エ ピ ク テ ト ス『提 要』 ─ ス ト ア 派 が 教 え る 心 の 自 由
高等学校 国語 第1学年 古典 西 洋 古 典ス ト ア 派古 代 哲 学 目安 25 分
学習のめあて
- エ ピ ク テ ト ス と『提 要』 を 知 る
- ス ト ア 派 哲 学 を 理 解
- 「コ ン ト ロ ー ル で き る ・ で き な い」 の 区 別 を 体 験
本文
元 奴 隷 の 哲 学 者 ─ エ ピ ク テ ト ス の 生 涯
紀 元 55 年 頃、 ロ ー マ 帝 国 領 フ リ ュ ギ ア (現 ト ル コ) で、 ギ リ シ ャ 系 の 一 人 の 男 子 が 生 ま れ た。 名 前 は エ ピ ク テ ト ス ─ ギ リ シ ャ 語 で「獲 得 さ れ た 者」 つ ま り「奴 隷」 の 意 だ。 こ の 名 が そ の ま ま 彼 の 出 自 を 表 し て い る。
ロ ー マ に 連 れ ら れ、 エ パ フ ロ デ ィ ト ス と い う 解 放 奴 隷 (元 奴 隷 で 後 に 自 由 人 と な っ た 者) の 奴 隷 と し て 仕 え た。 主 人 の 許 し を 得 て 哲 学 を 学 び、 後 に 自 ら も 解 放 さ れ て 自 由 人 と な る。
し か し、 紀 元 93 年 頃、 ロ ー マ 皇 帝 ド ミ テ ィ ア ヌ ス が ロ ー マ か ら 哲 学 者 を 追 放。 エ ピ ク テ ト ス は ギ リ シ ャ の ニ コ ポ リ ス に 移 り、 そ こ で 哲 学 校 を 開 い た。 多 く の 弟 子 を 育 て、 後 に ロ ー マ 皇 帝 マ ル ク ス・ア ウ レ リ ウ ス に も 影 響 を 与 え た。
『提 要』 ─ 弟 子 が ま と め た 53 章
エ ピ ク テ ト ス 自 身 は 一 冊 の 著 作 も 残 さ な か っ た。 し か し、 弟 子 ア リ ア ノ ス (Arrianus, 86–160) が 師 の 講 義 を 速 記 し、 後 に 編 纂 し た。 そ の 一 つ が『提 要』(Encheiridion ・ 「手 引 書」 の 意) で あ る。
全 53 章 ・ 比 較 的 短 い 文 章 集。 シ ン プ ル で 実 践 的 な 教 え が 並 ぶ。 2 世 紀 初 頭 成 立 と 推 定 さ れ る。
第 1 章 ─ コ ン ト ロ ー ル の 二 分 (心 の 自 由 へ の 鍵)
『提 要』 第 1 章 の 冒 頭、 エ ピ ク テ ト ス は 最 重 要 の 教 え を 述 べ る ─
「我 々 の 力 の 内 に あ る も の が あ る。 力 の 外 に あ る も の が あ る。 力 の 内 に あ る も の は、 判 断・欲 求・嫌 悪、 つ ま り 我 々 自 身 の 行 為 で あ る。 力 の 外 に あ る も の は、 身 体・財 産・名 声・他 人 の 評 価、 つ ま り 自 分 の も の で な い も の で あ る」 (『提 要』 第 1 章、 試 訳)
こ の 区 別 こ そ、 ス ト ア 派 哲 学 の 核 心 で あ る。 力 の 外 に あ る も の (体 ・ 物 ・ 評 価 等) を コ ン ト ロ ー ル し よ う と す る と、 必 ず 失 敗 し、 苦 し む。 力 の 内 に あ る も の (心・判 断・欲 求) だ け を 整 え る な ら、 心 は 自 由 に な れ る。
第 5 章 ─ 「出 来 事 で は な く、 解 釈 が 苦 し み を 生 む」
『提 要』 第 5 章 ─
「人 を 苦 し め る の は、 出 来 事 そ の も の で は な く、 出 来 事 に つ い て の 判 断 で あ る」 (『提 要』 第 5 章、 試 訳)
あ る 友 達 が 自 分 を 無 視 し た ─ こ の「出 来 事」 自 体 は、 苦 し み を 生 ま な い。 し か し「友 達 は 私 を 嫌 っ て い る、 ひ ど い、 不 公 平 だ」 と い う「判 断 ・ 解 釈」 が 苦 し み を 生 む の だ。 出 来 事 は 変 え ら れ な く て も、 解 釈 は 変 え ら れ る ─ こ こ に 心 の 自 由 が あ る。
こ の 思 想 は、 20 世 紀 後 半 に「認 知 行 動 療 法 (CBT)」 と し て 心 理 学 で 体 系 化 さ れ た ─ 2000 年 前 の エ ピ ク テ ト ス が、 現 代 心 理 学 の 直 接 起 源 で あ る。
