古事記「天の岩戸」

一 はじまり — スサノオの乱暴

 高天原(たかまのはら)には、太陽の女神アマテラスがおさめる、清らかな神々の世界があった。アマテラスのおとうとに、スサノオという荒々しい神がいた。スサノオは本当は海原うなばらを治めるべきだったのに、母を恋しがって泣いてばかりで、追放されてしまった。

 高天原を出る前に、姉のアマテラスにあいさつしに行ったスサノオは、田を荒らし、神聖な機織はたおりの場に汚れた馬の皮を投げ込むなど、ひどい乱暴を働いた。機織りをしていた女神の一人は、それに驚いて怪我をして死んでしまった。

二 アマテラス、岩屋にこもる

 弟の乱暴に深くきずついたアマテラスは、天の岩屋戸(あめのいわやと)に入って、その戸を固く閉ざしてしまった。

 すると、たちまち高天原は真っ暗になり、葦原(あしはら)の中つ国——いまの日本の地——も、夜のように暗くなった。常夜とこよの闇である。あらゆるわざわいが一度に起こりはじめた。

三 八百万の神々の知恵

 困りはてた八百万(やおよろず)の神々は、天のやす河原かわらに集まって、どうすればアマテラスをふたたび外に出せるか、相談した。

 知恵の神思金神(おもいかねのかみ)が、ひとつの作戦を立てた。

 まず、常世国(とこよのくに)の長鳴鳥ながなきどり(ニワトリ)を集めて、いっせいに鳴かせる。あめの安の河の上流のかたいわを取り、えて大きな鏡を作る。勾玉まがたまをたくさんつないだ玉飾りを作る。それらを、根のついたままの大きなさかきの木に飾り付ける。

 そして、女神アメノウズメ(天宇受売命)が、岩屋戸の前に進み出た。

四 ウズメの舞、神々の笑い

 ウズメは、岩屋戸の前にひっくり返したおけを置いて、その上に乗った。手にはささを持ち、頭には蔓草つるくさを巻きつけ、むねをあらわにし、ひもを陰部まで垂れ下げて、足を踏みならしてくるおしいほどに舞い踊った。

 高天原がどっとゆれるほど、八百万の神々が一斉に笑った

 その笑い声が、岩屋戸の中まで聞こえた。アマテラスは不思議に思って、戸を少しだけ開けて、こう問いかけた。

「私が隠れて世界が暗いはずなのに、なぜウズメは舞い、神々は笑っているのか」

 ウズメが答えた。

「あなたよりもとうと御方おんかたがいらっしゃるので、皆喜んでいるのです」

 そう言いながら、二人の神が大きな鏡をアマテラスにそっと差し出した。アマテラスは、鏡に映る自分のかがやく姿を、まだ知らない別の神かと思って、もっとよく見ようと身を乗り出した。

五 岩戸開き

 その瞬間しゅんかん、戸のかげに隠れていた怪力の神タヂカラオ(天手力男神)が、アマテラスの手をぐっと取り、岩屋戸の外へ引き出した。すばやくもう一人の神が、戸の前に注連縄しめなわ(しめ縄)を張りめぐらせ、「もう二度と戻ってはいけません」と告げた。

 ふたたび高天原に光が満ち、葦原の中つ国にも朝が戻った。

 乱暴を働いたスサノオは、八百万の神々によって、ひげと爪を切られ、高天原から追放された。スサノオはその後、出雲(いずも)の国に降り立ち、八岐大蛇やまたのおろちを倒すという別の物語に進んでいく。


この物語の歴史的背景

 『古事記』は、和銅5年(712 年)に成立した、日本に現存する最古の歴史書です。天武てんむ天皇(在位 673–686)の命によって始まり、その死後、元明げんめい天皇の代に太安万侶おおの やすまろが完成させ献上しました。

 なぜこの時期に、神話から始まる歴史書が必要だったのでしょうか。天武天皇は、672 年の壬申の乱で兄の天智天皇の子・大友皇子を破って即位した、いわば非正統ひせいとうな経緯のある天皇でした。自分と子孫の皇位継承を正当化するため、「天皇家の祖先は太陽の女神アマテラスである」という神話を、国家の公式な物語として整える必要があったのです。

 もうひとつの目的は、飛鳥あすか・奈良時代を通じて大陸たいりくから流入した仏教ぶっきょう・儒教・道教に対して、日本固有の信仰と歴史を文字で残しておくこと。これによって、後世まで「日本らしさ」の核となる物語が伝わることになりました。

この物語の「裏テーマ」

 「天の岩戸」は、ただの楽しい神話ではありません。多層的に読み解くことができます。

① 自然現象としての太陽の不在 — 太陽が消えて世界が暗くなるという描写は、日食にっしょくの記憶を物語化したという説があります。古代の人々にとって、突然太陽が欠ける日食は理解不能な大事件でした。あるいは、冬至(一年で一番昼が短い日)の不安と、その後に太陽が戻ってくる安心感を語っているとも読めます。

② 芸能の起源 — アメノウズメの舞は、日本の神楽(かぐら)・能・歌舞伎の祖と位置付けられます。神聖な場面で女性が大胆な動きで笑いを誘うという形は、世界各地の祭祀さいしに共通する型です。「笑いと裸体が、聖なる場の力を呼び戻す」という古代的な感覚が背景にあります。

③ 共同体回復の儀礼 — 神々が「集まって相談し」「皆で役割分担して」「みんなで笑う」という展開は、共同体きょうどうたいが危機に直面したときの理想的な対処の手順を描いています。一人の知恵者(思金神)が指揮し、各人が持ち場で力を発揮し、最後は全員の笑いが場をひらく。これは古代日本のまつりの構造そのものでもあります。

④ 皇統の正統化 — 物語の最後で、岩戸の前に飾られた勾玉は、後に天皇位の象徴とされる三種の神器のうち二つです(残る一つは草薙剣で、別の場面で登場)。神話と現実の天皇制を結びつけるための、政治的にきわめて重要な仕掛けでもあります。

⑤ 「光」と「闇」の根源的なメタファー — 太陽が隠れる=悪が栄える、太陽が戻る=秩序が回復する。この光と闇の対比は、洋の東西を問わず神話の普遍的ふへんてきな構造でもあります。古事記の編者たちは、日本だけの物語を書いたつもりでありながら、人類共通のテーマに触れていました。

批判的に読む

 戦前の日本では、この神話を「史実しじつ」として教え、「天皇は神の子孫である」という絶対的ぜったいてきな権威の根拠とされました。これは国家神道と結びつき、軍国主義の正当化にも使われた歴史があります。

 戦後の日本国憲法は、天皇を「日本国民統合の象徴」として位置づけ直し、神話と政治を切り離しました。「古事記」は歴史的な文化財・文学作品として、自由に読み解くべき対象になりました。

 現代の私たちは、この物語を 「天皇は神の子孫だから偉い」という結論を支える書類として読むのではなく、古代日本人がどのように世界を見て、どのように物語を作ってきたかを知る手がかりとして読みます。同じ物語でも、読み方によって意味が大きく変わる——それが、史料を批判的に読むということです。


※ このページについて

本ページは『古事記』上巻「天の岩屋戸」の場面を、中学1年生向けに編者がやや平易に再構成したものです。底本は青空文庫の武田祐吉訳『古事記』。原文(漢文混じり)と読み下し文は、青空文庫または岩波文庫・新潮日本古典集成・新編日本古典文学全集などでぜひ全文を当たってみてください。本ページの「裏テーマ」の解釈は通説の一部であり、研究の蓄積はもっと豊かです。