問 1 / 7
マグナ・カルタ第39条「いかなる自由人も、同輩の合法な裁判または国の法によらない限り、逮捕・拘禁されない」は、何を保証しているでしょうか。
問 1 / 7
マグナ・カルタ第39条「いかなる自由人も、同輩の合法な裁判または国の法によらない限り、逮捕・拘禁されない」は、何を保証しているでしょうか。
問 2 / 7
「自由人 (homo liber)」という表現が、当時のイングランド社会では人口の約 1/4 にしか適用されなかったことの意味を考えましょう。「世界初の人権文書」と呼ばれることへの留保点はどこにありますか。
問 3 / 7
ジョン王はなぜマグナ・カルタを認めざるを得なかったのでしょうか。1215年の政治状況(対フランス戦争での失敗、教皇との対立、重税)を踏まえて説明してみましょう。
問 4 / 7
ジョン王はマグナ・カルタ封印後、すぐに教皇インノケンティウス3世に「強要されたものなので無効」と訴え、教皇もこれを認めました。しかし諸侯はジョン王と内戦になり、翌 1216 年にジョン王は赤痢で死去、息子のヘンリー3世がマグナ・カルタを再発布。この迂遠な歴史過程は、「法の支配」の確立がいかに困難だったかをどう示しているでしょうか。
問 5 / 7
マグナ・カルタは「王権を法で縛る」という原則を初めて明文化した文書とされます。これは、君主の権威を「神聖不可侵」とした<a href="/library/kotorekishi1/teikoku-kenpo">大日本帝国憲法 第3条</a>と対極にあります。両者を並べて、近代の立憲主義がどう積み重なってきたかを考えましょう。
問 6 / 7
マグナ・カルタ第39条は、約 6 世紀後のアメリカ独立宣言・米国憲法修正第5条「適正手続条項」、戦後日本国憲法第31条にまで継承されました。一つの中世文書が、地球の反対側の現代法体系にまで影響を与え続けるのはなぜでしょうか。
問 7 / 7
現代の私たちは、「拘禁されない権利」「公正な裁判を受ける権利」を当然のものとして享受しています。これが「マグナ・カルタ以来 800 年の歴史的闘争の結果」であることを、自分の言葉で意識化してみましょう。
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