マ ル ク ス・ア ウ レ リ ウ ス へ の 影 響
2 世 紀 半 ば、 ロ ー マ 皇 帝 マ ル ク ス・ア ウ レ リ ウ ス (Marcus Aurelius, 121–180) は、 エ ピ ク テ ト ス『提 要』 を 愛 読 し た。 自 ら の 思 索 ノ ー ト『自 省 録 (Meditations)』 に も エ ピ ク テ ト ス を 何 度 も 引 用 す る。
ロ ー マ 帝 国 の 最 高 権 力 者 が、 元 奴 隷 の 哲 学 者 を 師 と 仰 ぐ ─ こ れ が ス ト ア 派 哲 学 の 力 だ っ た。 本 サ イ ト の マ ル ク ス ・ ア ウ レ リ ウ ス 教 材 (marcus-aurelius-jiseiroku) も 同 collection で 読 ん で 欲 し い。
結 び ─ 君 の「コ ン ト ロ ー ル 二 分 表」 を 作 ろ う
今 日、 君 が 心 配 し て い る こ と を 全 部 紙 に 書 い て み よ う。 そ し て 二 つ に 分 け る ─ 「コ ン ト ロ ー ル で き る」 と「で き な い」。
コ ン ト ロ ー ル で き る も の (勉 強 時 間 ・ 自 分 の 行 動 ・ 努 力) は 動 か せ る。 コ ン ト ロ ー ル で き な い も の (他 人 の 評 価 ・ 結 果 ・ 天 気) は 受 け 入 れ る ─ こ の 区 別 で、 君 の 心 は 少 し 軽 く な る は ず だ。
2000 年 前 の 元 奴 隷 の 知 恵 が、 21 世 紀 の 君 を 助 け る ─ こ れ が 古 典 を 読 む 喜 び で あ る。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- エ ピ ク テ ト ス (Epictetus) K 55 頃–135 頃。 古 代 ロ ー マ の 哲 学 者。 ギ リ シ ャ 語 圏 (フ リ ュ ギ ア ・ 現 ト ル コ) で 奴 隷 と し て 生 ま れ、 後 に 解 放 さ れ て 自 由 人 に。 ロ ー マ で 哲 学 を 学 び、 後 に ニ コ ポ リ ス (現 ギ リ シ ャ) に 哲 学 校 を 開 く。 マ ル ク ス・ア ウ レ リ ウ ス と 並 ぶ ス ト ア 派 の 巨 匠。
- 提 要 (て い よ う ・ Encheiridion, Ἐγχειρίδιον) K 「手 引 書」 の 意。 エ ピ ク テ ト ス の 弟 子 ア リ ア ノ ス (Arrianus, 86–160) が、 師 の 講 義 を 編 纂 し た 短 い 哲 学 入 門 書。 全 53 章。 2 世 紀 初 頭 成 立。 シ ン プ ル で 実 践 的 な 教 え で、 1700 年 ル ネ サ ン ス か ら 近 代 ま で 西 洋 で 広 く 読 ま れ た。
- ス ト ア 派 (Stoicism, Στωϊκισμός) K 紀 元 前 4 世 紀 ア テ ネ で ゼ ノ ン が 創 始 し た 古 代 哲 学。「自 然 と 一 致 し て 生 き る」「徳 (ア レ テ ー) が 唯 一 の 善」 を 説 く。 ロ ー マ で セ ネ カ・エ ピ ク テ ト ス・マ ル ク ス ア ウ レ リ ウ ス ら が 発 展。 現 代 で も「ス ト イ ッ ク」 と い う 言 葉 で 影 響。
- コ ン ト ロ ー ル で き る ・ で き な い (Dichotomy of Control) K エ ピ ク テ ト ス の 中 心 教 え。 「我 々 の 力 の 内 に あ る (= コ ン ト ロ ー ル で き る) も の は、 思 い ・ 判 断 ・ 欲 求 ・ 嫌 悪 等 自 分 の 行 為。 力 の 外 に あ る (= コ ン ト ロ ー ル で き な い) も の は、 身 体 ・ 財 産 ・ 名 声 ・ 他 人 の 評 価 等」。 後 者 を 求 め る と 苦 し み、 前 者 を 整 え れ ば 心 は 自 由 に な る。
- 平 静 心 (へ い せ い し ん ・ Apatheia, ἀπάθεια) K ス ト ア 派 の 理 想。「外 部 の 不 安 ・ 怒 り ・ 嫉 妬 等 の 情 念 か ら 自 由 な、 平 静 な 心」。 現 代 の「ア パ シ ー (apathy ・ 無 関 心)」 と は 違 い、 積 極 的 な 心 の 安 定 を 意 味 す る。
