第 9 首・小野小町
花の色は 移りにけりな いたづらに
わが身世に降る ながめせし間に
現代語訳: 桜の花の色は、むなしく色褪せてしまったよ。 わたしが世の中の物思いに沈み、長雨を眺めていた間に。 (また、わたしの美しさも、むなしく色褪せてしまったよ。世間で過ごし、ぼんやりと長く眺めていた間に。)
解説: 「ながめ」が「眺め」と「長雨」の掛詞、「降る」が「(雨が)降る」と「(年月が)経る」の掛詞。「花」は桜であり、小町自身の美貌でもある。32 音で二重の意味を重ねる、和歌の技巧の到達点。
第 17 首・在原業平
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川
から紅に 水くくるとは
現代語訳: 神々がいた古代でも聞いたことがないよ、龍田川がこんなにも、唐紅(からくれない=鮮やかな赤)に水を染め抜くなんて。
解説: 「ちはやぶる」は「神」の枕詞。紅葉が川面を染める情景を「神代でも聞いたことがない」と誇張することで、目の前の自然の鮮烈さを最大限に増幅する。『伊勢物語』にも採られる業平の代表歌。
第 57 首・紫式部
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
雲がくれにし 夜半の月かな
現代語訳: 久しぶりにめぐり逢って、あなただったのかどうかも見分けがつかないうちに、雲に隠れてしまった、夜の月のように。(あなたは早々と帰ってしまった。)
解説: 旧知の友(女性)と久しぶりに再会したが、ほんの短い時間で帰ってしまったことを、夜空をすぐに雲に隠れる月に喩えた。『源氏物語』作者の繊細な比喩感覚が、わずか 31 音に凝縮されている。
第 86 首・西行
嘆けとて 月やはものを 思はする
かこち顔なる わが涙かな
現代語訳: 「嘆け」と言って、月がもの思いをさせるのだろうか。いや、そうではない。にもかかわらず、月のせいだと言いたげに(私の意志ではないかのように)流れる、わが涙よ。
解説: 出家して諸国を旅した西行の、内省的な歌。月という自然物を契機としつつ、結局は自分自身の心の中の悲しみであることを認める。「月」と「涙」、「嘆け」と「かこち顔」の対比が美しい。
追加・西行「願はくは花の下にて」(百人一首には未収載、『山家集』所収)
願はくは 花の下にて 春死なむ
その如月の 望月のころ
現代語訳: 願わくは、桜の花の下で春に死にたい。それも、(釈迦が入滅した)二月の満月の頃に。
解説: 百人一首には未収載だが、西行の最も有名な歌。「如月の望月」は陰暦二月十五日 ―― 釈迦の入滅日(涅槃会)。仏教者として、桜の散る下で、釈迦と同じ日に死にたいという願い。西行は実際、文治 6 年(1190)二月十六日(陰暦)に没した。願いの通りに。
百人一首の編集
藤原定家は『百人一首』を、おそらく晩年(1235 年頃)、京都・小倉山の山荘で編んだ。100 首は時代順に並び、天皇歌(第 1 首・天智天皇)で始まり、天皇歌(第 100 首・順徳院)で終わる。間には恋歌・四季歌・羈旅歌(旅の歌)・哀傷歌が散りばめられる。
撰者定家がここに編集したのは、単なる名歌集ではなく、古代から鎌倉までの日本人の感情の縮図であった。江戸時代に「かるた」として庶民に広がり、現代に至るまで「日本人が共有する歌」として生き続けている。