いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしやべり
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな
この詩について
山村暮鳥(やまむら・ぼちょう)の詩集『聖三稜玻璃』(大正4年・1915年) の一篇。副題に「純銀もざいく」とあるように、同じ言葉を敷き詰める手法そのもので、見渡すかぎりの菜の花畑の風景を立ち上げています。
三つの連の真ん中近くにだけ、それぞれちがう一行が紛れ込みます——「かすかなるむぎぶえ」「ひばりのおしゃべり」「やめるはひるのつき」。最初の二つは音、最後は視覚の一点。それだけで、菜の花畑の中に小さな笛の音、鳥の声、青ざめた昼の月——という風景が広がります。
「読む」のと同時に「見る」詩、いわゆる視覚詩(コンクリート・ポエトリー)の日本における先駆的な作品としても知られています。