- マ ル ク ス・ア ウ レ リ ウ ス (Marcus Aurelius) K 121–180。 ロ ー マ 皇 帝 (161–180) で あ り、 ス ト ア 派 哲 学 者。『自 省 録 (じ せ い ろ く ・ Meditations)』 を 書 く。 エ ピ ク テ ト ス『提 要』 を 愛 読 し、 自 ら の 思 索 ノ ー ト で も 引 用。 「哲 学 者 王」 と 呼 ば れ る 理 想 の 君 主。
- 認 知 行 動 療 法 (CBT, Cognitive Behavioral Therapy) K 20 世 紀 後 半 に 確 立 さ れ た 心 理 療 法。 ア ル バ ー ト・エ リ ス、 ア ロ ン・ベ ッ ク ら が 創 始 者。 「出 来 事 で は な く、 出 来 事 に つ い て の 自 分 の 解 釈 が 苦 し み を 生 む」 と い う 視 点 を 持 つ。 エ ピ ク テ ト ス『提 要』 第 5 章 の 思 想 が 直 接 起 源。
考えてみよう
- 「コ ン ト ロ ー ル で き る も の と で き な い も の の 区 別」 を、 君 の 日 常 で 試 し て み ま し ょ う。 例 え ば、 テ ス ト の 点 数 ─ ど こ ま で コ ン ト ロ ー ル で き ま す か?
- エ ピ ク テ ト ス が 元 奴 隷 だ っ た こ と が、 こ の 哲 学 に ど う 影 響 し た と 思 い ま す か?
- 「人 は 出 来 事 で は な く、 出 来 事 に つ い て の 自 分 の 判 断 で 苦 し む」 と い う『提 要』 第 5 章 の 言 葉 を、 君 の 経 験 で 説 明 し て み ま し ょ う。
- 現 代 の「認 知 行 動 療 法」 が、 2000 年 前 の エ ピ ク テ ト ス を 起 源 と す る こ と か ら、 何 を 感 じ ま す か?
指導要領との対応
このページは、文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)」国語 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- 高1古典探究 — 西 洋 古 典 を 和 訳 で 読 み、 思 想 の 普 遍 性 を 学 ぶ
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
指導案 教員向け・授業展開の例
高1 古 典 探 究 で、 西 洋 古 典 を 和 訳 で 読 む。 古 代 ロ ー マ の ス ト ア 派 哲 学 を 通 し て、 心 の 平 静 と コ ン ト ロ ー ル の 区 別 を 学 ぶ。
指導目標
- エ ピ ク テ ト ス を 知 る
- コ ン ト ロ ー ル の 二 分 を 体 験
- 西 洋 古 典 思 想 の 普 遍 性 を 学 ぶ
授業の流れ
- 10分 エ ピ ク テ ト ス の 生 涯 紹 介
- 15分 『提 要』 第 1・5 章 を 和 訳 で 読 む
- 10分 「コ ン ト ロ ー ル の 二 分」 ワ ー ク
- 10分 現 代 心 理 学 と の 接 続
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出典・ライセンス
- 原文: エピクテトス (Epictetus)「エ ピ ク テ ト ス『提 要』 ─ ス ト ア 派 が 教 え る 心 の 自 由」(125年)
- 入力テキスト: 本サイト編集・現代和訳 / 原典 Ἐγχειρίδιον (Encheiridion) (底本:エ ピ ク テ ト ス『提 要 (て い よ う)』(古 希: Ἐγχειρίδιον, Encheiridion)。 弟 子 ア リ ア ノ ス が 編 纂。 ス ト ア 派 哲 学 の 入 門 書 と し て 2000 年 間 読 ま れ 続 け る。「自 分 の 力 で コ ン ト ロ ー ル で き る も の と、 で き な い も の を 区 別 す る」 思 想 が 中 心。 高 1 西 洋 古 典 和 訳 で 抄 訳 を 読 む。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors