本 文 (『霜 柱 の 研 究』 中 谷 宇 吉 郎 ・ 抜 粋)
冬 の 朝、 庭 を 歩 く と、 ザ ク ッ、 ザ ク ッ と 心 地 よ い 音 が す る。
足 元 を 見 る と、 土 の 表 面 か ら、 細 く 透 き 通 っ た 氷 の 柱 が、 何 本 も 立 ち 上 が っ て い る。
こ れ が 「霜 柱 (し も ば し ら)」 で あ る。私 は 子 ど も の 頃、 故 郷 の 石 川 県 片 山 津 で、 こ の 霜 柱 を 踏 む の が 大 好 き だ っ た。
そ し て、 い つ も 不 思 議 に 思 っ て い た: 「な ぜ、 土 か ら こ ん な 氷 の 柱 が 生 え る の だ ろ う?」 と。大 人 に な っ て、 物 理 学 者 と な り、 北 海 道 大 学 で 雪 の 結 晶 を 研 究 し て い る 私 が、 改 め て こ の 「霜 柱」 と い う 現 象 を 調 べ て み る と ─ こ れ は、 雪 結 晶 と は ま た 違 う、 興 味 深 い メ カ ニ ズ ム で 形 成 さ れ る こ と が わ か っ た。
霜 柱 が 立 つ 条 件 は、 三 つ で あ る:
- 地 表 面 の 温 度 が 0 °C 以 下 に な る こ と
- 地 中 の 温 度 が 0 °C よ り 上 で あ る こ と
- 土 が 適 度 な 水 分 を 含 み、 微 細 な 隙 間 (毛 細 管) を 持 つ こ と
こ の 3 条 件 が 揃 う と、 次 の よ う な こ と が 起 こ る:
地 表 面 で 水 分 が 凍 結 す る ─ こ れ で 小 さ な 氷 の 種 が で き る。
そ の 氷 の 種 の 真 下 で は、 地 中 か ら 水 分 が 毛 細 管 現 象 に よ っ て 吸 い 上 げ ら れ る (紙 タ オ ル が 水 を 吸 う の と 同 じ 原 理)。
吸 い 上 げ ら れ た 水 は、 既 存 の 氷 の 下 端 に 達 し た 瞬 間 に 凍 結 し、 氷 を 下 か ら 押 し 上 げ る。
こ う し て、 氷 が 一 晩 か け て 「下 か ら ど ん ど ん 伸 び る」 の だ。朝 に な っ て 霜 柱 を 見 る と、 そ の 高 さ は 数 セ ン チ メ ー ト ル に も 達 す る こ と が あ る。
一 本 一 本 が、 透 き 通 っ た 氷 の 結 晶 で あ り、 顕 微 鏡 で 見 る と、 細 い 線 状 結 晶 が 束 に な っ た 構 造 を し て い る。霜 柱 が 立 つ 場 所 と し て、 特 に 有 名 な の が 関 東 平 野 で あ る。
そ の 理 由 は、 こ の 地 の 土 壌 が 関 東 ロ ー ム 層 と 呼 ば れ る、 火 山 灰 性 の 細 か い 土 で あ る か ら。
細 か い 粒 子 が 適 度 な 隙 間 を 作 り、 そ こ を 水 が 毛 細 管 現 象 で 上 が り や す い。
つ ま り、 「霜 柱 が 立 ち や す い 土」 と 「立 ち に く い 土」 が あ る の だ。さ ら に、 霜 柱 と 「雪 の 結 晶」 を 比 べ て み よ う:
- 雪 の 結 晶 ─ 空 中 で、 水 蒸 気 か ら 直 接 氷 に な る (昇 華)。 六 角 形 の 美 し い 結 晶。
- 霜 柱 ─ 土 中 の 液 体 の 水 が、 地 表 で 凍 結 し、 下 か ら 押 し 上 げ ら れ て 成 長。 細 長 い 柱 状。
同 じ 「氷」 で あ り な が ら、 で き 方 が 違 え ば 全 く 違 う 形 に な る。 こ れ も、 自 然 の 美 し い 多 様 性 の 一 つ で あ る。
朝、 ザ ク ッ、 ザ ク ッ と 霜 柱 を 踏 ん で 学 校 に 行 く 子 ど も た ち よ。
君 た ち が 何 気 な く 踏 ん で い る そ の 霜 柱 の 中 に は、 一 晩 か け て 地 中 か ら 水 が 上 が り 続 け、 凍 り 続 け た、 自 然 の 静 か な 営 み が あ る。
そ の こ と を 知 る だ け で、 冬 の 朝 が、 少 し 違 う 顔 を 見 せ て く れ る は ず だ。
解 説 ─ 霜 柱 の メ カ ニ ズ ム
中 谷 宇 吉 郎 が 解 明 し た 霜 柱 の メ カ ニ ズ ム は、 二 つ の 物 理 現 象 の 組 み 合 わ せ で あ る。
① 毛 細 管 現 象 ─ 水 が 重 力 に 逆 ら っ て 上 が る
細 い 管 (毛 細 管) や 土 の 微 細 な 隙 間 に 水 を 入 れ る と、 水 は 重 力 に 逆 ら っ て 上 に 上 が る。
こ れ は、 水 の 表 面 張 力 と、 水 と 管 の 壁 の 間 の 吸 着 力 が、 重 力 よ り 大 き く 働 く た め で あ る。
日 常 で の 例:
- 紙 タ オ ル ─ 水 を 吸 う
- 植 物 の 根 ─ 根 か ら 茎 の 上 ま で 水 を 上 げ る
- 蝋 燭 (ろ う そ く) ─ 芯 を 通 し て 蝋 を 燃 や す
霜 柱 で は、 地 中 の 水 が 土 の 微 細 な 隙 間 を 通 っ て、 地 表 ま で 上 が る。
② 凍 結 ─ 0 °C で 液 体 → 固 体
地 表 ま で 上 が っ た 水 は、 0 °C 以 下 の 表 面 で 凍 結 し、 氷 と な る。
こ の 「地 中 か ら の 水 の 供 給」 と 「地 表 で の 凍 結」 が 一 晩 中 続 く こ と で、 細 い 氷 柱 が 数 セ ン チ メ ー ト ル に ま で 成 長 す る。
霜 柱 と 雪 結 晶 の 違 い
| 霜 柱 | 雪 の 結 晶 | |
|---|---|---|
| 場 所 | 地 表 面 か ら 立 ち 上 が る | 上 空 か ら 降 っ て く る |
| 水 の 状 態 変 化 | 液 体 → 固 体 (凍 結) | 気 体 → 固 体 (昇 華) |
| 形 | 細 い 柱 状 (1–数 cm) | 六 角 形 の 結 晶 (約 数 mm) |
| 成 長 方 向 | 下 か ら 上 へ | 中 央 か ら 外 側 へ |
| 必 要 な 条 件 | 土 (毛 細 管)・地 中 水・低 温 | 水 蒸 気・低 温・核 (塵 等) |
同 じ 「氷」 で あ り な が ら、 こ の よ う に 全 く 違 う 形 で 形 成 さ れ る。
中 谷 宇 吉 郎 は、 「雪 の 結 晶」 と 「霜 柱」 ─ 両 方 を 研 究 す る こ と で、 「氷」 と い う 自 然 現 象 の 多 様 性 を 明 ら か に し た の で あ る。
関 東 平 野 と 霜 柱
霜 柱 が 立 ち や す い 場 所 と し て、 関 東 平 野 が 有 名 で あ る。
そ の 理 由 は、 こ の 地 の 土 壌 が 「関 東 ロ ー ム 層」 と い う 火 山 灰 性 の 細 か い 土 か ら 成 る か ら だ。
- 富 士 山 ・ 浅 間 山 ・ 箱 根 ・ 赤 城 山 な ど の 火 山 か ら 数 万 年 〜 数 十 万 年 か け て 降 り 積 も っ た 火 山 灰
- 細 か い 粒 子 が、 適 度 な 「毛 細 管」 を 形 成
- 水 を よ く 含 む 性 質
こ の 三 つ の 条 件 が、 霜 柱 形 成 に 理 想 的 で あ る。
一 方、 砂 地 や 粘 土 質 の 場 所 で は、 毛 細 管 が 大 き す ぎ た り 小 さ す ぎ た り し て、 霜 柱 は 立 ち に く い。
都 市 化 と 霜 柱 の 減 少
近 年、 都 市 部 で は 霜 柱 を 見 る 機 会 が 減 っ た と 言 わ れ る。
理 由 は い く つ か あ る:
- 地 表 の 舗 装 ─ ア ス フ ァ ル ト ・ コ ン ク リ ー ト で 土 が 見 え な い
- ヒ ー ト ア イ ラ ン ド 現 象 ─ 都 市 部 の 気 温 が 上 昇 し、 0 °C を 下 回 る こ と が 少 な く な っ た
- 地 中 水 の 減 少 ─ 排 水 シ ス テ ム の 整 備 で、 地 中 の 水 分 が 減 っ た
霜 柱 は、 都 市 化 の 進 行 を 静 か に 教 え て く れ る 「自 然 の 指 標」 で も あ る の だ。
あ な た の 霜 柱 観 察 を
次 の 冬、 朝 早 く に 庭 や 公 園 を 歩 い て、 霜 柱 を 探 し て み よ う。
そ し て、 一 本 つ ま ん で、 太 陽 に か ざ し て み よ う。 透 き 通 っ た 氷 の 中 に、 細 か い 線 状 の 結 晶 が 見 え る は ず だ。
中 谷 宇 吉 郎 が 子 ど も の 頃 に 不 思 議 に 思 っ た 「な ぜ?」 と 同 じ 問 い を、 君 も 抱 い て み よ う。
そ し て、 「地 中 か ら 一 晩 か け て 上 が っ て き た 水 の 結 晶」 と い う 静 か な 物 語 を、 そ の 一 本 の 霜 柱 の 中 に 読 み 取 っ て み よ う。
「身 近 な 不 思 議」 を 観 察 す る ─ そ れ こ そ が、 中 谷 宇 吉 郎 が 私 た ち に 教 え て く れ た、 科 学 の 第 一 歩 で あ る。