第二巻 冒頭(試訳)
夜明けに 目覚めたなら、自分自身に こう 語りかけよ ──
「今日、私は、出しゃばりで、忘恩で、傲慢で、嘘つきで、嫉妬深く、自分勝手な 者 たち に 会う だろう」 と。これら すべて の 悪徳 は、彼ら が 善 と 悪 を 区別 する 知恵 を 欠いて いる ことから 生じて いる。
だが、私 は、善 の 美しさ と、悪 の 醜さ と、そして、悪 を 為す 者 もまた 私 と 同じ 人間 性 を 持って いる こと ── これら を 理解 して いる。ゆえに、私 は、その 者 たち に 害される こと は ない。
彼ら が 私 を 醜 い もの に 引き ずり込む こと は できない。
そして 私 は、彼ら に 怒り を 抱く こと も、彼ら を 憎む こと も ない。なぜ なら、私 たち は、同じ 目的 の ため に 生まれ、共に 働く ため に 生まれた からで ある。
ちょうど、両 足 の よう に、両 手 の よう に、上 下 の まぶた の よう に、上 下 の 歯 の よう に。
互いに 妨げ合う こと は、自然 に 反する。
他者 に 怒り、他者 を 厭う こと は、まさに この 自然 に 反する こと だ。朝、起き上がる の が 辛い 時、こう 思え ──
「私 は、人間 の 業 (わざ) を 為す ため に 起きる の だ。私 が この 世 に 来た 目的、そして 自然 が 私 を 造った 目的 を、今 から 為そう と して いる の だ。それ を 嘆く 必要 が ある か?」 と。あるいは、布団 の 温かさ の 中 に とどまる 方 が 心地 よい か?
「だが、私 は 快楽 の ため に 生まれた の か?
それとも 働き、為す こと の ため に 生まれた の か?」
小さな 植物 を 見よ、雀 を 見よ、蟻 を 見よ、蜘蛛 を 見よ、蜂 を 見よ ── 彼ら は それぞれ の 仕事 を し、そう する こと で 世界 の 秩序 に 寄与 して いる。
お前 は、人間 と して の 仕事 を 為す こと を 厭う の か?
解説 ─ 戦場 の 天幕 で 書かれた 哲学
『自省録』 の これら の 言葉 は、ローマ 皇帝 が、贅沢 な 宮殿 で 書いた もの では ない。
それ は、ドナウ 川 沿い の 野営 地 で、ゲルマン 民族 と の 戦争 の さなか、夜 の 天幕 で、油 ランプ の 灯 り の もと、皇帝 が 誰 に 見せる つもり も なく 書き 残した、私的 な 覚書 で ある。
マルクス・アウレリウス (在位 161–180) は、世界 で 最も 強力 な 帝国 の 頂点 に 立ち ながら、生涯 の 大半 を 戦場 と 疫病 の 中 で 過ごした。
- 165–180 ─ アントニウス の 疫病 (推定 500 万人 以上 死亡)
- 166–180 ─ マルコマンニ 戦争 (ゲルマン 民族 と の 長期 戦争)
- 175 ─ 養子 アヴィディウス・カッシウス の 反乱
- 175 ─ 妻 ファウスティナ の 死
そんな 苦難 の 中、彼 は 自分自身 を 励まし、整える ため に、毎日 の よう に メモ を 書き 続けた。
それ が 1800 年 経って も 読まれる 古典 と なった。
ストア 派 哲学 の 核心
本 章 に は、ストア 派 哲学 の 根本 テーゼ が 凝縮 されて いる。
- 「悪徳 は 無知 から 来る」 ─ 人 が 悪 を 為す の は、彼 が 「善 と 悪 を 区別 する 知恵」 を 欠いて いる から に すぎ ない。これ は ソクラテス 以来 の 思想。
- 「他者 と の 共同 が 人間 の 本性」 ─ 「両足、両手、まぶた、歯 の よう に」 互い に 協働 する ため に 生まれた。
