赤とんぼ (三木露風)
夕焼け小焼けの
赤とんぼ
負われて見たのは
いつの日か山の畑の
桑の実を
小籠につんだは
まぼろしか十五で姐やは
嫁にゆき
御里のたよりも
絶えはてた夕焼け小焼けの
赤とんぼ
とまっているよ
竿の先
げんだいご に なおすと
ゆうやけ の 空 に、あかい とんぼが とんでいる。
わたしが 小さかった ころ、おばあちゃんに おんぶされて、ゆうやけ の 中で 赤とんぼを 見た。── あれは、いつの 日だったろう。
山の 畑 で、くわの 実を ちいさな かごに つんだ。
あの 時の こと は、いま 思い 出すと、まるで まぼろしのよう。
わたしを おんぶしてくれた ねえや (子守の おねえさん) は、十五歳 で よその家 に およめに 行って しまった。
それから は、その ねえや の 実家からの たより も、なくなって しまった。
そして いま、夕焼けの 空 を 見上げると ── 赤とんぼが、竿 (さお) の さき に、しずかに とまっている。
三木露風の こころ
三木露風 (みき ろふう、1889 ねん – 1964 ねん) は、ひょうご県 たつの市 で 生まれた 詩人 です。
小さい とき、おかあさん は 家を 出て いき、おばあちゃん と、子守の ねえや が、ろふう を そだてました。
大人 に なって、東京 で 詩人 と なった ろふう は、ある 日、ふるさと の 夕焼け を 思い出しました。
そして、ねえや の こと、おんぶ されて 見た 赤とんぼ の こと、桑の 実 の こと を、この 詩 に しました。
「おわれて 見た のは、いつの 日 か」── これは、
「あの 日 は、もう、遠く に なって しまった」 という、ちょっと さみしい きもち と、
「でも、その 思い出 は、今 も こころ の なか に 残って いる」 という、あたたかい きもち の、
二つ が こめられた 言葉 です。
歌 に なって
この 詩 は、1921 ねん (大正 10 ねん) に、雑誌 『樫 (かし) の 実』 で 発表 されました。
それから 6 ねん 後 の 1927 ねん (昭和 2 ねん)、作曲家 の 山田 耕筰 (やまだ こうさく) が、この 詩 に きょく を つけました。
それから、「赤とんぼ」 は 日本中 で うたわれる、いちばん 親しまれた 童謡 の ひとつ に なりました。
2007 ねん (へいせい 19 ねん)、文化庁 が 行った 「日本 の うた 100 選」 で、「赤とんぼ」 は えらばれました。
百年 ちかく まえ に 書かれた この 詩 が、いま でも、わたしたち の こころ に、ふしぎ な なつかしさ を 運んで くれる の です。