原文
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
現代語訳
祇園精舎の鐘の音には、この世のすべては移り変わってゆくものだ、という響きがこもっている。
お釈迦さまが亡くなられたときに咲いていた沙羅双樹の花の色は、栄えた者もいつかは必ず衰えるという、変わらぬ道理を示している。
権力を握っておごり高ぶる人も、その時代はそう長くは続かない。それはちょうど、春の夜にみる夢のように短くはかないものだ。
どれほど勇ましく強い者でも、最後にはほろびてしまう。それは、風が吹けばすぐに飛び散ってしまう一片の塵と、まったく同じなのだ。
解説
『平家物語』は、鎌倉時代前期(13世紀前半)に成立した日本を代表する軍記物語です。平清盛を中心とした平氏一門の栄華と、源氏との戦いによる滅亡までを、仏教の無常観のなかで描いています。
この冒頭は、文字で読まれるよりも、目の不自由な琵琶法師たちが琵琶をかきならしながら口承で語り伝えた「語りもの」として、長く人々の耳に親しまれてきました。文末のリズムを声に出して確かめると、七・五を基調にしたゆるやかな旋律が流れているのが感じられます。
わずか四行のなかに、平家物語全体を貫く「諸行無常」「盛者必衰」という二つの仏教的世界観が凝縮されています。これから物語に登場する平清盛・重盛・敦盛らがどのような栄華をきわめ、どのように滅んでいくか——その全体を予言するような序章なのです。