 感 す る。 早 世 の 詩 人 と し て、 中 原 中 也・梶 井 基 次 郎 ら と 並 ぶ 昭 和 文 学 の 名 詩 人 を 知 る。

授業時数
1時限 (50分)
準備
詩 全 文 (青 空 文 庫)、立 原 道 造 記 念 館 (軽 井 沢) の 資 料、軽 井 沢 ・ 信 州 高 原 の 写 真

指導目標

  • 立 原 道 造 の 詩 風 を 体 感 す る
  • ソ ネ ッ ト 形 式 を 知 る
  • 「は か な さ」 と「形 式」 の 美 を 理 解 す る

授業の流れ

  1. 10分 立 原 の 経 歴 ・ 軽 井 沢 と の 関 係
  2. 15分 詩 を 3 回 音 読
  3. 15分 ソ ネ ッ ト 形 式 (4-4-3-3 行) を 図 解
  4. 10分 同 時 代 の 早 世 詩 人 (中 也・梶 井) と 比 較

発問例・議論のポイント

  • 「夢 が 帰 る」 と い う 表 現 を ど う 読 み 解 く か?
  • 若 く し て 死 ん だ 詩 人 の 詩 が、 な ぜ 今 も 響 く の か?
  • 形 式 (14 行) を 守 る こ と は 詩 人 に と っ て の 制 約 か、 自 由 か?

発展課題

  • 立 原 道 造 の 他 の ソ ネ ッ ト を 読 む
  • シ ェ イ ク ス ピ ア の ソ ネ ッ ト (英) と 比 較
  • 軽 井 沢 を 訪 れ る ・ 立 原 道 造 記 念 館

関連する教材

AI 先生に聞く

教材の内容について、AI に質問できます。実験的な機能です。 AI は時に誤った内容を答えることがあります。最終的には自分で考え、 本文を確認してください。

この教材を改善する

誤字・誤訳・事実誤認の報告、語注や発問への提案など、現場での気づきを直接 GitHub Issue に投稿できます。GitHub アカウントがあれば誰でも参加できます。

出典・ライセンス

  • 原文: 立原道造 (たちはら みちぞう)「のちのおもひに — 立原道造」(1937年)
  • 入力テキスト: 詩集『萱草に寄す』所収 (昭和12年・1937) (底本:立原道造『萱草 (わすれぐさ) に寄す』(山本書店、昭和12年・1937 年 5 月 刊 所収)。 立原 の 第 一 詩集 で、 ソ ネ ッ ト (sonnet ─ 14 行 詩) 10 篇 か ら 成 る。 そ の 第 一 篇 が 「の ち の お も ひ に」。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors