ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
現代語訳(参考)
故郷というものは、遠く離れた場所から思い起こすものだ。
そして、悲しい気持ちでうたうものだ。
たとえ
落ちぶれて、よその土地で物乞いになるようなことがあったとしても、
帰っていい場所ではない(と、自分に言い聞かせる)。
ひとり、東京の夕暮れに、
故郷を思い、涙をうかべる——
そんな気持ちのまま、
遠い東京へ帰りたい。
遠い東京へ帰りたい。
この詩について
室生犀星は石川県金沢の出身。父親に認知されないまま養家で育ち、若いころから故郷に複雑な感情を抱いていました。十代で東京に出てきて、詩人として身を立てようと苦闘しました。
この詩の核心は、最初の二行で示される「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という逆説です。故郷は、そこにいてではなく、離れた場所から思い出してこそ美しい——という、悲しくも切実な感情。
そして詩の終わりに、もうひとつの逆説が来ます。「ひとり都の夕暮れに/ふるさとおもひ涙ぐむ/そのこころもて/遠きみやこにかへらばや」。ここで「みやこ」は、故郷の金沢ではなく、孤独な東京のこと。故郷を思って泣いた、その同じ心で、もう一度この孤独な都へ帰っていこう——という決意です。
「故郷を遠くに置いて、そこを思い続ける」という覚悟。この詩が今もなお読まれ続けているのは、現代の私たちもまた、どこかに「遠くから思いたい場所」を抱えているからかもしれません。