問 1 / 7
ペリクレスは「我らの政体はデモクラチア(民衆の支配)と呼ばれる」と宣言します。なぜそう呼ばれるのか、本文の根拠を引用しながら説明しましょう。
問 1 / 7
ペリクレスは「我らの政体はデモクラチア(民衆の支配)と呼ばれる」と宣言します。なぜそう呼ばれるのか、本文の根拠を引用しながら説明しましょう。
問 2 / 7
「我々の政体は他の制度の真似ではなく、他者の手本となる」というペリクレスの自負と、現代の民主主義国家の自己像との共通点・相違点は何でしょうか。
問 3 / 7
ペリクレスは「貧しいから公の役職に就けないことはない」と語ります。これは現代の私たちの社会の現実とどう比較できるでしょうか。
問 4 / 7
アテナイの「デモクラチア」では女性・奴隷・在留外国人(メトイコイ)は政治参加から完全に排除されていました。これを踏まえると、「世界最初の民主政」という呼び方をどう評価すべきでしょうか。
問 5 / 7
トゥキディデスは「実際の言葉ではなく、その演者がその場で言うべきだったと思われることを再構成した」と書いています。歴史家のこの手法には、どんなメリットと問題点があるでしょうか。
問 6 / 7
ペリクレスの演説は紀元前431/430年の冬、ペロポネソス戦争初年の戦没者を悼むものでした。翌430年、アテナイは疫病に襲われ、人口の3分の1が死亡。ペリクレス自身も前429年に疫病で死去します。この歴史的文脈を踏まえて、本演説の「アテナイ礼賛」をどう読み直せばよいでしょうか。
問 7 / 7
アメリカ独立戦争のリンカーン大統領ゲティスバーグ演説(1863年)、フランス革命の人権宣言(1789年)など、近代以降の民主政の演説と、本演説を並べて読み比べてみましょう。「民主政の自己定義」というジャンルの系譜が見えてくるはずです。
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