日本国憲法・前文

原文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和きょうわによる成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢けいたくを確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍さんかが起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛げんしゅく信託しんたくによるものであつて、その権威は国民に由来ゆらいし、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受きょうじゅする。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除はいじょする。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制せんせい隷従れいじゅう圧迫あっぱく偏狭へんきょうを地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏けつぼうから免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高すうこうな理想と目的を達成することをちかふ。

— 日本国憲法(1946年公布、1947年5月3日施行)前文

三大原則のかなめ — 前文をどう読むか

日本国憲法は、三つの大きな原則を持つと言われます。前文には、その三つすべてが、この順番で凝縮されて宣言されています。

① 主権在民(しゅけんざいみん)

ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、
その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、
その福利は国民がこれを享受する。

「国の政治を最終的に決める力」は、王さまでも一部の支配者でもなく、国民みんなにある。これは、それまでの大日本帝国憲法(1889年)が「主権は天皇にあり」と定めていたのを、根本から覆す宣言です。「これは人類普遍の原理であり」と続けるところに、この主張が日本一国の都合でなく、世界共通の理であるという確信が表れています。

② 平和主義

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする

平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう

全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する

「戦争の惨禍」とは、もちろん第二次世界大戦のこと。3,000万人を超える死者を出した戦争のあとで、日本国民は「もう二度と同じことをくり返さない」と誓ったのです。注目すべきは、これが 「日本だけ」ではなく「全世界の国民」の権利として語られていること。第9条の戦争放棄条項は、この前文の理念を具体化したものです。

③ 基本的人権の尊重

前文に「基本的人権」という言葉は直接出てきませんが、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」という一節は、人権宣言そのものです。これは1948年に国連で採択された「世界人権宣言」と同じ思想を、それより前に憲法に書き込んだものです。

具体的な人権の中身は、第11条以下に詳しく書かれています:

  • 第13条 個人の尊重、幸福追求権
  • 第14条 法の下の平等
  • 第19条 思想・良心の自由
  • 第21条 表現の自由、集会・結社の自由
  • 第25条 健康で文化的な最低限度の生活
  • 第26条 教育を受ける権利

歴史の窓 — 1947年5月3日

日本国憲法は、1947年(昭和22年)5月3日に施行されました。この日は「憲法記念日」として、今も国民の祝日になっています。

戦争が終わったのが1945年8月15日。それから1年9か月で、日本は完全に新しい憲法を持ったことになります。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の関与が大きかった点は議論の対象ですが、明治の自由民権運動から始まる日本人自身の長い政治思想の蓄積——福沢諭吉、植木枝盛、中江兆民、吉野作造——が、敗戦という大きな転換点のなかで結実したものとも言えます。

明治と戦後をつなぐ — 3つの文書を比べる

文書 主体 中心理念
五箇条の御誓文(1868) 天皇(が誓う形) 公論・志・世界に学ぶ
学問のすゝめ(1872) 個人(が学ぶ) 平等・実学・独立
日本国憲法前文(1947) 日本国民(が定める) 主権在民・平和・人権

主体が「天皇 → 個人 → 国民」と変化していくのが見えるはずです。明治の御誓文では「上から下へ」誓いが下りていたのが、80年後には「主権者である国民みずから」が憲法を定める、という劇的な変化が起きました。これが日本の近代の歩みです。