- 「快楽 で は なく 働き が 人間 の 目的」 ─ 自然 が 私 たち を 造った 目的 は、それぞれ の 「仕事」 を 為す こと に ある。
- 「外的 な もの に 動か される な」 ─ 他者 が 私 を 「醜 い もの に 引き ずり 込む こと は できない」。私 の こころ の 状態 は、私 が 決める。
「夜明け の 心 構え」 ─ 現代 心理 学 と の 呼応
「今日、私 は 出しゃばり で 嘘つき な 者 たち に 会う だろう」
── これ は、悲観 主義 では ない。現実 主義 的 な 心 の 準備 で ある。
20 世紀 の 認知 行動 療法 (CBT) の 祖 アーロン・ベック は、ストア 派 から 強く 影響 を 受けた と 明言 して いる。
CBT の 核心 テーゼ は ──「出来事 が 直接 私 たち を 苦しめる の で は ない。出来事 に 対する 私 たち の 解釈 が、私 たち を 苦しめる」。
これ は マルクス・アウレリウス の 別 の 一節 の 直接 的 な 翻訳 と 見て よい ──
「外的 な こと が 私 を 煩わせる なら、私 を 煩わせる の は その 外的 な こと 自体 で は なく、私 の それ に 対する 判断 で ある」(第八巻 47)。
2000 年 前 の ストア 派 の 智恵 が、現代 の メンタル ヘルス の 最前線 と 呼応 して いる の だ。
皇帝 の 謙虚
マルクス・アウレリウス は、世界 最大 の 権力 を 持つ 皇帝 で あった。
だが 彼 は こう 書く ──「植物 を 見よ、雀 を 見よ、蟻 を 見よ」。
皇帝 で あり ながら、彼 は 自分 を 宇宙 の 中 の 一 点、一つ の 自然 の 部分 と して 捉え る。
彼 は、雀 や 蟻 と 等しく、自然 が 与えた 「仕事」 を 為す ため に 生まれた と 考える。
ここ に、ストア 派 の 「コスモポリタニズム」 (世界 市民 主義) の 原点 が ある。「皇帝 も 奴隷 も、宇宙 の 一部 と して 等しい」。
21 世紀 の ストア 派 復興
不思議 な こと に、2010 年 代 以降、世界 中 で ストア 派 の 復興 (Modern Stoicism) が 起こって いる。
- 毎年 「Stoic Week」 が 開催 され、世界 中 で 何万 人 もの 参加 者 が、ストア 派 の 実践 を 試みて いる。
- Ryan Holiday の 著作 『The Obstacle Is the Way』 など、現代 ストア 派 関連 書籍 が ベスト セラー に なって いる。
- Tim Ferriss・Jeff Bezos・LeBron James など、現代 の 実業 家・アスリート が ストア 派 から の 影響 を 公言 して いる。
- 2020 年 の パンデミック で、不安 と 不確実 性 に 直面 した 多く の 人 が、マルクス・アウレリウス を 再 発見 した。
1800 年 前 に 戦場 の 天幕 で 書かれた 言葉 が、なぜ 今 改めて 響く の か?
それ は、人間 が 直面 する 根本 的 な 苦悩 ─ 死、苦難、関係 の 困難、不確実 性 ─ が、時代 を 超えて 変わらない から だろう。
そして、それ に 立ち向 かう 智恵 もまた、根本 的 に は 変わらない。
あなた の 「自省 録」 を 書こう
マルクス・アウレリウス は、出版 を 意図 せず、ただ 自分 自身 の ため に 書いた。
私 たち も、彼 に ならって、毎晩 一行 で も、その 日 の 自分 を 振り返る 文章 を 書いて み ては どう か。
1800 年 後 の 君 が 残す 一文 も、ひょっと したら、その 100 年 後 の 誰か を 励ます かも しれない。