冬が来た

冬が来た (高村光太郎)

きつぱりとふゆ
しろはな
公孫樹いちょうほうきになつた

きりきりともみむやうなふゆ
ひとにいやがられるふゆ
草木くさきそむかれ、虫類むしるいげられるふゆ

ふゆ
ぼくい、ぼく
ぼくふゆちからふゆぼく餌食えじき

しみとおれ、つきぬけ
事をおこせ、ゆきでうづめろ
刃物はもののやうなふゆ

現代語訳・要点

迷うことなく、はっきりと冬がやってきた。八手の白い花も消え、いちょうの木も葉を落として箒のようになった。

きりきりと、もみ込むような冬がやってきた。人にきらわれる冬。草や木に背かれ、虫たちにも逃げられる冬がやってきた。

冬よ、僕に来い、僕に来い。
僕は冬の力だ。冬は僕の獲物(えじき)だ。

浸み透れ、突き抜け、火事を起こせ、雪で埋めろ ―― 刃物のような冬がやってきた。

解説:「冬を歓迎する」 という新しさ

この詩を読むと、ふつう「冬は寒くて嫌だ」と感じるはずの冬を、高村光太郎は 歓迎 しています。 それも、「冬よ僕に来い」「僕は冬の力だ」と、まるで 自分の身体に冬を取り込もう としているかのようです。

1913 年 (大正 2 年)、高村光太郎は 29 歳。フランス・アメリカ留学から帰り、彫刻と詩の両方の道を進んでいた時期です。 若き芸術家として、自分の中に「強さ」を求めていた光太郎にとって、冬の厳しさは 「自分を鍛えてくれる力」 として 受け止められたのでしょう。

口語自由詩の力

当時、まだ和歌や短歌のような 定型詩 (五七五七七 など) が主流でしたが、高村光太郎は 口語自由詩 (話し言葉で、字数の決まりがない詩) を確立した一人でした。

「きっぱりと冬が来た」 「冬よ/僕に来い」 ―― この力強い、決断的な口語のリズムは、近代日本詩の出発点に位置づけられます。